ep4-3
医療系ドラマでもあるでしょう。医院長の総回診ですって行進。大名行列にも比喩されるあのシーンを連想させるように、私はお屋敷の廊下を胸を張って堂々と進んでいます。率いる人なんて一人もおらず、たった一人の闊歩ですがね。
主様の部屋はさっき外にいた使用人の方から伺い知れています。北向きの最奥、日影が最も濃い端っこの部屋。
その部屋の前に辿り着くと、ロールプレイングゲームのラスボスが住んでいそうな大きな二枚扉が出迎え、暗がりも相まってか厳しい雰囲気が醸し出ています。
程よいノック。返事はなく、扉に鍵はなくこのまま入ってしまおうか。それはそれで末恐ろしく無礼な気がするので留まりますが、何も返事がないのはどことなく不安でした。
するとギィと軋むような音で扉が内側に開きました。魔法でしょうか。
「入ってもよろしいでしょうか?」
返事はなく、それを無言の了解と受け取って恐る恐る中へ足を踏み入れます。
そこはまるで生活色のない一室でした。何もない殺風景とはまた違う、けれどきっと彼女がここにいるということが異質なほどの整然な内装。埃も被っていなければ、使用感のない机と背表紙のタイトルがまだくっきりと印字され、開かれた跡さえない虚しい本の数々。オーダーメイドの家具達も新品同然で鎮座しています。
奥行きのある部屋の最深部。窓側でシンシンと降り積もる雪を眺める純白の肌の少女。半身を起こした彼女の瞳の焦点は定まらず、虚ろ気に私の方へ振り返ると微笑して、
「いらっしゃい。来てしまったのね」
雀の囀りのような弱々しい声で言いました。
「主様、やっと会えました。主様!」
走り寄って私はベッドの前で跪くと、手を差し出して頬を一撫で。
「ごめんなさいね。こんな遠くまで」
「お気になさらず、それよりもお体は?」
「まだ……大丈夫よ」
ゆらりと垂れたブロンドから覗かせる微笑。まるで縁側で長閑に過ごす老人のような悟った表情は、私に有無を言わせず諦めさせようとも思えました。
けれど引き下がってはいけないと言い聞かせて、私は本題を切り出します。
「死ぬこと、なんで黙っていたんですか?」
直球。言い淀んで目線を泳がせた主様は、
「二度裏切ったの。この命で償いたかった」
感情を噛み殺した涼しい面立ちで掻き消されそうな声音を放つも、私は首を傾げました。
二度も裏切った、引っ掛かります。頬の手は離れ、主様の体温が遠ざかっていくと、明くる紫色の空に目をやって独白します。
「一つは死ぬことを黙っていたこと。もう一つは、あのホームにいたのは偶然じゃなくて私が図った必然なの。七見家に血の味が悪くて捨てられ続けてるって使用人候補がいるって話を聞いて、ずっと監視した。まだ父の屋敷に居た頃、目が回るほど読まされた書物の中に代々仕えた使用人もリストが記されていた。勿論、七見家の人々のこともあったわ」
「私の事も?」
「光莉がまだ生まれる前、幼少期の出来事よ。貴方の父上もまだ七見家に来る前じゃないかしら?」
「そうかもです」
「その一人、貴方のご先祖様のお話。吸血鬼の屋敷に送られた彼女は数々の家から忌避されていたの」
「忌避されていた……」
「そう。前の貴方と同じように、やっぱり血の質が劣悪だって烙印を押されてね」
親近感。そのご先祖さまの足跡を現代になって私が踏んだという感じでしょうか。
「でも、その使用人はアルタリィ家に辿り着いて天寿を全うした。なぜだと思う?」
「わかりません。主様のように味の好みが合致する方と添い遂げたのでしょうか」
「違う。吸血鬼が特殊だったんじゃなくて、その使用人が特殊だったの」
「人間側が特殊? ますますその真相が分かりません」
「彼女の血は吸血の度に変化するの。吸血鬼の唾液と混ざって、その主にしか感じ取れない血になっていく。それは何も味だけじゃない」
「すると?」
「本来は数十年掛かる適合の年月がほぼゼロになる。混ざり続けることで貴方の血は私の血に溶け込めるように進化していく。その速度は加速度的で急速にね」
「……つまり特別だと」
「そう。記述にもあったはず。盟約の際限直前に血を携行し始めて、タッチの差で助かったって先祖様がいたって」
記録者の誇張表現かも、とは口が裂けても言えず。
「だから光莉の境遇を聞いた時、私はそれを思い出して血眼になって探し回った。そしてあのホームに現れた」
「……アレは偶然じゃなかったんですね」
不意に出た言葉で主様の瞳がガン開いて固まるのが分かりました。語ることすら憚られていたのだとやっと気が付きます。
「そう。偶然じゃなかった」主様がひ弱な声。黙りこくってから涙を頬に伝わせて、
「嘘をついていたの。許せないでしょう? それにあなたの血だけが目的で接触して、卑しいでしょう。生きたいが為に貴方を連れ回して血を吸って、醜いでしょう」
「醜くなんかありません」
きっぱりと答えました。私の眼には主様が醜くも卑しくもないからです。
「例え血が目当てだったとしても、ならどうして生きようとして今まさに正反対の事をしてるんですか?」
「……」
私の問い掛けに唇が引き結ばれました。
「主様は私を騙していたから、二度裏切ったから命で償おうとしたんですよね? 私が許さないって思ったから、許されないってことはすなわち私の事を想ってくださっているからですよね?」
血だけが目的だったら、あんな接触の仕方はしませんよね普通。多少慈悲があったのだとしても、許す許されない以前に私の意思なんて蔑ろにされているはずです。
なのに彼女はここで打ち明ける最後の最後まで、私を縛るようなことはしなかった。裏を返せば旅の最中かあるいは最初に私のどこかに惹かれてそうしたとしか考えられない。
理論立てて説明するのは難があるものの、要するにはそういうことです。主様は私が尊くて好きで大切で仕方がないのです。
「多分、主様は私のことを考えるあまり、勘違いをしていらっしゃるんだと思われます。私は主様が旅に連れ出してくれたおかげで自分の将来を塞がずに済んだ。貴方が血を好きになってくれたからクリスカを主様にしようと決めたのです。例え血が目当てでも、私が得た恩義や慈悲は変わりません。捨てられ続けた忌むべき血の私を好いてくださりありがとうございます」
ハッキリ言いましょう。私は主様が大好きです。正直、血が目当てだろうと私のような童顔な女の子が好きだろうと関係ありません。愛は盲目的と語られますが、まさにその通り。
むしろその実が大切で、前述のことなどきっかけに過ぎないのです。所謂入口。私という人間を好きになる門。順序なんてどうでもいい。
主様は私と逆だっただけのことでそれが拒む理由にはなりませんし、むしろ語ってくれたおかげで私の中で主様は私の事が涙を流して傷つくほど愛してくださっているという確証になります。
だからそれで傷つくとか辱められたとか全くなく、むしろ誇りさえ芽生えてきます。私はそれほど大切に扱われていた。揺るがない事実がここに現れたことで私の僅かに満たされなかった気持ちが凝固していきました。
あとは主様次第です。これでも本当に死ぬなんて事を言うのですか? 今思えば遠回しにそう詰問していた気がします。
「主様はやり残したこととか、まだやりたいこととかないんですか? 行きたい場所、見たいものや風景は? 生きてやれることがあったら、まだ間に合うはずです。私の血が貴方のお力添えになるのならこの命さえ望んで差し出す所存でおります。だから、話して下さいませんか?」
「……もっと」
私の眼を見て、最初こそ小声で語り始めましたが懇願するかの如く叫びます。
「もっと色んな場所に行きたい。もっと生きて旅をしたい。朝日が見たい。新幹線から富士山を眺めてみたい。寝台列車以外の旅がしたい。真夜中の世界以外を生きてみたい。だから、だから私は——」
ブレスのない独唱がフィナーレを迎えようと走ります。そして主様の魂の叫びは部屋に満ち満ちます。
「生きたい!」
私の願いでもあり、主様の願望でもありました。たった一つの簡単なことだけれど、叶え続けることが難しい願い。それは生き続けること、誰かの為に生きること。
私はそう願う主様を見て微笑みました。いつも私の手を引く誰よりも凛々しく一等星よりも明るい笑みがそこには咲いていたのでした。
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