命の重み

 六月の晩、俺……由紀瑞希が寝室に行くと、妻の澪が神妙な顔で、ベッドの上で正座していた。


「あの、瑞希さんは子供は欲しいと思いますか?」


 わかりやすすぎて吹き出しそうになるけど、なんとか堪えた。真面目に話しているのに笑い出したら、澪はきっと落ち込むだろうから。


 ――今日の昼間に、藤乃と花音の産まれたばかりの子供を見に行った。

 澪はおっかなびっくり赤ん坊を抱えていて、そわそわする様子が微笑ましかった。

 俺も赤ん坊を抱っこさせてもらって、見かけより重くて驚いた。

 なるほど、これが命の重さなのかななんて思っていたら澪が泣き出して、藤乃となんか盛り上がっていた。

 澪と藤乃の気の合うタイミングが、俺にはよくわからない。


 だからまあ、澪が自分たちのことを考えるきっかきになったのは、わかる。

 澪は自分と母親が仲良くないから、あまり子供を持つことに積極的なようには見えなかった。

 それならそれでってことで、俺からは何も言わずに来た。

 もちろん由紀家に跡取りは必要だけど、親父は「俺が死んだ後のことなんて知らねえし」と言ってるし、本家の家業に手を出したがる親戚もいて、実際どうとでもなるから、跡取りについて澪には俺からは言っていなかった。



 澪の正面に座って、真っ直ぐに顔を見る。


「いたらいいなとは思うよ」

「……でしたら」

「でも、実際に産むのは澪だ。そこに至るまでしんどいのも、体調が悪くなるのも、痛い思いをするのも澪だ。産まれた後で世話をするのだって、何だかんだ澪がメインで、きっと辛くて大変になると思う」


 澪はしょげた顔になった。

 なにしろ澪はもう三十も半ば近い。今からってなったら、高齢出産に当たる、……と思う。よくわからん。わからんけど、大変なのは澪であることだけは、間違いない。


「俺は澪に辛い思いをさせたくない。子供がいたらいいとは思う。でも、澪に辛い思いをさせてまでほしくはない」


 困った顔の妻の手を取った。小さくて握ったら折れそうな手だ。


「澪は、子供を欲しいと思う?」

「……私は、その……怖いです。でも、昼間、赤ちゃんを抱っこしてる瑞希さんを見たら……自分で産んだ子を抱っこしてほしいなって思ったから」

「うん」

「だから、その、どうでしょうか」

「わかった。それなら頑張ろう」

「えっ」


 澪は拍子抜けの顔で俺を見上げた。

 今度は堪えずに笑った。


「澪が欲しいなら、俺も欲しいから一緒に頑張ろう」

「……はい。ありがとうございます」

「子供が産まれるまでに、敬語が抜けるといいな」

「そっちも頑張ります」

「はは、頑張れ」


 抱き寄せた澪は細い。

 内臓が入ってるから不安になる薄さの身体に、赤ん坊なんて入るのだろうか。

 花音は俺に似たがっしりした体格だったから、不安はなかったけど(俺が不安じゃなかっただけで、藤乃は心配しまくって花音にウザがられていた)澪は大丈夫だろうか。


「澪」

「はい……うん」

「愛してる」

「私も、瑞希さんを愛してる。だから、あたなの子供がほしい」


 部屋の明かりを消した。





 結論を言えば、なかなか大変だった。

 藤乃と花音のところの第二子、第三子と同級生の娘が産まれるまで、二年ほどかかった(あいつらのところは双子だった)。

 それでも頑張って良かったと思えたから、まあ、結果オーライ。つっても本当の意味での結果なんて、いつわかるのかすら、わからないけど。



「みじゅき、だっこだっこ」

「藤也は兄ちゃんになっても甘えん坊だな」

「かあしゃんが、だっこできないから」

「親父にしてもらえよ」

「してもらってるけど、みじゅきはべつばら」

「そうかよ」


 藤乃の長男の藤也を抱っこして、新生児室を見ていた。


「どれがいもおと?」

「一番左とその隣」

「そっちは?」

「藤也の従妹」

「ふうん。それもうちにつれてかえるの?」

「いや、その子は俺が連れて帰る」

「みおちゃんと?」

「そう」

「ふうん」


 並んだ三人の赤ん坊は全員女児で、左二人は花音そっくりで、一番右は澪に似ていた。

 それを俺は、藤乃そっくりの子供を抱っこして眺めている。


「変な感じだなあ」

「そう?」

「うん。お前が産まれたときも、よくわかんなかったけど、やっぱりわかんねえな」

「ふうん。みじゅき、ジュースかって」

「買わない。花音に怒られる」

「ひみつにすればいいよ」

「この間もそう言って、自分でバラして怒られただろうが。そろそろ行こうぜ。お前の親父とじいさん、泣き止んでるといいな」

「んふふ、とうしゃんとじいちゃん、すぐなく」

「ほんとだよ」


 藤也を下ろして手をつないだ。

 小さな命だった藤也は、俺の手をしっかり握って歩き出した。

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