3 探索-3-

 なだらかな斜面を登ること数分。

 ほのかな光の源は頭上にあまねく広がっていた。

 暗闇の空にまたたく星々。

 そのひとつひとつが樹木や丘、彼らが出てきた洞窟を照らしている。

「今日はやけに明るいな」

 天を仰いでカイロウが目を細めた。

「隊長、あれの日です」

 ソブレロが北の空を指さす。

 満月だった。

 雲のひとかけらもないおかげで、月光は欠けることなく地上に注いでいる。

「なるほど……お前たち、気を引き締めていけ。今夜は連中が有利だ」

 調査団のメンバーは一族の中でも特に夜目が利く者がそろっている。

 夜の地上とはいえ、彼らには星明かりがあれば充分すぎるほどの光源である。

 それ以上の明るさは――敵を利するだけだ。


 カイロウを先頭に一行は川を目指す。

 地図を頼りにはするが過信はしない。

 このあたりの地形は変わりやすいからだ。

「足をとられないように気をつけろ」

 どうやら少し前に雨が降ったらしい。

 ところどころぬかるんでいる。

 砂地を避け、草が茂っている場所を選ぶ。

 自分たちの背丈ほどもある草が乱立する地帯に入ると、途端に前後左右の感覚が怪しくなる。

「大丈夫かい?」

 ソブレロがアナグマの横に並んで言った。

「平気ですよ。慣れてますから」

 彼にとってこの程度の行軍は苦ではない。

 隊長に認めてもらうために単独で地上に出たこと数知れず。

 むしろ隊列を組んでいる今のほうがはるかに簡単だ。

「慣れてる……? 別の隊にいたのかい?」

「そういうワケでは――フリーで活動していたんです」

 などとやりとりしている間に草地を抜け、アナグマたちは川を臨んだ。

 川幅は広く、夜間ということもあって向こう岸は見えない。

 静寂の中、潺湲せんかんとした水音だけが聴こえる。

「流れに沿って下るぞ。隊列を乱すな」

 川を右手に再び砂地を進む。

 カイロウたちは時おり立ち止まると、夜空を見上げた。

 生暖かい風が頬をなぶった。

 すると彼は指を曲げて後続に指示を出した。

 ”動くな”という合図だ。

 風に乗って水とはちがう音がする。

 ――上から。

 はるか上空から。

 笛の音のようなそれが降ってくる感覚に、一同は身構えた。

「…………」

 数分後、音がしなくなったのを確かめ、再び歩を進める。

「あいつがいるナ。オレにゃ分かる。鳴くのをやめたのはオレたちを狙ってる証拠サ」

 ギトーが声を殺して笑った。

 独り言のようだったが、明らかにアナグマに向けての言葉だった。

「連中は音で警告するんだ。それを聞いてビビッて逃げちまうようなヤツは狙わねえ。小物だからだ。追いかけて捕まえても労力に見合わネエ」

 アナグマは黙って聞いていた。

 彼が知らない敵の習性だったからだ。

「向こうはオレたちを見てるゼ。でも狙わねえ……いや、狙えねえ。なんでか分かるか?」

「……分かりません」

「こっちが複数だからサ。しかも隊列を組んでるからナ。だから手を出せねえってワケさ」

「なるほど――」

 当たり前のようだが、これまで単独行動を続けてきたアナグマには新鮮な話だった。

「敵の名前は?」

「タングエケベル。臆病で卑怯な怪鳥サ。だからって相手しようとすンなよ?」

「まさか。ところで、もしこっちが一人だったら?」

 ギトーは口の端をゆがめた。

「言ったとおりだ。音を聞いて逃げりゃ助かる。逃げなきゃ襲ってくる。ヤツは勇敢な向こう見ずを狙うのサ」

 アナグマは自分を納得させるように深呼吸した。

 どうやら自身の実力を測るうえで、運も大きく味方していたらしい。

 入隊前にタングエケベルに出くわしていたら、彼や同行していたネロは真っ先に狙われていただろう。

 勇敢な向こう見ず、というギトーの言葉は少なからず彼の心をえぐった。

「さっき隊長が言っタろ? 列を乱すな、って。はぐれたら最後……おしまいだゼ?」

「分かりました。気をつけます」

 アナグマは小さく頷く。

 彼は自己評価が高く自信家だが、傲慢ではない。

 ギトーに対しての警戒心はあるも、忠告は素直に聞き入れることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る