前借の代償を背負った俺は、“奪われた感情”の真相を追う
早野 茂
第1章 異世界召喚と「前借(まえがり)スキル」、そして140億ルーメの感情負債
第1話 「前借」って言っただけなのに
――気がついたら、世界は真っ白だった。
上下の感覚も、温度もない。なのに、足だけはしっかり地面を踏んでいた。
「ようこそ、異界の勇者候補、ミナセ・カケルさん!」
声が響いた方を向くと、金髪碧眼の女が立っていた。
肌は光そのもので、髪が空気の中に金色の筆跡を描く。
自称しなくても神様にしか見えない。
「……勇者候補ってことは、落選する可能性もあるの?」
「いえ、当選です! おめでとうございます!」
「……辞退とかは?」
「却下です!」
テンションの差がすごい。
俺――ミナセ・カケル、二十五歳。会社に疲れて昼休みのベンチで寝てたはずなのに、気がついたらここだ。夢かと思ったが、体温はやけにリアル。
「あなたは、世界を救うために召喚されました。報酬として、一つだけスキルを授けます」
女神が手を振ると、宙に光のパネルが現れた。
タイトルは《スキル一覧》。ズラズラと項目が並んでいる。
【スキル一覧】
・剛力
・治癒
・時短
・転移
・精霊交信
・幸運
・鑑定
・結界
・……
・
スクロールしていて、目が止まった。
「……前借?」
俺は無意識に口に出していた。
ピコン。
ウィンドウが一瞬明滅した。
《音声入力を確認。スキル“前借”を選択しました》
「え?」
「え?」
二人同時に間抜けな声を出した。
「ちょっと待ってください、ミナセさん。今、なんと?」
「いや、ただ“前借”って書いてあったから」
「読んだだけ!?」
「いや、ほら。なんか気になるじゃん、“前借”。
それに、大事な事は口に出して確認しろって習わなかった?
社会人になって」
女神はこめかみを押さえて天を仰いだ。
「まさか、よりによってそれを……。リストの一番下、警告マーク付いてたでしょ!?」
「え? 小さすぎて見えなかったけど?」
「それ、禁制級です!」
警告音のようにウィンドウが点滅し始める。
《スキル“前借”選択確定。発動条件を指定してください》
女神の顔が強張る。
「ま、待って! まだ発動させてはダメです! “前借”は未来の達成を先に借りる危険なスキルなんです!」
「ほう……未来の達成を先に借りられるのか」
「違う違う違う違う! 危険なんですって!」
「じゃあ、この世界のラスボスを倒したことにして」
「は?」
その瞬間、女神の笑顔が消えた。
「……え?」
「だって、その方が楽だろ? ボス倒すのとか面倒だし」
「ま、待ちなさい、それは、比喩的な意味で――」
彼女の声が裏返る。
「その“倒したという結果”を前借したら……!」
指先が震えている。
「“倒すまでの全過程で生まれるはずだった感情”が、この世界から消える!」
「つまり?」
「つまり……感情の総量が――赤字になります!」
《スキル“前借”発動》
対象:ラスボス討伐イベント
付与:経験値・報酬・称号・資産
代償:感情ルーメ債務発生
《このスキルは1度しか使えません。》
女神の口が開いたまま固まる。
「うそ……実行プロトコル、止まらない……?」
「キャンセルは?」
「無いです! 私そんな機能入れてません!」
「まじか」
「まじです!」
次の瞬間、ウィンドウが一斉に弾ける。
《経験値:∞》
《レベル:9999》
《称号:“世界を救ったことになっている人”》
《所持金:金貨・宝石・神話級遺物など(格納中)》
《感情会計:−140億ルーメ(世界的規模赤字)》
「……は?」
「きゃーーーーっ!!」
女神が頭を抱え、床を走り回る。
「あなた、たった一言で世界の感情が吹っ飛びました!」
「そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃありません! 140億ルーメですよ!? この世界の総人口の五倍分の感情が蒸発したんです!!」
「なんか単位がでかすぎてピンとこないな……」
「ピンと来てください!」
ウィンドウが自動で閉じ、足元が光る。
「え、これ何?」
「召喚転送です! ああもう! せめて私が監視しないと!」
ルシアナは慌てて杖を振った。
「召喚責任者権限発動、監視端末を――っ!?」
「うわ、床沈んでる!?」
「ひゃあああ!?」
二人まとめて、足元が抜けた。
光のトンネルを真っ逆さま。
女神の声がどんどん遠ざかっていく。
「カケルさんのせいでぇぇぇーーー!!」
「いや、選んだのはシステムだろ!?」
「音声認識させたのはあなたですーーー!!」
最後の叫びが反響して消えた。
◇
目を開けると、草の匂い。
青空。丘。風の音。
見下ろすと、小さな町が見えた。
あれが、俺の新しい世界か。
視界の端にウィンドウが浮かぶ。
《現在地:リベリス周辺》
《レベル:9999》
《所持金:計測不能》
《感情債務:−140億ルーメ》
「はぁ……赤字スタートかよ」
空腹はない。体も軽い。
それでも、どこか胸の奥がスースーする。
何か大事な“熱”を、世界ごと前借りしてしまった感じだ。
風が吹いた。
草の上を転がる小石が、俺の足元に止まる。
「……ま、どうせ借りたもんだ。地道に返すか」
そう呟いた瞬間、どこか遠くで女神の悲鳴がした気がした。
が、特に気にもせずにカケルは新しい世界を歩み始める。
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