ep2-6
屹立する雪山の斜面をクリスカさんは雪上車の如く颯爽と滑走していました。小さな二つの紅玉がジグザグの航跡を描いて、向かってきます。
身も強張る急斜面。時折ジャンプしてみせたり、周りのスキーヤーの歓声を知ってか、宙返りしたりと、人が閑散としている超上級者向けのコースを逆手にやりたい放題です。怪我しないかとても心配ですが、血を吸えば大抵の病や怪我が治ることを思い出して杞憂だと悟りました。
「ふぅ! 二人も一緒にどうかしら?」
「あんな人間離れした技はできんぞ。五輪選手じゃあるまいし」
「それもそっか」
「それで私は何をすればいい?」
「そうね。そこの小鹿ちゃんのエスコートかな」
「エスコートか。わかった」
赤面。思い出して縮みます。
「撮影用パネルかと思ったわよ。あはははは」
高笑いを上げるクリスカさんにぶんぶんと拳を縦に振って抗弁します。
「だ、だって。久々なんですもんスキー!」
件の出来事は遡ること数十分前。意気揚々とリフトを降りた私の身に降りかかりました。
「のわぁぁぁぁ!」
絶叫と共に私は雪山を駆けています。滑走よりは滑落の方が正しいでしょう。悍ましい音を立てながらゴロゴロと転がる様は、さながら昔話のおむすびころりん。運動神経は良い方です。けれど雪上を滑るとなるとまるで勝手が違いました。
なお特殊な訓練を受けてる私は多少のことで怪我などしない身体です。吸血鬼に血を献上する身、治癒の能力が遺伝として残っているおかげか、見るからに重症な傷も一瞬で跡形もなくなります。
「お、おい大丈夫か?」
えへへと笑って見せましたが、結構痛かったです。クリスカさんについていこうと無理をして選んだのが祟ってしまいました。
その後も、緩急の穏やかなコースを選んで滑っていましたが、結果は同じ。変わったことと言ったら怪我の度合いくらいなもの。そりゃ、実家の裏山を超えたらすぐに雪国ですけど、スキーは家を出てからやっていませんでしたから。
「雪だるま……光莉の顔が入った雪だるま」
そして現在、リフトの袂で可憐な滑りを視た後、こうして初心者からやり直した私は薫さんに手取り足取り教えられているところでした。
顔を伏せて必死に笑いを堪えていましたが、笑い過ぎです。
「私だって頑張って見返してやりますからねクリスカさん!」
「悪かったって! ごめん光莉。謝るからさ。ね?」
「雪を物にした暁には、クリスカさんの背後をストーカーのように付きまとってやりますから! 覚悟しておいてください!」
「流石にそれは気が散るわね! だから悪かったって。ホント、反省しています!」
「それって下剋上……なのか?」
見回す薫。ムキになる私と妙にほくそ笑むクリスカさんに呆然としていました。
「それじゃ、エスコート頼むね」
彼女の背中がリフトの背もたれにつき、どんどん山袖へと昇っていきました。
「啖呵を切ったはいいけど、勝算あるのか?」
「あります! 絶対にあっと言わせるんですから!」
「雪が解けそうなくらい熱い返事をどうも」
迸る熱に身を焦がし、絶対にクリスカさんみたいな宙返りをしてみせる。スキー板を履き直した私は固く交わした誓いを胸に、追うようにして薫さんとリフトに乗り込むのでした。
「あの人、何者なんだ?」
「クリスカさんですか?」
藪から棒に薫さんが問いますが、
「直にわかりますよ」
とはぐらかします。彼女の衝動を煽ったようで訝りました。
「ふーん。君とはどういう関係なんだ?」
「今のところは旅仲間じゃないですかね?」
「曖昧な言い回しだな」
「自分でもよくわかっていないんです。クリスカさんに連れ出された時から今まで、まだ何も定まっていない。定義づけとかすべきかどうかはわかりませんけど」
旅人のクリスカ、私の家系が代々仕えている主家の令嬢に連れ出されてから、ずっと考えていたことでした。
クリスカさんにとって私は何者になるのでしょう。対等とだけ答えるその実、彼女は私をどうしたいのか。
吹き込んできた風が冷たい氷人を運んできて肌を撫でると、思考の渦に呑み込まれそうな私を引き上げます。気づけば宙づりになった足が雪原に接地、そのまま推されて前へ進んでいました。
「少し君達の間柄に興味が沸いたよ。後で彼女にも聞いてみる」
「それが最善化ですね」
薫さんに注意を引けて、彼女に目を向けていた私はほっと白い吐息を漏らしました。
「それより、斜面に向かってるけど……」
「え?」
振り返ると斜面へ一直線。心の準備なんて整っているわけありません。
「だ」
「だ?」
「誰かたしゅけてぇぇぇぇぇ!」
減速する術を持たない私は断末魔を響かせて雪野を駆け下りていきました。
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