第18話 夏、海、平和と崩壊



 安曇に促されて海沿いの道路に戻ると、黒い車が止まっていた。


(黒塗りの高級車!?)


 果たしてそれが噂の黒塗りなのかは瑠花自身もわからないが、とりあえず黒のセダンだ。


 運転席に霜月先生と、助手席に以前安曇のそばにいた家政婦さんと思われる女性が座っていた。


「え……誘拐?」


「はぁ。とりあえず乗って。説明するから」


 安曇に露骨なため息をつかれたので、瑠花は口を尖らせる。


「安曇さん、おかえりなさい。瑠花さん、先日ぶりですね」


 霜月先生は軽い会釈をして、家政婦さん(仮)はにこにこと挨拶をしてくれる。


「あ、この間はどうも。えーと」


 なんと呼ぶのか迷っていると、彼女はパンッと手を叩いた。


「あ~! ちゃんと自己紹介してませんでしたもんね。私は藤山ふじやまひばりです。よろしくお願いしますね!」


 そう言って冷たいスポーツドリンクを渡してくれる。


(うおあ、生き返る……)


 その冷たさを頬ずりで味わっていると、ひばりがふふっと笑う。


 瑠花を後部座席に乗せ、安曇も滑り込むように乗りこんだ。


「出して」


「了解」


 霜月先生は頷くと、車はゆっくり走り出す。


 夏を象徴するような輝く海と、潮騒が徐々に遠くなる。


 窓ガラスが黒いということもなく、瑠花はスポーツドリンクを飲みながら安曇を見た。


「どこ行くの?」


「近くにマンションを用意したから、そこに行くよ」


「マンションを……よう、い?」


 瑠花は頭がハテナで埋め尽くされたが、安曇にそのまま会話を進められてしまう。


「そういえば、今日は泣いてなかったね」


 窓の外を見ながら、安曇はクスリと笑う。


 錯乱して大暴れ。泣きながら宥められたことを思い出し、瑠花は目を泳がせた。


「う……その節はお世話になりました~」


 恥ずかしいやら、気まずいやら。

 思わずきちんと座り直す。


「フフ……その節って……フフ」


 何が面白かったのか、安曇はクスクス笑い出す。


「安曇さんが──笑ってる!?」


「まさかそんな……」


 ザワッ……と車内が揺れたが、安曇は知らん顔だ。

 瑠花の目からもニヤリという笑いしか見ていなかったので、意外と若く見えるその笑いは新鮮だった。


(仲間にまでザワつかれるとか)


 ちょっと面白くて瑠花もニヨニヨしてしまう。


 ──あ。


 その視界の端に、いつか見た夢の世界の反対運動が映る。


「署名活動にご協力くださーい」


 車は駅前を通り抜け、繁華街へと向かう。団体は車窓を流れる景色で遠ざかっていく。


「暑い中、熱心ですねぇ」


 ひばりがしみじみと後ろに過ぎ去った彼らを見てつぶやく。


「夢の世界を推進する意味もわかりませんが、反対する意味もわかりませんね。彼らは何と戦ってるんでしょうか……」



 霜月先生がボソリと言うと、安曇は薄く笑う。


「どうあれ、商売の種だ。どちらも下らない」


(商売……)


 そんなワードを聞くと、やっぱり少し違う世界の人なんだなと思う。


 これを聞いたらコンクリ詰めにされるとか、ないよね?


 瑠花は一瞬不安に思ったが、隣に座る安曇を見ているとそれも消えていく。


「ねえ、商売って、虹石のこと?」


──シ……ン


 車内が静まり返ったので、瑠花は少し気まずくなった。


「あ、えっと、その」


「虹石ね……。フフ、ずいぶんと色々調べたんだね」


 安曇が笑ったことで車内の空気が緩む。

 瑠花はホッと胸を撫で下ろした。


「ボクが調べたっていうよりは、教えてもらったというか……」


「一般人は知ることはない名前だ。人を使って調べたというんなら、立派な調査だよ」


「……」


 瑠花はポリポリと頬をかく。


(褒められた……のかな?)


「話を戻そう。虹石は確かに黒鉄組で売買されている違法ドラッグだ」


「……」


 ごくりと唾を飲み、瑠花は真剣な面持ちで頷いた。


「中国からまわってきたものでね、僕とは対立している派閥が販路を広げているところだ」


「……安曇は、売ってないの?」


「ふふ、欲しいの?」


 ブンブンと瑠花は首を振った。


「そうじゃないよ!!」


「僕は無関係だ。まあ、止められてない以上、言い切るものでもないか」


 以前京介から聞いた話では、安曇は跡目争いの当事者だったはずだ。

 兄と争っていて、劣勢だとか聞いた気がする。




 車が到着したのは、繁華街の奥にあるマンション群の一つだった。


 下から上を見上げ、海老反りになりながら思わず言葉が零れる。


「や、でか……」


 二十階はありそうな高級マンションに見え、瑠花は震えた。


(前のマンションも大きかったもんなぁ...)


 あの日は雨の中、車で長く走ったのでどこだったのかよくわからないが、今回は見知った土地だ。

 とはいえ、こんなマンションに住む友人はいないのだが。


 案内された部屋は1608号室で、入って早々に瑠花は鍵を渡された。


「え……は?」


「ここには好きに来ていい。調べたものは置いておくし、ひばりさんは置いておくから」


「はい、よろしくお願いしますねー」


 にこにことひばりは手を振っている。






「さて」


 今回のマンションも黒の色調のシックな部屋だった。

 たぶん安曇の趣味なんだろう。


 ソファに腰掛け、優雅に笑う。

 見た目が包帯男なのに似合うのが不思議だ。


「ああ、お話の前に包帯をお取り返します。暑かったでしょう」


 霜月先生が新しい包帯の用意をして、ひばりがタオルやお湯を用意し始める。


「ボク、外でた方がいい?」


「ああ、大丈夫ですよ。この包帯は……」


「顔や、見えるところだけだからね。話を続けよう」


「え?」


 安曇の説明に瑠花は困惑してひばりを見る。

 ひばりは困ったように笑ってタオルをしぼった。


「幼い頃から怪我が多いのは事実なんですけど、治りが早いので」


「え? え?」


(だからって?)


 スルスルと包帯が解かれていく。


「この姿の方が侮るバカが多いんだ。いつでもこちらが弱っていると思っていてくれた方が動きやすい」


「えー……?」


 霜月先生が丁寧に包帯をとり、ひばりがタオルを渡すと安曇は顔を拭いた。


 肌に傷はなく、髪が抜け落ちているなんてこともない。

 出てきた素顔は──


(──は)


 前世で何度も見た。

 そしてウルドを裏切った──皇帝ヒースその人で……


 壊れたスピーカーがズレた音を出すように、洪水となった記憶が頭をよぎる。


 それはひどくぐちゃぐちゃで、とんでもなくメチャメチャの歪な白昼夢。


「──」


 ボクも私も、みんな滅茶苦茶で、そういえば──壊れてしまったあの日はこんな感じだったのだと。


 今更ながらに思い出した──

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