第30話 柴田の夢(前半)

柴田輝基


短い秋が通り過ぎた。


退学届けを出した帰り道、スマホの画面が光った。


SNSでもニュースでもない、見知らぬアプリの通知。


“高額バイトあり。即日現金。”


親指が迷いなくその文字を追っていた。


一瞬、陸斗の顔がよぎった。


画面を閉じれば、まだ戻れる気がした。

でも、その指は止まらなかった。


心が壊れると、正しいか間違ってるかなんてもうどうでもよくなる。


「戻る」という言葉が、もう俺の辞書から消えていた。


その夜、中邑に言った。


「俺達……もう、こうやって生きるしかねぇよな。」


中邑は長い沈黙の後、静かにうなずいた。


中邑のうなずきは、同意じゃなかった。

ただ、俺を一人にしないという合図だった。


それからの日々は、夜の裏道を渡り歩くような日々だった。


閉じたシャッターの前。


埃の積もった倉庫。


人影のない路地。


同じバットでも違う“冷たい重み”を握る手の震えだけが、生きている証のようだった。


そして、その震えは――


罪の重さよりも、生きている実感が勝ち始めている震えだった。


そして、その震えが俺たちの人生を崩し始めたことを、まだ知る由もなかった。




第31話へ続く

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