瑞希が嫉妬する話
「瑞希さん?」
「んー」
「怒ってます?」
「怒ってない」
「お姉さんに教えてくれませんか?」
「……かっこ悪いから、嫌だ」
腕の中で澪が困った顔をしている。
まあ、そうだろうな。
地域の青年会から帰ってきて、風呂を済ませてからこっち、俺は黙ったまま、澪を腕の中にしまいこんでいるのだから。
そもそもは、青年会で澪が囲まれていたことだった。
もうすぐ秋の祭りがある。俺と藤乃は前回同様に毛槍を持って神輿の先導役。澪は前回、花音がやっていた、弁当やビールを配る係をやる予定だ。
……最初は、澪はお袋らと弁当選びをしたり、長机の配置の相談をしていた。
それがいつの間にか、法被の手直しを手伝い始め、気付いたらおっさんたちの衣装のサイズ合わせをしていた。
それならまだ良かったけど、若い連中が澪の回りに集まって、「俺のもお願いします!」「ここちょっとキツくて……」なんて言い出した。
「澪」
「はい!」
ついムカついて声をかけたら、澪はパッと笑顔で顔を上げた。
「瑞希さん、いかがなさいましたか?」
「……いや、あとで俺のも頼む」
「承知しました。任せてください」
微笑む澪に、周りの男連中がでれっとするのが、ほっんとーに腹立つ。
「お前、なんで今日は婚約指輪つけてねえの?」
「作業中に引っ掛けたりぶつけたりしたくなかったので、置いてきました」
「次からつけてこい」
「……わかりました」
澪は目を丸くしながらも頷いた。
我慢できなくて、澪の頭をくしゃっと撫でる。
近くで地図を見ていた藤乃が呆れた顔をしてるけど、無視して自分の作業に戻る。
家に帰って風呂を済ませてから、ベッドで澪を抱えてふてくされていた。
「瑞希さん?」
「んー」
「……瑞希くん?」
「……ん」
「あのですね……耳を貸してもらえますか?」
「……うん」
腕の力を緩めると、澪が這い出して俺の耳元に口を寄せた。
「お祭りのとき、私、お弁当やお酒を配る係なんです」
「うん。知ってる」
「瑞希さんに大きいお弁当を用意しておきますので、お役目が終わったら、取りに来てください」
「……うん」
甘やかし方が花音にちょっと似ててウケる。
……つまり、俺の拗ね方が藤乃に似てるって気づいた。
やだな、あのキモい義弟に似るなんて……。
「あとですね、私も……あの、嫌なので、すぐ来てください」
「なにが?」
「……瑞希さんが、女の人に囲まれてちやほやされるの」
「なんの話?」
思わず顔を上げたら、澪がなぜかムスッとしている。
俺、なんかしたっけ?
最近は気をつけてるんだけど。
「前回の写真をお義母さんたちに見せてもらったんです。神社に戻ってきた須藤さんと瑞希さん、女の人に囲まれてたじゃないですか」
「そうだったっけ……」
「そうです。その、仕方のないことかもしれませんけど、そういう役目かもしれませんけど……あんまり、見たくないです」
澪の声がどんどん小さくなる。
なんつーか、珍しい顔だ。
ニコニコしてるか、申し訳なさそうにしてるか、消えそうになってた澪が、ふてくされた顔をしている。
「つまり、ですよ。その、私も我慢しますので……瑞希さんも、あの、ちょっと、我慢してください」
「……うん。ごめん」
手を伸ばして澪の顔を引き寄せる。
唇をかじると、澪はまた嬉しそうな顔になって擦り寄ってきた。
あれだ。
つまんない嫉妬はバレてたらしい。
結局、宥められていいように転がされたってわけだ。
「なあ、澪」
「はあい」
「お前、強くなったな」
「えへ、由紀の嫁ですので」
「そっか」
「でも、ですね」
「ん?」
なぜか澪が照れた顔で俺を見上げた。
「みんなの前で、指輪つけてって言われたの、ちょっと嬉しかったです」
「なんでだよ」
意味わかんねえな。
まあ、いっか。
甘えた嫁さんが、こっち見てるし。
次は、指輪をつけさせて……あとはどうしたら、誰から見ても俺のだってわかるだろう。
藤乃がデカい石をつけた婚約指輪を贈った気持ちが痛いほどわかる。
翌週の青年会では、澪に結婚指輪と婚約指輪を両方つけさせた。
面倒くさがるお袋にも頭を下げて一緒に来てもらった。
「澪、俺の法被、サイズ直してくんねえ?」
「承知しました」
澪は手際よく肩や裾を直す。
前回も同じ物を着てるから、大きな直しもなくてすぐ終わった。
「サンキュ。俺、藤乃と警察に出す書類の確認してくるから、お前はお袋の手伝いよろしく」
「はい!」
澪の頭をわしゃっと撫でて離れようとしたら、若い男の声がした。
「あ、すみません。僕の法被のサイズも直してもらえませんか」
振り返ると、神輿担当の男が澪に声をかけている。
澪は困った顔で首をかしげた。
「すみません、衣装は菅野さんがとりまとめていらっしゃいますので、そちらで……」
「ちょっとほつれを直してもらうだけでいいんです。菅野さん、忙しそうですし」
菅野さんは神主さんの娘さんだ。
そりゃ、忙しいだろうけどさ。
だからって、俺の嫁をこき使われちゃ困る。
「こいつも忙しいんで」
戻って澪を抱き寄せた。
男は目を丸くする。
「えっ、でも、あなたも直してもらってましたよね?」
「夫と赤の他人を一緒にすんなよ。行くぞ」
「はわ」
肩を抱いたまま澪をその場から連れ出した。
お袋のところに送り届けて、俺は藤乃のところに向かう。
「お前さー、ほんとさー」
呆れ顔の藤乃をにらみ返した。
「んだよ」
「もう、連れて来なきゃいいのに」
「そうは行かねえだろ」
「まあ、そうなんだけど。美園さん、大人しそうに見えるから、余計に絡まれやすいよね」
「どうしたもんかね」
「ま、そうやって瑞希が威嚇してりゃ、そのうち落ち着くんじゃない?」
「俺は犬かよ」
「番犬みたいなもんだろ」
そうかも。
澪の手のひらで転がされてるし。
帰ったら犬らしく、思いきり舐めてやろう。
ご主人様も、喜ぶだろう。
俺が本当に犬だったら、たぶんめちゃくちゃマーキングしてた。
そういう意味では今もあんまり変わんねえけどさ。
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