売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。

雪乃兎姫

第1章 売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。

『みなさんは、ライトノベル作家が1番嫌いな瞬間をご存知だろうか?』

 もしこれを読んでいて「ライトノベル作家になる!」っと、もしラノベ作家を目指す人がいれば覚えていて欲しい。それはこんなときだ。

「こ、これが完成した原稿です、みやびさん」

 上目遣いにお伺いを立てるように、震える両手で賞状を差し出さんばかりに、完成したばかりの原稿『キミにキスを、あなたに花束を。』を自分の担当である伏見ふしみみやび(30歳)に差し出した。

「それでは失礼しますね……」

 っと原稿を作家であるむつみから賞状のように両手で受け取ると、その綺麗な長い黒髪を後ろ手でポニーテールに結ってまとめながら、丁寧に断りをいれ原稿を読み出した。その仕草があまりにも様になって綺麗であり、ついつい見惚れしまう。

 だがこのとき、デビュー前の新人ライトノベル作家『大槻おおつきむつみ(20歳)』はそれどころではなかったのだ。

「あ、あのみやびさん? それで……どうかなそれ……」

「…………」

『担当さんから返事がない。どうやらただのシカトのようだ(泣)』

 そう、何が怖いって『作家を1番傍で支えてくれる自分の担当さんに、完成したばかりの原稿を読んでもらうこの瞬間』が1番怖いのだ。作家の担当とは読者に1番近く、また作家にも1番に近い存在なのだ。それになにより、その作品を1番に読み深め、また1番の理解者であると言えよう。

 だからこそ、余計に作品を評価する目がシビアなのである。

 よく『ラノベ作家の担当なんて誰にでもできる簡単なお仕事!』っとそんな風に安易に思うかもしれないが、これがまた大変なのだ。

作家のスケジュール管理(作品の進行具合や作家本人の体調管理など)はもちろんのこと、作家に仕事の依頼(書いて欲しい大まかなジャンル設定や方向性の指示など)し、表紙や挿絵の依頼・打ち合わせ、ラフ画などを元にさらに作家と打ち合わせ、原稿を元に印刷所と打ち合わせ、営業とどんなふうに宣伝・販売していくや、1番大事な作品のチェック(新人応募作品のチェックなども含む)など、挙げたら本当に切がない。

特に作品の進行具合は1番重要だ。基本的に作家という生き物は、『納期とは破るためにある!!』っと常識外れなことを大真面目に言うものだ。しかも、ほとんどの作家が納期を守らないのが現実だ。悲しいかな、これって現実なのよね、これ。

「ふぅ~……」

 読み終わったのか、みやびが一息ついて、原稿を机にバサっと置く。

「あ、あの~……それでどうでした? 自分では良くできたと思うのですが……」

 おずおずとした態度で作者であるむつみが聞く。

 本来、作家と担当とは立場的には作家の方が上なのだが、年齢差とみやびの大人びた容姿が相成って、担当であるみやびに『敬語』を使ってしまう。みやびはむつみから感想を聞かれて。こう切り出した。

「まず、これは私個人の感想になりますが……」

「(ご、ごくりっ)」

 その重い口調に、おもわずごくりと唾を飲み込む、むつみ。

「とても良くできたお話(物語)だと思います。キャラや設定はもちろんのこと、なによりも読者の期待を好い意味で裏をかき、さらには裏切る斬新なストーリー展開、そしてオチにつくオチ。このような作品はなかなかないと思います」

 柔らかに微笑むようなみやび。この瞬間でなければきっと惚れてしまうだろう。

「ですが!!」

 そうびしゃりと言い区切る。(ピンチ再び! ピンチさんのワンモアチャ~ンス!)

『持ち上げてから落とす。飴を与え安心させ厳しく鞭を打つべし!』これ担当さんから作家への常套句だから覚えていた方がいい。

「イヤイヤ、そんなことは何も聞きたくない」と言わんばかりに耳を両手で塞ぎ、ぶんぶんっと首を左右に振る。目もぎゅっと瞑ると視界も完全シャットアウト! ついでに呪文も唱える。

「 I thought what I'd do was, I'd pretend I was one of those deaf-mutes.(僕は、耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えたんだ)」

 こ、これで僕は担当さん《外》からの攻撃にも、あと10年は耐えられる! そんなむつみを尻目にみやびはゆっくりと近づき、両手を優しく包み込むながら子供諭すかのように。優しく優しく言葉をこう囁いた。

「確か続きは……or shoud I ? (だがならざるべきか?)でしたよね? 大丈夫ですよ先生♪ 私がちゃんとお傍についてますからね♪ それに怖いのは最初から最後までですからね♪ ライ麦でも数えていれば、あ~~~っという間ですから(ハート)」

 みやびさんの可愛く首をかしげながらの満面の笑顔。

 これで墜ちない男はいない!(当社比120%増) もうライ麦の数どころかむつみさん(作家)は既にがっつりと両肩を掴まれてしまい、取っ捕まえられてます。あと言葉と表情とが完全に一致してなくて、はっきり言ってもう恐怖という感情以外思いつかないです。はい。

「あわわわわわ」

 むつみはどこかのロボットパイロットのように漫画やアニメなら両手を口につっこんで、あわあわしている。悲しいけど、これ現実(リアル)なのよね……そうは問屋が卸さない。

「み、見えない! 目の前が暗闇でボクは何も見えないよ! みやびさん!?」

 ここにきてもなお、ささやかな抵抗をみせる作家のむつみさん。

「先生大丈夫ですよ。たかがメインモニター《目》をやられただけじゃないですか。私が、ちゃ~んと、最後まで導いてあげますからね♪」

 みやびはぎゅっと閉じたむつみの両目をこう「うにゃ!」っと強引に指でこじ開けた。もしこれがチワワだったら、両目が零れ落ちていたに違いないだろう。

「せんせい~こんにちわ~♪ お目目はちゃ~んと見えてますかぁ~? もし、これでも見えないとおっしゃるならクロノスケみたく、そこにあるモノで目玉をほじくっちゃいますからね♪」

 そう右目でウインクしながらみやびの視線の先には、むつみが昼に食べたカップヌードルに付いているプラスチックのフォークがしっかりっとロックオンされていた。

「み、見える! ボクにも指示書が見えるよ、みやびさん!」

「……指示書が見えるなら、ちゃんと現実と戦えますよね?」

 とても軽いノリの二人だが決して軽くない。この矛盾あなたならどう解決できる? もし解決できたら、きっとダイエットに応用できるかもしれないので1度お試しアレ。

「ではお次は先生のお耳を……」

「いえ。もう大丈夫です。はい」

 むつみさん年貢の納め時です。これはもう、静かに死刑判決を待つしかないのです。

「まったくもう先生は、往生際が悪いんですから!」

「ほんっと、すいません」

 ただただ平謝りするむつみ。二人が座っているベット(むつみ低い)とデスクの椅子(みやび高い)の立ち居地が、余計に今の立場を如実に表していた。

「それで作品についてなんですけどね……」

 再び仕切り直しです。むつみさんはぎゅっと両手を握り膝の上に。目も辛さを耐え忍ぶかのようにぎゅっと閉じた。

「あ、あの、先生、そんなに目をぎゅっと閉じてられるとお話が進まないのですが……」

「……はい」

 目を開けると眼前にA4サイズの紙が。それはどこかで見たことがあるのだが、それを嫌でも思い出したくないむつみさんであった。

「え~っと、それはもしかして伝説の……」

「はい。先生がお察しの通り、指示書、シノプシス、プロットなどをまとめたの資料です!」

 みやびはむつみのボケを華麗カレーにスルー。これらはラノベにとって物語を考える上で必然の資料だ。お話の簡単な骨組みや方向性・手順を確認したりする物で、設計図みたいなモノなのだ。

「…………」

「…………」

 二人のこの間は、決して指示書を読んでいるからではない。目と目で牽制し合っているからだ。

「ここ! 先生ちゃんとここを見てください!?」

「…………」

 1番上の上冒頭、ジャンル指定の部分を突きながら指差す担当のみやびさん。

「そんなに強く押すと突き指しちゃうぞ♪」

「…………」

 右目でウインクして軽いノリのむつみ。無言の圧力のみやびさん。その刹那みやびはガン! とむつみの足と足の間のベットを支えるバーの部分を蹴った。

「は・や・く・こ・こ・を・よ・ん・で・み・て♪」

 担当さんなのに、敬語をやめるくらい怒っているみやびさん。

「ジャンル指定…………『BL』って書いてあるね」

「はい! よくできました! 先生偉いですね~♪」

 それは絶対によくはできてない。そして偉くも褒めてもいない投げやりな口調だった。

 ジャンル指定のBLとはボーイズ・ラブの略で、早い話が『男と男が恋愛をする』ジャンルのことである。他にも同義で『ホモ』などもあるが、それとは明確な棲み分けがあるらしい。よって『BL』とは、いわゆるイケメン・美男子同士が主な登場人物である。少女漫画の王道、ちょっと悪ぶってる主人公などが良い例であろう。

 もしBLに興味がある方は是非とも1度触れてみるのもいいかもしれません。……たぶん戻ってこれなくなるだろうがね(触れた時点で当社では保障期間外となります)

 その昔「ハゲとホモが嫌いな女子はいません!」こんな名言を残したキャラがいた。ある意味ではそれも、もう1つのBL(ある意味ボーズ・ラブ)である。今ならそこにBL(イケメンXイケメン)も加わるのだろう。またBL好きな女子は腐女子ふじょしとも言われ、主にかけ算が得意らしい。その腐女子が得意なかけ算とは『男X男』のようにカップリング(色んな意味での組み合わせ)のことを表すらしい。

「で、先生。な・ん・で、この原稿『キミにキスを、あなたに花束を。』長いので以降略しますが、この『キミキス』は指定したBLじゃないんですか? 私ちゃんと言いましたよね? それに最初はちゃんと『学園BLモノ』でしたよね?(怒)」

「う、ん。実はね、実は……男装女子モノでした(てへりんこ♪)」

 歯切れ悪く、そして可愛くて誤魔化すようにてへりっ♪ と頭をポンっと軽く叩いて可愛い子ぶってみるむつみさんです。

 そう最初『キミキス』は、物語では男子校で『男X男』の……つまりBLのお話だったのに、途中で本当は男装女子(本当は女の子なのに男の格好をしている)だったことが判明、結局は普通の男女の学園恋愛モノになっていたのだった。

「最初に決めたジ・ャ・ン・ル・無視して良いと思ってるんですか先生わぁ~♪ というか先生が『ボク、BLモノを書いてみたい!』と言ってたのを記憶しているのですが……私の勘違いでしょうか♪」

「いたいでふ! いたいでふ!」

 みやびは「これは嘘をついた罰!」だと言わんばかりに、むつみの口をうにょ~ん♪ っと左右に引っ張った。むつみのお口はお餅みたいによく伸びたのだった。

「まったくもう~、先生は仕方ないですね!?」

「ごめんね、みやびさん」

 むつみは上目遣いをしてみやびのことを見つめていた。

「か、可愛く言っても、誤魔化されませんからね!!」

 怒られた子犬のようにしゅんと落ち込むむつみさん。もしむつみにしっぽが付いていたならぺたーんっと、元気なさげにしょげていたことだろう。

「うーんどうしたものか…………」

 みやびは右手を口に当てながら、黙ったまま長考に入った。

「……っ!?」

 ぽん♪ まるで昭和のアニメのように左手の手の平を右手で叩きます。どうやらみやびさんは何かを閃いたようです。

「先生、このままで逝きましょう♪」

 長い沈黙を破った言葉がこれだ。たぶん考えることを諦めたのだろう。それは漢字にも現われていた。

「みやびさん……ボクがこんなこと言うのもアレだけどさ、それでほんとに大丈夫なの?」

 むつみは『さっきまでとは言っていたことが違う!』と言わんばかりに不安と疑問に思い、みやびにそう尋ねた。

「だって既に発売日も決まってますしそれに、『先生のおかげさま』で原稿の納期から1週間も遅れているので時間もありませんし、それに先生今から新しいの書けませんよね? ね?」

「……ご、ごめんなさい」

 原稿の納期のあたりをものすご~く嫌味に言われたが、自分が悪いので反論できないむつみさん。

「あとは原稿を繰り返し見直して、少し手直しや『大幅』な誤字脱字の修正すれば……たぶんこれでOKもらえると思いますよ♪」

「はぁ~。良かったぁ~。これでやっと休めるよぉ~♪」

 みやびから仮のOKをもらって気が抜けたのか、ぐでぇ~。っとベットに倒れこむようにダラケるむつみさん。

「(さっき『『大幅な』誤字脱字の修正』という単語が聞こえたような気がするが……きっと気のせいだよね?)」

「先生。本当に長い間おつかれさまでした。原稿は一旦こちらでお預かりします。急いで社の方に持ち帰ってチェックしますので。それでは私はこれで失礼しますね!」

 先ほどの無礼を詫びるように丁寧に頭を下げ、帰ろうとするみやびさん。

「あっ! みやびさん、もう帰っちゃうの? せ、せっかくだからさ、ファミレスあたりで作品完成の打ち上げでもしない?」

 1番の苦労をかけたみやびを労うように、そして感謝とお詫びをこめて誘うむつみ。


 実にこの作品が完成するまで本当に長かった。かれこれ半年前、むつみは不死鳥フェニックス書店が主催する『新人ライトノベル作家チャレンジカップ第7回』に応募、入選とはいかなかったが『将来性あり!』と見込まれ『審査員特別賞』を獲得して、現在の担当であるみやびを付けられ、賞に応募した作品とは別に担当が納得できる新作作品を完成させられたら『デビューさせる!』との約束に取り付けていたのだ。『これ』を目標に半年間今までみやびと一緒に頑張ってきたのだ。

 むつみは元々どこにでもいる普通の会社員だった。仕事の合間に書いた作品を応募したのがきっかけで現在に至る。元々ラノベは趣味程度には書いてはいたが、(仮)とはいえ作家になれるとは夢にも思っていなかった。そして審査員特別賞に選ばれとても喜んだが、仕事との両立はむつみが考えていたよりも難しかった。

だが幸いにも……いや、不幸にも若くして会社をリストラされることになったのだ。むつみがリストラされた原因は昨今の不況・円高で会社の業績が悪化、事業縮小の一環として人員整理、そこにむつみを含む派閥が運悪くとも引っかかってしまったのだ。むつみは会社に愛着があったわけではないが、高校卒業後初めて就いた仕事だけにいきなりの、しかも若くしての人員整理リストラは正直経済的にも精神的にもかなり堪えた。

 これまで仕事一筋、友達も家族も顧みずに仕事仕事。同僚が遊んでいるときにも真面目に仕事ばかりしていた。例え給与が発生しないサービス残業でも1度も断ったこともなかった。また売り上げも他の人の何倍も稼いでいたのだ。

 だが、その結果が会社からの人員整理という皮肉な結果だったので余計に落ち込んだ。一時期は再就職も考えたが、今の就職・経済状況では明日への望みはまったくない。そう考えたむつみは趣味で書いていたラノベを本職にしようと取り組んできた。

 そこに『審査員特別賞』という可能性を得て、それに一縷の望みとしてかけてみることにしたのだった。


「それもそうですね。既に『仮』とはいえ原稿はできたわけですし……では代わりにスーパーか何かで買ってきて、この部屋でするのはどうでしょう?」

「えっ? この部屋でいいの? ボクは別にいいけど。みやびさんはそれでもいいの?」

 みやびの提案が意外だったのか聞き返す。あと『仮』という単語がかな~り気になったが、あえて現実をスルーするむつみさん。

「人が多いのあまり得意ではないんですよ。それにできれば先生と二人っきりでしたいなぁ~っと思いまして(照)」

「ふ、二人っきり!?」

「(どきどきドキドキ。なにこれ? フラグ? フラグなの? 英語でいうならグレネードなの?)」

 美人であるみやびと二人っきりという状況にむつみは胸の高鳴りを感じていた。

「それではちょっとスーパーまで行って買ってきますね♪」

「いやいやいや、ボクの家なんだからボクが行って来るよ。みやびさんはここで待ってて」

「いえ先生は疲れているので、ここは私が……」

「いやボクが……」

 そして何回か目のやりとりのあと、

「では間をとって二人で行きませんか、先生?」

「うん。それがいいね、みやびさん」

 ここから近所の食料品専門スーパー『スーパー牧瀬』までは、車で約10分っと少し遠いので、みやびが乗ってきたスポーツカータイプ『M6』に乗ることになった。

 みやびは車のキーのボタンを押すとピピッ。と電子音が鳴り、ハザードランプが2回点灯した。ドアのロックを解除した音だ。

「さぁどうぞ、センセ♪」

「し、失礼しま~す」

 わざわざみやびがむつみの為に助手席側のドアを開けてくれる。どうやらエスコートしてくれるようだ。正直に言おう。M6は超がつく外国の高級車だ。それも馬鹿みたいにだ。

 それは外観からも既に見てとれる。内装もシートは本皮で柔らかく、それでいてしっかりしている。これなら長時間座っていても疲れないだろう。ダッシュボードやらなんやら、ところどころの装飾品にも高級感が漂ってくる。M6は外的な高級感(見た目)だけでなく、車としての性能も桁違いだ。

 排気量4500ccツインターボの560馬力・トルク69・3kgm。タイヤも国産の最高峰BS(ブレイクストーン)社製軽量アルミホイール19インチのスポーツタイヤだ。このタイヤならばしっかり地面をとらえ、馬力に負けない性能を発揮できる。これなら公道をなによりも速く駆け抜けてくれるだろう。あと値段が2千万近くと馬鹿高い。さすがにお値段も伊達じゃない。だが、乗る人にはそれだけの価値があるのだ。

 みやびは運転席のシートの感触を確かめるように身動きする。カチャ。シートベルトを締めて、ミラーの角度なども確認する。オーディオを操作すると大音量の音が。はっきりいってデカい、デカすぎる。「こんなとき、音は控えめなぐらいがちょうどイイってね♪」とはよく言ったものだ。

「(あまりにも大きな音だから、ガラスがカタカタって、共鳴音発しているのは気のせいだよね?)」

 共鳴とは、音波・振動がガラスなどの物質にぶつかり、互いを振動させることだ。しかもみやびさんが無駄に『ぐわん♪ ぐわん♪』とアクセルを空吹かすものだから、余計に「怖い」と感じてしまう。

「先生シートベルト締めましたか? ちゃんと締めないと突き破りますよ♪」

「なにを!? 一体何を突き破っちゃう系なの!?」

 さらにアクセルを吹かしながら、みやびは右の人差し指を口元に当て、

「えっ? ああ……ふふっ。それはですね……ひ・み・ちゅっ♪」

 っとちょっと小悪魔系の笑みを浮かべ、可愛く右目をウインク1つ。

 普段とは違うみやびの可愛さ、そして雰囲気にむつみはドキドキするが、たぶん違う意味合いが大きいだろうことだろう。みやびさんは車のハンドルを握ると性格が変わるらしい。その刹那『きゅるるるるるっ♪』っと、後輪がホイルスピンする。

 無駄にアクセルを踏んでいたおかげか、または車が持つ高馬力の助けか、物凄い煙と音を出しながらホイルスピンしている。当たり前である。そりゃそうだわな。止まってるのにアクセル全開で踏みゃタイヤさんだって、ストレス(タイヤに負荷がかかって)で怒ってホイルスピンの1つもそりゃしたくなりますわ。

「じゃあ、出発しますね♪」

 やはりみやびさんのテンションは『アゲアゲ♪』状態だった。むつみは車の加速でシートにグワー! と無理に押さえつけられ、初めて体験するG(重力)に困惑していた。それもそのはず、みやびはまだアクセル全開中なのだから……。

「あ、あの! みやびSON! 音楽とスピードはもっと抑えたほうが!」

 もうみやびに付ける名称が『さん』から『SON』へと英語表記になるくらいの混乱具合。大音量の音楽、かん高いエンジン音に阻まれて聞こえないと思い大きな声で叫ぶむつみだったが、どうやらみやびの耳にはそれすらも、まったく届いていないらしい。

 よくよく見ると、みやびの耳には耳かけ型のイヤホンが収まっていた。いやいやいや、車内にも音楽流れてますがな。わざわざ耳にイヤホンって。

「へっ? 先生今なにか言いましたか?」

 っとイヤホンの片方を外して聞いてくる。この仕草ちょっとかわいい。

「もうなんでもいいです」

「そうですか♪」

 っと気にも留めない。

「あっ、赤になりそう!」

 信号が青から黄色に変わろうとした矢先、グオン! グオン! あまりにも強い衝撃がむつみを襲う。どうやら信号に間に合うよう、さらに車が加速させたみたいだ。むつみはそこでふと速度が気になってしまい、運転席前のタコメーターをそっと覗き見る。

「…………っ!?」

 むつみさん言葉が出ません。それもそのはず、車の速度計には法廷速度を大きくオーバーする数字がデジタルで示されていたのだ。詳しく言うとアレなのだが、法廷速度『プラス1』っと言ったところだろうか。その『プラス1』がどこに当てはまるかは、これを読んでくれている読者あなたの考え方次第だ。たぶん41キロくらいかなぁ~っと遠い目で本作の作者は思いたい今日この頃。すぐにスーパー牧瀬に着いた。

「(いやぁ~ほんとあっと言う間だったね)」

 もう体感としては140km/h以上は出てる感じでしたよ(むつみ後日談より)

「うぅ~…………きもちわるい」

「だ、大丈夫ですか先生!? なんだか映画の昨日香(きのうすか)っぽいセリフですよね、それ♪」 それは一体誰に首を絞められているのでしょう……きっとみやびさん(の車)ですね。

「あっ、ちなみに今のはたった160km/hくらいしか出てませんよ。この子(車)ならかる~く、300km/hまで出せるようにしてますし♪」

 みやびさん……ここは日本なのです。日本の一般道の最高速度をご存知でしょうか? ドイツのアウトバーン(速度無制限)ではないのです。むつみはなんとかドアを開け車から降りた。

 ふらふら~、ふらふら~。っと、ふらつくむつみさん。

「おっと、ほんと先生は甘えんぼさんなんですから♪」

 ふらっいているむつみを、みやびが腕を組んで支える。

「に、にゃんか恋人っぽいよね、これ」

「へっ? なにか言いました?」

 どうやら聞こえていない。フラグは立たなかったようだ。

「さあさあ! センセ♪ 好きな物買ってくださいね♪ もちろん費用はこっち(会社)持ちなので安心してくださいね♪」

 すこぶるご機嫌にむつみと腕を組みながら、反対の手で買い物かごを持つみやびさん。

「あ、あんまりいらないかも……」

「もう先生ったら、遠慮さんなんですから♪」

 きっと遠慮ではない。本能で胃が本格的に食べ物を拒絶しているのだろう。いやむしろ今のむつみなら、逆に『元食べ物』だったモノを提供してくれそうな勢いだ。

「じゃあ、私が適当にジュースやお菓子買っちゃいますね。先生も好きなのあったら、遠慮なくかごの中にどうぞ♪」

「……」

 むつみの胃さんが、もう喋ることすら拒絶反応。

「あ~っ!? このポテチ新作みたいですね♪ 是非ともコレは買いましょうね♪」

 みやびはグロッキーのむつみを尻目に、新作のポテトチップス『イカにも人参っぽい味』をぽい♪ っとカゴに放り入れた。

「おぉっ! これも探してたやつですよ! これも買いっと♪」

 どうやらみやびさんはお菓子が好きらしい。……特に会社の金(経費)で買うことが!

 ピッ♪ ピッ♪

「……合計で8832円になりま~す♪」

 レジのカワイイ店員さんがにこり♪ と笑顔(0円スマイル)接客をする。対して未だグロッキー状態のむつみさんは『マイナス0円スマイル』実施中。

「……では、これで♪」

 みやびが差し出したのはなんとあの有名なクレジットカード様! そう『ブラック・クレジット・カードゥ!?』だった。もちろんむつみは初めてブラックを見た。「黒い! 黒すぎる!? 一体どんな悪いことをすれば、こんなに黒くなれるのだろう……」とむつみは訝しげに見ていた。

 じ~っ。っと、むつみがブラックカードを見てそう考えていると、

「ん???」

 みやびの頭に『?』マークがたくさん。「いや、なんでもないよ」とむつみは動揺を隠す。

 そして会計を済ませ袋詰めの場所にかごを降ろすと、みやびは紙をもぐもぐしているヤギが描かれたエコバックを取り出す。カードはブラックでもエコバックをちゃんと持ってるわけなんだね。

「あっ、これですか? えへへっ~。かわいいでしょ。私のお気に入りのエコバックなんですよ♪ なんと表だけじゃなく、ほら裏にもちゃんとヤギさんが描かれているんですよ♪」

「(意外と言ってはなんだが、みやびさんってかわいい女性ひとなのかも……)」

 そんなことを思いつつ、むつみは袋詰めをした。

「先生やっぱり私が持ちますよ」

「いいから。いいから。僕も一応は『男の子』だしね!」

 みやびが荷物を持とうとするが、自分で持つと手で静止するむつみ。

「じゃあ……二人で半分個しません?」

 お菓子やジュースが入ったエコバックをみやびと二人で持った。もちろん腕は組んだままである。

「(ちっ)ありがとうございました~♪ (このやろー)」

 きっと幻聴に違いない。そうに決まっている。さっきのカワイイ店員さんが舌打ちしながら、ちょっち怒っているように見えたのも幻覚の一種であろう。きっとそうに違いない。

 そしてむつみさんはスーパーを出ると、気づきたくない現実に気付いてしまった。いや本当は最初から気付いていたけど、脳が勝手にストッパーとして考えることを拒否していたのだろう。そう『行く地獄』があるのなら『帰り地獄』もあるのだ。

「ね、ねぇ、みやびさん。……もしよかったらさ、帰りはバスにしない?」

「へっ?」

 だが、みやびにはむつみの意図が伝わらなかった。

「いや、ほらさ……しゅ、取材の一環としてだよ。実はボクね、バスとかに乗ったことないんだろねー。あははははっ……」

 理由としては、あまりにも苦しい。苦しすぎる。むつみさんの言い訳。

「えっ? そうなんですか先生? うーん……やっぱりダメです(きっぱり)」

「どうしてさ! まだ体験したことないんだよ! せっかくの初体験はつたいけんなんだよ!!」

 みやびが運転する車に乗りたくないからと、やたらと『初めて』にこだわるむつみさん。

「いえ、別にダメってことはないのですが……でも先生の場合『体験しない』方が良い作品書けますよね?」

「……はい」

 そう正にそのとおりである。もはや何の反論もできません。むつみさんは実は『恋愛モノを書いてたのに恋愛したことない』のです。はい。

「まぁ私もまだ体験したことないんですが……ごにょごにょ」

 みやびさんも恋愛未経験だったらしい……。ちょっと安心するむつみさん。

 ピピッ♪ 電子音が鳴り、ハザードが2回点灯してドアのロックが解除された。

「しまった!?」 

 いつの間にやら、みやびさんの車のドアまで来てしまっていたのです。

「あっ、荷物は後ろのトランクに入れますからね♪」

 放心演技状態のむつみを他所に自分の車で帰る気満々のみやびさん。そもそも車で来店し、帰りはバスで帰るなんてのは普通にありえないのだ。シートベルトを締め、目を瞑るむつみさん。なにやらむつみさんがぶつぶつ唱えてるが、小さくてよく聞こえません。

「では先生のお家に帰りますか♪ ちゃんと帰りは先生の為に、ゆ~っくり安全運転でいきますから♪」

 既に『行き地獄』を味わっているむつみにはその言葉すら信じられなかった。

「(だってさ、だってさ、『みやびさん』がフロントのドリンクホルダーに水の入った紙コップ置き出したんだもん)」

 そう見れば行きには無かったはずの紙コップが、むつみの目の前に鎮座していたのだ。

「あっこれですか? コップの水を零さないように回すように運転すれば安全なんですよ♪ っと、どこぞの厚揚げ屋のオヤジも言ってましたよ♪ …………たぶん」

 もうむつみさんには『たぶん』だろうが『駄文』どうでもいい感じになっています。安全運転との言葉とは裏腹に『グワン♪ グワン♪』とアクセルを吹かすみやびさん。その刹那、きゅるるるる♪ ……この音って、きっとタイヤさんとむつみさんの断末魔だったんですね(現在確信形)。

 それから帰り道も色んなことがありました。交差点でドリフトしたりっと、なんやかんや。そうこうしている内になんとか家に着きました。

「(…………もう何も思い出したくもないよ。うっぷ)」

 むつみさんは今にも口から宝物を吐きそうになっていました。

「いや~、ちゃんとコップの水を零さずにドリフトできましたね♪ やっぱりコップの中で水を回すのが『コツ』なんですねぇ~♪」

 ちょっとみやびさんが何を言ってるのかよくわからない。

「あ、あれ~っ???」

「……何かあったの、みやびさん? もう大抵のことじゃ驚かないからね!」

 恐怖も終わったのでなんでもこい! スターを取り、無敵状態のむつみさんは強気です。

「いや、でもなぁ~……」

『何か』を考えこむみやびさん。

「んっ??? もしかして……何か買い忘れたの?」

「あっ、いえね。実は……車を止める際なんですが、私まだサイドブレーキ引いた覚えがないんですよ。なのに、なのにですよ。既に引いてあったんですよ。不思議なことってあるモノですねぇ~♪」

「ホワイ? ……なんだって???」

 何やらみやびさんが、とても重要なことを怖く述べてらっしゃいます。

「もしかして走行中……いえ、スーパーの駐車場からずっとサイドブレーキ引きっぱなしだったのかも知れませんね! な~んて思っちゃったり。どうりで車が変な挙動するわけですよねぇ~♪」

「あはははっ……」と誤魔化すように笑うみやび。

「(ざわざわ、ざわざわ)」

 ただいま、むつみさんは賭博屋っぽい描写になってます。

「ま、大丈夫でしょう! ウイスキーだってそんなこともありますしね♪」

 みやびさんはきっと「何も足さない、何も引かない……」っと言いたかったんだろう。みなさんは車を止める際はサイドブレーキはちゃんと引きましょう! そして車で走り出す際はサイドブレーキの存在をお忘れなく!!(確実必然事項です)


「この世のすべてを忘れよう……このポテチを1枚食べるごとに! (パリッ)」

「な~に『その日暮らしの嘆く頃に』の主人公の真似してるんですか先生? あっそれ美味しいですか? 『イカにも人参っぽい味』。私にも1枚くださいよぉ~♪ う~ん……っぽい味ですね! あっでもこれならお酒と合うかも♪」

 こぽこぽこぽ♪ みやびは空いたグラスへと波々とウーロン茶を注いでいた。

「ぷはぁ~、やっぱりポテチにはウーロン茶に限りますよねぇ~♪」

 みやびさんはグラス1杯のウーロン茶を一気飲み。みやびさんは車だからお酒を飲まないのではない。正確にはむつみ同様にお酒が飲めない体質なのだ。その代わりに、

「せんせぇ~♪ 飲んでますかぁ~ウーロン茶! やっぱおとこならウーロン茶ですよね♪」

 みやびさん、あなたは『女性』なのです。

「み、みやびさん? その……もしかしなくても『ウーロン茶』で酔ってるの?」

 聞いてはいけないことを聞いてしまう、むつみさん。

「よ、酔ってなんかいませんぉ~♪ ただウーロン茶を飲んでお酒を飲んだみたく、ちょぉ~っと気持ちよくなってるだけですぅ、えへへへっ~~♪」

 世間一般ではそれを『酔っ払う』というのです。どうゆう原理か、みやびはウーロン茶で酔う体質らしい……まぁ薄々は気づいていたけどね。

 むつみは先ほど完成したばかりの作品(キミキス)のヒロイン『葵』のことを思い出していた。葵も主人公と一緒に寮の部屋でウーロン茶を飲み、酔っ払って散々からんだ挙句に寝てしまい、主人公である智也に寝ながらファーストキスを奪われるシーンがあったのだ。

「せんせぇ~、せんせぇ~ってば♪ にゃ~んでそんなに~、二人になったり三人に増えてるんですかぁ~? あ~っもしかして、せんせぇ~は忍術使えたりします? 忍術ぅ~っ! せんせぇ~は伊賀派ですか? 甲賀派なんですか? にんにん♪」

 指を上下に繋げ「にんにん♪」と忍者っぽい真似をするみやびさん。正直むつみさんには『伊賀』でも『甲賀』でも違いがわからないので、どちらでもよかった……もしかすると大穴で『風魔派』かもしれませんしね(笑)。

「せんせぇ~、せんせぇ~ってばぁ~♪」

 みやびはむつみに体を預けるように寄りかかり、首に腕をかけ密着する。どう対応していいかわからずに困惑するむつみ。あと酔っていて力加減ができないのかちょっと痛い。でもみやびの大きな胸がむつみの胸に当たっていて『気持ちいい』と思ってしまうイケないむつみさん。「これが噂に聞く『天国と地獄』ってやつのなのか!」っと、むつみそれを肌で直接実感していた。

「せんせぇ~、せんせぇ~は偉い! 作家としての『才能もない』のに作家になるなんて。ほんと惚れ直しちゃいますよぉ~♪ にゃ~んて、ね♪」

「えっ!? ぼ、ボクって才能ないの!?!?」

 わりとショックなことを聞かされ、またしゅんっと捨てられた子犬のように落ち込んでしまうむつみさん。

「う~ん~? どうしたんですかぁ~しぇんしぇ~? そんにゃに落ち込んでぇ~?」

「今みやびさんがボクのこと作家として才能ないって(泣)」

 戦後最大級にしょんぼりとするむつみさん。

「だ、だれだ~!! 私の大切なせんせぇ~に、才能がないなんていったのわ~。わったしが成敗してくれるゅ~♪」

 あなた、あなたです、みやびさん。みやびはありもしない刀の代わりにポッキーを1本持ち、両手で握りながら、ザシュザシュ♪ っと口で言いながら、むつみ目がけて十字斬りの真似をする。もうめちゃくちゃ。呂律が回ってない。言ってることが前後ばらばら。喜怒哀楽が激しすぎ。

「(あとさ、さっきボクのことさりげな~く、2回も斬り捨てたよね?)」

 もう完全に収拾がつきませんでした。


 それから数十分後。

「みやびさん? みやびさんってば、寝ちゃったの? みやびさん。おつかれさま」

 みやびはむつみに体を預けたまま『すーすー』と寝息をたてている。どうやら疲れて眠ってしまったようだ。

「ふふっ。みやびさん僕よりも年上なはずなのに、子供みたいなかわいい寝顔♪」

 むつみはみやびの髪を優しく撫でながら素直にそう思う。そして自分の中でみやびの存在が少しずつ大きくなっていくのを自覚していた。

 みやびと出会い、そして自分の担当になってくれて約半年。最初は担当として仕事が出来きるっと、みやびを尊敬するだけだった。恋愛モノを書くのにデートすらにも行ったことのないむつみの為に、一緒にデートの真似事で映画や遊園地でのデート(仮)をしたこともあった。

 そのときからむつみはみやびのことを好きになっていたが、美人すぎるみやびは自分にとって高値の華であり、作家にすらなれない自分なんかでは釣り合うわけがない。だからそんなみやびのことを、ただ遠くから眺めているだけで満足だった。

 花は観る分には美しいが、だからといって摘んでしまえばやがて枯れしまう。そう言い聞かせて自分自身を納得させていたのだ。

 自分みたいなデビュー前の売れるか売れないか、判りもしない似非作家ではみやびのことを不幸にしてしまう。仮に告白できたとしても振られるのが『オチ』だろう。だったら今の『作家とその担当さん』という居心地の良い関係を続けていくのも、『アリ』だと考えていたのだった。むつみはそう考えることで、みやびへの自分の気持ちを押し殺していたのだった。

 だがそれも……最近みやびへのその気持ちが抑えきれないと気づいた。毎日毎日、逢うたびに違う表情をみせてくれるみやび。時に怒られ、共に笑い・泣き、そして共に作品作りを通して、お互いを知る。そんなみやびのことをむつみが好きにならないわけがない。これほどまでに人を好きになったことは人生でも初めてだった。

 今日だけでもお菓子好きなことや、車に乗ると性格が変わること、ウーロン茶を飲ませると酔って、かわいい感じになり、そしてカワイイ寝顔を見せてくれること……むつみにとってそれだけでみやびのことを『好き』になるには十分だったのだ。

「みやびさん起きてる?」

「(すーすー)」

 どうやら起きないようだ。部屋には眠り姫のように美しく眠るみやびの寝息と、うるさいくらい高鳴っているむつみの心臓の鼓動だけが聞こえた。自分の肩に頭をもたれているみやびの髪を、起きないよう少しだけかきあげてあげる。

「とても綺麗だ……」むつみは寝ている彼女を見つめ、そう思わずに入られなかった。

 艶やかでシルクのような手触りの長い黒髪に整った顔、想わずキスをしたくなるような魅力的でリップを塗ったくちびる、とても柔らかそうな大きめの胸、抱きしめたら折れてしまいそうな腰、いつでも触りたくなるようなお尻、すらっとした長い足。

 むつみには、その一つ一つがなにものよりも魅力的に映っていた。自分の作品である『キミキス』の展開を思い出し、胸のドキドキが止まらなかった。そしてついに我慢できずみやびを起こさぬよう耳元で、主人公である智也と同じセリフを甘く囁いた。

「みやびさん…………好きだよ」

 告白としてはあまりにも何の捻りがない。だが、恋人どころか告白すらしたことのない、妄想オンリーまっしぐらのむつみにとっては、眠っているみやびに「好き」の一言を言うだけでも精一杯なのだ。そして何故だか、みやびの頬がやや赤くなったように見えた。

「みやびさん起きてるの?」

「……(すーすー)」

 返事はない。寝息も変わっていない。みやびはまだ眠り姫から覚めないようだ。

『キミキス』だと寝ている葵に智也がキスし、その瞬間葵が起きてしまう展開だった。だが寝ているとはいえ、好きな人に告白したことによって、逆にむつみのみやびに対する『好き』という気持ちは抑えられるものではなかった。

 そしてもう一度だけ……みやびの耳元に口を近づけ、セリフを甘く囁いてみた。

「みやびさん、起きないの? 起きないと……き、キスしちゃうからね!(照)」

「…………」

 まだ反応はなかった。

「みやびさん……今ならまだ間に合うよ? ボクほんとにしちゃうからね……」

「…………」

 もしここでみやびが目を覚ましたらどうしよう……。これはキミキス《物語》とは違い、むつみとみやびはまだ恋人同士ですらないのだ。今この瞬間にみやびが目を覚ましたら、絶対に『今の関係』は続けられなくなるだろう。

 下手をすれば担当を外れ、もう2度とみやびとは逢えなくなるかもしれない。でももし……ここでキスしなかったら、一生みやびとキスをすることができないかもしれない。そう思い、むつみは決断したのだった。

 みやびを起こさぬよう、リップの付いたくちびるにそっと近づき目を瞑る。

「(ちゅっ)」

「…………」

 触れるか触れないか、それはとても軽いキスだった。だがむつみとっては生まれて初めてのファーストキスだった。

「えへへっ。みやびさんとファーストキスしちゃった♪」

 たったそれだけで、むつみにはとても幸せを感じた。

「みやびさん。起きないともう1度キスしちゃうけど、いいの?」

「(ちゅ)」

 今度は眠っているみやびの返事を聞かずの2回目の軽いキス。2度目はほんのちょっとだけ長めに。唇を離し目を開けるとみやびの顔がとても近く、見惚れてしまう。

「僕だけの『眠り姫』ずっとずっとこの瞬間(とき)が続けばいいのに……」

 それは自分が書いた『キミキス』のセリフではなく、真の心から出てしまった言葉だろう。

 みやびは眠っていた。だが、どこからか音が聞こえるが意識が遠く、それを認識できない。それよりも今はこの温かなぬくもりを満喫するほうがよい。それは何かに抱きしめられてる感覚だった。

「(うにゃ~、うにゃ~)」

 本当に心地が良いのだろう、みやびが猫さんになる。顔に暖かく、そして優しい何かがあたり鼻をくすぐる。

「(うにゃ? うにゃにゃ?)」

 そして、頭を撫でられてるような感覚がまた心地よい。子猫が甘えるように、すりすりっと顔をそれに擦りつける。

「(むっちゃ~ん♪)」

 みやびは自分の家のベットに住む、それと勘違いしていた。

 みやびのベットには毎晩一緒に寝ている『むっちゃん』こと、2m近い大きなヒグマのぬいぐるみが1ヶ月前から住んでいた。そのむっちゃんとは、昨今の不況で日本では就職できずに博打の借金からアラスカで鮭を獲るアルバイトに精を出す、単身赴任のテディベアであった……っというみやびの脳内設定だった。

 などと思っているとみやびの目の前にアロハシャツを着こなし、サングラスをかけキメている茶色のヒグマが一匹現れた。そうそのヒグマとは、アラスカ帰りの日焼けしたむっちゃんことそのクマだったのだ。きっとG・W休暇で日本に帰ってきたのだろう。またポーカー(賭博)に嵌まらなければいいのだが……。

「む、むっちゃん! 本当にむっちゃんなの?」

「やぁみやび! 久しぶりだね。ハハハッ~、そういえば前に送った銀鮭は食べてくれたかな? あれは捕まえるのに苦労したんだぞ!」

 久しぶりの再開に、みやびはむっちゃんの胸に飛び込む。

「むっちゃん! アラスカからやっと帰ってきたんだね! 寂しかったんだからっ!!」

 みやびはむっちゃんの胸に顔を押し付け、すりすりと感触を確かめるように甘える。

「むっちゃん。私やっぱり、むっちゃんが傍にいてくれないとダメなの! だから傍にいて抱きしめてくれないと夜眠れないの。だからね。だから……今夜は私が寝付くまで一緒にいてくれる?」

「ハハハッ~。みやびは困ったやつだ~。やっぱりみやびにはこのオレがいないとダメなんだなぁ~。いいぜ、今夜はオレが朝までしっかり寝かしつけてやるからな♪」

 っと泣いているみやびを慰めるように、器用に前足でみやびの頭をナデナデするむっちゃん。

「うん♪ むっちゃんに頭ナデナデってされるの好き。大好き♪」

 大好きなむっちゃんにナデナデされ、さっきまで泣いていたのがウソのように笑顔になる。

「おっと、そういえば忘れてたぜ。今日はみやびに紹介したい『クマ』がいるんだよ」

「紹介したいクマさん?」

「さぁ遠慮せずに入っておいで♪」とむっちゃんが手招きする。

「初めまして(ぺこりっ)」

 そこには、むっちゃんよりも少し小さめのメスのグリズリーがいた。

「ち、ちょっとむっちゃんこれはどうゆうことなの!? 誰なのこのメスグマは!?」

「まぁ理由を話すと長くなるんだが……みやびには悪いが、実はアラスカで出来た新しい恋人(恋クマ)なんだ♪」

「~~~~~っ!?」

 あまりの出来事に言葉を失うみやび。

「新しい恋人(恋クマ)ってどうゆうことなの!?」

 みやびはむっちゃんに詰め寄る。

「ど、どうゆうことって……そのままの意味さ。オレの鮭を獲る姿があまりにも、かっこよすぎて一目惚れしたらしいぜ。あとなんか借金がどうたらこうたら……」

 キラッ♪ 前歯を輝かせ、キメ顔をするむっちゃん。

「むっちゃん! それは都合の良い様に騙されているんだよ! だってその子、グリズリーは鮭獲るの下手なんだよ! どうせ、むっちゃんにばかり鮭を獲らせる気なんだよ!」

 みやびはむっちゃんに「そのメスグマだけはやめておけ!」と言わんばかりにまくし立てた。

「ふっ。それならそれでもいいじゃねぇか。メスに頼られて、嬉しくないオスはいないってことさ。コイツの為なら、オリャは何匹だって鮭を獲ってやるぜ!」

 無駄にかっこいいむっちゃんだが、要はただ騙されているだけだった(笑)

「じ、じゃあ私はどうなるの!?」

「オレは、同じメスを2度抱くことはないのさ。そういうわけでだなみやび……オレはこれからカナダで鮭を獲らなければならないんだ。実はコイツがさ、カナダでも鮭を獲るオレの姿を見たいっていうんだよ。あと生命保険に加入がどうたらこうたら……」

 っと照れながら頬を爪でガリガリするむっちゃん。

「それじゃあな、みやび! オマエもオレのことは忘れて新しい恋に生きるんだぜ!」

 そうして恋人ならぬ恋クマの肩を抱きながら、むっちゃんは離れていく。

「ま、待ってむっちゃん! 私を置いて行かないで!」

 追いかけようとするが、距離が縮まらない。そこで、再びみやびは暗闇に包まれた。


 ゆさゆさ、ゆさゆさ……。みやびは視界だけでなく、体ごと誰かに揺り動かされていた。

「う~ん。むっちゃん~、わたしを置いてかないでぇ~……」

 またゆさゆさ、ゆさゆさ……と、先程よりも強く体を揺すられる。

「み、みやびさん泣いてるけど大丈夫? ねぇ、みやびさんってば!」

 揺れの正体はうなされ泣いているみやびを起こそうとするむつみだった。

「う~ん~……この声はむっちゃん?」

 みやびはまだ目を瞑ったまま、夢心地だった。そしていきなりパチリっとみやびの目が大きく開いた。

「だ、大丈夫みやびさん?」

 じーっ。と何かむつみの方を見ているが、みやびの反応はない。

「……っ!? むっちゃん! むっちゃんなのね!?」

 ガバリッ。そして勢いよく起き上がると、むつみの首に手を回し胸に顔を埋め、体を強く抱きしめる。

「あ、あの、あの、みやびさん!? だ、大丈夫なの???」

 いきなりのことで混乱するむつみ。

「良かった! わたしの元に戻ってきてくれたのね! やっぱりあんな灰色だけが取り柄のメスグマなんてダメよね! わたし、やっぱりむっちゃんなしじゃ、夜眠れないの!! だから、だから! もうわたしのそばを離れないで!」

「わかった。だから安心しろよ、みやび……」そう答えるように、むつみはみやびを強く抱きしめて頭を優しく撫でてやる。そうして1分程が経ち、ようやく夢から完全に醒めたのだろう。

「あ、あれ? ここはどこ???」

見慣れぬ家具にベット「ここはわたしの部屋じゃない……よね?」と言わんばかりに部屋の中を見渡すみやび。

「(確か先生の作品が完成して、原稿を受け取り帰ろうとしたけど、先生に引き止められ、それから先生の部屋で打ち上げをして……)」

っと頭の中で状況を1つ1つ整理するみやびさん。

「う~ん……」

考えるように、少しずつ状況を思い出す。

「っ!?!?」

やっと状況を把握したのだろう。でも、どうしていいかわからない。というか動けなかった。

「えっと、おはよう。みやびさん。気分はどう?」

そう優しく耳元で囁かれた。

「せ、せんせぇ!?」

ラノベのヒロインのように甘く耳元で囁かれてしまい、素っ頓狂な声を出す。

そしてみやびは自分がむつみに必死にすがるように、抱きついていることに今気づいた。

気恥ずかしさからか、すぐさま離れようとするが、逆にむつみはみやびを胸で強く痛いくらいに自分の方に抱きよせ、みやびの髪を優しく撫でる。

「もう少しこのままでいいよ」

「うっ(照)」

正直みやびは、この状況に少しだけ酔いしれていた。……やっぱり訂正。かなりこの状況に酔いしれていた。ラノベはもちろん、少女漫画なども普段からよく読み、「いつか自分もそのヒロインのように、自分だけの王子さまがきっと現れてくれるはず!」そう願い、今の歳(30歳)までずっと待っていたが、幼稚園から大学院までずっと女子校だったので、憧れの王子さまは愚か、そもそも男性と知り合う機会さえなかったのだ。

大学院卒業後も、自分の祖父の会社でもある『不死鳥書店』に就職してからも、担当するのは女性作家ばかりで、やはり男性と知り合う機会はなく、身近な男性といえば、もっぱら祖父と父親だけだった。

異性と付き合ったことがなく免疫がないみやびにとって、こんな風に痛いくらい強く抱かれ、でも優しく髪を撫でられ、抱きしめられたら、ドキドキしないわけがない。

それは自分が憧れていた、絵に描いたような少女漫画のヒロインみたいなシュチエーションならなおさらだ。

胸の高まりが治まらない。息をするだけでも苦しい。

それは本の中の主人公とは違う『本物』の異性に対して感じるモノで、初めての感情で戸惑ったが、むつみを好きになるのはこれだけで十分だった。

いやそれは、正しいといえない。

なぜなら元々、みやびはむつみと出逢う前から、『好き』だったのだ。

それは、むつみの作品をはじめて見たときからの感情だった。

常にチャレンジする、『既成概念に囚われない新人作家』を発掘する為の社の方針、『新人ライトノベル作家チャレンジカップ第7回』に審査員として、みやびは参加していたのだ。審査員として選ばれたのは、ただ創設者の孫としてではない。

若く審査員として、また作家の担当としての経験もまだまだ十分と言えなかったが、『今』の不死鳥書店があるのはみやびの功績がとても大きく、審査員になるのはむしろ必然的だったのだ。

 ……とは言ってもみやびは『審査のプロ』としてではなく『読者に1番近い存在』として、この作品は面白いか面白くないか、購買層である若い読者の心に響くか響かないか、またこの作家は売れるか売れないか、売れずとも育てれば将来性があるかないか、などを審査することを任されていた。それは会社の将来を左右するとても重要なポジションだと言えるだろう。

なんせ、会社の将来がみやびのその肩、そして判断にかかっているのだから。

もっともそれは、みやびにとって初めてのことではなかった。


 今から遡ること12年前のことである。不死鳥書店がまだ伏見ふしみ書店と呼ばれていた頃の話になる。12年前の当時、みやびの祖父であり、伏見書店の創設者でもある伏見大次郎ふしみだいじろうは、会社の命運を決める大事な決断を迫られていた。

 ITバブル崩壊後、世間ではまったく『モノ』が売れない大規模な経済不況超デフレ時代に突入していた。当然出版業界もその煽りを受け『出版氷河期』を向かえていたのだ。更に間の悪いことにインターネットの発達による本の販売・電子書籍化・スマートフォンの登場など技術の進歩によって、さらなる窮地に追い込まれる状況にあった。

 本のネット販売は自宅で簡単に注文でき、そもそも書店に行かなくて済む。電子書籍化は本のデータがデジタル化され、いつでもどこでも本が読めて物理的な煩わしさを一掃した。だがそれによって出版業界は自己そのものの存在を否定した。またスマートフォンの登場により、小説だけでなく漫画などの本自体を読まない若者を増やしたのだった。

 それらは大手老舗出版社でさえも、何社も倒産させるほど業界を震撼させる出来事だった。業出版界は生き残りを賭け業界の再編を推し進めるのだった。業界5位の伏見書店も例外ではなかった。業界最大手『丸川書店』から敵対的M&A(merger and acquisition合併と買収)を持ちかけられたのだ。だが創設者の大次郎は、「それでは自社の自尊心が保てなくなる!」とこれを突っぱねこう公言したのだった。

「わが社は、既成概念に囚われず、何者にも縛られない自由な作風と、なによりも、常にチャレンジ精神あふれる作家と、共に業界を変えてみせる!」

 きっとこれがフラグ(引き金)になったのだろう……。

 そのあまりにも自由すぎる作品は一般受けせず、また大次郎の独断と偏見も相成って、みるみる内に出版部数が劇的に落ち込み、衰退の一途を辿ることになった。前フリどおり大二郎は、きっちりっとフラグを回収するのだった。

 そうして来月にも倒産か、または会社を他社に売却するか、本当にその瀬戸際の時の出来事が大二郎をまた会社の存在自体を大きく変えるのだった。

 それは朝食の時間だった。自分の孫娘であるみやびが、なにやらカワイイイラスト付きの小説(文庫本)を読みながら食事をしていた。それを見ていた大二郎は、

「……こんな若者でもまだ小説を読むのだな」

 孫娘であるみやびを叱るよりも先にそちらにばかり気をとられていた。そしてみやびが栞を挟み、紅茶を手にとるためにその本を一旦テーブルに置く。大二郎の目に『カワイイ女の子の表紙・長いタイトル』が目に入った。

 っとそのとき、大二郎の心の中に『何か』が引っかかったのだ。

……すると大次郎はみやびの読んでいる最中のラノベを強引に手に取り、そして「これだ!」っと大きく叫び、大次郎はその『何か』に気づいたのだった。ラノベことライトノベルは、いわゆる若いライトオタク層(10代前後の学生)をターゲットに作られ出版不況知らずで、急激な成長期に入ったばかりだった。

文庫本(A6)サイズで価格も600円前後と学生でも比較的買いやすく、ページ数も200ページと読みやすい。また表紙にカワイイ女の子が描かれ他の小説よりも挿絵も多く、小説に対する堅苦しいイメージの敷居を下げた。大次郎は孫娘のみやびに対して「この小説は面白いのか? 周りで人気があるのか? この手の小説を何冊持っているか? どこの出版社だ?」などと鬼気迫る勢いで質問し捲くし立てた。

 みやびはいきなり迫られ、普段物静かな祖父とのギャップに困惑していた。こんなに力いっぱい、感情あふれる祖父を目の当たりにするのは初めてだったからである。

「え、えぇおじい様。これはワタクシの女子校学校でも人気があり、シリーズモノとして関連小説が10冊ほど出ています。ワタクシのクラスでも何人か読んでいるのを見かけたことがありますわ。ワタクシもこの前友達から初めて借りて以来、このシリーズが好きになりましたわ。この本の出版社はその……丸川書店……ですわね」

 みやびはやや言いにくそうに丸川書店と大二郎に告げた。

「そうなのか!」と大次郎はただただ驚き、裏表紙を見てみる。そこには丸川書店のマークとカワイイ女の子の絵が載っていた。そう『丸川書店』とは皮肉にも伏見書店に敵対的M&Aを仕掛けてきた会社そのものだった。昨今の出版不況でも業界最大手の丸川書店はラノベの分野で急成長を遂げていたのだった。普段から「若者が小説など読むわけがないっ!」などと勝手に決め付けていたからこそ、大二郎にとってみやびのその話は衝撃的だったのだ。

「この小説、最近ではライトノベル略して『ラノベ』と言うらしいのですが、ページ数もそれほど多くなく表紙や挿絵もカワイイモノが多くまた小説が苦手な若い方でも読みやすく、一冊あたりがそんなに高くなく学生でも比較的買いやすい値段なのですよ。ワタクシもこの手のラノベは数百冊は持っておりますわ」

 灯台下暗しとは、まさにこのことを指すのだろう。出版業界で数十年、良質な本を作り販売してきたが、固定概念から伏見書店では若年層の小説に対する潜在的購買意欲をマーケットリサーチしてこなかったのだ。

 そこからの大次郎の行動は目を見張るものだった。すぐにライトノベルに対する、購買層・人気・他社の販売部数やジャンルなどを徹底的にリサーチ・研究、そして『ラノベ業界』はこれからも伸びる産業と判断した。すぐさま経営会議を開き、製作途中の作品も含み、伏見書店すべての作品をラノベにするよう強引に経営を方針転換するのだった。

 もちろん度重なる、大次郎の独断独裁、そしてその失敗から重役たちは大反対した。だが、『既』に会社は倒産寸前だったのだ。明日おも知れぬ会社の状況で『どうせ潰れるなら派手に散ろう!』っと最後にはしぶしぶながら賛成するのだった。

 そうして「ラノベの購買層である若者は何を求めているか?」それだけに焦点をあて、徹底的にリサーチ・研究をし、『常識にとらわれないラノベ』ばかりを出版することにした。

 大次郎のその経営判断は功を奏す。出す本、出す本、それらすべてが100万部越えばかりだったのだ。倒産寸前だった伏見書店は、まさに不死鳥のごとく息を吹き返したのだ。その経験を元に社名を伏見書店(ふしみしょてん)から、絶対に死なない『不死』から名を取り不死身書店(ふじみしょてん)っとするよう命じた。

 だが、そんな大次郎の独断に孫娘で会社の救世主でもあるみやびが一言発言する。

「なんだか『ゾンビ』みたいな名前で、また倒産してしまうのではないでしょうか?」

「うん。確かにそのとおりだ! 縁起悪すぎる! 誰だこんなのを考えたのは!」すぐさま大次郎は自分の事を棚にあげた。その変わり身の早さといったら、そこいらの政治家を凌ぐほど素早かった。

「では代案はないか?」と大次郎に聞かれたみやびは、

「1度死んで不老不死を得る鳥『不死鳥(フェニックス)書店』が良いのではないでしょうか?」

と意見し、まさにみやびの鶴の一声で即決定された。

『1度倒産しかけ蘇った会社、もう2度と死なない(倒産しない)不死』とも掛かっており、2重に縁起が良い。そこから会社はまさに絶好調。不死鳥はどこまでも羽を伸ばした。今まで会社の経営とは無縁だったみやびも、これを機会に女子学生ながら、経営に意見を言う立場になった。特に祖父の大次郎は、常にみやびを気にかけ、またその意見にも耳を持つようになっていた。

 そしてその日から大二郎は「みやびたんはワシの嫁!」っとラノベっぽいことも言うようになっていた。じいさん、それマジで毒されすぎだから(笑) by作者ツッコミより

 またみやびの提案で「新人ラノベ作家を発掘するのはどうだろう?」っとまだ名を知れぬ小説家への門戸を広げてみることにした。これが後の『新人ライトノベル作家チャレンジカップ』の前身になるのだった。そこにむつみが作品を応募し、むつみの作品と出逢い、みやびは一目惚れしたのだ。この作品を書いた人は、一体どんな人なんだろうと日々想いを馳せるのだった。

 だが、むつみの作品に対し他の審査員達は一様に「う~ん……これは一般受けしないのではないか?」っと首を傾げた。だがみやびは「この作家は将来大物になる!」と断言し、将来性ある作家として半ば強引に起用することにしたのだった。父親の現社長よりも、そして創設者である祖父の会長大二郎よりも、発言権が重いみやびの言葉に誰も逆らえるわけがなかった。

 正直むつみ応募した作品はチープな恋愛モノだった。ストーリーは単純なのだが、構成や何気ない伏線が多く、読んでいる者の期待を好い意味で裏切り楽しませてくれた。そしてみやびは何度も何度もむつみの作品を読んでいるうちに、みやびはむつみの凄さに気付いた。作品は3部構成で、それぞれがまったく関連性がなく単体で楽しむモノだった。ジャンルも登場人物も方向性もまったく違い、『単体で楽しむ作品』である。それなのに……である。

 何故だか何度も読み返す内に、それぞれの話が少しずつ繋がっているように感じたのだった。読み返せば読み返すほど『それ』は強くなった。そして、この作品自体が『スタンド・アローン・コンプレックス』だと気づく。

 それぞれ3つの物語が独立した(スタンド・アローン)作品(エピソード)であり、3つを作品として合わせる、複合(コンプレックス)。それによって、4つ目の本当の作品がスタンド・アローン・コンプレックスとして顔を見せるのだ。

 1、2回読んだだけでは『コレ』に気づかないだろう。たとえプロの編集であっても。みやびはこの瞬間「この作家は担当さえ付けば、将来大物に化ける」と直感した。「どうやってこんなことを思いついたのか?」

 みやびはますます『大槻むつみ』という作家が気になっていた。「直接この本人に逢ってみたい! そして少しでも言葉を交わしてみたい……」日に日にみやびの想いは募るばかりだった。 

他の審査員には『ハネられた』がみやびが感じる可能性を信じ『将来性がある作家』として選ばれたのだった。もっとも新たに新作を書き、他審査員をも納得させる新作でなければむつみをデビューさせることはできない。みやびの発言と独断だけでもむつみを単に『作家としてデビューさせる』ことは簡単だが、審査員すら納得できずに読者を納得させられるわけがない。 

読者が納得できなければ本を手に取ってすらもらえない。延いてはむつみの才能自体を潰すことになるのだ……みやびの手によって。それだけは避けたい。このような逸材はもう現れないかもしれない。

だからむつみには、応募した作品とは別に新作を新たに書いてもらい、それで他審査員を納得させる腹積もりだった。みやびは自らむつみの担当に志願した。

「作品がどのように生み出されるか知りたい……」むつみの一人目のファンとして、その欲求は我慢できるモノではなかったのだ。

 そして『打ち合わせ』と称し、本社である東京の不死身フェニックス書店編集部に招き、初めてむつみと逢う当日になった。だが、みやびはとてもそわそわしていた。地方に住むむつみとって慣れない複雑な都会のせいか、「電車に間違って乗ってしまい、約束の時間から少し遅れる」とむつみから連絡があったのだ。

 みやびは自分をこんな気持ち(焦らす)にしてしまうむつみのことが憎かった。「憎い? いや憤り? はたまた嫉妬? それともこれから実際に会う不安?」そんな気持ちが、みやびの中でグルグルと入れ替わる。

 コンコン♪ そしてついにみやび専用の部屋のドアが控えめに鳴らされた。 


「(来た! 来ましたわー!? ついにあの『むつみ先生』が来たのね!)」

 ちょい腐女子っぽい発言を口にし、みやびの胸のドキドキは最高潮になる。

「んっんー。ど、どうぞ開いてますわよぉ~♪」

 緊張からか、少し語尾アゲアゲ気味で今にも歌でも歌い兼ねないほどだったが、言い直す間もなく無常にもドアが開けられた。

「あの~お嬢様。会長(大二郎様)からお昼の誘いなんですけど~」

 入ってきたのは待ち焦がれていたむつみではなく、大次郎の取り巻きの秘書だった。取り巻きと呼ぶのは些か少し彼に失礼だったろうか。訂正しよう。いつも大次郎の周りにいる、『腰ぎんちゃく』の秘書だった。

「今日ワタクシには『大切な先約』がありますの! だからおじい様には一人で食べるように言ってくれますことっ!!」

 期待からの裏切り、みやびは不機嫌な口調で『腰』にささっと帰れと言わんばかりに言い捨てる。既にみやびからは『ぎんちゃく』とすら付けてもらえない佐々木祐一ささきゆういちさん(35歳)独身。

「あ、あのですが……」

「その続き言えばどうなるか……理解しているうえで続けますの?」

 腰ぎんちゃくさん完全に沈黙。「ダメです! 再起動できません!」とばかりにギ~ッ。と静かにドアを閉めるぎんちゃくさん。なんというかあまりにも可哀相すぎる。

 彼は何も悪いことしていないのにね……まぁ良いこともしていないのだけれども。

「ふぅ~っ、まったくおじい様にも困ったものですわ。今日は『予定がある』と今朝言っておきましたのに……」

 コンコン♪ 間を置かずして、再び控えめなノックが鳴らされた。

「(あら凝りもせずまた『ぎんちゃく風情』が来ましたのね? まったく『ぎんちゃく』の分際で生意気ですわね!)」

「どうぞ!」

 イライラ、かなりお怒りモードで短く言うみやび。

「あ、あの~」

「…………あなたどなたですの?」

 そこには何故か見知らぬ男の子(?)女の子(?)が入ってきたのだ。なぜ『?』なのかというと、それは見た目だけでは『男』だか『女』だか判断できなかったからだ。「こんなところに中学生がなぜ?」そう勘違いしてしまくらい幼い顔立ちをしていた。

(背はわたくしと同じくらいかしら? 服装は中性的な服で『男の子』なんだか『女の子』なんだか本当に見分けがつきませんわね。髪は肩に届くくらいのセミロング? ミンミン♪ですわね)

「あなた! 勝手に入ってきて……ワタクシに『何か』用ですの?」

 いやいや、みやびさん。あなた「どうぞ!」って返事してますからね。

「あ、あのここに来るようにって言われまして……」

「(はぁ~っ。またですの? ほんとこの会社のセキュリティはどうなってるのかしら? 見知らぬ子供をワタクシの部屋に招くだなんて!)』

 もはや極度のイラつきから、セキュリティすらもディスり始めるみやび。

「ワタクシ、あなたなんか呼んでませんことよ。お呼びじゃありませんの! ワタクシは今、大切な人を待ってますの。だから用がないのならさっさと出て行って欲しいんですの!!」

「また人違いだった……」みやびは先程よりもイライラした口調で強めにそう言い捨ててしまう。

「そ、そうですよね。やっぱり『ボク』なんかお呼びじゃないですよね。ははっ。ごめんなさい。失礼しました」

 なんだかすっごくしょんぼりと自虐的に乾いた笑いをして、目には涙が溜まっていた。その子を尻目にみやびはもう話すのも面倒なのだろう、しっしっ。と追い払うように右手を振ったキ~ッ……パタン。ドアが優しく閉められ、部屋にはまた静寂が訪れた。

「(ふぅ~っ。まったく今日は何なんですの? 腰だったり、見知らぬ男だか女だか判らない子供が尋ねてくるだなんて。でも本当にむつみ先生は来るのかしら……)」

 そうみやびが思っていると、ドアの向こうからこんな声が聞こえてきた。

「あれ~っ『大槻むつみさん』どうしたんですか? もう帰られるのですか? お嬢様はお部屋に居ませんでしたか? 変だなぁ~、今日はずっと部屋にいるって言ってたのに……」

 先ほどの腰……いや大二郎の秘書である佐々木がそう言葉にするのがみやびの耳に届いた。

「(『腰』はさっき入ってきた子供の事を言ってるのかしら? 大槻むつみ……ですって。ふふっ。むつみ先生と同じ名前だなんて生意気ですわね。それにワタクシの部屋にまで無断で入ってきて! むつみ先生との待ち合わせの時間にしかも偶然同じ名前だと、むつみ先生と勘違いしてしまいますわよ!)」

そう偶然…………偶然???

「っ!?!?」

(い、いま『ぎゃんちゃく』はなんとおっしゃいました!? 確か『大槻むつみさん』っと、おっしゃいましたわよね!? そ、そ、それってあの『むつみ先生』のことじゃありませんこと!?)

みやびは慌てて部屋を飛び出す。慌てふためいていたので来客応接の椅子に左足をぶつけてしまう。左足の脛がかなり痛いが今はそれどころの話ではない。

打ち合わせと称してこちらから東京の本社まで呼びつけておいて「あなたなんかに用はない!」っと追い払ったのだ、もう2度とむつみはここに来ないだろう。そして2度と逢えないだろう。そんな思いが頭の中を駆け巡り、みやびは必死にむつみを追いかけた。

「(むつみ先生はいずこに!?)」

 ぶんぶんっと首が千切れんばかりにむつみを探すみやび。「いた!!」1Fの玄関フロアーで、今まさに会社を出ようするむつみを見つける。

「せ、先生! むつみ先生! ちょっと待ってください!」

普段は冷静沈着クールビューティーなお嬢様のみやびだったが、このときばかりはすごく焦っていた。そんなみやびを見ていた社員たちも「なにごとだ!」「お嬢様に一体なにが!」っとざわめいていた。

「はぁはぁ……む、むつみ先生っ!!」

 みやびは息も絶え絶えにそう呼びかけると、むつみはその場に立ち止まった。

「……」

 むつみは怒っているのか、返事もせず、また振り返りもしなかった。

「す、すみませんむつみ先生! 私に弁解の余地もありませんが、あれは勘違いだったんです! 本当にすみませんでした!」

普段から装ってるお嬢様言葉すら使うのを忘れ、素で謝るみやび。

「(ふるふるふる)」

余程激怒しているのだろう、むつみは無言のまま体を震わせている。

「むつみ先生! どうかお怒りをお静めください! お願いします」

っと何度も頭を下げるみやび。

「…………」

返事がない。どうやらただのシカトのようだ。だが、なんだかむつみの様子がおかしい。

「む、むつみせんせぇ~?」

みやびはむつみの肩を恐る恐る、ちょんちょん。っと言った感じに右の人差し指で軽く突いてみた。だがそれでもむつみは振り返らなかった。それになんだか小刻みに少し震えていた。

「せ、せんせぇ~?」

みやびはそ~っとおっかなビックリに前に周りこみ、むつみの顔を覗きこんだ。なんとそこには涙を必死で堪えているが止まらない、泣いているむつみがいた。

「うっ!?」

それを見たみやびの心は、酷く動揺してしまった。何故ならむつみが泣いている姿を見て不覚にも「なになに、この方、男の子なのにカワイイ♪」と思ってしまった自分の感情に、だ。

「せ、せんせぇ~、だ、だいじょうぶですかぁ~?」

むつみがなぜ泣いているか? 原因もわからないし、この状況をどう収めてよいかも、みやびにはわからなかった。

「……(ぼそぼそ)」

むつみが何かを言っている。だが、その声はあまりにも小さく聞こえないので、みやびはさらにむつみに近づく。そっと耳をすませると、こう一言聞こえてきた。

「……きらいです」

「っ!?」

 むつみとみやびのファーストインパクトは最悪も最悪だった。2回目のコンタクト、セカンドインパクトも『嫌い』と拒絶の言葉から始まった。よろよろ~。その場に力なく倒れこんでしまうみやび。

「(終わった。終わってしまいましたわ、私の初恋が……)」

みやびの『初恋』は実どころか、花になる前に既に散ってしまったのだ。

放心状態になりながらも、まだ泣いているむつみをみやびは自分の部屋へと招く。正直みやびは自分の部屋に戻ってきたかも定かではなかった。来客用の椅子に対面で座る。だがそれが余計に気まずさを助長する。

「…………」

「…………」

長い長い、本当に長い沈黙の末に少し泣き止んだむつみがぽつりと口を開いた。

「すみません……その、泣いちゃって」

「……いえ」

みやびはそれにどう反応していいかわからなかった。「いえいえどういたしまして? こちこそ失礼をしてすみません? ふふっ。先生の泣き顔、とても可愛かったですよ♪」いやいや、最後のはダメでしょ。みやびの選択はどれも違った。

「せ、先生。お願いですからわたしのこと……嫌いにならないでください!」

そう、声をしぼりだすだけで精一杯だった。それに対しての答えを聞くのが怖い、怖すぎる。また拒絶されたら……そう考えただけでも、死にたくなる。

「嫌いにはなってませんから……」

むつみは泣き止んだが、目を真っ赤していたのだ。その言葉にみやびは落ち込み沈んでいた顔をパッとあげた。

「ほ、ほんとうですか? むつみ先生?」

「(コクコク)」

「(あ~よかったぁ~嫌われてなくて。でもだったらさっきの『アレ』はどういう意味だったの?)」

みやびは今が謝るチャンスだと気づき、いきなり立ち上がろうとするが足を痛めていたのを忘れていた。よろけて転びそうになるみやびをむつみは助けようとするが、むつみも応接のテーブルに足を引っ掛けてしまい逆にみやびのことを押し倒してしまう。

「押してダメなら……押し倒せ!」そんな言葉を思い出す間もなく、

「「あっ……」」

二人の声が重なる。

「…………」

「…………」

むつみがみやびを押し倒しているような格好で二人はじ~っと見つめ合っていた。それはまるでキスをするかのようにが顔が近かった。お互いにもう言葉はもう必要なかった。みやびはキスをねだるようにそっと目を瞑る。むつみも目を瞑りみやびの整った顔に近づけ、あと1cmでキスをするというところまで近づけた。

「みやびちゃ~ん! おじいちゃんだよ~♪ 一緒にお昼ごはんでも……」

この状況でノックもせずに祖父である大次郎が入ってきたのだった。


「「「…………」」」

 3人の時間が止まり、沈黙が世界を制す。そして時は遅れを取り戻すかのように時は慌しく動き出した。

「き、きさま~! ワシの嫁のみやびちゃんにナニをしておる!!」

「お、おじい様! ワタクシまだ嫁入り前ですわ!」

「わ~っ、ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

 主人公補正がかからない現実はこんなものなのです。それから「お前はどこの馬の骨だ! 孫娘を無理矢理押し倒して!」っと杖を振り回しながら、錯乱する大次郎の誤解を解くのにはとても苦労しました(むつみ後日談より)。

「むつみ先生に対してこれまでの非礼の数々、おじい様共々なんて謝罪をしていいのか……ですわ」

 動揺からか、みやびは最後がなんだか中途半端なお嬢様言葉になってしまった。

「……ぷっ」

 むつみが少し笑った。まぁ確かにみやびのそれは変な日本語だったから仕方ないといえば、仕方なかった。

「わ、笑わないでくださいまし。ワタクシ真面目に謝罪してますのよ……ですわ」

また最後が以下略(笑)。

「ぷっくくっ、ごめんなさい。笑っちゃって……(ですわ)」

「(ま、また笑われてしまいましたわ。しかも最後の方はワタクシに聞こえるような小声で声真似をしましたわね! この方カワイイ見た目に寄らず少し意地悪な方なのね。でもなぜかしら、ワタクシそんな意地悪をされてるのにそれが心地よいと感じるのは……)」

 それに泣いているよりも笑っているむつみの顔は可愛かった。だが、それをむつみに悟られないよう照れ隠しながら、

「ワタクシ、そうゆうのあまり好ましく思いませんわ!」

「『ですわ』……じゃなかった。だってお姉さんカワイイんだもん♪」

「(い、今完全に言い直しましたわね! ってそれよりもワタクシの事を『カワイイ』だなんておっしゃいませんでした!?)」

からかわれながらも、年上の自分を「カワイイ」と言ってくれるむつみの言葉にさらに動揺してしまうみやびさん。

「(照)か、カワイイなどとそんなこと年下に社交辞令言われましても、ワタクシちっ~とも嬉しくないですわ! む、むしろ不愉快になりますわね!(照)」

 みやびは精一杯の虚勢を張る。

「(ウソです。ほんとはすっごく嬉しいに決まってる。例えそれがお世辞だったとしても……)」

「ボクお姉さんのこと好きに……なりかけてるかも」

「っ~~~~~!?」

(こ、これは不意打ちにもほどがありますわ! しかもしかも先生はボクっ子!? そんなこと好意を持った殿方に言われましたらワタクシは……(照))

むつみの一言に深い意味はなかっただろう。たぶん「友達として……」そのくらいにしか意味はなかったはずだ。だがしかし、みやびにはそんなこと関係なかった。

 動揺を隠すように、また嬉しさを誤魔化すように何より自分自身に言い聞かせるように、虚勢を張ってむつみの言葉をこう否定する。

「ご、ごほんっ。むつみ先生。ふ、深い意味はないとは言え初対面の女性にいきなり『好き』などと、軽々しく言わない方がいいですわよ! か、勘違いされてしまいますから!(照)」

みやびは胸が少し……少しだけチクリッとしたが、冷静さを取り戻すほうが先決だった。

「なら……もしも今のが『深い意味』だったらいいのかな?」

「(~~~~~~っ!? そ、そ、それは一体どうゆう意味なのかしら? えっ? 先程のにはそんな深い意味があったんですの!?)」

 みやびはむつみのその言葉に顔をさらに赤くした。

「なんて、ね♪ 少しからかいすぎたかな?」

 っと軽い口調で右目でウインクされ、みやびの心はまたかき乱されてしまう。

「(この方は一体どれだけワタクシの心をかき乱せば済むのかしら!!)」

嬉しさ、戸惑い、からかわれていることへの憤り、それらの感情が混ざり合う。そして強引に話題を変えた。

「そ、そういえば先生は、先ほどはなんで泣いてらしたのですか?」

「うっ……」

先ほどのことを思い出したのかむつみが言い詰まる。やっとのことでここからみやびのターンになるのだ。

「(うるうる)」

 むつみは捨てられた子犬のように、涙ながらみやびをうるうると見つめた。

「(くっ! やはりこの方の泣き顔はカワイイですわね!)」

 むつみの猛攻により、みやびのターン即終了(笑)。

「実は、その……」

「い、いえ、そんなことどうでもいいですわね! それよりも……」

っとまた自分のせいで泣かれてもアレなので話を遮る。

「ところでお姉さんは……」

「(またお姉さんですの? ……ああ、そういえばまだ自己紹介をしていませんでしたわね)」

 色んなことがありすぎて、まだお互いに自己紹介すらしていな事にみやびは気づいた。

「ワタクシはお姉さんなどではなく、みやびですわ。伏見みやびと言いますの。苗字の『伏見』だけだと他の方と紛らわしいので、どうかむつみ先生はワタクシのことを『みやび』とお呼びくださいね!(照)」

 ちょっと傲慢なお嬢様風に、だけどやや照れながらみやびはそう自己紹介をした。

「じゃあ……みやびお姉ちゃん♪」

 ズッ、キューン♪ その瞬間、みやびは何者かに心臓を狙撃された。 いや、むつみの言葉に打ち抜かれたのだった。

 トゥルルルッルットゥトゥ~トゥッ♪ みやびはレベルが上がり『ショタ属性』を得た。だが、ダメージ(鼻血による出血)により30ccの血液(HP)を失った。みやびはショタ属性を全開にしつつも、こう反論した。

「そ、その『お姉ちゃん』って言うのやめてくださいませんかむつみ先生! ワタクシ先生の『お姉ちゃん♪』になった覚えがありませんわ!」

本当は耳元でむつみに「みやびお姉ちゃん♪」とずっと言って欲しいくらいだったが、それはあまりにも危険すぎる。主に鼻血(HP)的な問題で(笑)。

 むつみは「お姉ちゃん♪」呼びを禁止されしゅんとしてしまう。そんなむつみを尻目にみやびはこう切り出した。

「先生なら『みやび』と呼び捨てで良いですわ。だって『作家』と『その担当』ですので遠慮はなし、ということでいかがでしょうか?」

「でもなんか呼び捨てだと……恋人っぽいですよね?」

「( か、考えもしなかったですわ! その発想は!?)」

 確かに呼び捨てだと傍から見ると恋人に見えてしまうかもしれない。

「(むしろワタクシとしては好都合なのかも……)」

「う~ん。でも、やっぱりここは年上なんだから……これからはみやびさんって呼びますね♪」

 一閃。みやびの心の声を遮りむつみはそう言った。ちょっとだけ、ほんのちょ~~っとだけ残念に思ったみやびさん。

「で、みやびさんに聞きたいことが……ってなんか怒ってる?」

「べ、別にわたくし怒っていませんわ!!」

いやいや、誰が見ても怒ってますがな。口調も。

「先生! それでなんですの?」

むつみの言葉を遮るように怒っているのを誤魔化してしまうみやび。

「え~っと、それで今日ここで打ち合わせって聞いたんだけど。その詳しい内容を聞いてなくて、ボクは具体にどうすれいいのかな?」

出逢いから小1時間かけてやっとで今日の『本題』となった。

「あっ、はい。そうでしたわね。それでは先生の今後の予定を具体的に……」

 本来ならそれくらいなら電話かメールでもよかったのだが、みやびがむつみ本人と直接逢ってみたかったのだ。だから打ち合わせにかこつけたのだった。みやびはむつみの今の置かれている現状を詳しく説明した。

「え~っと、要するにボクが『ラノベ作家としてデビューする』には応募した作品とは別に『新規』として新しい作品を書き下ろしてもう一作品作るんですね?」

 むつみはみやびから簡単な説明を受け、念を押すように確認する。

「えぇ、そのとおりです。そうしなければウチの役員(主に審査員)を納得させられませんの。他の審査員達は先生の作品に対して『これでは売れないだろう』とハネましたが『このワタクシが! むつみ先生の作品なら絶対に売れる!』と思い将来性のある作家として、もう一作品新規で書き下ろしをお願いして書いてもらう。もしそれが役員たちを納得させらるだけの作品なら『作家としてデビューさせる!』っとそう経営役員会議で約束を取り付けましたの。もちろん我が社の最高経営責任者でもあり、ワタクシのおじい様もそれで納得済みですのよ」

 むつみの作品の『ダメさ』と『自分のおかげ』を嫌に強調するみやびさん。

「うーん……そんなことボクにできるかなぁ」

 強気の態度のみやびとは打って変わって弱気のむつみさん。

「むつみ先生ならきっと大丈夫に決まってますわ! なんせ『S.A.C.』に則っているんですもの!」

「へっ? え『S.A.C.』ですか?」

『なにそれ?』と聞いたことない感半端ないとばかりのむつみさんの反応。

「S.A.C.つまり『スタンド・アローン・コンプレックス』の略ですわ!」

「それって???」

 むつみは自分で書いてて作品がその性質であることを知らないのだろう。

「では説明します」と言わんばかりに『ごほんっ』と咳をし、声を整えてからみやびが説明する。

「一つの作品の中にジャンルの異なる複数の作品が存在し、その性質の異なる一つ一つの作品が織り成し、またを複合コンプレックスすることにより更なるお話・問題を導き定義する作品のことですわ」

「へぇ~それを『S.A.C.』って言うんですね。ボク知りませんでした」

 もっともむつみが知らなくても無理はない。なぜなら『S.A.C.』とはみやびが他作品から引用・また強引なに勝手な解釈を加え、それに基づきみやびが考え出した『造語』なのだから。

 みやびはむつみのその態度に少しだけ違和感を感じていた。

「(自分で書いていて知らないんですの? 無意識のうちなのかしら? まさに『S.A.C.症候群』そのものなのね!)」

『S.A.C.』はそれ自体を意識してしまうと破綻してしまう無意識下での行動なのだ。

『スタンド・アローン』とは元々『外部から一切孤立(独立)した軍のコンピュータ』を指す言葉なのだ。この用語が一般的に有名になったのは、ちょうど二十年程前の作品『甲殻機動隊こうかくきどうたいS.A.C.』に端を発する。もっとも最初は一部のマニア受けの作風・内容からか、日本ではあまり売れずマイナーな作品だった。ところが、アメリカでビデオチャート1位(音楽でいえばオリコンチャート)に輝くと、日本でも一般に知られるようになったのだ。

では、アメリカで人気となったその『甲殻機動隊』とはいかような作品なのか?

 簡単に説明すると『エビ・カニの甲殻類がネットを使ったサイバーテロ犯罪に立ち向かう、近未来型ポリスアクション』と言った内容だ。これだけでは納得できない人もいるだろう。もう少し詳しく内容を説明することにしよう。

甲殻類の代表格である『エビとカニ』による壮絶なる仁義泣き戦い、いわゆる『第四次エビカニ世界大戦終』の末に『俺達の購買層ってさ、被ってなくね?』と気づいちゃいけない事実に気づき、二つの種族は和解し世界中の水産業界を統治した。だがそれも長くは続かなかったのだ。それはネットでとある書き込みをきっかけに惜しくも崩れ去るのだった。

それはこんな内容の書き込みだった。

『エビとカニを食べたら拒否反応アレルギーが出た』

『エビって天然物じゃなくて、基本的に養殖じゃねぇ?』

『通販のカニって、殻も氷も重量に含まれるよな』

『タラバガニって……本当はカニではなく、ヤドカリの仲間なんだぜ!』

『カニみそってほんとはカニの脳ではなく、人間で例えると『肝臓』なんだよなぁ』

 これらの書き込みによって世界中の経済・水産業界は大混乱に陥るのだった。

その出来事により『エビとカニ』は水産業界から立場(経済)的に窮地に追い込まれる事になる。『このままではいけない!』と両者は再び手を携え、磯巻いそまき水産課長率いる軍あがりで構成する攻勢の組織『水産食うか?』を立ち上げ、このサイバーテロに真っ向から立ち向かうのだった。

 だがそこには、ウニやイクラなどの高級食材、昨今のヘルシーブームで波にのる魚類(主にマグロ)存在などの思惑・妨害工作に阻まれてしまう。

『水産食うか?』は次々と事件を解決していくのだが、ある1つの事件をきっかけに事態は急展開を見せる。一つ一つの事件は単独スタンド・アローンのように思えたが、すべてのピースが揃い混合コンプレックスすると背後には、政府や水産業界の黒い影が存在し甲殻類の立場を虎視眈々と狙うタラバガニ(ヤドカリの仲間)存在が見え隠れし『水産食うか?』は役所の反発により、認可を取り消され解体されてしまうのだった……っと言った内容が永遠続くのだった。

「このように現実に起こった事件、また近未来で起こりえるであろう事件・出来事を面白おかしく、だが真面目に定義する作品なのだ!」

 みやびはむつみにそう延々力説したのだった。

「ぽかーん」

 むつみは擬音すら口に出してしまうほど、みやびのその話にまったくついていけなかったのだ。

「む、むつみ先生の作品もその『甲殻機動隊』に負けないくらい面白いですわよ!」

「そ、そうなのかなぁ……」

 強気なみやびとそもそもその『甲殻機動隊』とやらを知らないので、イマイチな反応のむつみ。

「で、先生はどのようにこの作品を書いたのですか!?」

 作家のファンなら誰でもこの質問をしてみたいだろう。

「え~っとですね。ボクの場合後ろ(結末)からですね」

「はっ? 後ろ……ですか?」

(後ろからってなんですの! ま、まさか801《やおい》? 801なんですの!?)」

 ちょいキマシタワー(トリップ)状態で興奮しているイケないみやびさん(笑)。

「つ、つまりですね、物語って普通は『序盤』から『中盤・終盤・結末(オチ)』っと序々に書きますよね? ボクの場合は『結末(オチ)』から書いたんです。そこから『終盤・中盤・序盤』って感じですかね」

 少し申し訳なさそうにそう述べるむつみ。

「へっ? ではあ、あの梗概はどうされたんですの?」

「こうがい? 公害? 光害? 黄蓋こうがい……三国志ですか?」

 そもそもむつみには『梗概』という概念すら知らなかった。あまりにも衝撃的な事実……みやびは混乱していた。

「(先生がちょっと何を言ってるかわかりませんわ! もしこれを読んでいるそこの貴方! むつみ先生が言ってることを詳しくワタクシに教えてくださいませんこと!!)」

 みやびさんはこれを読んでいる読者(貴方)に聞いてしまうほど混乱しているようだった。

 確かに『結末』を決めてから書くこともできる。むしろ小説は簡単な梗概(あらすじのこと)を決めてから書き始めるののがセオリーだ。

だが、むつみの場合は完全に違うらしい。

結末から登場人物やジャンル・世界観・ストーリー構成を考えるらしい。またラノベ作家を目指したのも応募締め切り1週間前だったそうだ。

つまりは『一週間で一つの作品を仕上げた』ことになる。

「いや~さすがにあのときは参りましたよ。スピンオフは完成したのに指定ページ数がもう後半(50ページ超)なのに、本編のヒロインが5文字しか喋ってないんですもん」

むつみさんはどうやら『スピンオフ』を書き終えてから本編を書いたらしい。

 むつみはまさに『不死鳥書店』が求める固定概念に捕らわれない自由な作風そのものだった。

『ではこの設定は? この伏線はどうゆう意味で? このときの主人公の感情は?』などとみやびは打ち合わせだということを忘れ、ただの『むつみの一ファン』として質問するのだった。

「あ、あの~みやびさん。そろそろ新作について話をしないとまずいんじゃ……」

 みやびと自分の作品について話をするのは決して嫌ではなかった。むしろここまで『自分の作品を好きになってくれる人』はみやびが初めてだった。だが地方から出て来ているむつみにとって時間は有限なのだ。むつみには明日も仕事(アルバイト)があるのだから新幹線の時間は絶対に守らなければならないのだ。

「あっそうですわね。そのために先生に来ていただいたんですもんね!」

 少し残念そうなみやび。むつみも明日の仕事が休みだったらこっちに泊まり、もっともっとみやびと話していたかったに違いない。

それくらい時間を忘れるくらい楽しい一時だったのだ。

「ボクも新幹線の時間さえなかったら、もっともっとみやびさんと話たかったんですけど、明日も仕事がありますし。それに帰ったらすぐに新しい作品も書かないといけないし……」

 むつみにはむつみの都合があるのだ。

「(そういえばむつみ先生はお仕事をリストラされ、今はアルバイトをされていたんですわね)」

悔しいかな新幹線の時間さえなければ……時間?

「せ、先生! だったらワタクシが先生をお家までお送りいたしますわ! ワタクシ車を運転できますのよ。話なら車の中でもできますし、それならちょっとくらい遅くなっても大丈夫ですわよね? ね?」

みやびさんもむつみと少しでも一緒の楽しい時間を過ごしたくて……いや、作品の話を聞きたくて必死なのです。

「そんな送ってもらうなんて、みやびさんに迷惑なるんじゃ」

「迷惑だなんてことありませんわ! むしろ(ごにょごにょ)」

 照れているのか、最後の方は声が小さくてよく聞き取れなかった。

「ところでみやびさんは……送りオオカミさんになっちゃうんですか?」

「っ!? な、なにを突然おっしゃいますの先生! オオカミさんだなんてそんな(照)」

『それもそれでいいかな♪』と満更ではないと内心思うイケないみやびさん。

「ふふふっ。冗談ですよ冗談。でもみやびさんみたいな美人さんにならいいかなぁ……なんてね♪」

「(そ、そ、そ、それはいわゆる、『お持ち帰りのサイン』ですの!? でもでも今日初めて逢ったばかりですし、早すぎではございませんか!?)」

 頭が混乱するみやびは誤魔化すようにこう反論した。

「む、むつみ先生それでは、立場が逆ではありませんこと!」

「じゃあみやびさんはボクがオオカミさんになってもいいの?」

(ううっそれもそれでアリさんですわね(照))

「(むつみ先生にそんな風に無理やり迫られたら、ワタクシ断れな……)」

「ま、冗談だけどね。だって知り合ったばかりだもんね♪」

「(まぁ残念……ワタクシまた意地悪されてましたのね)」

 またもやむつみにからかわれ、ほんの少しだけ残念そうにするみやびだった。

 それから2時間後。

「本当に送らなくて大丈夫ですの?」

「うん。まだ最後の新幹線あるしね」

「(これまた残念。せっかく二人っきりでドライブできるチャンスでしたのに……)」

 あの後新作の打ち合わせはすぐに終わると『新幹線の時間に間に合うしやっぱり迷惑になるから送らなくていいから』っとむつみに断わられてしまったのだ。

「あっそうだ、みやびさん……今度デートしない?」

「…………はい?」

(えっ? い、今なんておっしゃいましたの? デート? 誰と誰が? ワタクシと先生が!?)

「あっOKなの? 良かったぁ~。断られるかと思って不安だったんだ♪」

「あっ、いや、今のは違っ……」

「違う」と言葉を続けたかったが、聞き返した返事がOKの返事だとむつみには聞こえたらしい。

「どこに行こうか~、ボク女の子とデートするの初めてだから楽しみだなぁ~♪」

 すっごく楽しみそうな顔で既にどこに行くか考え出している。これでは断るに断れない。いやそもそも『断る気』もないのだが(断定)

「先生はデートするの初めてなんですの?」

「うん! ってそんなの自慢できることじゃないよね(笑)」

 みやびは否定も肯定もできなかった。何故ならみやびも異性とデートをするどころか手さえ繋いだこともなかったのだから。

「やっぱり取材するなら遊園地かな? それとも水族館? でも学園モノだから王道の映画も外せないよね?」

「ええ、そうですわね。どうせ取材するなら……って取材!? デートじゃありませんの!?」

 デートと聞いていたのに取材だったなんて……っと驚くみやび。

「へっ? だってみやびさん。さっきの打ち合わせで言ってたよね?」

「(ワタクシなんて言ったのかしら……)」

 思い出そうとするみやびに対しむつみが、

「ほら作中の遊園地デートのシーンで臨場感がありませんこと! ってやつ」

「(あ~確かにそう言った覚えがありますわ)」

「うん! だから『取材』って名目でみやびさんと二人っきりでデートがしたいなぁ! やっぱりダメなの?(うるうる)」

 むつみは残念そうにみやびの事をウルっとした目で見つめていた。

(そんな首を傾げながら、かわい~く言われたら断れませんわ!)

「ふん! デートの一つや二つ! 作品のためなら『ドンと来い!』ですわよ!」

 もう自棄のみやびは自らの大きな胸をドン! と叩いたが、強めだったのかちょっと痛そうにしていた。

「ほんと! じゃあ、遊園地・水族館・映画で三回デートしようね♪」

「(まさかのトリプル!? むつみ先生と3回も恋人デートできますの! まるで夢みたいですわね!?)」

 夢見る少女の如く期待に胸を躍らせるみやびだが、むつみにそれを悟られないようにツンデレる。

「の、望むところですわよ!(照)」

  が、その『望む』はツンではなくただの『デレ』だった。

「あ、あとさ、みやびさんには言いにくいんだけど……」

 むつみが遠慮がちに何かを言いたそうにしていた。

「もうなんでもこい、ですわ! 今のワタクシはスターを盗った配管工のように『無敵』状態なんですの!」

 みやびは再び『ドン!』と自分の大きな胸を叩き、むつみの言葉を遠慮なく続けるようにと促した。

「あっそう? じゃあ遠慮なく……みやびさんそのお嬢様言葉すっごく変だよ」


「おはようみやびさん。おはようの『キス』は必要かな?」

 みやびはむつみとの初めての出逢いを思い出していたが『キス』と言う言葉に我に返った。

「先生……あれからどうなりましたの?」

 久々にみやびがむつみの前でお嬢様言葉を使う。

「ふふっ。久しぶりだねそのお嬢様言葉」

「あっ……」

 あの日『お嬢様言葉がすっごく変』と言われてから半年、むつみの前ではずっと普通の言葉で話していた。そもそもお嬢様言葉自体がそれを意識してのことだったので、みやびは元々は普通に話せるのだ。

「ん~っとね、みやびさんがウーロン茶を飲んで酔っ払ってそのまま眠っちゃって……ボクがみやびさんを襲っちゃいました♪」

「~~~~~~!? (わ、私の初めてが!)」

 ショックを受けるみやびに対し、

「ぷっぷっ、まぁ……冗談だけどね(てへりっ)」

 あれから半年経ったが、みやびに対するむつみの意地悪は変わらなかった。いやむしろ悪化していたのだ。

「せんせい! 冗談もいい加減にしてください!!」

 からかわれていたと気づくや否や激怒するみやびに対しむつみは、

「へぇ~じゃあさ、みやびさんは『冗談じゃない方』が良かったの?」

「~~~~~っ!?」

 むつみの言葉のそれを想像してしまいみるみる赤くなるみやび。

「やっぱり、みやびさんはかわいいね♪」

 まったく悪びれた様子もなくまだ続けるむつみ。

「さてさて……それとさっきの『返事』まだもらってないよみやびさん♪」

「へっ???」

「なんのこと?」っと首を傾げるが、すぐに『おはようのキス』を指していると気付いた。

「そ、そんなもの必要ありませんから! それではまるで『恋人同士』みたいじゃないですか!」

 ツンツン断ってから少しだけ自分の発言に後悔するみやび。

「みやびさんはボクと恋人になるのは嫌なの?」

 むつみに対するみやびの態度もここ半年で随分と変わった。

最初は互いに遠慮していたが今ではなんでも言い合える関係になっていた。ただし恋愛に関してだけは、どちらも一切触れなかったのだ。

二人とも今の関係が心地よいと感じ『変化』を求めていなかったのだろう。だがそれもむつみがキスするまでは……の話だった。

実はあのとき、みやびは寝ているどころか酔っ払ってさえいなかったのだ。

そもそもウーロン茶で人は酔えない・酔わない・酔いたくないの三段活用法。

もしウーロン茶で人が酔えるとしたら税務署が酒税を盗りにくるだろうしね。

 みやびは『先生の前で自分が酔って『素』を出せば、むつみの方から何かしらアクションを起こしてくれるはず!』そんな思いから酔っている『ふり』をしていたのだった。

だがその『効果は抜群だった』

まさか寝ているときにキスされ『好きだ!』告白されるとは夢にも思わなかった。

みやびは起きようとしたが、いきなりの告白が耳元で始まり起きるに起きれなかったのだ。

「(ファーストキスだったのに! せっかく大切にとっておいた……うん『とっておいた』ファーストキスを寝ているふりで失ってしまうとは……でももしあそこで寝ていなかったらキスされなかった? じゃああの告白もなし?)」

それだけは『嫌!』とばかりに『ぶんぶん』っと首を振る。

「(せっかく先生の気持ちが知れたのに!)」

 むつみからの告白とキスでみやびの心は揺れ動いた。昔は現実世界の男性など興味なかった。

だがむつみと出逢ってからは違う。取材とはいえデートもしたし、男性と話したり触れ合った時のドキドキ感が何物にも変えがたい想いとなり、いつしか「仕事でなくてもこの男性の傍に居たい!」と想える存在になっていたのだった。

「むつみに告白しよう!」そう何度も想ったができなかった。「あの好意も私の勘違いだったら? もし拒絶されたら?」

 そう考えるだけでも胸が張り裂けそうになる。それが、だ! 寝ていたとはいえ、告白されキスもされたのだ。

「これはもう、間違いない!」だが他にも懸念があったのだ。「もし作家と、その担当さんが恋人同士になると……」

「せ、先生! 前にも言いましたが『作家と、その担当さん』が恋人同士になってしまうと……」

「作品に対して『公平に審査できない!』だよね?」

 これはみやびが常々言っていた持論だった。

「でもさ。担当さんって一読者と違って、作品が完成するまでの過程や苦労・想いなんかも一緒に共有して既に知っているわけだよね? それで『公平』に審査できるの?」

「うぐっ」

みやびは反論できなかった。そう既に私情は挟みまくりだったのだ。そもそもむつみを仮とはいえ、デビューさせると役員会で強引に推したのが良い例だろう。

「ボクはそうじゃないと思うんだよね。むしろ逆で過程や苦労・作品に対する想いを知っているからこそ、『公平』に審査できるんじゃないかと思ってる。もし担当さんがそれらに何も感じないような作品が、読者の心を動かせると思うのみやびさんは? 動かせないよね?」

またまたむつみさんの正論。さすがは小説でメシを食おうとしてるだけあって理論だっている。みやびが反論できる余地はまったくなかった。

だがむつみもみやびと恋人になれる可能性を否定されると困るのだから必死にもなると言うモノだ。

「で、ですが!」

 みやびは食い下がる。

「だったらさ、手っ取り早く『勝負』しないみやびさん?」

「『勝負』……ですか?」

「そっ。どちらが正しいかを決める勝負」

「この期に及んでむつみは何を言ってるのだろう?」と内心思ったが、負けず嫌いのみやびはその思惑に乗ることにした。

「して内容は何ですか先生?」

「う~ん……みやびさん一つ聞きたいんだけど正直に答えて欲しい。新作の『本当』の納期っていつなの?」

冒頭でも記したとおり『作家は納期を破るもの!』それは担当が初めて教わる常識だった。

だからその担当さんは『余裕』を持って作家さんに納期を厳しくするのだ。

もし原稿が落ちても『その余裕』を使って挽回するのだ。

「……来週の日曜までです」

「なら丸々一週間か……じゃあ今から『新作』を書いてその部数で勝負するってのはどうかな?」

「??? 『既』に原稿は完成していますが、先生は何をおっしゃ……っ!?」

 そうみやびはむつみが『何』を言っているか最初は理解できなかったが、むつみが『何』を言いたいかに気付いてしまう。むつみが言いたいのは「さっき出来たばかりの原稿キミキスの他に新しく作品を書こう!」というのだ。それも立った一週間で。

「無理無理無理! 先生それは無理ですってば! 大体コレを書くだけでも半年かかったんですよ! それを一週間で新作書くとか! というよりも、そもそも表紙や挿絵も『コレ』に沿って既に仕事を依頼しているんですよ!」

「うん。無理だね。普通なら……」とむつみは頷いた。

「だからさ、それの『スピンオフ』って設定にするのはどう? それならページ数少なくて、随分余裕あったよね?」

 むつみが出した原稿は製本ができるギリギリの枚数だった。だからページ数『だけ』を見れば余裕はあるわけなのだが、

「いや、それでもですね! あと一週間で……さ、挿絵はどうするんです?」

「表紙はそのままで挿絵もスピンオフだからページ数も少ないし、一、二枚とかそんなに多くは必要ないと思うよ」

「それならできるなくもない……」と腕を組み顎に指を当て納得するみやび。

「先生は先ほど『部数』勝負と仰いましたが……」

「そう! デビュー一作品目で『100万部』売れたらボクの勝ち。売れなかったらみやびさんの勝ちでいいよ♪」

「……はっ? 100万部……ですか???」

 さすがは『既成概念に囚われない作者』と言われるだけはあるむつみさん。ラノベ界の常識すら打ち破るほどの軽いノリ。

「あ、あのですね先生。一体何を根拠に『100万部』なんですか?」

 みやびはむつみの楽天ぶりに、やや呆れながらそう問うた。

「いやぁ~よく『100万部突破』ってラノベの帯に書いてあるでしょ? ならボクにだってイケるかなぁ~ってね♪」

 いや既成概念うんぬんよりも、ただ現実を知らないだけだったむつみさんである。

「はぁ~先生。その帯には100万部の前に何か言葉が付いてませんでした?」

 みやびは呆れながら深いため息をしてむつみにそう問いかけた。

「うにゃ?」

 むつみさんは100万部の前の言葉、『累計』という言葉を見逃していたのだった。

「先生これは大事なことなので、よ~く聞いてくださいね。あれは『累計』つまりそれまで発売したシリーズの印刷した部数なんですよ。それらをぜ~んぶ『合わせた』数字なんですよアレは!?」

「じ、じゃあ一巻じゃ累計に……」

「なりませんね! それにそもそも『今』のラノベ業界では5万部でアニメ化するかどうかのヒット、あの有名なアニメ化・映画化された『涼宮ハルカの伝説』シリーズでも一巻あたりでは50万部ほどなんですよ。いくら実力があるとはいえそれを無名の先生が100万部売るとか……」

 みやびは言葉を続けようとしたが、担当なのに作家の前で! ということに気付き言葉を紡んだ。

「あーうん。そりゃ無理だよね『普通』なら。だからと言ってボクは『それ』を認めるわけにはいかないよ! それにだからこそ、やりがいがあると思うんだ!」

そう言うむつみは普段と雰囲気が違っていた。

『(どこに根拠が? なぜ? いやむつみならばもしかして……)』

 色んな思いがみやびの心の中で錯綜していた。

「だからさ、もしも。もしもだけど、ボクのデビュー作(新作)が100万部売れたらみやびさんにはボクの『お嫁さん』になってもらうからね!」

「お、お嫁さん……先生の!?」

『恋人』ではなくいきなりの『自分の嫁になれ!』宣言にみやびは心躍るやら、不安やらで一杯になった。

「あと一つだけみやびさんに『条件』があるんだけど……」

「……なんでしょうか?」

「ここにきて条件?」みやびにはまったく予想がつかなかった。

「ボクの……『担当』を外れてほしい」

「えっ? い、今なんておっしゃいました先生?」

むつみの言っていることが解からない、いいやみやびは判りたくないのだ。

「このキミキスはこのままでいいけど、このスピンオフ(新作)だけはみやびさんには『担当』を外れてほしい。お願いします」

普段チャラけた感じだが、このときのむつみは別人のようだった。

「……それほどのことなのだろう」とみやびは察した。

 というか無名の新人ラノベ作家がデビュー作で100万部売るだの、売ったら結婚して欲しいなどとはそれら一つだけでも『余程の事』なのだ。もちろんみやびはむつみの『担当』を外れるのは嫌だが、それが作家(むつみ)の望みなら、担当(みやび)としては断りようがなかった。

「ですが先生、さすがに『担当なし』とはいきませんので、私の代わりになれる人を寄越しますね! いいですね!」

「うん。ごめんね。ワガママで……それとみやびさんありがとう」

むつみのその言葉に、みやびの胸がチクリとした。

「で、では私は、この原稿のチェックがありますので……これで失礼します!!」

むつみの返事も聞かずにみやびは部屋を飛び出していた。あのままむつみといれば、そのまま泣き出してしまうから……。

「……担当を外れてほしい、か」

 車を運転するみやびにはむつみのその言葉が耳に残っていた。

「なんで! どうして!」その感情を押し殺すかのようにアクセルを踏み込む。グオン! グオン! と虚しくエンジン音が唸るだけだった。そこにはいつものドキドキ感とは別に虚しさだけが強調されるだけだった。みやびが運転するその横の助手席にはさっき出来上がったばかりの『キミキス』の原稿が置かれていたままだった。

「ふぅ」

 正直これで何度目のため息だろうか? むつみのあの言葉を思い出すと泣きそうになる。

それを誤魔化すかのように高速のPA(パーキングエリア)に寄りると普段では絶対口にしない自動販売機のブラックコーヒーを購入し一口飲んでみた。

「…………苦い」

 いつも紅茶ばかり飲むみやびにとっては余計に苦く感じただろう。今の自分の心の心境と同じように思えてしまう。いや心にあるモノと比べたらブラックコーヒーでさえ、甘く感じてしまうかもしれない。

休憩を早々に切り上げみやびは高速の本線に戻っていく。

「……着いちゃった、か」

あれから休憩せずに車を走らせたが不死鳥書店の本社に戻った時には既に日付が変ってだいぶ経っていた。玄関先から本社のビルを見上げる。

ところどころ明かりが映っており、まだ残っている人がいるようだ。

それを見て少し寂しげそうなみやび。

「私なんで先生の担当になったんだろう……」

「むつみの担当にさえなっていなければ、今のこんなに心苦しいことにならなかったのに……」そんなことを思いながら、みやびは本社のビルに入って行った。


 みやびは自分の部屋に戻るとすぐに作業用デスクに先程仕上がったばかりの『キミキス』の原稿を置く。そして長い後ろ髪をゴムでまとめ、そして原稿を茶封筒から取り出した。

今は手書きではなく、パソコンで書くのが主流で作家とのやり取りもUSBメモリなどの記憶媒体で処理するのが主だ。だがみやびは編集者としてまたむつみの担当としても『ちゃんとした紙媒体で読んで確認したいから……』っとむつみにプリントアウトしてもらっていたのだ。

誤字・脱字・文章の構成・繋がり・人物像・設定・などを一枚一枚念入りに確認していく地味な作業。先程は大幅な修正とむつみには言ったが、誤字が少しあるくらいであとは大丈夫だろう。

「(よし! これなら……)」

 時間にすればあっという間に確認の作業は終わった。ずっと文字ばかり見ていて目が疲れたみやびは担当の必需品である愛用の目薬を取り出すとピッピッ。と両目に点し、目を瞑りながらむつみの言葉を思い出していた。

「先生から……担当を外れてほしい、か」

まただ。また頭の中で、むつみのあの言葉が響いた。

目に点した目薬が少し垂れてしまう。それが何だかみやび自身の心を表しているようだった。

それほどショックな出来事だったのだ。

「ふぅっ」

 みやびは一息ついて落ち着こうとするが、なぜか落ち着かなかった。両手を額の前で組み支えるように前のめりに俯いてしまう。

長時間の往復の車の運転と先程までしていた原稿の確認作業で体は疲れていて眠気が襲うが、むつみの言葉を何度も思い出し、頭は逆に冴えていた。

「むつみ先生……」

「みやび……まだ会社に残っていたのか?」

その言葉に顔を上げるとドアには祖父の大次郎が立っていた。

「おじい様こそ……こんな時間までどうされたのですか?」

「ワシはちょうど今出社してきたとこだわい」

 そこでみやびは「はっ!」っとパソコンの時計を見ると既に朝の5時を過ぎていた。どうやら疲れからか少しの間意識が飛んでいたらしい。

「みやび……あの小僧の様子どうなのだ?」

あの小僧とはむつみを指しているのだろう。あの押し倒し事件以降、大次郎はむつみを嫌っていた。

「先生なら大丈夫です。原稿もほらこのとおり既に出来上がってます。あとはデビューするのを待つだけ……ですわ」

「なら、何故そんなに元気がないのだ? あの小僧が作家としてデビューするのだろう? 自分の担当なら喜びはすれ、そんな風に泣きはせぬぞ」

大次郎からむつみのことを言われ、またアレを思い出し泣きそうになるのを祖父の手前目を擦り誤魔化す。

「な、泣いてないです。少し眠いだけですのでご心配には及びません」

「まったくあの小僧は一体何をしておるのやら……ワシの大切な孫娘を泣かせおってからに」

大次郎は怒りを露にするが、それは怒りよりも呆れたような口調だった。

「おじい様、実は私先生から担当を……」

大次郎に相談するか悩み言い淀む。

「担当を……外されたのか?」

大次郎のその確信を突いた言葉にみやびは驚いた。

「ふん。お前の顔を見れば大体検討がつくわい! 小僧の担当になれた日は耳にタコができるほど喜んでおったくせに、今はまるで死人しびとのよう顔じゃわい」

みやびはその死人という表現に反論できなかった。

「小僧には小僧なりの考えがあるのであろう?」

「でも!」

「みやびよ……お前あの小僧のことをいておるのだろう? だったらなぜ信じてやらぬのだ? お前のあの小僧に対する想いとはその程度で揺らぐものなのか?」

祖父のその厳しい言葉にみやびは言葉が出なかった。

「…………」

 そして腕を組み、俯き、そして泣きそうになってしまった。

「ならそれを信じてやるのが真に相手を思い遣ることではないのか? 小僧を好いておるならば尚の事であろう」

「……やはりおじい様には敵いませんね」

「ふん。伊達にワシも年はとっておらぬわ。かかかっ」

「みやびはむつみのことが大好きだ!」だからみやびはむつみの事を信じることにした。

 そしてちょうどその頃、むつみはみやびとは別の意味で思い悩んでいた。

「あー、どうしよう……」

むつみは悩んでいた、いや後悔していたのだ。勢いに任せとんでもないことを口にしたのだ。

『デビュー作で100万部からの~、みやびに対する自分の嫁になれ!』宣言。

 しかもそれを一週間でページ数が短いとはいえ、新作のスピンオフを完成させる。

どれもこれもがむつみを悩ませていた。もっとも自分が原因なのだから、弁解の余地もない。

 そもそも何を書くのかさえ、まだ決めかねていた。だがここで逃げては作家になるなど夢のまた夢になるだろう。それになによりもみやびのことを諦めるわけにはいかなかった。

「そっか……そういうことだったのか!!」

 むつみが何かを思いついたようにパソコンを立ち上げ、まるでピアノを奏でるように軽やかな手付きでキーボードを叩き始めた。


 それから二週間後……つまりはむつみのデビュー作品発売当日の朝、みやびは会社近くの小さな本屋に来ていた。もちろんお目当てはむつみの新作のラノベである。

自分の会社が出版元なのだから会社に頼めばいくらでも発売前に手に入るのだが、みやびは敢えてそれはしたくなかった。

むつみから担当を外された今、一ファンとしてむつみの作品に触れたかったのだ。

小さな本屋のラノベの新刊コーナーに早々と足を向ける。

期待と不安が入り混じり心が落ち着かない。そして『新刊本日発売!』と書かれたポップが目立つ。たぶんこの書店の手作りなのだろう。

目を向けると一番目立つ正面には今日発売の有名ラノベ作家の作品が所狭しと置かれ、カワイイ表紙が目立つようにと表紙が前にくるよう横向きに並べられている。

その真下にもたくさん新刊ラノベが積み上げられていた。

「(有名作家さん(他社)と発売日が被ったのはまずかったかも……)」

 そう心に思うが納期の関係から今日4月2日しかなかったのだ。

「(昨日なら冗談エイプリルフールで済んだのになぁ……)」

みやびは有名作家の新刊を尻目にむつみの作品である『キミにキスを、あなたに花束を。(キミキス)』を探すことに。むつみは無名の新人作家なのできっと『横置き』ではなく『縦置き』にされ本棚に収まっているはずだ。

基本的に本の配列は各書店任せだが売れる本は目立つように、そして売れない本は出版会社に即返品される。昨今の出版不況からその風潮はより強いモノとなっている。それをみやびは実際に肌でそれを感じ取っていた。

特に『新刊発売日』は書店としても、店の売り上げを大きく左右しかねない死活問題なので余計にシビアになるのだ。無名の新人なら『売れないのが常識』なのでより厳しく扱われるのだ。

目でタイトルを、それと同時に指で一つ一つ見逃さないよう確認しながら探す。……が、どこにもむつみの『キミキス』なんてタイトルはなかったのだ。

「(もしかして発売日までに間に合わなかったの?)」

「いいや、そんなはずはない!」何故なら、自分と担当を代わった佐藤に発売日だけは確認を取っていたからだ。

  売れた本の在庫を補充するのであろう店員が束ねられた本を持ってみやびの横に来ていた。こんなときは店員に聞くのが一番手っ取り早い。

「あ、あの! 今日発売予定の『新刊』がないんですけど!? も、もしかして……売り切れたんですかね!!」

「た、た、た、タイトルはなんでしょう?」

みやびのその鬼気迫る態度に店員はたじろぎながらも、前エプロンのポケットから新刊発売の予定表を取り出す。店員のたじろぐ姿を見て自分の態度が悪かったことに気づき、みやびは冷静さを取り戻す。

「こほんっ。本日4月2日発売予定の大槻むつみ先生作の『キミにキスを、あなたに花束を。』ってタイトルです。出版社は不死身書店です!」

その店員は焦りながらも4月の予定表だけでなく、5月発売の予定表もめくりながら指でタイトルを追うのだが、

「うーん……そのようなタイトルは4月にも、5月にもないですね。もしかして入稿に間に合わなくて《原稿が落ちて》発売日が延期されたか、ズレたのかもしれませんよ?」

「そんなはずはないわ! ちゃんと探したの!?」

 みやびはA4サイズの予定表を店員から奪い必死に探す。

「そ、そんなばかな……」

そこには『キミキス』のタイトルは愚か作家である『むつみ』の名前すらなかったのだ。

「(先生の名前が無いだなんて……名前っ!?』)」

みやびは失念していた。小説作家にペンネームは付き物だということを。

 むつみのペンネームは英語で『scarlet《スカーレット》』であった。指で弾きながら作者の名前の欄を追ってゆく。

「あった!」4月2日発売の欄の著者名に『scarlet』と英語で書かれているのを見つけた。

 でも何故かそれはみやびが知っている作品のタイトルと名前が違っていたのだ。そこに書かれていたタイトルにはこう記されていた。

『売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。』

「こ、このタイトルは……」

「あぁ~お探しのはそれをお探しでしたか? 確か無名の新人作家さんでしたよね? それならここに……」

っと店員が指差したのは足元にある『出版社への返品用のカゴの中』である。

 今日は発売当日だというのにむつみの小説は既に返品用のカゴの中に何冊も入っていたのだ。その現実を目の当たりにしてしまいみやびはショックを隠しきれなかった。

「この本ウチの近くの不死鳥書店さんが『ウチが期待する大新人だから置いてくれ!』って頼まれて置いたんですけどね。正直言って今日が発売当日なのにまだ一冊も売れず、出版社へ返品しようとしていたところなんですよ。普通新刊出す時には出版社が大々的に宣伝するんですが、入稿納期がギリギリだったんでしょうね。まったく宣伝しないもんだからこの本、朝から一冊も売れないんですよ。今の時代SNSやネットなどでキチンと宣伝していかないと有名な作家さんでさえまったく売れませんからねぇ~。無名の新人作家さんなら余計にですよ(笑)」

 みやびがその元担当であるだと知らずに書店員は文句を口にしていた。

「ところでこれ……お買いになるんですか?」

 書店員からそう聞かれたがみやびにはそのショックが大きく、言葉を満足に発せなかった。

 そんな反応からか『やっぱりな』と買わないだろうと判断したのだろう。みやびの返事も聞かずにまだ棚に並んでいるむつみの新刊を無造作に引き抜くとバサバサ! バサバサ! と乱雑に返品用のカゴに投げ入れていく。

「こんな売れない本、出版社は返品されてどうするんですかね? 資源の無駄だっつーの(笑)」

店員はみやびの心中を知らず、更には心無い言葉でこう話を続けた。

「何でも会長の孫娘だかが周囲の反対を押し切って、選考落ちした作家に書かせた本らしいですよ。しかもその作家さん入稿も守れないもんだから、出版社もまともに宣伝できずこの有様なんですよ。書店ウチらとしても『こんな売れない本』を出版社から押し付けられていい迷惑ってもんです。ったく、ほんとまったく困ったモノですよね」

 などと書店員は苦笑いをしながら、まだ新刊コーナーの本棚に残っているむつみの新刊を返品用のカゴに放り投げ入れた。

「私がその…………なんです」

「えっ? なんですか?」

 俯いたままのみやびが何かを喋っているが、書店員にはその声が小さく上手く聞き取れない。

「だから!! 私がその馬鹿な孫娘なんですってば!!」

 まるで親の仇とばかりに書店員を睨みつけ怒りを露(あらわ)にするみやび。

それは明らかに普段とは違う怒りであり、それは殺意を含んでいるものだった。

「あっ、いや……その……い、今のは違うんですよ……言葉のあやって言うか……」

弁解の余地もない。店員は言い訳もできずに言い淀む。

「このカゴに入ってるの、コレ全部私が買いますから! あと倉庫にある在庫もいますぐにここに全部持ってきてください! それも全部私が買取ますからね!!」

自分のことを馬鹿にするのはいい。だがむつみを……むつみの作品を読まずに馬鹿にされるのだけは元担当として、またむつみのファンとしては許せなかった。

「ちょちょちょ、ちょっと倉庫を見てきますね!」

そう言い残すと店員は慌てて倉庫に逃げ出した。

一人残ったみやびは返品用のカゴを見て、それから棚に一冊だけ取り残されたむつみの新刊に目を向けた。

『売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。 作:scarlet 画:やよい 不死鳥文庫』

 むつみのペンネームである英文字上から下へと指でなぞりながらこう口にした。

「先生。私の……私の言うことをちゃんと聞かないから……。私を担当から外したからこんなことになったんですよ。もう先生は、ホント、バカなんですから……」

周りにいる人には聞こえないようそう小声で呟いた。

みやびのその瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

その涙を指で拭い、本棚に一冊だけ取り残されたその本を丁寧に引き抜くと、まるで宝物のように優しく手に取った。

表紙のイラストもみやびが知っていたそれとは少しだけ違っていた。

きっとスピンオフを書き上げてから追加で書き直したのだろう。

締め切りに追われ修羅場モードになっているやよいさん《原画家》の姿が目に浮ぶ。

表紙のイラストの左半分側にはみやびも知っている『キミキス』の主人公智也がヒロインであり、男装女子の格好をした葵を後ろから抱きしめ首筋にキスをしている画だった。傍らにはちゃんとロードバイクなんかも描かれていた。

そして右側半分には……見たことのない若い男女が描かれていたのだ。

 その二人にはどこか見覚えがあり、それは……自分とむつみの姿に少しだけ似ていた。

作家らしき男性は顔半分を開いた『キミキス』《ラノベ》で隠すように、またすまなそうに女性の方を見ていた。女性はたぶんその担当なのだろう、『納期厳守』と書かれた用紙を作家である男性に見せつける様に突き出していた。

それがどこか『自分とむつみ』とのやりとりのようで少しだけ笑ってしまう。

みやびは包装されていたパッケージを破るとパラパラっとページを捲っていく。

どうやら『キミキス』自体ははみやびがチェックしていた頃とほぼ同じ内容のようだ。

中盤も過ぎた頃、みやびのページを捲る手が止まってしまう。

「こ、これが先生の新作?」

そこには第二章のタイトルとして『売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。』と書かれていた。

たぶんコレがむつみが言っていたスピンオフ作品なのだろう。

「ふぅ~っ」

緊張からか、はたまた期待からなのか、みやびの心は落ち着かない。だがそうも言ってはいられないず、思い切ってその場で読むことにした。

みやびは心を落ち着かせながら『担当』としての顔になり、真剣に一ページ一ページ読み深めていく。

そしてその途中みやびは泣きそうになるのを必死に抑えるよう、涙が流れぬように顔を上げて本に涙が落ちるのを堪えた。

そこに書かれていたのは、これまでのむつみとの思い出が描かれていた。

知らぬ人にとってはただの恋愛の内容なのだが、みやびにはすぐ『それ』を理解した。

それはむつみとみやびだけが知る2人だけの秘密。それをみやびが解からないわけがなかった。初めての出逢いから作品制作への苦悩、取材と称してのデート、その本の中にはむつみとの思い出がすべて詰め込まれていたのだった。

「先生……私この時はまだこんなこと想ってませんでしたよ」

本の中にはもちろん作家である男性の感情だけでなく、その担当さんである女性の心の内もそこには描かれていた。

「ふふっ。ホント先生は勝手ですね。人の心の中を見透かすように心情を描くだなんて……」

そして物語も終盤に差し掛かり作家である男性が告白するのだが、担当である女性は「自分はあなたの担当で、作品を公平に評価できなくなってしまう……」と断ってしまうのだった。

そこで作家である男性は『もし自分のデビュー作が100万部売れたら結婚して欲しい』と女性に勝負を挑んだ。

本当にむつみとみやびとの現実のままのやり取りをそのまま物語にしたようだ。

「先生、私に断らず勝手にこんなの書いて……著作権で訴えちゃいますからね!」

泣きそうになるのをみやびはキツイ口調で誤魔化す。いや、誤魔化そうとしたが、誤魔化せなかった。突如としてポッポッ、ポッポッ……っと本の文字が滲んでしまった。

初めみやびは「なんだろう?」っと思いながらそれを指でなぞってみる。だが今度はなぞる指先に冷たいものが当たり、みやびは反射的に頬に手を当ててしまう。

指先に伝わる冷たい感触。それはツーッ。っと指を避け流れ落ちてしまい、また一つまた一つ……っと文字を滲ませてゆく。

そこでみやびは自分が泣いていることに今初めて気づいたのだ。

本に涙が落ちないようにと指で拭うが止まらない。

溢れる涙、そしてなによりも自分の今の感情を抑えることができない。

 その異変に気づいた書店員が「お、お客様! 大丈夫ですか? 何かあったんですか?」そうみやびに声をかけてきた。

どうやらそれは先程の店員らしく手にはむつみの新刊が数冊抱き抱えられている。

 みやびは言葉を発する代わりに「うんうん」と頷き、その書店員が持ってきたその数冊の本を受け取って大切そうに抱きしめ、周りの人目も憚らずに泣き出してしまうのだった。


「うぅっ。やってしまった。もうあの書店には行けない……」

あの後みやびはなんとか泣き止み、赤い目をしたままレジで会計をした。

店員には最後まで心配されたが『目に入れているコンタクトがズレただけ!』っと頑なに「大丈夫だから!」と言って誤魔化した。

まさか『いい年をした女が、書店の中でしかも立ち読みでラノベを読んで泣きました!』なんては言えるわけがない。みやびは今のこの気持ちをどう表現していいのかわからずに「あ~も~う~!!」と両手で髪をかき乱す。

「あぁ~もう~ほんっとに恥ずかしかった! すっごく恥ずかしかった! これも先生のせいだわ! そうよ! そうなのよ!! 今日の空が曇ってるのも、タコメーターが赤いのも、燃料計のランプが付いているのも、なにもかもが先生のせいなんだわっ!!

 もはや自分でも言ってる事がしりめつめつだと理解しているが止まらなかった。

「大体『私達の思い出』を勝手に書いて、しかもそれを新刊のスピンオフとして載せるだなんて……。設定や登場人物の名前くらい捻ってくれれば良かったのに……」

 怒った言葉とは裏腹に少しだけ嬉しそうにするみやび。そして助手席に置いてある二十冊ほどの本に目を向ける。

「……」

 そこでふっとまだ全部を読み終えていないことに気付いた。泣いて……いや、コンタクトがズレたせいであやふやになり続きを読むのを止めてしまったのだ。

 キキーッ。急ブレーキをかけ、続きを読むため左車線の路肩に寄せるとハザードを出しエンジンをかけたまま車を停車させる。今度は運転席バケットシートを後ろに引くとシートベルトも外して楽な姿勢をになる。そして助手席にある本を一冊手に取ると急ぎページを捲った。

 いつもは心地よいエンジン音と車内でかけるお気に入りの音楽がこの瞬間だけはうるさく感じ、みやびの心を更に焦らせる。

そうして読み止めてしまったページを開いた。

そこには涙の跡が残っており、文字を滲ませ読めなくなっていた。

  同じ本がたくさんあるのだから別の本にすれば読みやすいのだが、みやびは敢えてこの本を選んだ。他のは書店の紙袋に入れてもらっていたので出す手間を惜しんだのもある。

「うっ……」

書店でのあの想いがこみ上げてしまい一瞬泣きそうになるが、上を向いて涙を堪える。

そしてその本のページを開いたまま、足を組んでいる右足のふとももの上に本を載せると長く美しい髪の毛が本を読む時際邪魔にならぬよう後ろ手で縛り止め、ドリンクホルダーにあったミネラルウォーターを一口飲んで落ち着く。

「……ぬるい」

 さっき買ったばかりだったが、思ったより時間が経っていたのか温かくなっていた。

  そして泣くのを誤魔化すかのようにバシッ! バシッ! っと自分で両頬を叩いて気持ちを入れ替える。

「私は伏見みやび。むつみ先生の担当で……」

 まるで自分にそう言い聞かせるようにお仕事モードになった。

この瞬間みやびは自分が担当を外されていることをすっかり忘れていた。この時点で既に作品への公平さは伴われていないのかもしれない。。

「やっぱり……」

まだ数ページ程の続きがあり、それはみやびがまだ知らない物語が描かれていたのだった。。

 その後男性(作家)のデビュー作は初版で100万部を超える異例の大ヒット。

そこへお祝いの花束を持って駆けつけた女性(担当)に対し、作家である男性は「ボクと結婚して欲しい」と再び告白するのだった。女性は恥ずかしさからか「勝負に負けただけ! 約束だから!」っとツンデレながらその結婚の申し出を受け入れた。

だが何度も念を押すように「私みたいな可愛げのない女でいいの?」と確認する女性に対して、作家である男性はそんな彼女をカワイイと言って強引に抱きしめキスをする。

キスをされた女性の手の中にはお祝いの花束が握られていたのだった。

 二人は幸せそうに『キミにキスを、あなたに花束を。』の主人公とヒロインの最後のセリフを一緒に言うのだった。『キミにキスを、あなたに花束を。』と言ったような内容で締めくくられていた。

 これは『まだ』起こってはいない未来の出来事を想像して描いたのであろう。

そもそも初版で100万部なんて数は、某海賊漫画クラスでもないと存在しない数字である。

ラノベの有名作家でさえ、初版は数万部がやっとなのだ。

「まったくもう……初版で100万部なんて。ほんと先生は相変わらず『常識外れ』なんですから」

そう呟いたみやびの顔には少し笑みがこぼれていた。

むつみの作品発売日から1週間後。

むつみの元に現担当の佐藤から初版部数と評判についての電話があった。

「先生。残念でしたけど初版は三千部がやっとでして……各書店の売上予想を見るに残念ながらこれ以上の増刷もないと思われます。それで……続編もなしでしてその本の評価もですね、言いにくいのですが大変厳しいモノでして……」

初版三千部という数字は『刷った数』だと言い、書店からの返品数を入れると……そこで佐藤はそれ以上の言葉を続けなかった。

むつみはその佐藤の電話に対して、どう返事をしたかも覚えてはいなかった。

すぐに佐藤との電話を切るとスマホをクッションに放り投げソファーで仰向けに横たわり、目に溜まった涙を隠すように両腕で隠した。

「ははっ。どうせボクはこんなもんだよね。せっかくラノベ作家としてデビューしてこの様なんだ。それにみやびさんとの約束も果たせず……」

むつみはその続きを口にできなかった。目指すは100万部だと言うのに三千部ですら売れていないのでは話にならない。しかも増刷の予定もないのだから、今後も期待はできないだろう。

「はぁ……こんなときどんな顔すればいいんだろう?」

「笑顔になれば良いと思うよ……」そんな懐かしいセリフがむつみの頭の中でリフレインする。

だがむつみは主人公は愚かヒロインでもなかったのだ。そこでふとみやびの顔が浮かび悲しくなった。

「惨敗だよね? 万どころかその半分にも届いていないなんて……はぁ」

 むつみ本日二十五回目の溜め息をついた。そして何もやる気が起きなかった。

「はぁ~っ」

 二十六回目の溜め息の後、弱気になったのかこんなことを呟いてしまう。

「もう作家なんて辞めようかな……元々小説家なんてボクには向いてないのかもしれない。みやびさんだけはボクを高く評価してくれていたけど……」

そのみやびもむつみ自身が遠ざけてしまったのだ。もうどうすることもできない。

 トゥルルル♪ トゥルルル♪ 翌日の早朝、担当の佐藤から電話があった。

「あっ! 先生ですか? こんな朝早くからすみません」

「(……解かっているならこんな朝っぱらから電話して欲しくないなぁ)」

 まだ外は暗く時間は朝5時で早朝と言えなくもない時間帯の電話であった。

「……いえ、間違い別のお宅です」

 そして朝は超絶不機嫌なむつみは佐藤からの電話を『間違い電話だ』っと言って切ってしまった。これはわりと酷い行動だったかもしれない。

 トゥルルル♪ トゥルルル♪ すぐさま再び電話が鳴る。いつまで経っても呼び出し音は鳴り止まず、仕方なしにむつみは電話に出ることにした。

「もしもし佐藤さん? こんな時間にどうしたの?」

  佐藤はそんな作家の対応に慣れているのか、臆せず再び電話をかけてきただった。

「いやいや先生! 名前見て電話かけているのに間違えませんよ。そんなことよりも先生ネット見ましたか? ネット!」

「ネットぉ~? どうせあれでしょ昨日発売した『フォークライ5』の実況動画! あれ面白かったよねぇ~ボクも朝の4時まで見ちゃったよ♪」

むつみはまだ寝ぼけているようだ。ってか1時間しか寝てなく不機嫌だっただけだ。

「いや確かにあの動画は面白かったですけど……あれは違法動画なんで先生は見ないで下さいよ。そ、そんなことよりもです! 先生の本『売れうれさく』が今SNSの交流サイトで話題になっているんですよ!」

佐藤の話によれば大手の掲示板やSNSノーズブックなどでお祭り騒ぎらしい。

「あとはとにかくネットを見て欲しい」とアドレスが送られてきた。むつみは作業用のデスクトップPCを立ち上げ、メールに記載されているアドレスをクリックした。

「これ、か」

たくさんの書き込みが次々されていた。その中の先頭を見ることにした。そこにはこう書かれていた。

『今俺が出くわした光景をありのまま話すぜ。今日はラノベ新刊の発売日だから近所の小さな書店に行き、新刊コーナーでチェックをしていたときの話だ。隣にいた綺麗なお姉さんがラノベを立ち読みしてていきなり大泣きしてた。しかも人目を憚らず泣くその姿が、あまりにも綺麗で思わず告白しそうになったが、なんとか踏みとどまった。

そのお姉さん、泣きながらもその新刊を店の在庫ごとすべて購入していった。『俺はそんなに面白いのか?』と思い、別の書店まで行って買ってきて今読み終わったとこ。これがまた面白く感動モノだったわ。特にスピンオフのやつは泣ける、泣かす、泣かされる。の三段活用法。お前らも機会があれば読んでミ♪』

 などと書かれていた。

「文長っ! あとすごく変な改行してるし……」

とは思いつつも、むつみはそれに対する返信レスを見続ける。

「ネタバレはよお!」

「お姉さんの写真希望!」

「どうせ作家か出版社のステマだろ? はいはいワロスワロス」

「在庫が1冊しかなかったオチ」

「どうせオマエの幻覚の話だろ?」

「oioi《オイオイ》書店! ウチの近所だわ、これは行くしかない! 凸するべし!」

「既にアニメ化決定?」

など色々なことが書かれ、小さいながら写真もアップされていた。その写真にはみやびによく似た女の人が写っていたのだった。

泣きながら本を両手に何冊も抱き抱えながら、その本とはむつみの新刊である『売れたん』にも見えた。

「こ、これってみやびさん!? み、みやびさんだよね……」

むつみは座っていた椅子から落ちそうになった。それはみやびにとてもよく似ていた。

そもそもoioi書店は『不死鳥書店』本社から歩いて5分ほどの近所だったはずだ。ならみやびがそこに居てもおかしくはない。だが何故そこに居たのだろう?

そんな疑問を抱きつつも、そのページを見ていると、トゥルルル♪ トゥルルル♪ 再び電話が鳴る。佐藤からだった。

「先生ですか? 担当の佐藤です!」

「佐藤さん……あんまりしつこいと着拒にするよ。男同士でもストーカー罪は成立するんだから覚えて置いてよね!」

「えー!? 何でですか先生! それは酷すぎますよ! ってか怖すぎますよ!」

 うるさいくらいに佐藤はテンションが上がっているようだ。

「そ・れ・よ・り・も・です! 先生見ましたか? この写真の女性なんですけど、みやびお嬢様に似てませんか? 顔は隠れて見えませんが……」

「あっ佐藤さんもやっぱりそう見えたの?」

 社員である佐藤までも言うのなら、これはやはりみやび本人なのだろう。

「それではなぜ泣いていたのかだ?」それもむつみの本を大量に抱えて、だ。

「(たぶん会社に言えば無料でくれるんだろうけど、みやびさんは敢えて『一読者』として買いに行ってくれたのかもしれないなぁ)」

そんなことを考えていたむつみはある疑問を口にした。

「佐藤さん。もしこれがみやびさんだとしたら、これってマズイよね?」

「いえ、むしろ好都合チャンス到来です! ここの掲示板は色んな意味で影響力すごいですからね。さっき『イゾン(総合ネットショップ)』でも本の品切れ・レビューがたくさんついてましたよ。朝っぱらだって言うのに、先程から書店やネットショップから問い合わせがあるくらいなんですよ! 先生……この分なら在庫が捌けるどころか、増刷も期待できそうですよ!」

佐藤はいつものように明るく、うるさいくらい元気になっていた。

その日の内に第二版が印刷されることが即決定した。しかも予想よりも多く、五万冊増で刷るらしい。ネットでも人気が強く電子書籍化も検討されたが、『敢えて紙媒体でのみ販売』という当初の計画通りに紙媒体で『付加価値をつける』姿勢を貫いた。

実際に手で触れて、紙の感触を味わうのが良いと考えての決定だった。

むつみはその報告を受けとても喜んだが、心は晴れてはいなかった。

何故なら今一番傍にいて欲しい女性が隣にいなかったからだ……。


むつみの新刊発売から一ヶ月後、月間部数の報告が佐藤からされた。

『売れさく』は第7版まで印刷され、無名新人ライトノベル作家としては異例の90万部を売り上げた。帯には『おしくも100万部に届かなかった作品!』と皮肉交じりに書かれた。

「いやぁ~ここまで『売れ作』が売れるとは思いませんでしたね! だって発売初日なんて返品の山でしたからねぇ~。あの時は売れた本よりも、返品が多いくらいでしたしね!」

っとやや冗談交じりで笑い飛ばす佐藤。声はいつもよりも明るくとても弾んでいるのが見て取れる。

「あの佐藤さん。その略なんだけど『売れうれさく』じゃなくて、正式には『売れうれたん』だからね。勝手に略称作らないでくれるかな?」

『こっちの方がカワイイでしょ♪』っとむつみ。それに対して佐藤は、

「いやいや略すなら『売れ作』ですよ先生! 売れ担だとなんだか『発泡ウレタン』みたいじゃないですか!」

どちらもどうタイトルを省略するかを譲らなかった。

ここでむつみは『作者』として強気に出る。

「『売れ担』はの略は『その本売れたん?』っていうのと、かけてあるの!」

 むつみには珍しく強い口調で佐藤に物言いをしていた。

「…………あぁ! なるほどなるほど、そうきましたか! さすがは100万部におしくも届かなかったむつみ先生ですね! ならそれで行きましょう!」

佐藤の変わり身は政治家のそれと同じくらい早かった。あとさりげな~く、ディスられたのをむつみはしっかりと覚えておくことにした。

だが増刷されても尚も目標の100万部には届かなかったのだ。

数日後『新人作家デビュー』を記念してパーティーが開かれることになった。もちろん新人としては異例の90万部を売り上げたむつみも呼ばれた。だがむつみは体調不良を理由に出席を断ってしまったのだ。

そして今日はパーティーの当日の日である。だがむつみはソファーで寝ていた。佐藤から続編を頼まれていたが今は何もする気が起きない。

「佐藤さんには悪いことをしたなぁ……」

名目上は新人作家のパーティーだが、むつみの90万部売り上げたお祝いも兼ねていたのだ。むしろそっちが主役と言っても過言ではない。

それが出席しないとなれば、担当である佐藤にも影響がないわけではない。が、この前ディスられた腹いせも兼ねていたのだった。

 そんなことを思い浮かべていると、

『ピンポーン♪』

呼び鈴が鳴った。むつみは出るのが面倒なので居留守を決め込む。

『ピンポーン♪ ピンポーン♪』

かなりしつこい。こんな朝っぱらから新聞の勧誘だろうか?

「いませ~ん。この家は留守ですよ~」

なんともむつみらしい返答。それに対しポツリっと小声で返答があった。

「先生…………私です」

「…………っ!?」

その声には聞き覚えがあった。いやむしろ忘れるはずがない。何故ならむつみはこの一ヶ月間彼女の事ばかりを考えていたのだから。

「み、みやびさん!? い、今開けるかちょっと待ってて!!」

むつみはソファーからガバリッ起き上がると、その反動でお腹の上に置いてたスマホがカラカラ~ッと音を立て床に落ちてしまった。だが今のむつみにはそれを気にしている余裕はなく急ぎみやびが待つ玄関へと向かうが、今度はこたつテーブルに右足の脛をぶつけてしまう。

「あっつう!」

 だがそんなことに構ってる場合じゃない! 今の今まで想っていた女性……みやびに逢えるのだから。むつみは玄関の施錠を外すと勢い良くドアを開け放った。

「ご、ごめんねみやびさん。遅くなっちゃって!」

「いえ。それよりも足ぶつけたところ大丈夫ですか?」

 少し前屈みで足を擦っていたので気になったのだろう。

「あ、ああこれ? だ、大丈夫大丈夫! そんなことよりもみやびさん……久しぶりだね」

「あっはい。お久しぶりですね先生……」

 なんとも言えない雰囲気。お互い上手く言葉が出ない。

「こんなとこでもなんだから、中へどうぞ」

「いいんですかお邪魔して? では失礼しますね」

 靴を揃え丁寧に断りを入れみやびは一ヶ月ぶりのむつみの部屋へと入って行った。

「ま、適当に座ってよ。今コーヒーでも入れるからさ」

「あっ。ここでいいですよ。それとお構いなく」

 むつみもみやびもベットにちょこんと並んで座っている。

「……」

「……」

 互いに口を開かず沈黙のままだった。話すことはたくさんある。だが何を話していいのやら切り出せなかったのだ。

「……み、みやびさん元気だった?」

 むつみの無難な軽め世間話ジャブ

「ええ。先生のおかげで『休暇』ができましたので……」

 みやびの左カウンターストレート。続けざまみやびの攻勢。

「それと先生。90万部おめでとうございます。これは会社からのお祝いの花束です」

 そう言ってみやびは『青い薔薇』の花束をむつみに差し出す。

「あれこれって『青い薔薇』だよね? へぇ~普通は赤色なのに青なんて珍しいよねぇ~♪」

普通こうゆう時には無難な白いユリの入ったアレンジメントを送る。だがみやびは敢えてむつみに青いバラを選んだのだ。

「先生は……青い薔薇の『花言葉』を知ってますか?」

「お恥ずかしいことに、全然わかんない」

 むつみはみやびのその質問に答えられず、少しだけ恥ずかしそうに顔を下に向けてしまう。正直むつみも赤い薔薇や白い薔薇の花言葉なら知っていたのだが、青色の薔薇については聞いた事が無いどころか、そもそもそんな花があることすら知らなかったのだ。

「青い薔薇は昔ですね、栽培が不可能とされていて『不可能・あり得ない』が花言葉だったのですが、最近では難しいながらも栽培できるようになりまして今では『奇跡・神の祝福・夢が叶う』と言った花言葉がつけられてるそうですよ」

「……それはすごく意味深な花言葉だね」

青い薔薇が自分のことを表しているようにむつみには思えた。

「でもボクはこれ受け取れないよ。だってさ……その奇跡は起こせなかったんだもん」

むつみは俯き落ち込み泣きそうになる。みやびもそれの意味を察しおずおずとしながら、後ろに隠してあったもう一つの小さな花束をむつみの目の前に差し出した。

「こ、これは会社とは別に私個人が先生に差し上げる花です!(照)」

それは虹色の薔薇だった。

「とても綺麗な色だね。これも薔薇なの?」

「これは『レインボーローズ』と言いまして……花言葉は『無限の可能性』です。せ、先生にぴったりだと思いまして(照)」

「こんな派手な色の薔薇もあるんだぁ」と関心するむつみ。

「実はコレ造花イミテーションなんです。白い薔薇に青や染めたい色を吸わせて創るみたいです」

「なるほど。だからこんな鮮やかな色が出せるんだね!」

 むつみはみやびのその説明を聞いて納得するように頷いた。

「い、今の先生はきっと白い薔薇と一緒なんです。色々な知識や経験という『色』を吸収することで『青い薔薇』にも『虹色の薔薇』にも、何にでもなれる……そんな可能性を秘めた『作家さん』なんです!」

 そこまで自分を褒められると照れる。しかも花言葉を使いこれほど情熱的に、だ。

「みやびさんって結構ロマンチストなんだね。かわいい♪」

「か、からかわないで下さい。私みたいな可愛げのない女に『かわいい』などと……勘違いしてしまいますよ(照)」

「これは前にも言ったけどさ……ボクが勘違いして欲しいって言ったらみやびさんはどうするの?」

相変わらずのむつみの意地悪。対してみやびは、

「先生は相変わらず意地悪さんですね! 私はす、既に勘違いしているのに……(照)」

恥ずかしさからか、顔を赤くするみやび。

「せ、先生ちょっと下にある車まで来ていただけませんかね?」

「へっ? これからどこかに行くの?」

 困惑しながらもみやびに車まで引っ張られるむつみ。

 ピピッ♪ 車のロックが外れる電子音がする。

「先生、後ろのトランクを開けてもらえますか?」

「そりゃ開けろと言われれば開けるけど……開けた瞬間おじいさんになったりしない?」

「それは保障の期間外です……」

 そう言ってすぐさま「う、ウソですが……」とそっぽを向きながらそんな冗談を照れているみやび口にしていた。

 ガチャッ、スーッ。トランクルームがむつみの手によって開けられる。そこには『赤いバラ』がぎっしりと詰まっていた。

「み、みやびさん。これって!?」

「あ、赤い薔薇が『108本』あります。こ、こ、これが今の私の気持ちです!!(照)」

みやびは戦後最大クラスに顔を赤らめ、すっごく恥ずかしがりながらそう言葉を口にした。

 薔薇には『相手に送る本数』によって別の意味が込められる。『108本』それには「私と結婚してください」との意味が込められている。それはむつみも知っていることだった。

「せ、先生! いえ大槻むつみさん! 私と結婚してください! これからも作家と担当さんとして、また夫婦としてあなたの隣に一生いたいんです!」

みやびからの熱烈なプロポーズ。一度はみやびから断られ、今度は逆にプロポーズされてしまう。むつみはまるで『夢』でも見ているかのような感覚に陥ってしまった。

  だが、そこでふと現実へと引き戻されてしまう。。

「ごめん。みやびさん。みやびさんの気持ちは嬉しいけど、あの約束が果たせない今、みやびさんのことを幸せにできる自信がないんだ」

「だから……」っと続けるむつみに対して、少し意地悪そうにみやびがこう言った。

「先生。これはまだ機密事案オフレコなんですが、昨日『売れ担』のアニメ化が決定しました。それに伴い原作である本も更に15万部ほど増刷されるようです。ですから90万部に15万部を足しまして……」

「えっ? ってことは……全部で105万部になっちゃったの?」

「はいそうです!」

 むつみが言うがまま、頷くみやび。

「……ということは?」

「先生……私と結婚していただけますか?」

 むつみは頭の整理が追いつかない。アニメ化で追加15万部……ということは?

「やった! やったよみやびさん! 100万部超えなんてまるで『夢』みたいだよ!」

「あ、あの先生、私のプロポーズに対するお返事がまだなのですが……」

 まったく耳に入っていないむつみさん。


「まったくもう、先生はいつまで経っても先生のままですね♪」

 やや呆れた感じだが、とても嬉しそうなみやび。

「みやびさん結婚しよう! さぁしよう! 今しよう! 明日しよう!」

言動がおかしくなるむつみさん。今なのか明日なのか。

「先生♪」

 みやびがむつみのことを強引に抱き寄せる。顔が近いせいか、両者頬が赤くなる。

「あ、あのみやびさん?」

「いいから黙ってください、むつみさん」

 見つめ合い互いの唇を近づけ、みやびはこう囁いた。

「こんなとき、ラノベの主人公ならなんてセリフ言いますか?」

 みやびの意地悪な質問。暗に答えを誘導している。

「じゃあさ、二人で『それ』の答え合わせしてみるのはどうかな?」

「ふふっ。良いですよ。望むところですよむつみさん♪」

 お互い顔を近づけ、そっと口付けをする。

そして二人でこのセリフで締めくくる。


「「キミにキスを、あなたに花束を。」」っと。


 だが暫くして時間が経つと二人は冷静になってしまった。

「あのさ、みやびさん。こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど……作品だとこのシーンは完全に立場逆だよね?」

「え、ええそうでしたね。最後は主人公がヒロインに向かって立ち膝をしながら花束を捧げてからのキスでしたよね? はぁ~っ。これはやっちゃいましたかね……」

 別にみやびはむつみの小説であるキミキスの最後のシーンを真似たかったわけではなかったが、結果としてそうなってしまい、しかも完全に立ち位置が逆になっていたのだ。

 そんな落ち込んだ顔をするみやびに対し、むつみは明るくフォローの言葉をかけた。

「でもさ、なんかこうゆうのもボクとみやびさんらしくていいよね?」

「そう……なんですかね」 

 やや呆れながらむつみの言葉を強引に納得しようとするみやびさん。そして再び二人は見つめ合い二回目の口付けをした。今度は先程よりも少し長めに。っとその時みやびが『何か』に気付いたように声を上げた。

「ああ! 忘れてましたよ! むつみさん、むつみさん! パーティー! パーティーですよ! お祝いのパーティーに遅刻してしまいますよ! 本当は私むつみさんの事を迎えに来たんですよ!」

「ええっ!? いまさらパーリィーに行くの? せっかく結ばれたんだから、もう少し二人だけの余韻を楽しもうよ♪」

パーリィーっと外人ばりに発音良く口にし、パーティに行くのを拒むむつみさん。

「ダメですよ! そもそもむつみさんは『主賓』なんですからね!」

「いやもうさ、すっごい遅刻してるから何も今から行かなくてもいいような……」

 既に開始時刻からは一時間が経ち、例え今から向かったとしてもちょうど終了時間になってしまうとむつみは行く事を拒否する。

「大丈夫です! 主役(ヒーロー)はここぞという時に間に合って登場するものですし!」

 だがしかし、むつみのみやびの説得に失敗したようだ。

「さぁさぁむつみさん! 私の車に早く乗ってくださいよ! 今日は『本気』で飛ばしますからね! フルスロットルでぶっ飛びましょう♪」

「っ!?」

 忘れていた。いや忘れたかった。ここから現実逃避したかった。

「み、みやびさん。もう遅刻してるしさ、ゆっくりっと行かない? それかバスか新幹線って手もあるんだよ。もしかしたらそっちの方が早いかもしれないじゃない!」

 みやびの車に乗ることを全力で阻止しよう画策むつみ。

「な~に言ってるんですかむつみさん! 100mを3秒で駆け抜ければ間に合いますって♪ さぁさぁ! あっシートベルトだけはちゃんと締めてくださいね。じゃないと自動的に車外に投げ出されちゃうかもです(笑) あっ準備できましたね? それじゃあ行きますよぉ~♪」

「ま、待ってみやびさん! ボクまだシートなベルトさんをしていな……」

 むつみの言葉を待たずしてみやびはアクセルを床踏み全開にした。その刹那きゅるるるる♪ 後輪タイヤが激しくホイルスピンする。そして次の瞬間、グワーッ! と車が一気に加速し、むつみはバケットシートに重力加速によって体を押さえつけられてしまうのだった。

「むつみさん! ずっと! ず~っと私の隣にいてくださいね!! もう離しませんからね♪」

「……うぇっぷ」

 そう言った担当のみやびさんはとても幸せそうな顔をしていた。だが対する作家のむつみさんは今にも何かを生み出しそうな(吐きそうな)とっても気分悪い顔をしていたのだ。

 グォン♪ グォン♪ キキーッ♪

「あ、あれ? またサイドブレーキが上がったままでしたね♪ ちゃっかり♪ ちゃっかり♪」

「け、結局最後までこんな感じなんだねぇ~~~~~っ」

 タイヤのスキール音とむつみの断末魔がいつまでも響くのだった。そしてこれからも『売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情』は続くようだ……。


 売れない人気ライトノベル作家と、その担当さんとの恋愛事情と、その結果。 fin.

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