我が城の主は絶対に負けないラスボス様

小河白明夫

第1話 引きこもる魔王

 先日、魔王城に勇者パーティーが攻め込んできて、魔王様と勇者たちとの壮絶な戦いがありました。

 その戦いの結果は、最強のヴァンパイアである魔王ヴィクトル様の勝利。

 勇者たちは撤退を余儀なくされたとのことです。


 そしてその魔王様は今日、四天王の方と大事な話があるそうなのですが……。


「魔王様、例の者が見つかりました」

「おお、そうか」


 魔王様との話のためこの場にやってきた四天王の方は、死神…アンクウのキリオン様。

 二人ともずいぶんと神妙な面持ちですけど、ただの魔王様付きメイドの私が聞いちゃっても大丈夫な話なんでしょうか。


「しかし魔王様、本当に引退されるのですか?」


 い…引退っ?


「ああ。やはり勇者との戦いで受けた傷が深くてな、この先の魔王軍のことは次の者に任せようと思う」

「そう…ですか。それは残念です」

「それでキリオンよ、見つかった次の魔王候補の者とはいったいどんな者だ?」


 そうか、今日はこの話をするためにキリオン様を呼んだのですね。

 でもどうして次の魔王の選定をキリオン様が?

 普通こういうのは魔王様が自ら行うものでは……。


「某の占いで出た結果によりますと…」


 占いっ? キリオン様占いで次の魔王候補選んだんですか?

 確かにキリオン様の占いはよく当たるって、魔王城勤務の女の子たちの間では評判ですけど……。


「ミリスというサキュバスが、魔王様の出した条件に最も近い存在かと思われます」

「ほう、その者が絶対に勇者に負けない魔王となる存在か」

「はい。究極のラッキーカードである死神の正位置が彼女を示したので、間違いはないかと」


 死神の正位置って、タロットだと悪い意味のカードだったと思うんですけど。

 キリオン様、自分が死神だからってそれをラッキーカード扱いするのはどうなんですか。

 もっともキリオン様の占いがよく当たるのは事実らしいので、あまり文句は言えないんですけど……。


「してキリオンよ…」

「はい」

「その…その者がサキュバスということは、やはりむちむちで色気がすごいのか?」


 何聞いてるんですか?魔王様。

 私もここにいるんですよ。


「いえ、その者はどちらかというとスレンダーな体形で、あまりサキュバスらしい色気をふりまくような存在ではないかと」

「なるほど。だがサキュバスなのに清楚系っぽいというのも、それはそれでむしろそそるな」


 魔王様、そんなことばかり言っていると奥方様にご報告いたしますよ。


「さすがは魔王様、よいご趣味で」


 そしてキリオン様、どうしてそこで私のほうに目を向けるんですか?

 私も凹凸の少ない体つきだからですか?

 それで私が魔王様付きに選ばれたと思っているんですか?


「ではキリオンよ、そのミリスというサキュバスをこの魔王城に連れてくるのだ」

「はっ」

「そして魔王軍の者たち全員を集会場に集めよ。そこで我の引退と、次なる魔王を皆に発表する」

「承知いたしました」


 本当に魔王様、辞めてしまうんですね。


「ルゥ君」

「はい」

「君も最後までよく尽くしてくれた。我が引退した後も、次の魔王のことをよろしく頼む」

「はい、承知いたしました」

「では最後に……その、君の耳と尻尾をモフモフさせてもらってもよいか。一度ライカンスロープの耳と尻尾を思いっきりモフってみたかったのだ」

「人狼…ライカンスロープなら、魔王軍にも何人かいると思いますけど」

「軍所属の男どもではだめだ。毛がゴワゴワしている。やはり若い少女の柔らかそうな毛並みでないと…」

「奥方様に言いつけますね」

「わぁーっ、待ってくれーっ、ルゥ君! それだけはーっ!」


 けれど部屋の外でこの会話を耳にしていた方がいたらしく、この話は奥方様の耳に伝わってしまうのでした。




 そしてついにやってきた、魔王様引退の日。

 魔王城内の集会場には魔王軍に所属する大勢の魔族が集まっていて、その前には魔王様と四天王の方々、そして次の魔王となられるミリス様。


 ちなみに私はただのメイドで軍属ではないため、集会には参加していません。

 そして魔王様付きである私は、この集会の間特に仕事もないので、この集会場の外から様子を眺めさせてもらっています。


「……というわけで、本日をもって我は魔王の座を退く」


 魔王軍の方々がざわついています。

 やはり最強のヴァンパイアであるヴィクトル様の魔王引退は、色々とショックな方も多いようです。


「沈まれ、お前たち。確かにこの我の引退で、再び勇者どもが攻めてきたとき、奴らと戦えるのか不安な者も多いだろう。だが安心しろ。この我が選び出した次なる魔王は、絶対に勇者に負けない魔王だ」


 選び出したの魔王様じゃなくって、キリオン様の占いですけどね。


「さあ新たなる魔王ミリスよ、皆に何か言ってやってくれ」

「……………」

「……ん? どうした?ミリス君」


 あのミリス様という方、絶対に勇者に負けない魔王として選ばれたのだから、もっときりっとした強そうな方が来るのかと思ってたんですけど、なんだかうつむき加減で頼りなさそうな感じに見えます。

 キリオン様の占い、本当に当たっていたんでしょうか?


「ミリス君、ほら、皆に何か一言。このまま黙っていたら、軍の者たちが皆不安に…」

「無理…」

「えっ?」

「わ…わたしなんかが…魔王だなんて、絶対に…無理…。無理、無理、無理…」

「ミリス君?」

「というか、こ…こんな大勢の前で話せだなんて、ぜ…ぜぜっ…ぜーったいに無理ぃぃぃぃぃっ!」


 そのときでした、私の目の前で信じられないことが起こったのです。


「うわぁぁぁっ!」

「ぎゃあぁぁぁっ!」

「なっ…何なんだぁぁぁっ!」

「うあぁぁぁっ!」


 集会場に集まっていた魔王軍の方々が、次々と魔王城の外へ飛ばされていってしまいました。


「ル…ルゥ君っ!」

「魔王様っ!」


 魔王様が必死に窓枠をつかんで、魔王城の外へと飛ばされていくのを耐えています。


「これはいったい何事なんですか?魔王様っ!」

「ミリス君は、きわめてレアなユニークスキル、引きこもる…の保有者だった」


 引きこもる?


「何なんですか?それは」

「引きこもるとは、部屋や建物など特定の領域に結界を張ることで、自身の拒絶する者を結界の外へと追い出し、そして外にいる者は決して結界の中へは入らせないという、究極の結界スキル。おそらく今は、この魔王城全体が彼女の結界となってしまっている。うっ…ぐっ…」

「魔王様っ!」

「もはやこの結界内にいられるのは、現時点で魔王城内にいて、そして彼女に存在を認識されていない者のみ」


 そうか、だから私は飛ばされずに済んでいる。


「というわけで、我もそろそろ限界だ。魔王城のあとのことは、よろしく頼んだぞ、ルゥ…くっ……」

「魔王様ぁぁぁっ!」


 こうして先代魔王ヴィクトル様までもが、魔王城の外へと飛ばされてしまいました。

 今現在魔王城内にいるのは、新たに魔王となられたミリス様と、そのミリス様に存在を認識されていない私のような者のみ。


 私はこれから、この魔王城でどうしたらよろしいんでしょうか。

 誰か教えてください。

 誰も見当たらないですけど……。

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