おかえりなさい
ーー*ヒマワリ*ーー
涙で顔を歪めながら、ミミちゃんは私が死んだ後の出来事を語ってくれた。
けれど、彼女は心の整理ができておらず、さらにはしゃくりあげて話すものだから、内容は所々漠然としていた。
まぁ、死んだかつての友達が猫になって現れたら、誰だって困惑するだろう。同じ場面に出くわしたら私だってビビる自身がある。
それはそれとして、話の概要はなんとなくわかった。
要するにミミちゃんは、翔楼とちょっぴり喧嘩しちゃったから仲直りがしたいようだ。
「私ね、ヒノノンにも謝りたかったんだ」
「私にも?どうして?」
謝られるようなことをされた覚えのない私は小首を傾げた。
するとミミちゃんは涙を掌で拭うと、私の正面に座り込んで深々と頭を下げた。
「ヒノノンが大事だって言ってくれた場所…私が壊しちゃった。ごめんなさい。本当にごめんなさい」
そう言うと、またミミちゃんは泣き出した。
そんな彼女に、私は励ましの言葉をかける。
「そんなの気にしないでいーよ。もとはと言えば翔楼が悪いんだから、ミミちゃんが謝る必要なんてないよ」
「でも私、本当に酷いことを言ったの…だから、謝りたい。ヒノノンにも、翔楼君にも」
ミミちゃんは後ろめたそうに俯いた。
「私は気にしてないんだけどな~」
「でも…」
「じゃあさ、もう一度聞くけど、私と一緒に翔楼の秘密を探るの手伝ってよ。そうしたら許す!」
彼女は再び涙を拭うと、少し怪訝な顔を浮かべた。
「それはいいんだけど。ヒノノンって翔楼君と一緒にいたんだよね?何かしらの手がかりは見つからなかったの?」
「ぎくっー!」
手厳しい指摘に、私の
…言えない。翔楼との生活が楽しくて、ところどころ家猫生活を本気で満喫してたなんて、絶対に言えない……。
「翔楼は警戒心が強すぎてね。それにほら、猫の体って人間だった頃と勝手が違うし…」
思いついた言い訳をテキトーに並べながら、私はスッと目を逸らした。
「そうなんだ~。まぁ、翔楼君だしね」
なんか納得してくれた。
翔楼の慎重な性格を知っているが故に、私の話は信憑性があると判断されたのだろう。
それからミミちゃんは、さっきまでの悲しい表情を何処かに吹き飛ばして、やる気に満ちた様子でフンッと鼻を鳴らした。
「それよりヒノノン、私は何をすればいい?私に手伝えることがあるならなんでも言ってね!何でもするから!」
「まぁ、待つんだミミちゃん。やる気があるのは良いことだけど、焦る必要はないよ。重要参考人は勝手に戻ってくるからね」
「重要参考人?もしかして、茶待!?」
流石はミミちゃん、話が早くて助かる。
新たに心強い仲間を得た私は、今後の調査に関する作戦を慎重に練った。
おそらく茶待君は裏で翔楼と通じていて、すべての真相を知っている。
だからと言って、真っ向から問い質すような真似はしない。ずっと私から真実をひた隠しにしてきたんだ。正攻法じゃ、のらりくらりとはぐらかされるのがオチだろう。
だから私たちには、奇策が必要なのだ。
私じゃ思いつかないような、翔楼や茶待君の思考を凌駕する、奇抜な作戦が…。
その奇策についてだが、ミミちゃんに妙案があるらしく、自分に任せて欲しいと鼻高々に立候補してくれた。
もともと猫となった私には、やれることに限界がある。どちらにせよ、ミミちゃん頼りになると思っていたので、ここは彼女に一任することにした。
それと、私とミミちゃん意外の誰かがいる時は、私のことはヒマワリと呼ぶように要望した。流石に茶待君に「ヒマワリはヒノノンなんだよ!」なんて言っても信じないだろうけど、警戒心や心配が募るようなことは避けたい。
「そういえば、どうしてミミちゃんは、すぐに私だって気づいたの」
ふと気になってミミちゃんに尋ねた。
すると彼女は笑って、そっと私のことを抱きしめた。
「そんなのわかるに決まってるじゃん。だって私のことを『ミミ』なんて呼ぶのは友達だけだもん」
私は自分のしくじりに、「あ~」と声を上げて納得した。
「それとね、もうひとつ言いたいことがあったんだ」
ミミちゃんは神妙に!だけど嬉しそうな瞳で私を見た。
「なに?」
「おかえり、ヒノノン」
「うん。ただいま。ミミちゃん」
辛そうなミミちゃんが見ていられなくて、ナナシさんに頼んで急遽予定を変更し、彼女に祝福を授けてもらった。結果的に私の正体はバレちゃったけど、かえってこれで良かったのかもしれない。
内心では不安だったんだ。バカ正直に名乗っても、信じてもらえない。そう思ったから、翔楼のときと同じように神様を演じた。
でもミミちゃんは、すぐに私だと気づいてくれた。
それが私にはたまらなく嬉しかった。
ミミちゃんと再会を喜んでいると、ガチャリと扉の開く音がした。
どうやら重要参考人が帰ってきたらしい。
茶待君はキョロキョロと室内を窺いながら、そのままゆっくりと入って来る。
「おかえり、茶待」
「おう、ただいま…っておい、どうしたんだ?」
ミミちゃんの真っ赤に腫れた目尻を見た途端、茶待君は表情を険しくして彼女のもとに歩み寄った。
「なんかあったのか?」
心配する茶待君に対して、ミミちゃんはふるふると首を横に振る。
そして、ここ最近で見せたことのない、活き活きした満面の笑みを彼に向けた。
「ううん。何でもないよ」
その明るい素顔に茶待君が抱いていた不安は、一瞬にして吹き飛んだようだ。
その後は、買ってきたプリンを茶待君から強奪して、ミミちゃんと二人で平らげた。
「俺のプリン~返せよ~」
「フシャー(うるせぃ!この盗撮ヤロー)
ニャル(さっきのこと、私はまだ許してないからな)
ブニャ(一時はこの調子が続くから覚悟しとけよ)」
空のカップを半べそをかいて見下ろす茶待君。新たに構築された主従関係を前に、ミミちゃんはひたすら楽しそうに息を弾ませて笑い続けるのだった。
ー
茶待君が不在時でも、ミミちゃんは家に入り浸るようになった。
その間に、私が猫になった経緯やら、どうやって翔楼の家に世話になったのかを、聞くに涙…語るに涙と、それはもう大袈裟に誇張して伝えた。
その過程で触れなければならないのが、もっとも重要な登場人物である
彼女のことを話さずして、すべての奇跡にどうやって説明ができようか。
「この頭に響いてくる声が名無さん?なんか不思議~」
「ソウデス。ソシテ貴方二祝福ヲ授ケタノモ私デス。
ナナシさん、なんか私意外だと態度でかいな…
まぁ、ミミちゃんもノリノリでひれ伏しているし、案外気の合う二人なのかもしれない。
「ところでミミちゃん、今日は報告することがあるって言ってたけど…」
「うん、まずはコレを見で欲しいんだ」
そう言うと彼女は鞄の中から、たくさんの付箋を挟ませた一冊のノートを取り出した。
開かれたページには、びっしりと書き留められた文字とコンビニや学校などの建造物の写真が何枚も貼り付けられていた。
もはやひとつの資料集と言っても過言ではない彼女の所業に、勉強が得意でない私は若干の目眩がした。
「これは茶待が最近に訪れたであろう施設を調べ上げて、私なりなラインナップしたの。スーパーとかの公共の施設は重要度を低く見積もってて、茶待が普段足を運ばなそうな怪しい場所は、こうやって付箋をつけてピックアップしてるんだ。」
「ナルホド。ソノ場所二、例ノ青年ガイルカモシレナイ。ソウイウコトデスネ」
囁かれた声に、ミミちゃんはコクリと頷いた。
「それにしても、茶待君が訪れた場所なんてどうやって調べたの?」
ざっと五十以上の施設が記載された資料を見つめながら、私はミミちゃんに尋ねた。
すると彼女は、平然と微笑みながら肝が冷えるような単語を口にした。
「あ~、それは簡単だよ。GPSを使ったの」
「えっ!」
「ジィーピィェース?」
ギョッと固まる私と、聞き慣れない単語を不思議そうに復唱するナナシさん。
そんな私たちを見守っていたミミちゃんは、慌てた様子で両手をブンブンと振った。
「あっ!誤解しないで。別に茶待にGPSを仕掛けたとかそういうのじゃないから。私が調べたのは茶待のカーナビ。ほら、あれって自分が走った場所に走行軌跡っていう目印を残すでしょ。そのマップを辿って調べたの。決してやましいことはしてないよ。言葉足らずでごめんね」
「ああ~それなら安心……安心?」
若干、グレーゾーンに踏み込んでいる気もしなくはないけれど、私のためにしてくれてることだし、これ以上は何も言わないことにした。
その後、ミミちゃんの作ってくれた資料をもとに作戦会議を始めた。
「ソレデハ、現地二直接赴クノデスカ?恩人様、私ハ秘密ヲ知ルトイウ
あまりにもゴリラな発言に、私もミミちゃんも苦笑い。
「ナナシさん、暴力はダメだよ。それは最終手段として取っておかなきゃ」
「ソウデスカ。恩人様ガソウ仰ルノデアレバ…」
「一応、手段としてカウントするんだね。ヒノノン…」
飛んできた呆れ目をヒョイっと躱して、私は顔を
やっぱり現地に赴くのは、効率が悪いかもしれない。そこに、必ずしも翔楼がいるとは限らないし、すべてが空振りで終わる可能性だってあるのだ。むしろ、その可能性が高いと思ってる。
それでも、なにか手がかりがあるのなら……。
私はそこへ行ってみたい。
だけど、
「カーナビってことは、車じゃないと行けない距離もあるんだよね」
「あっ、それなら安心して。一応、私が免許持ってるから」
「
「それについても心配御無用。専業主婦のお母さんに頼めば、使ってない車を借してくれる、と思う。ただ……」
「ホウ、ナカナカ二用意周到ナ娘デスネ」
目を泳がせて、なにか重大なことを言おうとしたミミちゃんだったけど、感心するナナシさんに遮られて、次に続く言葉を聞くことができなかった。
その後も作戦会議は続き、討論の結果、私たちはミミちゃんがピックアップした怪しい施設を順番に巡るという話に落ち着いた。
「じゃあ早速、お母さんに電話して車借りられるか聞いてみる!」
そう言って部屋から出ていった数分後に、ミミちゃんは抑えきれない笑みを浮かべながら戻ってきた。
彼女の様子を見るに、お母さんからオッケーをもらえたらしい。
足も確保し、準備は順調に整い始めた。
後はミミちゃんの車を待つだけ。
しかし、私たちが翔楼の秘密捜索に身を乗り出せたのは、一週間以上が経過した後のことだった。
「ミミちゃん。どうしたの?まさか…」
ミミちゃんが借りてきた水色の小さな車に乗車した私は、隣で力いっぱいにハンドルを握りしめる彼女を、嫌な予感をさせながら見上げていた。
そして、私はミミちゃんが先日になにを言おうとして躊躇ったのかを、ようやく理解することとなる。
「二人ともゴメンね。言ってなかったけど、私…ペーパードライバーなんだ」
深刻な顔で告白するミミちゃん。そんな彼女は、私が言葉をかける暇もないまま、車は勢いよく発進させた。
ときには穏やかに、あるときは荒れ狂うように、またあるときは猪や蛇のように車道を進み続けた。
幸い、初心者マークを貼り付けていたお陰か、周囲の車もコチラを気遣うように運転してくれた。
そして、一つ目の目的地に到着した頃には、私は久々に触れる大地の感触をこれ以上ないほどに感謝して踏みしめていた。
「四本足が私を嘲笑ってるよ…」
「久々デスヨ。私ニ恐怖トイウ感情ヲ抱カセタ生命ハ…」
「ゴメンね。これでも両親に練習をみてもらってマシになった方なの」
なるほど、ミミちゃんが車を借りるのに時間がかかったのは、そういう理由があったからか。
きっと私のために、時間を削ってまで運転のトレーニングをしてくれたに違いない。
しょんぼりと肩を落とすミミちゃんがこれ以上気を落とさないように、私はなんとか元気づけようとした。
「大丈夫だよ。こういうのは慣れだからね、ちょっとずつ覚えていこうよ。あっ、かといって慣れすぎも厳禁だよ。周りをよく見て安全な運転を心がけるんだ」
「うん!コレを気に、運転マスターを目指すよ!」
とりあえず、一つ目の目的地にしていたカジュアルレストランには、これといった手がかりは見つからなかった。
たぶん茶待君は、お腹が空いたときに軽い休憩も兼ねて、ここに立ち寄ることがしばしばあったのだろう。
建物の向こう側には一面に青い海が広がっていて、気が休まるような波の音に、全身を吹き抜ける潮風がとても心地よい。
さらには踵を返そうとした瞬間に、ふいに芳ばしい匂いが私の鼻腔を刺激した。
「気を取り直して次に……あっ、なんか凄くいい匂い…」
ミミちゃんも促されるように、鼻をスンスンとさせてレストランの看板を見やった。
「ホントだ。テイクアウトもできるみたい。ちょっと寄ってみようか、お腹もすいてきちゃったし」
「氷菓ハアリマスカ?」
まるで手招きでもされたかのように、匂いに誘われるがまま、空腹を満たした一行。
誘惑に流されたり、好奇心で寄り道をしたりと、こんな調子で私たちのミッションは困難を極めた。
もはや捜索というよりは、観光に近い。
それでも数日を要して、着実に茶待君が利用したであろう施設を回った。
遊園地に動物園、映画館、本屋やアイスクリームショップ、さらには廃病院まで。
なんて場所に行っているんだと、茶待君に物申してやりたくなった。
しっかし、日が出ているというのに廃病院は意外と人が多かった。度胸試しにしては度胸がないというかなんというか…。
「廃病院トハ、ナカナカニ人ノ
「ああ、これって思念だったんだ~。てっきり本物の人かと思ったよ。まぁ昔から、人がたくさん居た場所って、そういうのが集まるって言うからね」
「え?待って…私にもなんか見えるんだけど!」
一人、青い顔をして縮こまるミミちゃん。
無名さん曰く、人類のような知性体のいる世界ではよくある話だそうだ。
人の想いから生まれた思念が、似通った思念を取り込んで、もっとも強い思念を形作る。いわゆる幽霊だ。
まるで人間みたいだけど、それに意思はないらしい。基本的に生きている人には無我である。
だが例外も存在する。その思念は稀に、怒りや嘆きなどの怨念までも取り込んで、生きている人に悪さをする、怪異という存在に成るんだそうだ。
まぁ無名さんの力が弱体化してしまうほどに、この世界の神秘は、この世界の理によって制限がかかっている。
怪異にできることといえば、せいぜい生者を驚かすことくらいだそう。
「そういうのって、放っておいておいたらまずいんじゃないの?お祓いとか必要?」
そう言ってミミちゃんは周囲をキョロキョロと見渡すと、私の背後に陣取った。
私もちょっと不安だったけど、何を隠そう私たちには無名さんという超常の存在がついてる。そんな彼女と肉体を共有している私に、怖いものなど有りはしないのだ。
「放ッテオイテモ大丈夫デス。ソモソモ奴ラニハ肉体ガナイノデス。所詮ハ
流石は無名さん、なんとも心強い。
幽霊の真相を知って恐怖心が和らいだのか、ミミちゃんは私の隣に寄り添うように歩くスピードを速めた。
「へぇ、じゃあちゃんとした幽霊って実在しないの?」
「イエ、イマス。以前モ話マシタガ、基本的二死シタ生命ノ魂ハ
「そうなんだ。未練があって現世に留まったのに誰にも気づいてもえないなんて、なんだかちょっと可哀想…。そういえば、ヒノノンはわかるんだけど…どうして私まで想いの残滓ってやつが見えてるの?ひょっとしてこれもナナシさんの祝福のお陰?」
「ソウナノデショウネ。私ノ祝福ハ魂ノ昇華ニ近イモノデス。目ハ外界ヲ観測スル魂ノ窓トモ言イマスシ、異ナル次元ヲ肉眼デ観測デキルヨウニナッタノモ、ソノ影響デショウ」
理解できたような…できなかったような呆気に取られた表情で、ミミちゃんは「なるほど~」と頷いた。
うん。その気持ち凄く分かる。
私もちんぷんかんぷんだよ。
ー
私たちの長い旅もようやく折り返し地点に差し掛かり、なんの因果か、その日の最後に訪れたのは、またも医療施設だった。
ただし、今回はちゃんと生きている人を診察する病院だ。
県内でもかなり有名な病院らしく、外観もかなりご立派だ。西側には患者のために設けられた、緑がいっぱいのホスピタルパークが広がっており、一般の人々も自由に利用できるようになっている。
生垣で覆われたアーチ状の大きな自然ハウス、豊富な遊び道具が用意された子どもたちのはしゃぎ回る公園、様々な花が生けられた目を楽しませる絢爛な花壇。
何処にいても、気分が穏やかになる。
私たちは休憩も兼ねて、その施設のひとつである自然ハウスの下で、ベンチに腰を下ろして羽を休めることにした。
「翔楼は流石にこんなとこにはいないよね~」
「そうだね~。でも茶待の家族や親戚が入院してるなんて聞かないしな…」
そんな推測を立てながら、私はミミちゃんが持参してくれた水筒で喉を潤した。
夏も大詰めに差し掛かり、季節はそろそろ秋に移ろう頃だけど、真っ黒な毛並みのせいか私は熱を身体に溜め込みやすくなった。
もう暑いも暑い…。
こまめに水分補給をしないと、喉がカラカラに干からびてしまう。
「ぷは~、生き返った~!ありがとね!ミミちゃん」
「どういたしまして。それで?これからどうするの?」
「う~ん…」
一応、足を伸ばした先々で、私たちは聞き込みをして回った。
と言っても私は他の人とお喋りできないので、ほとんどミミちゃん頼りだった。そのせいか、心なしか表情から生気が抜け落ちている。
無名さんはスリープモードに入っていた。みんな疲労が溜まってる。
ミミちゃんは大学生活もあって朝が早い。
今日はこの辺が潮時かもしれない。
「今日はいつもよりたくさん動いたし、この辺でもう帰ろっか」
そう言った時、背後の生垣の壁がわずかに揺れたのを、私の
「ん?」
「どうしたの?ヒノノン」
しかし、振り返って見ても何もない。私はそのままミミちゃんに向かって、首をふるふると横に振った。
「ううん、何でもない。気のせいだったみたい」
その直後、先ほどと同じ場所がガサゴソと大きな音を立てて激しく揺れた。これには、ミミちゃんもさすがに気づいたようで、私たちは同時に揺れた緑の壁を見やった。
中に何かがいる…。
内側から込み上げてくる緊張感からか、無意識に全身の毛が逆立つ。ミミちゃんも警戒してファイティングポーズをとった。
…わぁ!なんて軽やかな動き!
「誰かいるの?」
ユラユラと揺れる緑の壁に問いかける。
しかし…
「って、私の声届かないんだったよ~」
ミミちゃんと普通に話しているから、ついいつもの調子で話かけてしまう私。
翔楼という例外を除いて、私は祝福を授けられた人としか会話をすることができない。
結構な頻度でこの事が頭から抜け落ちちゃうから、私って道中で出会った人に人懐っこい猫だって思われちゃってたんだよね。
「ミミちゃん…」
「…うん」
ミミちゃんはコクリと頷くと、へっぴり腰になりながらも生垣の中へと恐る恐る手を伸ばした。
その後方では、私は静かに自分の足に踏ん張りをつけた。何が出て来ようとも、私の自慢の爪と牙でめったんめったんにしてやるためだ。
ところがミミちゃんの手が生垣に触れるよりも先、それは向こうから姿を現した。
「ぷはっー!」
緑の壁の隙間からヒョコッと頭を生やしたのは、ちんちくりんな可愛らしい女の子だった。
歳は私の半分くらいだろうか。
頭には白いニット帽を被り、下から覗くクリっとした大きな瞳でしっかりと私を捉えている。
まるで、私しか眼中にないみたいに……。
「女の子だね」
「うん、女の子だ。なんで壁の中にいたんだろう?」
ミミちゃんと顔を見合わせ、もう一度女の子に視線を戻す。
そのキラキラした眼差しは、尚も私を離さない。
嫌な予感がした。
というのも、ミミちゃんとの旅の途中でせっかく整えた毛並みを、子どもたち揉みくちゃにされた辛い記憶が、私の脳裏を掠めたからだ。
またワシャワシャと撫で回されて、毛が抜け落ちるんだろうなと私は腹を括った。
「うわ~!すご~い!」
しかし、私の覚悟とは裏腹に、女の子が口にした言葉は私の斜め上を行くものだった。
なにしろ彼女は、私が猫になってから出会った、二人目の
「猫ちゃんが喋った~!」
彼女は翔楼と同じ、死者である私の言葉を聞き届けることのできる、不思議な力の持ち主だったのだから。
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