第18話 恋のカケラ

「いやー、せっかく彼氏が出来たのにな~。過密スケジュールでデートが遠のくよ~」

 

 廊下を歩く御厨みくりや大尉が、明るい声で愚痴った。

 重大な任務を任されたが、全員の足取りは軽い。

 

「え、合コンうまくいったんですか?」

 

「なんでヒいてるの、不知火くん!!」

 

「ははは、おめでとうございます、隊長」

 

 カガリの袖が、ふいに引かれる。

 正体は、五百雀いおさき月子だった。

 

「あの、ちょっといいですか?」

 

 先月まで対等だった月子は部下となってから、敬語を貫く。

 当然のことだが、今はその言葉にとげがあった。

 

「ンだよ?」

 

「なんで、私だったんですか」

 

「はあ?」

 

「あの学者を連れて帰る役割――」

 

 何故かけわしいその顔に、カガリは面倒そうな顔つきをしてしまう。

 防衛高時代から月日は経っていないのに、どうしてこうも頑なになったのか。

 

「なんでって、隊で俺の次に速度だせるのお前じゃん」

 

「え……?」

 

「タネさんが部隊で一番遅いんだぜ。隊長は指揮があるし、オレはいざってとき足止めの異髄力があるわけだし、どう考えてもお前だろ」 

 

 月子の肩から力が抜ける。

 何か検討違いなことでも考えて、つっぱらかっていたに違いない。

 

「上官じゃなくて、同期としてもっとオレを信じろ。おまえを使えないと思ったことなんかねえよ」 

 

 カガリは月子の頭をわしわしと撫でる。

 途端に壁によろけた月子に、カガリのほうが今度はいぶかし気な表情を浮かべた。

 

「どした? つーかお前具合でも悪いんか」

 

 片腕で月子の体をしっかり立たせると、軽くしゃがんでその額に自分の額を押し当る。

 見る見るうちに、カガリの額にも熱が移ってきた。

 

「し、失礼します!」 

 

 月子が、大声をあげて走り去っていく。

 

「――なんだありゃ」

 

 怪訝に見送ったカガリを、ずっと道を塞がれていた種田が背後からニヤニヤとゆすった。

 

「もう、カガリちゃ~ん。おっさんときめいちゃったじゃないの」

 

「なんだそれ、ヘンタイか? 本部で検査されろ」

 

「待って、さっきの素なの? 恐ろしい子!!」

 

 自分より体のでかい男と、これ以上関わっていても面白くもない。

 歩き出したカガリの背を、種田が強めに押してきた。

 

「なんだよ、タネさん。しつこい」

 

「重い任務、一人だけ増やされちゃって大丈夫かい?」

 

「まさか、オレを心配してんの? それよかタネさんこそ、家族いるのに平気かよ」

 

 種田は無精ひげが生えた顎を掻く。

 

「そこは、まあ……この仕事につくときに散々悩んだからねえ。今更すぎるけど」

 

 いかつい顔が、照れたように笑った。

 種田はいつでも家族自慢をするので、カガリも妻子の顔は写真で知っている。

 

「でもさ、妻も娘も可愛すぎるからさ。さっさとこの世を去ったりなんて、俺にはできないからさあ……頑張るしかないでしょ……託されたものもあるし」

 

 カガリには、まだ家族への愛情がよくわからない。

 いつか、もっと年をとったら……。

 

 揚羽の顔を思わず想像して、慌てて首を振る。

 弟のポジションから、脱却してからが勝負だ。それまでに、他の男には寄らせたくない。

 

「じゃあ、お互い頑張ろうぜ。オレは食堂で飯食ってくる」

 

「俺はいったん自宅に戻る~。畑当番の時間になったらまた」

 

 明日からは、ローゼン02部隊との合同任務のシュミレーションが始まる。

 ローゼン02部隊隊長の鷲塚中尉は、カガリの中ではいけ好かない男の一人だ。

 

 種田と別れて食堂に入ったカガリは、気合をいれるため大盛りチャーハンを頼んだ。

 

「いつもお疲れ様です」

 

 食堂は、隊員の家族も多くいる。

 チャーハンは、ありあわせで作りやすいので、こういう時間の注文として喜ばれるのだ。

 

 食堂は空いているが、無人ではない。

 任務が長引いて昼食をくいっぱぐれたものや、シフト上の少ない休みをだらけて過ごすものもいる。

 

「お疲れ~、カガリ」

 

 頼んだチャーハンを受け取っていると、隣の共同ルームから、同期の霧山が足をひきずって現れた。

 

「どうした? その足」

 

「任務中に、やらかしたー。地球外生命体ヴォイドフォークの攻撃、よけきれなくて」

 

「今直してやるよ」

 

 カガリが右手を当てると、癒しの力が発動する。

 霧山は、すぐさま屈伸して足の動きを確認した。

 

「さすがカガリ。防衛高時代から、捻挫に脱臼にお世話にになっとりやす」

 

「たまにはなんか礼を寄こせ」

 

「じゃ、そのチャーハン代を」

 

「ぬかせ。元々タダだろうが」

 

 隊員たちは軍費でほとんどが賄える。

 基地内部でお金がかかることといえば、アルコール自販機ぐらいだ。

 

「まあまあさておいて、なんか司令に呼び出されてたけど、なにかあったん?」

 

「さておくな。……まあ、色々あったんだよ」

 

 極秘情報をもらすわけにはいかない。

 カガリがチャーハンを食べることに集中すると、霧山もそうと悟ったらしい。

 

「チャーハンうまい? 一口くれない?」

 

「だー! 人の匙で食うんじゃねえ!」

 

 チャーハンの取り合いで、話はうやむやに終わった。

 二人の頭上で、出動アラートが鳴る。

 

 出撃から戻ってすぐでも、出動の可能性がまったくないわけではない。

 別部隊なのを聞き取って、カガリと霧山はお茶を飲んだ。

 

 今日もまだ、長い一日は続いていく。

 

 カガリの脳内は、既に極秘作戦について動いていた。

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