第二章 試練

第15話 出動

「――出動警報、レッドコード。 敵勢力、六本木空域に接近中。オフィリア05部隊、至急出撃準備!」 

  

 アナウンスが流れたのは、カガリたちが食堂に居る時だった。

 待機日だったので、カガリだけは朝からバイオメタリック・エクソスーツに着替えていた。

 

 八割食べかけのまま、片付けを同期の阿部に任せて走り出る。

 同じく食堂にいた五百雀いおさき月子と、食堂のドアをどちらが先に出るかで二人は揉めた。

 

「こ・こ・は・上官に! 譲るべき、じゃねーのかぁ?」

 

「い・い・え! 下士官が上官より遅れるのはあるまじきことなので! 私が先ではないでしょうか?!」

 

 出動アラートが鳴っているのに、これだけ平和な馬鹿をさらしているのはこの部隊だけだ。

 他班の少尉に「いい加減にしないと茶碗を投げるぞお前ら」とどやされて、しぶしぶカガリが譲る。

 

 バイオメタリック・エクソスーツは着ているだけで同調率があがってしまう。

 他の隊員は、カガリのように長時間着用できない。

 

 いつでも20IzFイズ・フラックスのカガリが異常なのだ。

 広い廊下を疾走する隊員には、みんなが慣れているのでぶつかりもせずに出撃場所に辿り着く。

 

 そこには一番に乗り込んでいた種田上等兵が居た。

 

「またやってんのか、おふたりさん。朝から元気だな」

 

 着替え終わった種田は、標準装備を整えていく。

 カガリもそこに並んだ。

 

「そこの小娘が、上官に道を譲らねえから」

 

「小娘って! 同じ年でしょう、不知火曹長? 知らない間にフケたんですか? 存じませんでした」

 

「オレが言っているのは精神年齢ですぅ~、そんなこともわっかんねえのか」

 

「はいはい、いつものソレやめやめ。そろそろおっさん怒るよ?」

 

 月子が着替えに行ってすぐ、御厨みくりや大尉も駆け込んできた。

 コープスイングを広げるカガリには、一昨日の涙の気配はない。

 

 好意を持っている相手の前で泣き崩れてしまったのは不覚だが、あの時は揚羽の顔しか思い浮かばなかった。

 ――曹長なんかで終わってたまるか。

 

 カガリは自力で昇進して、この忌々しい曹長の座から駆けのぼるつもりだ。

 そのためには、大手柄をあげていくしかない。

 

 やる気が滾ってあふれそうだ。

 

「――まあ、ほどほどに頑張りなさいよ」

 

 そんなカガリに、種田は肩を叩く。

 軍務中にほどほどとは、不謹慎なワードだがカガリの気合の入れすぎに対して、ささやかに水をかけてくれたらしい。

 

 種田もすぐ離陸準備に入ると、数十秒遅れて御厨隊長と月子も並んだ。

 

「離陸カウント開始……10……9……8……」

 

 マイクイヤフォンから、同期の姫川四葉のナビゲーションが入る。

 月子は、ちらりとカガリを見た。

 

 今日の飛行は、癪だがカガリに合わせるつもりだ。

 飛行速度はカガリが勝つが、そこに合わせるくらいの気合がないとまた遅れてしまう。

 

 前回、それで班の到着を送らせてしまった。

 今回こそは、足手まといは卒業だ。

 

 カウントゼロで、勢いよく飛び出す。

 四機のコープスイングが100キロで宙に飛ぶ。

 

「想定到着時間、0725。およそ5分です」

 

 月子は景色を確認する余裕はなかった。

 それでも、先頭を行くカガリの足から離れないように、必死で縋る。

 

 カガリに勝てるのは関東本部基地の鬼山啓心中佐しかいない。だから、距離が離れなければそれでいい。

 偵察ドローンスカウトオービットは区ごとに配置されている。

 

 それらの起動と配置が終わったことや、警報が開始されていること。オペレーションルームから、流れてくる通達を聞きながら、ひたすらカガリを追うことに集中した。

 

「目的地の座標に到達。民間人のシェルター誘導任務についてください」

 

 四機は、四方に分かれる。

 警戒区域は広い。

 

 シェルターになだれ込む怪我人は毎年減っているが、誘導も仕事だ。

 笑顔で地下に案内するカガリを、小さな少女が指をさす。

 

「あ! ニュースに出てた隊員さん!」

 

「ニュースみてくれてありがとう、足元気を付けてね」

 

 カガリの、パフィオペディルム型討伐のニュースは昨日流れた。

 異界防衛軍には、もうカガリのグッズを欲しがる国民の意見が届いている。

 

「そうちょうさん、頑張って!」

 

 リュックを背負った少年が、言ってシェルターに走り去った。

 

「……頑張るよ」

 

 カガリは張り付けた笑いが溶けて、真顔になる。

 ニュースに乗った時点で覚悟はできていた。

 

 泣き言はもう済んでいる。

 カガリは今は、不知火曹長なのだ。

 

 空が曇り、シェルター待ちの人々から悲鳴があがる。

 

地球外生命体ヴォイドフォーク、現着!! フクロウナギ型地球外生命体ヴォイドフォークと断定、総数七体。大きさおよそ五メートル。想定脅威度Cランク!」

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