第2話【S級冒険者は、二つ名を嫌う】



 ちりん、というドアベルの音と共にオラは扉をまたぐ。


「いらっしゃ……なんでぇ、おめぇか。その様子じゃ、やっぱ違ったみてぇだな」


「んだ。凄腕の女性らしいと聞いてたから、もしやと思ったんだけんど」


 オラは下宿先の宿『烈火れっかともしび亭』へと戻ってきていた。

 一階で酒場を経営しているその宿は、いつもは昼も夜も冒険者でごった返している。

 そのため騒がしくて眠れないという理由から二階の宿を利用する者は少ない。

 それこそ、利用するのは宿賃にも困るC級冒険者くらいのものだ。


「そうかい。そいつぁ、残念だったな」


 カウンターの中で、ちびちびとブランデーを飲んでいるのはこの店のマスターだ。


 大柄なオラよりも、頭一つ大きいほどの巨漢。口元のもじゃ髭と、いっそ綺麗なくらいの禿頭のおかげでかなり老けて見られがちだが、一応まだ三十代らしい。

 本人も年寄りに見られるのが嫌で、冒険者を引退した今でも身体は鍛え続けているらしい。まあ荒くれ冒険者相手に商売する以上、それなりに腕っぷしが強くないといけないのは自明じめいだ。


 そんなマスターとオラは、一年来の付き合いだ。

 一緒に酒が飲めない相手とは、あまり話をしたがらないマスターだが。

 冒険者たちがGDGへ押しかけ、加えてこの雨で一般の客足も遠のいている今だけは、久しぶりに会話をかわしてくれるようだった。


「よぉ、ドンド。これを機に故郷に戻ったらどうだ。大事な幼馴染との約束なのかも知れんが、一年待ってもそれらしい相手は見つからなかったんだろ?」


 そして、マスターがオラに話をしてくるときの話題も、決まってこれであった。

 マスターの酒臭い息以上に、話題の内容に対してオラは顔をしかめる。


「こう言っちゃなんだが、お前さんは冒険者に向いてねぇ。素質がどうとか、不遇の加護がどうとか以前に、お前さんは冒険者向きの性格じゃねえんだよ」


「そう、だべな。オラも正直、未練がましいとわかってるだよ」


「だろ? 人生、何事も引き時は早いほうがいいぜ。俺も二年前までしぶとく冒険者を続けてきたが。尊敬すべき強者ってやつを目の当たりにして、才能の差を思い知ったもんよ」


 そこから続くこの話も、マスターから何度となく聞かされてきた苦労話という名の愚痴だ。

 自分とその仲間が何か月もかけ調査と探索を続け、制覇まであと一歩というところまでいった中級ダンジョン。その最深部にいたボスモンスターを、ふらりと現れたたったひとりの冒険者にかっさらわれてしまった。


 そうして自分の限界を悟り転職を決意したものの、オラのようなC級冒険者に対して細々と稼ぐことしかできない現状を涙混じりに語り続け。

 酒が入っているのもあって、そこから更に話が継続しそうなのを察し、オラは途中で言葉を挟むことにした。


「マスターの言いたいことはわかるだよ。だけんど、オラはやっぱり」


「チッ。それでも諦めきれない、か。だったらもう知らねぇよ」


 更に言えば、オラが返す答えも毎回決まっていたので。

 マスターもそれは予想していたらしく、ブランデーの残りを一気に煽ると。

 そのままカウンターから出て、千鳥足で入口の扉へと歩いていく。


「どこ行くだ?」


「賭場だよ賭場。どうせしばらく客も来やしねえんだ。頭のかてぇ頑固者は、ひとりで寂しくミルクでも飲みながら店番してやがれ」


 バタンという扉の閉まる音と、ヂリンというドアベルの鈴の音が、マスターの不機嫌さを物語っているかのようにけたたましく響いた。


 残されたオラは、仕方なくカウンターの内側に入りコートを脱いで簡素な白シャツと黒ズボンに着替え、酒瓶や酒樽の整頓をしておくことにした。


 マスターは本当に厚意で言っていることはわかっていた。

 宿賃が払えない時は、こうして酒場の手伝いをすることでどうにか支払い分をまけて貰っている。ああ見えて、根は優しいのである。酒癖が悪いのだけは、勘弁して欲しいところだったが。


 それでも諦めがつかず、王都で冒険者を続けるかたわら、様々な情報を集め幼馴染と思わしき人物を探し回り、今回こそはと思っては失意に暮れるその繰り返し。

 我ながら、執念深いというか、単なる馬鹿と言おうか。


 そんな具合に自嘲じちょうしていると。

 再び、ちりん、というドアベルの音が鳴った。


「なんか忘れ物だべか?」


 マスターが戻って来たのかと思い、入口に向き直ると。


「こんにちは。さっきぶりね」


 つい先程別れた筈の、アンがそこに立っていた。



     *



「粗茶だけんど」


「あら、ありがとう」


 湯呑を差し出し、カウンター席に座ったアンを改めて見つめる。

 コートを脱いだ彼女の装備は、正直少し異質だった。


 着ているものは可愛らしい白のワンピースだし。腰のベルトにくっついているポーチや、履いている靴なども年頃の女の子が好んで使うようなありふれた代物で、とても冒険に適しているとは思えない。


 武器の類も、普通はすぐに構えられるよう身体のいずこかに備えておくのが普通だが、見た限り彼女はなにも持っていない。ポーチの中に入っているのかもしれないが、それでは緊急時に取り出す動作で数手遅れてしまうだろう。


「美味しい! これどんな茶葉を使ってるの?」


「近くで採れる普通の薬草だべよ。そんなに凄いものでもねぇべ」


「だってだって! ほんとに美味しいもの! これで店を出せるくらいよ!」


 そんなオラの思惑をよそに、アンは心底美味しそうに粗茶に舌鼓を打っている。


 その様子は、冒険者になりたての世間知らずルーキーどころか、本当にただの一般の少女にしか見えなかった。というか、もはやそうとしか思えなくなるほどだった。


「ははは。これでも王都に来てから一年以上は経っただからな。薬草採りの依頼を、いっぱい受けた副産物だべ」


 そのせいか、オラもいたって普通に会話をしてしまっていたが。

 今の言葉で、アンは持っていた湯呑みを置き、若干真剣な顔つきになった。


「ねえ、あなたがC級冒険者ってほんと?」


 その問いかけに、オラは特に間を置くこともなく返す。


「ああ、ほんとだべ」


「なんで? 私には、あなたが不真面目なようにも、実力が足りないようにも見えないわ」


 曇りのない綺麗な瞳に見つめられながら、オラは理解する。


 B級からA級に上がるためには、基本的に難しい昇格試験を受ける必要があるが。

 C級からB級に上がるためには、組合からの簡単な依頼を受け続けるだけでいい。


 うまく難易度の高い依頼をこなせれば、早い者ならひと月足らずでB級昇格が認められるし。

 要領の悪い者であっても、よほど才能に乏しくさえなければ一年ほどで認可が下りる筈だ。


 ちなみに、興味本位で冒険者になり、自分に合わないからと早々にさじを投げ。数か月間なんの依頼もこなさい場合は冒険者登録を抹消され、ブラックリストに入れられる。

 冒険者内でのいさかいがあまりにも多かったり、犯罪行為に手を出していることが発覚したり、依頼の未達成が続きすぎたりした場合なども、同様に登録抹消の処置をとられる。


 要するに、そうした愚行を働いた形跡もなく、依頼もそこそここなしているにも関わらず、いまだにB級にあがれないのは一体どういうことなのか。彼女はそれが聞きたいのだろう。


「アンの予想は、ハズレだべ。オラの実力が、足りねえからC級なんだ。それだけだべ」


「ほんと? ほんとうにそれだけ?」


「本当だべ。そもそも、さっき目の当たりにしたばかりだべ? オラの評判を」


 疑いの目を向けるアンに、オラは特に誤魔化すつもりもなくそう告げる。


 そしてそれは事実だった。


 依頼をこなすとき、即席のパーティを組むことは冒険者にとって珍しくはないが。

 必要がないからと前衛にばかり戦闘を任せたり、無策にモンスターに突っ込んでいっていらぬサポートをされるようなことがあると。

 組合への依頼達成報告の際に、そのあたりもパーティメンバーからしっかりと報告されてしまい、その冒険者だけ達成の功績が認められないこともままある。


 例え悪気がなくとも、モンスターとの戦いは命がけだ。

 自分の役割を果たせなければ、次第にその冒険者は孤立し、敬遠されていく。


 それがいまのオラの現状だった。


「でも、あなたも『加護持ち』なんでしょう?」


「残念。『不遇ふぐうの』が抜けてるべ」


 加護持ちは確かに、優遇される。


 だが、加護というのはピンからキリまでその性能が分かれている。


 冒険者であるなら、ガリッドのような『短剣使い』は前衛として重宝されるが。


 逆に『絹糸きぬいと使い』なんて加護は、冒険者からすれば失笑ものだ。

 手先が器用になり、素晴らしい刺繡ししゅうを作ることができるので、服屋になるなら最高の加護であるとは思うが。戦いの際に役立つ能力は、まずもって上がることは無い。


 そして戦闘向きの加護であっても、上がるステータスにかたよりがあり、その怪力で自分の拳を砕いてしまったり、せっかくの魔法を暴発させてしまうなど、加護を思うように操りきれずに自滅するケースも多い。


 そう、オラの加護のように。


 そうしたものは冒険者界隈かいわいでは『不遇の加護』と揶揄やゆされる。


「ちなみにどんな加護なのか、聞いてもいいかしら?」


 アンのまっすぐな瞳を見る限り、面白半分、というわけではなさそうだったが。

 オラにしてみれば、どうして彼女がここまで構ってくるのかがよくわからない。

 それこそあの場にいた冒険者のひとりにでも、質問すれば済んだ話なのに。


 とはいえ変に口をつぐむ必要もないので、オラは一度窓の外を見て、雨が降りやんだのを確認して裏口へと足を進めた。それにアンもついてくる。


 裏口の近くに積んであった薪束まきたばから二本を取り、刃が赤黒くびついた手斧を手に外へ出る。


 そして裏庭にある、薪割り用の切り株に薪のひとつを立て、手斧を軽く振ってみせる。

 手斧の刃は、薪に軽く食い込んだ。そのままもう一度強く力を込めて振ると、薪はふたつに分かたれる。


 続いて、薪のもう一本を改めて切り株に立てかける。


「いいか、よく見てるだよ」


「え? ああ、うん」


 裏口のところでこっちを見つめるアンに声をかけたあと、オラは意識を手斧に集中させる。

 すると、手斧の刃は青白く光り、チリチリという音を立て空気を振動させはじめる。


 そのまま手斧を、さして力も入れないまま、オラは一気に振り下ろした。


 一刀両断された。台にしていた切り株の端っこが。


 肝心の薪は傷一つなく、オラを嘲笑あざわらうかのようにこてんと倒れ、地面へと落ちた。


「オラの加護は『斧使い』。見ての通り、斧の切れ味を上げるだけのもんだべ」


 得意分野が絞られ過ぎているというのは、時に器用貧乏よりもタチが悪い。

 それを、オラはこの身をもって思い知った。


 自分に加護が備わったと知ったのは、十三歳の頃だった。

 これで幼馴染との約束を果たすのに、一歩近づいたと勘違いしていた頃が懐かしい。


「あんま力を入れなかった今でさえ、命中率が著しく下がる。どんなに凄いパワーでも、当たらなきゃ実戦で使えるわけねぇべ」


「で、でも。パワーを生かした戦い方なんていくらでもあるでしょ?」


 アンの優しさからくるフォローが、逆に聞いていて辛くなる。


「さすがにわかってる筈だべよ。前衛を担当するには、多少の速さがないと単なる的になるだけだべ」


 筋力を上げれば当然自重も増す。すると敏捷性びんしょうせいも落ち、素早い敵に対応しきれなくなる。

 加えてこの持ち前の体格だ。子供の頃でさえ、かけっこで幼馴染に勝てたことはない。


 モンスターから逃げるとき、パーティを組んだ相手に何度置いて行かれたことか。

 だがそのことで相手を恨んだことはない。鈍重どんじゅうで、足を引っ張るオラが悪いのだ。


「可能性があるとしたらタンク職だけんど。それなら大盾使いとか、鎧使いとか、そうした守り主体の加護の方が優遇されるべ」


 もちろん、一度すすめられてそのタンク職も試したことがある。

 だがやはり斧ではモンスターの攻撃を一手に引き受けるには耐久性が乏しいし、かと言って加護無しの大盾を装備して挑んでも期待以上の成果は出せず。

 その他にも色々と試行錯誤したものの、結局それらすべてが徒労に終わっただけだった。


 そんな身の上話を黙って聞いてくれたアンは、まるで自分のことのように、両手を握りしめ悔しそうに身体を震わせている。

 どういうつもりでアンがオラのことを追いかけて来たのかは知らないが、荒くれの多い冒険者とは一線を画す相手だということだけはわかる。


 とはいえ、同情や憐れみを受けるというのは、あまり楽しいものではない。


「もういいだか? 話が終わりなら、店番に戻るけんども」


 オラは、アンの横をすり抜けて手斧と薪を店の中に戻し。

 代わりに立てかけてあった箒を手に、店内の掃き掃除をはじめようとしたが。


 そこで、ヂリンというドアベルの音が響いた。


「あー、くそっ。賭場の女将おかみめ。金を返すまで出禁だと? 舐めやがって! おぉいドンド! 一番安い酒でいいから、樽で持ってこい、飲まなきゃやってられねぇ!」


 相変わらずの千鳥足で、マスターがさっき以上に顔を真っ赤にして戻ってきていた。


 禿頭から湯気が出るほどにカッカしている様子で。筋肉質な尻を椅子が壊れそうになるほどに強めにおろすそのさまは、ガラの悪い冒険者どころか、タチの悪い山賊の仕草にすら見えた。


 ここまで機嫌の悪い時は、変に逆らうと余計に面倒なので。

 素直に酒樽を出そうとしたが、それより先にアンが割って入りマスターに苦言をていする。


「なにそこのあなた、昼間からお酒なんて。随分な生活してるのね」


「あぁん? 誰だおめぇ、俺ぁここのマスターだぞ。俺の酒を俺がいつ飲もうが自由だろうが」


 そうなの? という視線を送ってくるアンに、オラは不承不承ふしょうぶしょうながら頷く。


「誰だか知らねぇが、俺の店で好き勝手しようってんなら『烈火のこぶし』のふたを持つ俺の腕が火をふくぞ」


 マスターも、冒険者界隈ではそこそこ名は知られているのだが。

 加護無しである悔しさから、わざわざ自分でつけたその二つ名は、毛ほども浸透しておらず。

 その知名度は、やはりそこそこ止まりで正直威厳のようなものは皆無と言ってよかった。


 現に、アンも軽く肩をすくめるだけで。

 その反応にマスターは額に青筋を立て、声を荒げカウンターを殴りつける。


「チッ、これだから最近の若造は! 年長者に対する敬意ってもんが足りてねぇ。いいか? 俺はこれでもかつては、強力な冒険者パーティを束ね、B級冒険者のトップにまで上りつめた程の男なんだ!」


 そう唾を飛ばしながら、何度もテーブルをダンダンと叩くが。

 本気を出すと壊れるので、そうしていないあたりマスターも一応まだ理性はあるようだ。


「そうさ。あのダンジョンさえ制覇できてりゃ、GDGからの推薦が貰えた筈だったんだ。そうすりゃ、俺は今頃A級冒険者になれてたってのに。全部、あのいけすかねえ冒険者のせいだ。アイツさえいなけりゃ」


 泣き上戸モードだったが、今やすっかり怒り上戸らしい。

 同じ話でも、そのときによって言い回しが異なるのがマスターの悪い癖だ。

 さっきは尊敬すべき強者とか言っていたのに、早くも掌を返している。


「おいこら、ドンド! 酒はどうした酒は! 今日はまだ飲むぞ俺はぁ! うっ、ううっぷ」


 さすがに大声を出し過ぎたせいか、マスターは口元を抑えて吐き気を堪える。


「ちょっとちょっと大丈夫なの? どれだけ飲んだか知らないけど、それ以上は身体に毒よ」


 見かねたアンは、マスターのほうに近づいて背中をさすろうと手を伸ばしたが。

 マスターはそれを払いのけ、アンを睨みつけながら懲りずに叫ぶ。


「うるせぇ! お前みてぇな小娘に、なにがわかる! 酸いも甘いも嚙み分けたこの俺の悲惨な気持ちが、そこらの、年端もいかねぇ、小娘、に……」


 ふいに、マスターは言葉をなぜか途切れさせ。

 死んだ魚のように淀んでいた目が、次第に見開かれていく。


 あれほど赤かった顔が、嘘のように青ざめていき。

 無い筈の毛髪がさらに抜け落ちたかのような、絶望の表情へと変わっていく。


「なによ、私の顔になにかついてる?」


 そんなお化けでも見たような反応に、アンは不満げに頬を膨らませて尋ねるが。


 マスターはそれに答えることはなく、ただただ小刻みに震わせながら、言葉をこぼしていく。


「そ、その声……。冒険者を舐めきってるような、女子じみた服装……。ま、間違いねぇ。間違えるはずもねぇ!」


 ガタンと派手に椅子から転げ落ちながら、それでも視線をそらすことすらできないといった風のマスターは、アンへとその震えた指先を突きつけ、決定的な一言を発した。



「『瞬殺剣しゅんさつけん』のスレイヤード!」



 それは、つい先程聞いたはずのS級冒険者の名前だった。

 オラはさっぱり状況が呑み込めず、説明欲しさにアンのほうへと視線を送ると。


 当のアンは、はぁ、と溜息をついて。


「その二つ名、可愛くないからやめてよね」


 そんなことをしれっとつぶやいていた。


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