季節は巡り、隣のあなたはいつでも美しい

水谷なっぱ

瑞希が怒られる話

 夏の終わり、俺、由紀瑞希が昼飯の皿を洗い終えたときにスマホが震えた。


「おー、久しぶり」


 相手は高校の時のクラスメイト。要件は同窓会の誘い。


「はいよ。藤乃は? へえ、珍しい。わかった。細かいことは後で送っておいて」


 電話を切ると、澪が俺を見上げている。

 親父は畑に行ってて、母親は二階で掃除機をかけてる。


「どした?」


 聞きながらキスしたら、「ち、違います!」と顔を赤くした。


「してほしくて待ってるのかと思ったんだけど」

「違いますよ。来週、地域の青年会の集まりがあるから、伝えに来たんです」

「マジか。あ、来月、高校の同窓会あるらしいから行ってくる」

「承知しました。……須藤さんもご一緒ですか?」

「うん、あいつそういうの嫌いなんだけど……まあ、いいや。青年会あるならそこで聞いてこよう」


 歩き出すと澪もついてきた。

 玄関で見送ってくれたから、もう一度キスしたら、今度はふにゃっと溶けた顔になった。

 ……さっきとの違いがわかんねえな。



 翌週、青年会で藤乃に同窓会の話を振ったら、「あー、それね……」と暗い顔になった。


「花音ちゃんに行けって言われたから」

「そうなん?」

「うん。俺出不精だからさ、そういうのは誘われてる内に行かないとダメってさ」

「花音が言いそうなこった」


 笑ったら睨まれた。


「お前こそ、行くんだね。女子の半分近く元セフレだろ」

「そんな多くない……気がする……たぶん……。まあ、そうなんだけどさ。昔のことだろ?」

「どうかな……」

「嫁いるし」


「まだ籍入れてないだろ。指輪もしてないし。そういうのが一番狙われる気がする」

 肩をすくめた藤乃が何を言いたいのか、そのときは全然わからなかった。




 同窓会当日、藤乃の言いたかったことを理解した。


「由紀くん久しぶり! ……彼女、いる?」

「瑞希くん、一緒に抜けようよ」

「由紀くんと須藤くん、まだ仲いいんだ? 須藤くんも一緒に、もっと静かなところ、いかない?」


 そういう声に延々と断りを入れた。

 藤乃の方は、


「結婚してるから」

「大事な妻に心配かけるようなことしたくないんだよね」


 と、二三回断ったら、逆に


「須藤くん愛妻家なんだね」

「奥さんの写真見せて! わ、綺麗な人……!」

「ちょ、うちの嫁もかわいいから見てよ」

「瑞希そっくりだな……」


 なんて男女問わず盛り上がっている。


「藤乃ー……助けて……」

「だから言っただろ。狙われやすいって」

「知らねえよ……」


 藤乃に泣きついていたら、男どもが寄ってきた。


「瑞希も結婚してるんだ? 奥さん苦労してそう」

「させねえよ、バカ。俺がどれだけ大事にしてると思ってんだよ!!」


 声を上げた。


「写真あるだろ?」


 藤乃が囁くから、少し前に一緒にカフェに行ったときの写真を出す。

 澪がニコニコしながらケーキを頬張ってる写真だ。


「うっわ、美人捕まえたねー……」

「瑞希と並ぶと美女と野獣じゃん」

「そうだろ!? かわいいだろ!? 俺がこいつに嫁に来てもらうのにどれだけ苦労したと思ってるんだよ。誰が浮気なんかするか!!」

「見合いなのに苦労しててウケる」


 横で呟いた藤乃を蹴飛ばした。

 苦労したのは優しくない俺の自業自得だけど、余計な心配も苦労もかけたくないのは事実だ。

 騒いだ甲斐あって、元セフレはほとんど散ってった。

 そのあとは適当に飲んで喋って解散。

 二次会には行かないで、藤乃と電車に乗る。


「あ、花音ちゃんが迎えに来てくれるって」

「助かる。いや、酷い目にあった。お前がいて良かった」

「いいよ、別に。慌てふためく瑞希が面白かったから」


 笑う藤乃から目を逸らす。

 外は真っ暗で、電車の中からは星も月も見えなかった。



 改札を出て花音の家の車を探したら、小柄な影が手を振っていた。


「瑞希さん、おかえりなさい!」

「澪!?」


 近づくと、澪が困ったような顔で見上げている。


「あの、すみません、花音さんが一緒にって誘ってくださって」

「お兄ちゃんは私に感謝して? 会いたいかと思ったんだよ」

「うん……ありがと……」


 そわそわしてる澪を抱きしめたら、温かくてやっと安心した。



 花音の運転する車で家に帰る。

 藤乃と花音を見送ってから風呂に入って部屋に戻った。

 少し待つと、風呂を終えた澪がやってくる。

 夏が終わる前に寝室を一緒にして、それからはずっとくっついて寝てる。


「疲れたからさっさと寝ていい?」

「もちろんです」


 澪は微笑んで、俺の腕の中に収まる。


「はー……」

「……そんなに、大変だったんですか……?」

「んー、うん。でもまあ、いいんだ。最後にはめちゃくちゃのろけてきたから」

「えっ……そう、ですか……」

「……嫌だった?」


 聞くと、澪は俺の背中に回した手で、シャツを強く握った。


「いいえ、嬉しいです。……その、えっと、帰ってきてくれましたし」


 思わず腕の力を強めた。

 潰さない程度の力で澪を抱きしめる。


「俺の帰る場所なんて、ここしかねえよ」

「そっか。それなら、いいです」

「澪、あのさ……」

「瑞希さん。何かは知りませんけど、お姉さんがたくさん甘やかします。よしよしもします。あと、何をしてほしいですか?」


 腕をほどく。

 見上げてきた澪の瞳が星みたいに光ってて、いつもより大人びて見えて、自分のほうが年下だって思い知らされた。

 ……それが意外と悔しくなくて、まあ悪くない。


「じゃあ……叱ってほしい」

「えっ?」

「俺、馬鹿だったから、叱ってほしい」

「なるほど……叱ったことはありませんが……」


 澪がむむっと口をへの字にした。

 少し考えてから、また顔を上げた。


「瑞希さん、悪いことをしたと思いますか?」

「思います」

「反省していますか?」

「してます。もう、しません」

「では許します。あとは私を満足させてください」

「……どうやって?」


 胸元に擦り寄る澪に囁くと、ニコッと笑顔が返ってきた。

 

「瑞希さんの、得意なことで」


 気づいたら俺は澪の手のひらで転がされてて、なんか覚えがあると思ったら、親父とお袋そっくりだってやっと気づいた。

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