ep3-2

 寝台列車の終着は目覚めて間もない北陸の中心駅『金沢』。新幹線の建設でブルシートが目立つ高架駅に停車した列車の扉を降りたクリスカさんに続いて、私と薫さんもプラットホームの黒に色を付けます。


 まだ目的地というわけではなく、けれど次の電車までは時間があるというので小休止を挟むことになりました。


 駅前に出ると、一際巨大な鳥居のような門が現れます。


「よくテレビで見るアレですね!」


 名前が出てきません。


 二本の大木に絡んだ幾本の柱に均一な升目が掘られた天井。まずその荘厳な門構えに圧倒されて、どこまで行けば私のファインダーに収まるか、想像もできませんでした。


 しかしこの門、その姿形には既視感があるのですが、多分ほとんどの日本人はよくテレビに出てくる門としか認識していないのではないかと心で秘かに抱いています。


「鼓門ね。能楽で使われる鼓をイメージして建設された現代アートで、恐らく駅前であるモニュメントとしては東京駅の次くらいに大きい建造物よ」

「やはり、日本の駅というのはとてもユニークな物が多いな」

「薫にしては意外な反応ね。てっきりこういう建築物とかは創作の種にするから見慣れているかと思ってたけど」


 私は走って天井に目を凝らしてはしゃいでました。


「どちらかと言えば西洋風の館とかを参考にするんだ。こういう、あまりにスケールが大きすぎる建物は内部が複雑で迷うわ、外観のイメージとは掛け離れた近未来的な内装であまり参考にならないんだ。人にもよるが私はね」

「作家も複雑ね」


 難義な境遇に腕を組んで同情の言葉を掛けるクリスカさん。


「まぁ、クリスカほどじゃないさ」


 私から少し離れたところで内容は聞き取れませんが二人は談笑に盛り上がっているようでした。


 すると遠雷のように低く野太い鐘が鳴りました。その音源を探すように眼を走査すると、大通りの手前に聳える大時計を見つけます。


「あっそうです。クリスカさん、太陽が出るまであと一時間程しかありません! ホテルに急がないと」


 午前五時を指す針に私は慌てふためきました。けれど当の本人はとても冷静で、むしろ太陽なんてクソ喰らえと言うような余裕の表情です。


「心配ないわよ。多分、そろそろだから」

「そろそろ?」


 含み笑いでロータリーに目をやると、一台の大型バスが交差点を曲がってきます。夜行の長距離バスにしては派手な銀のエングレーブと豪奢で荘厳な巨体が徐に止まり、片開きの自動ドアが開きました。


「あー、あー居た居た。もうこんな朝早くから呼び付けるなんて老人には酷だと思わないのかしらクリスカったらーもぉー」


 出てきたのは初老の女性。サラリと靡く白髪に柴犬のような細くもくっきりとした眉。厚手のコートと変哲もないジーパンを召した見た目はごく普通の叔母様が見かけに外れて走ってやってきます。


 言葉でこそ過酷さを訴えていますが裏腹に顔は満更でもない開き切ったひまわりのような満開の笑顔が咲いていました。


「久しぶりねぇ。今度はどこの帰り? 大阪? 京都? あら九州かしら」

「残念だったわね美喜恵。全部外れよ。北海道」

「まぁ随分と遠くから来たのねぇ。っと、この方々は?」

「旅のお供。最近知り合った人たち」

「あらまぁこれは失礼を。私ったら年甲斐にもなくついはしゃいじゃって、自己紹介が遅れちゃったわ」

「いやまぁ、大丈夫だ……あっです」

「堅苦しいのは無しでいいの。茂木 美喜恵よ」

「薫、佐伯 薫」

「七見 光莉です! えっと、クリスカさんと旅をさせていただいてます!」


 頭を垂れて一礼。


「元気がある子大好き! ささ、外じゃ寒いし中でゆっくりお話しいたしましょう」


 背中を押されて車内へ。その勢いに気圧され、私と薫さんはもはや為すがままです。


 中には冷蔵庫やテレビ等々、誰の手向けなのかと首を傾げるほどの至れり尽くせりぶり。


「でもバスってなんか物々しくないでしょうか?」

「クリスカはド派手な演出が好きなの。もうとびっきりのね」

「もう卒業したわよとっくの昔に」

「あらーそうだったかしら? その割に巷では豪華と謳われる寝台列車を乗り回してるって聞くけど?」


 ぐぅの音も出ないと言った渋い表情。けれど嫌な気はしていないようで、バスに乗り込むと真っ先に美喜恵を隣に呼んで座らせると——


「意地悪は止してよもう」


 語尾が薄れていきます。顔を覗こうとするとそっぽを向かれてしまい、そんな様子を見る薫さんはあっけらかんとしていました。


「照れちゃってねぇ。若いって良いわねぇ」

「美喜恵は、その大分変ったわね。皺が深くなったって言うか」

「これでもお若いって言われるのよ人間の間では」

「人間? あの差し支えなければで良いんですけど」

「私、茂木美喜恵は人間じゃないんですか? って質問でしょう?」

「は、はい。読まれてた」


 暫し黙って含み笑い。


「そうねぇ。謎の女、というのはありきたりかしら。んー即興で何か考えるのはやっぱり苦手ね」


 苦悶しつつ、考え出された答えに私達は度肝を抜かれてしまいました。


「恋人かしら」

「恋人ですか!?」

「片思いだけれど、それはもう熱烈に私の事を好いてたみたいで」

「それ以上はたとえ美喜恵でも実力行使に」

「あらあら、大好きな人間に乱暴できないくせに」


 押し黙ってクリスカの目線は外へ。完全にペースを握られてしまい、何かを言い淀みました。


「恥ずかしい過去に苛まれてる……なんてことはないかな」

「んなぁぁぁぁぁ! 美喜恵喋るの禁止!」

「この二人、何があったんですかね」

「さぁな。でも、心配するようなことではないことは確かだ……他人様の恋路に口出しはしない方がいいな」

「……はい」


 他人事ではない気がして、私の頬を紅潮していました。


「けど、何年ぶりかな」

「七年かな。会いに行ってばっかりだったからここで会うのは久々だね」

「七年経っても変わらない。ここは、いつも私の安心できるところ」

「そう言われると誇り高いわね」


 車窓から望む紺色の空と密集した雑居ビル群の街並み。段々鉄筋と混凝土の森が自然に覆われ始めて、幹線道路は木々の合間を縫って未開の地へと誘うように駆け抜けていきました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る