第16話 悪意の存在

 お茶の水基地では最大の脅威レベルのCランクがきた。

 脅威度判定では、一部のオペレーターの異髄力でCランク以上か以下かはすぐに判明する。

 

 そのうえで、本部か支部かに分かれるのだ。

 

「毛利庭園跡地に、生体反応あり。逃げ遅れた民間人と想定。近づかせるな」

 

 剣崎副司令の声がイヤフォンから流れ、カガリは駆け出した。

 発生地域からは離れているが、近い個体から撃破せねばならない。

 

 逃げ遅れた民間人は、足の弱い老人か子供か。

 

「姫川、毛利庭園跡地に近い地球外生命体ヴォイドフォークから個別ナビゲーションを頼む!」

 

「はい!……そのまま直進してください。曲がるタイミングで連絡を入れます」

 

 同期の姫川四葉二等兵の異髄力は「コマンド・アップリンク」。精神回線で仲間に指示だしが出来る。

 基本的にはナビゲーター同士のつなぎ役だが、イヤフォンを無くした場合や今回のケースの時に活躍できるのだ。

 

「種田上等兵、戦闘開始。――御厨みくりや隊長戦闘開始。五百雀いおさき一等兵戦闘開始」

 

 次々と仲間の戦況が流れてくる。

 月子は初のCランクで大丈夫だろうかと、ふと思った。

 

「不知火曹長、右折してください」

 

 姫川四葉のナビゲーションに、カガリは目の前のことに意識を戻す。

 月子の実力を一番知るのはカガリだ。

 悩むことに意味はない。

 

「あれか!」

 

 大きく口が裂け、牙をむいたフクロウナギ型の地球外生命体ヴォイドフォークの巨体を捉えた。

 防衛高で、主に地球に襲来済みの地球外生命体ヴォイドフォークの弱点は、暗記している。

 

 フクロウナギ型は、地面に接地している腹部のはずだ。

 

「ウナギってのはうまいんだってなぁ!」

 

 カガリはフクロウナギ型を虚空に縫い付けた。

 地球外生命体ヴォイドフォークは、弱点の腹部をむき出しに固定される。

 

 カガリの専用武器であるシナプスダガーが光った。

 濁った緑色の血が噴き出て、弱点の核が見えた。

 

「あいにくと、こちとらはるか昔に缶詰で食ったきりだけどな!」

 

 食用になる地球外生命体ヴォイドフォークなどいない。

 血は毒になるし、体は武器やら重要施設のカバーなどに利用される。

 

 それでも、これが食用になって満腹までウナギを食べれたらな、と思うゆとりさえあった。

 核を破壊されたフクロウナギ型は、どうと倒れた。

 

「次のナビを頼む!」

 

 六本木は崩れた高い建物が多い。

 遮蔽物が多くて、いくら地球外生命体ヴォイドフォークが大きくとも視界が遮られる。

 

「次のナビゲーションを開始します――」

 

 姫川の声を聞きながら、カガリは移動を開始した。

 逃げおくれた民間人は、恐怖で立ちすくんでいるのだろうか。

 

 一度閉まったシェルターは、警報中は開けられないシステムになっている。

 安全なところでそのまま固まっていてくれればいいが――。

 

 カガリの目に、二体の地球外生命体ヴォイドフォークが地を割りながら突進してくるのが見えた。

 絶対に倒す。

 カガリの心が静かに燃えた。

 

「生命反応、移動! 不知火曹長、そちらに人が向かっているぞ! 全力で止めろ」

 

 剣崎副司令の怒声が、鼓膜を打つ。

 カガリの後方から、地球外生命体ヴォイドフォークへと走る民間人の姿があった。

 

「は?」

 

 反対方向に逃げるならば分かる。

 ところが、男は明らかにフクロウナギ型へ手を差し伸べていた。

 

「虚空の民よ! この身を捧げます! どうぞ地球を開放してください――!」

 

「顔認証結果が出た、そいつは生物学の学者だ! 最悪の事態を想定せよ、不知火曹長!」 

 

 生物学の学者なら、絶対に地下で保護を受けているはずだ。どうしてこの場に居るのか。

 地球外生命体ヴォイドフォークたちは、特殊な波動で専門家たちを探し出せる。

 

 今回の襲来は、おそらくこの男が原因だ。

 

「ただちに捕らえます! 五百雀一等兵をこちらに寄こしてください!」

 

「承知した。グロッグ45はいつでも出せるようにしておけ」

 

 銃の許可が改めて出たのは、男の脳が地球外生命体ヴォイドフォークに吸収されることへの最悪の想定だ。

 かつてカガリの父の脳が吸収されたように、地球外生命体ヴォイドフォークに情報を渡してはならない。

 

 カガリは身を翻して、男の元へ全力で走ると異髄力で空間に固定した。

 父と同じ生物学者を、絶対に食わせたくはない。

 月子を呼んだのは、男を基地にあるシェルターに運ばせるためだ。

 

「っしゃ、こい!!」

 

 二体の地球外生命体ヴォイドフォークが顔面に迫る。

 そして、三体目もその黒い姿を現した。

 

 カガリは、できるだけ男から遠くに二体を空間に縫い付ける。

 痛んだ魚のような、独特の臭気がカガリの呼吸を汚染してきた。

 

 その核にシナプスダガーの切っ先を向けると、空間に縛られたフクロウナギ型がもがく。

 

「不知火曹長!」

 

 声をあげて駆けてくる月子の後ろに、御厨隊長と種田上等兵も疾走してるのが見えた。

 各自一体ずつ倒して、これが最後の三体なのだろう。

 

 カガリが思い切り一メーターほどの核を砕くと、一体は固定されたまま絶命した。

 二体目を切り裂く前に、月子が到着する。

 

 カガリは、学者を空中から剥がすとそのまま締め技で意識を失わせた。

 

「今すぐ、出来るだけ早く支部基地を目指せ! 急がねぇと次がくる。五百雀、頼んだぞ!」

 

 バイオメタリック・エクソスーツを着ていれば、月子でも意識のない男一人は楽に担げる。

 一瞬ためらったのち、月子は男をコープスイングに括り付けて飛び上がった。

 

 空を駆け抜ける月子を見送らずに、カガリは二体目の息の根を止める。

 三体目は、御厨と種田が戦っていた。

 

 種田は異髄力で、巨大な岩の拳させて容赦なく殴打して地球外生命体ヴォイドフォークを転がしていく。

 その胴体に一閃、長く鋭い爆発が輝いた。

 

 御厨の異髄力のコズミック・レイだ。

 核と胴体が破壊され、最後の個体を地面に伸びる。

 

「全体撃破! 確認お願いします」

 

「――確認がとれました。撃破、成功です!」

 

 念のための哨戒が命じられ、カガリたちは三方向に探知機で回ることにした。

 イヤフォンの最後は、剣崎副司令の深い溜息が残った。 

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