不遇の斧使いは、S級冒険者パーティに加入し最強の道を突き進む……と思ったら、みなさん問題児ばかりです

結城勇気

第1話【不遇の斧使いは、幼馴染の夢を見る】


 それは、オラがまだ子供のときの話。


 オラの村には、同年代の女の子がひとりいた。


 自分で言うのも何だが、オラの村はビングブルグ王国のなかでも、かなり辺鄙へんぴな場所にあり、毎日の食うものにも困るような環境だった。

 オラの父親は木こりの仕事をしていて、物心ついた時からその手伝いをしていたので、遊んだりする余裕もあまりなかったのだが。


 その子は、とにかくことあるごとにオラを、鍛錬という名目であっちこっちに引っ張り回した。


 はじめは木こりの手伝いができなくなると嫌がっていたオラだったけれど、徐々にその子に惹かれていくようになった。


 その子はいつも言っていた。


「ドンド。あたしはいつか、世界中のダンジョンを踏破する最強のS級冒険者ぼうけんしゃになってみせるわ。とーぜん、そのときはあんたも一緒だからね!」


 世界に突如出現した数々のダンジョン。それらは人々に富と力、そして混沌をもたらした。


 そのときのオラにとっては、雲の上の話で、世界の混沌など言われても実感はなかった。


 けれどその子は、本気だった。

 世界のすべてのダンジョンを制覇して、混沌の時代を終わらせる。


 その熱心さが、オラを惹きつけたといってもいい。


 だからこそ、オラもその夢についていく決心をした。


 ダンジョンは、モンスターという恐怖を生み出すのと同時に、金銀財宝といった莫大な富をも生み出している。それらを持ち帰れば、村のみんなも幸せになる。


 オラの考えることはせいぜいそのくらいだったけれど。

 それでも、木こりとして生涯を終えるよりは、ずっといいことだと思えるようになった。



 そして、オラが十二歳になったころ。


 その子は、親の都合で村を離れ王都に行くことになった。



 その子と別れる際、オラは再会の約束をした。


「約束よ、ドンド。十五歳になったら、王都に出てきなさい。その時、あたしと一緒にパーティを組むの! そして、一緒に世界中のダンジョンを巡るのよ!」


 そしてオラとその子は、別れることになった。



 その後、オラは十五歳の誕生日に王都へ向かった。


 約束を果たすために。


 けれど。



 その約束が果たされることはないまま、一年の月日が流れた。



     *



 その日は朝から、相当な曇り空だった。


 オラの住んでいた村では、雨は恵みの雨とも呼ばれるが、この王都ビングストンではただただ身体を濡らす、わずらわしいだけのものと化してしまっている。


 雨だれの音もかなりけたたましく、ざあざあという音で他の会話もろくに耳に入ってこない。


 昨日はあれだけ晴れていたのに、いまや足元は完全に泥まみれだ。

 一応宿を出る時に、身なりは整えてきたというのに、これでは台無しもいいところだった。


 思わずため息が出そうなところだったが、気を取り直しとある建物の軒下に入ると、羽織っていたコートの雨を落とし、泥だらけの靴から念入りに泥をはらい、その建物の中へと足を踏み入れた。


 プラチナかと見紛うほどの綺麗な白い大理石で造られたその建物の中には、この足元の悪い中でなお沢山の人にあふれていた。


 剣を背負った筋肉質の男、全身を真っ黒な全身鎧で覆っている人物、赤い三角帽子をかぶったローブの女性、さらには神官らしき純白の装束を着た少女までいる。よくこの雨で汚れなかったものだと感心する。

 共通性のなさそうな集団であったが、唯一、彼ら彼女らが数多の死線を潜り抜けてきた猛者もさであろうことは、雰囲気でわかった。


 誰もがぴりぴりとした独特の空気を纏っており、何人かは怒鳴ったり、軽く小競り合いをしてしまっている者までいた。


 それも仕方のないことだとは思う。


 本日ここ冒険者組合の総本山『ギルド・ド・ギル』・通称『GDG』の建物では、

 とあるS級冒険者による、パーティの勧誘が行われるのだった。


 冒険者には、C級、B級、A級、更に最上位のS級などのランクが存在する。


 C級冒険者になるだけであれば、老若男女どんな人であろうと、冒険者組合の受付で申請するだけで可能なのだけれど。当然その実入りは少ない。


 入ることができるのも下級ダンジョンのみで、ダンジョンから這い出た低レベルモンスターの駆除を任されることも多く、早い話が雑用仕事ばかりで。

 C級を続ける位なら、定食屋で皿洗いをしているほうが儲かると揶揄やゆされるほどだ。


 それでもそんな下積みを経て組合からの依頼を数多くこなせば、B級冒険者になることができ、中級ダンジョンへの立ち入りも許可される。

 中級ダンジョンは死亡率が格段に跳ね上がる反面、手に入る財宝もかなりのもので、うまくすればそれなりに豊かな暮らしも可能となってくる。


 が、ここに集まっているのは、そんな平民に毛が生えた程度では満足のできない者ばかりであることを、オラをはじめ全員が理解していた。


 A級・そしてS級冒険者と呼ばれる上級冒険者。


 それは、王宮騎士団ロイヤルナイト宮廷魔導士ロイヤルウィザードに並び立つほどの人気職業である。


 組合から課される困難な試験を乗り越え、そのレベルに到達したと認められた者だけがその称号を得、さらに上級ダンジョンの攻略を成した暁には、富も名誉も余裕で手に入る。


 A級冒険者のなかには、平民でありながら貴族のパーティに招かれ、そのままその家に婿入りして上流階級の仲間入りを果たした者まで存在する。


 S級に至っては、もはや一国の王すら対等の存在であると噂され、その実態はGDG内でも最重要機密扱いであり、数にしても王国でたったの七人しかいないのである。


 そんな雲の上の存在とお近づきになれる。

 まさに人生で一山当てるビッグチャンスが、いまこの場に転がっているのだ。


 それに、仮にS級冒険者に認められずとも、いくつかのA級冒険者パーティの勧誘もこの場で行われる手はずになっている。

 というのも、例えA級冒険者といえど単独でダンジョンに潜ることはあまりないからだ。何人かの仲間とパーティを組み、互いに支え合って攻略に励むのが普通である。


 上級冒険者のパーティに加入できれば、その恩恵に預かる事はもちろん、難しい試験をこなさなくとも、フリーパスで上級冒険者に推薦されることも少なくない。


 周囲から聞こえてくる声のなかには、A級冒険者試験に落ちたことを慰め合い、降ってわいたこのチャンスをなんとしてもモノにしようと意気込む者も数多く混じっていた。


 また、王都では見かけない冒険者に声をかけている者も少なくない。

 他国からの冒険者がわざわざやってくるのは、こうした機会でもないと意外に少ない。

 優良株がいれば自身のパーティに引き入れ、戦力増強したいと虎視眈々こしたんたんと狙う者も多い。


 そんな具合に、それぞれがそれぞれの思惑を持ってここにいる。

 もちろん、オラもそのなかのひとりだ。


 ざっと見た限りほとんどがB級、A級冒険者はその三分の一くらいといった感じだろう。


 全員合わせると八十人くらいの大所帯になっていたが。

 このGDGの玄関受付はそんな人数が余裕で入れるほどの広さを誇っており。

 オークのような大柄な体格をした自分が加わっても、狭く感じることは欠片もなかった。


「おい見ろよ。アイツ、ドンドだぜ」

「ああ、例の『不遇ふぐう加護かご』の木偶でくぼうか」

「ぷっ。まさかパーティに入れて貰うつもりなのかよ。分をわきまえろっての」


 だがそれでも何人かの目には留まってしまったようで。

 その中でこちらを見てくすくすと嘲り笑う声が、部屋の端のほうから聞こえ。

 オラは思わず大きな体をわずかにちぢめたくなってしまった。


 こうなることが目に見えていたので、開催時間ギリギリに来たというのに。

 雨で下がった気持ちが、余計にダウンしてしまった。


 だがそんなひやかしを行った三人組も、陰口を叩くだけで近づいて来る気配は無い。

 冒険者は誰も彼も血気盛んで、喧嘩っ早い。

 オラの体格を見ても怯まない輩も珍しくないため、絡まれて「出ていけ」などと言われることもわずかに覚悟していたのだが、幸いにもそうなることはなかった。


「面と向かって言うだけの度胸の無さが、万年B級冒険者止まりの原因なんだべな」


 なので、オラは陰口を叩かれた仕返しに、聞こえるような大きさで声を漏らしてやると。

 思わぬ反撃に、三人組は憎々しげに舌打ちをしてドンドを睨みつつも、できたのはそれまでで。やはり突っかかってくるだけの根性は無いようだった。


「ふふっ」


 そのとき、隣に立っていた人物がくすりと笑い声をこぼすのが聞こえた。


 視線を移すと、綺麗な金色の髪と、それと同じ色の瞳をした女の人がそこにいた。


「ああ、ごめんなさい。内気そうに見えたけど、意外と毒舌家なのね、あなた」


「すまね。耳障りだったべか」


 頭を軽く下げ、その女性と改めて向き直る。


 その女性は今年十六歳になるドンドよりも、二、三歳くらい大人びて見えた。

 肩まで伸びた絹のようなブロンドの髪に、長めの睫毛と、小さめの鼻と唇は、まるで精巧な人形のようだった。

 雨避けの赤いコートが邪魔で身体つきがわからないのを残念に思うのは、周りにいる鼻の下を伸ばしている男どもも、きっと同じであったことだろう。


 それでもその微笑むだけで柔らかな印象を抱かせるその顔つきは、荒くれ冒険者という雑草のなかで、可憐に咲き誇る大輪の向日葵ひまわり彷彿ほうふつとさせた。


 冒険者らしからぬその容姿だが、冒険は顔でするものではない。


 つい最近、ジン・ガリュウという九歳ほどの少年がS級冒険者試験に合格したと、冒険者界隈をにぎわせたばかりだ。

 それゆえに、若造だから、女だから、などという理由で難癖をつける者は、時代遅れの誹りを免れないだろう。


 見た限りでは彼女はジン少年ほどの凄腕には思えなかったが、もしかするとコートの下は筋骨隆々の女傑かもしれないし、あっと驚く加護を秘めた魔導士ウィザードという可能性もある。


 そんなオラの想像をよそに、彼女は軽く首を振って。


「まさか。むしろスカっとしちゃった。最近の男どもは、軟弱者ばっかりなんだもの。その点では、あなたは合格よ」


「昔、幼馴染おさななじみにしつけられたんだべ。悪口を言われたら、絶対に言い返せって」


「あはっ! なにそれ、いい幼馴染もってるわね」


 けらけらと楽しそうに笑う彼女に、オラも自然と頬がほころぶのを感じる。


 周りの連中は、なにを呑気に笑ってるんだと言いたげな目つきをしているが。

 当の彼女はそんな視線などどこ吹く風といった様子で。


「ああ、自己紹介がまだだったよね。私はアンナ。気軽にアンって呼んでくれていいわよ」


「オラはドンド。よろしくだべ、アンさん」


「アンでいいってば。アンにさんづけされるの、普通に名前呼ばれるよりなんかイヤだし」


「わ、わかったべよ。アン」


 そうしてまた声を出して笑い合うオラたち。


 こんな場面をあの幼馴染本人に見られたら、


『ドンドは警戒心が足りなさすぎ! 都会の女は女豹めひょうばっかりなんだからね!』


 という苦言を呈されることが容易に想像できてしまった。


 それと同時に、ズキリと胸がわずかに痛むのを感じる。


 あの子の顔も、声も、今なお鮮明に思い出せる。

 だがそれは、六年前の幼い姿のままだ。

 今はもう、顔つきも性格も、きっと変わってしまっているというのに。

 いつまでもオラは、あの頃の思い出に縛られたままでいる。


「?」


 アンはそんなオラの様子に、軽く小首を傾げつつも。

 ところで、と前置きして話題を切り替えた。


「あなたはどのくらい情報を掴んでるの? 今回の件について」


「あ、えと、オラが聞いたのは、流れ星みたいな勢いで数多くのダンジョンを踏破し続けてる謎の多いS級冒険者が、次のダンジョン攻略に向けて仲間をつのった、ってことくらいだべ」


「そっか。私の仕入れた情報も、似たり寄ったりかな。冒険者組合秘蔵のS級冒険者が、ついにそのベールを脱ぐ! みたいなことを聞いたから。ちょっと気になっちゃってね」


 冒険者のなかには、後ろ暗い過去を持つ者や、わけありの事情を抱える者も少なくない。


 だからこそ、名を売りたがる目立ちたがりも一定数いる反面、組合に掛け合って頑として顔も名前も秘密にしている者も存在している。


 ダンジョンの攻略の最中ですら、覆面や兜で顔を隠し続け、ろくろくコミュニケーションをとろうとしない冒険者もそれなりに多い。


「それほどの実力者が、どうして今まで顔も名前も出して来なかったのか。そしてそれがどうして今、急に仲間を募るようになったのか、知りたいと思わない?」


 いたずらっぽく片眼をつぶってみせるアンに、オラはどう答えたらいいか少し迷った。


 冒険者がパーティを募集するやり方には、普通に冒険者同士で声を掛け合ったり、仲間内で集まってパーティを組んだりするケースの他にも、いくつかのケースが存在する。


 まずは、冒険者組合にパーティ募集を頼むケース。

 専用の掲示板に前衛募集、後衛募集、弓使い募集などの募集要項が張り出されることもあれば、組合の職員が直接条件に合う冒険者を見繕って斡旋あっせんすることもある。


 そして今回のように、上級冒険者のパーティ募集の際には、組合協力のもと、本部をまるまる貸し切り、大人数を集めて実力を見極めて該当する人物を選出するケースがある。


 それは冒険者にとっては一大イベントであり、王都の者であれば興味がないほうが少数派だと言えるだろう。


 だからこそ、目の前にいる彼女は冒険者ではなくただの好奇心旺盛なデバガメ一般人なのかもしれないと、思ってしまった。


 それほどまでに、彼女の立ち振る舞いは冒険者からはかけ離れていて、無邪気さばかりが前に出てきてしまっている。


 そしてもし本当に冒険者ではないのなら、少し厄介なことになる。


「おい、そこの女。お前、もしかして瓦版かわらばんの記者かなにかか?」


 そんな心配を裏付けるように、怒りの籠った声と共に歩み寄ってくる男がいた。

 アンは軽く眉をひそめるが、臆した様子はなかった。


 声をかけてきたのは燃えるような赤髪と鋭い目つき、そして低めの身長が特徴的な男だった。

 年齢は身長のせいで幼く見えるが、それでも雰囲気からして二十歳くらいだろうか。

 上下ともに質素な革の服という、動きやすそうな軽装備であることから、野伏レンジャーたぐいだろうと予想できる。


 腰にくくりつけた鞘には、持ち手からして使い込まれたのがわかる短剣が収まっていたが。

 男は躊躇う間すら見せず、その短剣を引き抜き、きらめく刀身をアンへと向けた。


 冒険者同士の喧嘩は日常茶飯事だが、武器を使っての殺し合いはご法度はっとだ。


 しかしそんな赤髪の暴挙に、静止の声のひとつすらあがらない。

 その理由は、オラも既に理解していた。


「なによ、そこのおちびさん。刃物まで出して、なんのつもり?」


「決まってんだろ。このGDGって場所は、日々命を削る冒険者が集まる、いわば戦場なんだぜ。そんなことに部外者に混じっていられちゃ、迷惑なんだよ!」


 赤髪の男は、鼻息荒くアンを怒鳴りつける。

 それ以外の周りの冒険者たちも、先程まで鼻の下を伸ばしていたのが嘘のように、同様の怒気を纏ってアンのほうを見据えている。


 GDGは、各地に支部を持つ、大型の冒険者組合だ。


 ダンジョンが世界に出現した直後の時代、モンスターを生み出すブラックボックスを率先して調査した者たち。

 それが、冒険者の祖である伝説の男『ギル・アレキサンダー』の一団である。


 彼らは、当時はまだ各国のダンジョンに関する法整備も今ほど整っておらず、文字通り先の見えない不透明ななかを決死の覚悟でダンジョン攻略に挑み続け。

 最終的には国がダンジョンを管理し、利益を生み出す宝箱とできるレベルにまでに構築した立役者といっても過言ではないのであった。


 そんな偉大なギルの名前を冠するGDGという場所は、冒険者にとって聖地とも呼べる場所だと言えた。


 しかし。そんなギルを、所詮はろくでもない荒くれ者として、功績を認めない者も確かに存在していた。


 平民がきらびやかな暮らしをするのを快く思わない貴族連中や、冒険者たちに手柄を奪われた騎士団員、冒険者のもたらす全てを厄介事と決めつけ悪評を吹聴する一般人など。


 そんな連中と、冒険者のなかに空いた溝は、今なお根強く各地に残っている。


 冒険者を心の底から尊敬し、ヒーローのように扱うのならいい。

 だがしかし。面白半分で冒険者と関わり、話のネタにしたいだけの輩は、名声を求める冒険者からさえあまり好まれない。


 あまつさえ、神聖なGDG本部に土足で踏み入るなどという行為は、その疑いがあるというだけで、現状のような一触即発の有様になってしまうというわけだった。


「部外者、か。こう見えて私も、ちゃんと王都に籍を置く冒険者なんだけど?」


「ハッ、墓穴を掘ったな。こう見えても俺は博識でね。王都に存在する名のある冒険者は、すねに傷持つ連中も含めて顔と名前を把握してる。だが、お前の顔は一度も見たことねぇんだよ」


「あー、まあ。確かに冒険者として登録したのはつい最近だけど」


 その一言で、敵意を抱いていた面々の顔つきが、一転して侮りのそれに変わった。

 オラのよく知る感情に、こっちまで気分が悪くなる。


「なるほど。こいつは悪かった、まさか世間知らずのルーキーとはね。どうりでC級冒険者のドンドなんぞとつるんでるわけだぜ」


 赤髪の男を含め、場のほとんど全員の視線の矛先がこちらに切り替わる。

 さっきの陰口三人組も、とばっちりで吊るし上げをくらったオラをいい気味だと笑っている。

 いつ味わっても、気持ちのいいものじゃない空気だと言わざるを得ない。


「C級冒険者? あなたが?」


 唯一、アンは驚いた様子でまじまじとこっちを見てきた。


 オラは肯定も否定もしなかったが、それだけで答えを言っているのと同じであった。


 冒険者にとっては、ランクがすべて。

 底辺でいる者は、上からなにを言われようとどんな扱いをされようと、文句は言えない。

 それがこの世界のことわりってやつだろう。


「女。ついでにドンド、お前もだ。せっかくだから教えておいてやる。S級冒険者パーティの勧誘ってのは、たいていA級、もしくは俺のようにB級でも実力上位にいる者から選出される。ルーキーや底辺冒険者の出る幕じゃねぇんだよ! わかったらとっとと帰れ!」


 赤髪の男のその言葉に、他の冒険者たちもそうだそうだと野次を飛ばしてくる。

 そうしないのは、厄介事に巻き込まれたくないA級冒険者か、陰口三人組のように自分がB級のなかでも下に位置すると自覚しているので、肩身が狭くあまり強く出られない者であった。


「か・え・れ!」「か・え・れ!」「か・え・れ!」


 やがてその野次はバッシングのコールへと発展し、大合唱となっていく。


 まあオラとしても、今回ここに足を運んだのは自分のなかにある、幼い頃からの歪んだ固執によるものなので、どんなそしりを受けようと場違いなのは単なる事実なので、甘んじて受け入れる覚悟はしていたが。

 さすがにアンまで非難されているこの状況は、さすがに物申す必要があるとして、口を開かせかけたが。


「どうした女、さっきまでの威勢はどうした。ようやく自分の分不相応さに気づいたか?」


「あ、ごめんなさい。大口叩く割に、あなたA級じゃないんだなって思っただけ」


 赤髪の男を、バッサリと斬り捨てたアンの致命的な一撃で。


 オラは、思わずブフォッと吹き出してしまい。


 そして周りにいた冒険者のほとんどが、顔面蒼白になって壁際まで退避していった。


「い、い、いい度胸だなぁ、女。男なら問答無用で叩っ斬るところだが、その綺麗な顔に免じて逃げる時間くらいは与えてやるぜ」


 言葉を震わせている赤髪の男が、ぐっと短剣を握る手に力を込めた瞬間。

 短剣の刀身が燃えるような赤みを帯びていく。


 周りのざわつきが水を打ったように静まり返り、アンの表情がさすがに少し引き締まる。

 が、それでもアンは言葉による挑発をやめるつもりはないようで。


「へぇ、『短剣使い』の加護持ちなんだ。速さ自慢のおちびさんにはお似合いの、いい加護ね」


「忠告はしたぜ。俺の名はガリッド。冥途めいどの土産に覚えておくんだな」


 特に武器を出したりする気配もなく、静かに立ったまま余裕の構えを崩さないアンに対し。

 赤髪の男、ガリッドがついに床を蹴り、攻撃を仕掛けた。


 瞬間、ガリッドの姿はその場から消え失せた。

 この場の半数の人間はそのことに驚愕していたが、残りの半数はガリッドの姿をしっかりと捉えているのが目の動きで分かった。


 そう。ガリッドは特になにかトリックを使ったわけではない。単純に速いのだ。


 C級冒険者はともかく、B級冒険者の大部分は一般人を一方的にボコボコにできるほど強い。

 だが、それはあくまで人間としての強さ。


 しかし『加護持ち』はもはや人の領域を外れた存在と言っていい。


 素手で大岩を壊す圧倒的な腕力、見る者を圧倒させる美麗な技、数万桁の数字を一瞬で計算できる知力、魔法まほうという超常現象を操る魔力まりょく、欠損した腕や脚を一瞬で元通りにする奇跡、そうした様々な現象を起こせるのが『加護』と呼ばれる力だ。


 ダンジョンの出現と共に、一定の人間に備わることになった謎多き力、というのも昔の話。


 人間たちはその力について調べ、鍛え、ありとあらゆる力を尽くし、人類の繁栄に役立てるまでに至った。


 今では世に出現したあらゆる加護の特徴を記した本なども数多く存在しており。

 辺鄙な村にいる子供でさえ、加護に目覚めた数週間後にはその使い方を独学でもある程度は把握できるほどだった。

 加護持ち専用の教育機関まで存在しており、幼少期に優秀な加護に恵まれれば貴族の養子として迎え入れられることもあるという話だ。


 つくづく、人間というのは貪欲であり、どんなものにも適応していく生き物だ。


 と、オラがそんな感慨にふけっている間にも、状況は止まらず動いていた。


 ガリッドは、けん制するようにアンの周囲を疾風のように駆け回っている。

 この人の多さで、誰にもぶつからないようにあれほどの速度で動けるのは相当な鍛錬あっての賜物たまものだろうが、その根本にはやはり加護の力が大きいと言えるだろう。


 ガリッドの『短剣使い』の加護は、その名の通り短剣の切れ味を向上させるものだが。

 加護の凄いところはそれだけに留まらない。


 今のように脚の速さや反射神経、持久力、細かいところでは視力や嗅覚なども飛躍的に向上する。

 短剣使いの加護であれば、腕力や知力、魔力などは上がりにくいものの、それでも加護無しの人間と比べればじゅうぶん人間離れした強さを身に着けることができるのだ。


 そのうえ加護の力は、慣れてくれば自分の匙加減さじかげんでオンオフの切り替えができるので、大きすぎる力のせいで日常生活が送れなくなる、という心配もない。


 そして逆に、加護の力を最大限に引き出すことができれば、まばたきひとつするうちに人間ひとりの命を散らすことも、赤子の手をひねるより簡単というわけだった。


「凄いわね。伊達だてにこの場にいるわけじゃない、ってことか」


 とはいえ。アンはそんなガリッドの動きを見ても、冷汗ひとつかいていない様子だった。


 あの動きを追えているのを見る限り、彼女も何らかの加護持ちなのだろう。

 でなければあれほどの余裕を見せる筈もない。


 そうした彼女の余裕の正体を見定めるべく、動き回って様子見をしていたガリッドの白刃はくじんがついにアンの首筋に迫ろうとした直後。


「そこまでだ!」


 場に甲高い女性の怒鳴り声が響き渡った。


 気づけば、ガリッドの短剣の刃は突如としてその場に現れた女性の親指と人差し指によって、難なくつまみ取られていた。


 一級品の材質で造られたあおいフルプレートと、背中に装備された大型のランス。

 そんな重装備で、誰にも気づかれずこの場に現れた敏捷性びんしょうせいの高さに、誰もが驚愕し。


 そしてそれ以上に目を惹くのはウェーブのかかった桃色の髪と、その端正な顔立ちにあった。


 二十代なかばほどの見た目ながら、その顔にはいくつかの戦傷が刻まれており。

 それでいてその美貌に一切の曇りをみせない、細い眉毛に鋭い眼光、スラリと通った鼻筋など、顔のパーツそれぞれが彼女の強さと美しさを体現しているようだった。


 そんな彼女の放つ威圧感に、ガリッドもわずかに気圧され一歩後ずさる。


「な、なんだ。テメェは」


「わざわざ開いたこの場で無粋な真似はよして貰おう。S級冒険者『万剣ばんけん使い』スレイヤードの名に免じて、と言ってもまだなお暴れ足りないか?」


 彼女がそう言った途端、ガリッドは絶句してごくりとつばをのみ。

 周囲のざわつきも、より一層激しいものへと切り替わった。


「あ、あれがS級冒険者スレイヤード、なのか」

「単独で数多くのダンジョンを攻略しながら、その経歴の一切が謎に包まれてた奴か!」

「やっぱオーラが違うな。武具もそんじょそこらのものじゃなさそうだ」

「にしてもマジかよ、女だったのか」


 口々にそんな言葉があちこちで交わされる中。

 スレイヤードは、ぴくりと眉をわずかに顰める。


「聞こえたぞ、そこの男。女だったら、今回の件はナシにしたいと言うのなら、それで構わん。我のパーティに入りたいという者のみ、我のあとについてこい。そうでない者は、早急にここから去るのだな」


 彼女はそう告げて、そのまま奥にある扉まで歩み寄ったかと思うと。

 無作法にその扉を蹴りつけて全開にさせ、ガシャガシャとフルプレートを鳴らしながらその先の廊下を振り返りもせずに突き進んでいく。


 誰も彼もがその様子をしばし呆然と眺めていたが。

 それも束の間。


 自分達の目的を思い出した冒険者たちは、慌てて彼女のあとを我先にといった様子で追いかけ始めた。

 スレイヤードが女性であったのは誰もが予想外であったかもしれないが、やはり今の世の中それだけで全てを判断するほど愚かな者は少ない。

 水を差されたガリッドですら、軽く舌打ちをするだけで、足早に彼女の後へと続いた。


 残されたのは、オラとアンのみ。

 アンは肩をすくめ、追いかける様子はない。


 そんな彼女の意図はわからないが、このときのオラはそちらに気を配るだけの余裕がなかった。

 それほどに、自分でも自分が落ち込んでいるその事実に少しショックを受けていたからだった。


「今回も、違ったべ」


 そんなつぶやきをひとつ漏らしたあと。


 オラはきびすを返して、GDGの本部を後にした。



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