第2話:File_02 増えた親戚
【調査報告書:関係者の拡大に関する考察】
第1話で触れた「卒業アルバムの男」の件以降、私は自身の過去の記録に対し、疑心暗鬼に陥っていた。
自分のアルバムに見つかった彼。私の記憶の死角に常に潜んでいた男。
しかし、恐怖に足がすくむ一方で、ライターとしての業のような好奇心が私を突き動かしてもいた。
私はブログ読者に向けて、同様の体験をした人間がいないか、より範囲を広げて情報を募ることにした。
「学校の集合写真に限らず、家族写真や冠婚葬祭の記録映像に、見知らぬ人物が混ざり込んでいた経験はありませんか?」
反応は思いのほか早く、そして多かった。
その多くは単なる心霊写真の鑑定依頼や、記憶違いの範疇に収まるものだったが、一件だけ、無視できないメールが届いた。
差出人は町田さん(仮名・30代主婦)。
彼女の訴えは、私の想定をさらに悪い方向へと裏付けるものだった。
「その人は、私の親戚として振る舞っていました」
以下は、町田さんの自宅で行ったインタビューの記録である。
彼女は証拠として、ある法事の席を撮影したホームビデオを提供してくれた。
取材日:202X年9月20日
場所:神奈川県内 町田氏自宅
対象者:町田氏(34歳・主婦)
(ICレコーダーの録音開始音)
K:本日はお招きいただきありがとうございます。メールに書かれていた「法事のビデオ」というのは、これですね。
町田:はい。3年前に行われた、祖父の七回忌の時のものです。実家の座敷で、親族だけで執り行いました。
K:集まったのは、ご親族だけですか?
町田:ええ、本当に身内だけです。父方の兄弟とその家族、あとは私たち孫の世代。全部で20人もいなかったと思います。田舎の古い家なもので、近所の人を呼ぶと大ごとになるからって、こじんまり済ませたんです。
K:なるほど。では、その日の様子について教えてください。いつ、その「異変」に気づかれたのですか?
町田:当日は、まったく気づきませんでした。それが一番怖いんです。私は台所の手伝いや、子供たちの世話でバタバタしていて、座敷の様子をじっくり見る余裕がなかったというのもあります。でも、配膳の時にお茶を出したり、お酌をして回ったりはしたんです。その時、私は彼にお茶を出しているはずなんです。
K:彼にお茶を出した記憶がある?
町田:……いえ、正確に言うと「出したはず」なんです。無視するわけにはいきませんから。でも、どんな会話をしたとか、彼が誰と話していたとか、そういう記憶がすっぽり抜け落ちているんです。ただ、その場の空気に完全に溶け込んでいたことだけは覚えています。
K:違和感はなかったと。
町田:はい。それで、異変に気づいたのは先週のことです。Kさんのブログ記事を読んで、もしかしてと思って実家からこのDVDを取り寄せてみたんです。再生してみて、悲鳴を上げそうになりました。
K:では、実際に拝見してもよろしいですか?
町田:……はい。お願いします。私は、ちょっと怖くて直視できないので、少し離れていてもいいですか。
(DVDプレイヤーのトレイが開く音。ディスクが読み込まれる駆動音)
K:再生します。
(画面上のタイムコードは201X年11月○日。映像は手ブレしながら、日本家屋の広い座敷を映し出す。黒い礼服を着た男女が座布団に座り、僧侶の到着を待っている様子だ。画質は家庭用ビデオカメラのもので、音声には周囲の話し声や食器が触れ合う音が混じっている)
K:……今はまだ、準備中のようですね。親戚の方々が談笑しています。
町田:はい。カメラを回しているのは私の弟です。適当に親戚の顔を撮って回っています。
K:あ、僧侶が入ってこられましたね。皆さんが姿勢を正します。
(読経が始まる。木魚のリズムと、低い読経の声が部屋に響く。カメラは僧侶の背中から、参列者たちの横顔をゆっくりとパンしていく)
K:……列の、一番後ろ。
町田:……はい。
K:いますね。
(映像を一時停止する。画面の端、ふすまに近い位置に、男が一人座っている。黒いスーツに黒いネクタイ。眼鏡をかけ、少し猫背で、数珠を持った手を合わせている。第1話で田所氏のアルバムに写っていた男と、同一人物に見える。年齢も変わっていないように見えるのが不気味だ)
K:彼が、町田さんのご親戚ではないことは確かなんですね?
町田:間違いありません。父にも母にも確認しました。父方の親戚、母方の親戚、遠縁の方まで当たりましたが、こんな人はいないんです。
K:服装もきちんとした喪服です。数珠も持っている。飛び入り参加や、葬儀屋のスタッフというわけでもなさそうだ。
町田:Kさん、そのまま再生を続けてください。お経が終わった後、住職さんの説法があるんです。そこを見てほしいんです。
(再生を再開。読経が終わり、僧侶が参列者に向き直って話を始める。ありがたい話に、参列者が神妙な顔で頷いている。カメラは時折、参列者の表情をアップにする)
K:……カメラが、彼をアップにしましたね。
町田:弟も、彼を親戚の一人だと思って撮っているんです。何の躊躇いもなく、ズームしています。
K:彼は……笑っていますね。
(画面の中の男は、穏やかな表情で僧侶の話を聞いているように見える。しかし、口元が微かに動いている。笑っているようにも、何かを呟いているようにも見える)
K:何か言っていますね。音声のボリュームを上げます。
(ノイズ混じりの音声が大きくなる。僧侶の声の合間に、男の口元から漏れる音が拾われている)
男の声(映像内):……だよね。……そうだよね。……わかるよ。
K:相槌を打っているのでしょうか?
町田:もっと、よく聞いてください。
男の声(映像内):……まだ足りないね。……もっと入るね。……ここなら空いてるね。
K:……これは、説法に対する感想には聞こえませんね。「空いてる」とは、どういう意味でしょう。
町田:わかりません。でも、この後、食事の席になるんですが……そこでの母の様子がおかしいんです。チャプターを飛ばします。
(画面が切り替わる。精進落としの会食の場面だ。テーブルには寿司やオードブルが並び、酒が入って賑やかな雰囲気になっている)
K:彼は……テーブルの端にいますね。ビール瓶を持って、隣の男性にお酌をしています。
町田:隣にいるのは私の父です。父は、見知らぬ男から酒を注がれて、笑顔で「ああ、どうもどうも」なんて言ってるんです。父は人見知りする性格なのに。
K:完全に身内として受け入れている……。
町田:それで、この映像を母に見せたんです。「この人、誰?」って。そうしたら母は、きょとんとして言いました。「あら、マコトくんじゃない」って。
K:マコトくん? 名前が出たんですか?
町田:はい。でも、母の言う「マコトくん」という親戚は存在しないんです。詳しく聞こうとすると、母の話は支離滅裂になりました。「お父さんの弟の息子」だとか「おばあちゃんの妹の孫」だとか、聞くたびに関係性が変わるんです。でも、母の中では「親しい親戚のマコトくん」という認識だけで固まっている。
K:存在しない親戚の記憶が、捏造されている。
町田:昨日、母から電話があったんです。「今度、マコトくんがうちに遊びに来るから、あんたも顔出しなさい」って。私は怖くなって、「その人は親戚じゃない」って叫んで電話を切ってしまいました。Kさん、どうすればいいんでしょうか。実家が、何かに乗っ取られそうで……。
(町田氏の声が震えている。私はかける言葉が見つからず、ただ沈黙するしかなかった。その時、停止していたテレビ画面の中で、男の顔がちらりとこちらを見たような気がした。錯覚だろうか。いや、一時停止中の画面が動くはずがない)
K:……町田さん。このDVD、少しの間お借りしてもいいですか? 専門家に解析を依頼したいのですが。
町田:ええ、どうぞ。もう見たくないので、処分してくださっても構いません。……あ、でも、一つだけ気をつけてください。
K:何でしょう?
町田:このDVDを持ってきてから、家の中で……変な音がするようになったんです。
K:変な音?
町田:インターホンが鳴るんです。でも、モニターには誰も映っていない。最初は故障かと思ったんですが、受話器を取ると、ノイズの向こうで、誰かがブツブツ言ってるのが聞こえるんです。
K:何と?
町田:「……いれて」って。
(録音停止)
【取材後の経過報告】
町田氏から預かったDVDを、映像解析の知識がある知人に持ち込んだ。
結論から言えば、映像に加工の痕跡はない。
しかし、音声トラックには不可解な点がいくつか見つかった。
男が呟いていた「……まだ足りないね。……もっと入るね」という言葉。
これを周波数分解してバックグラウンドノイズを除去したところ、可聴域ギリギリの低音で、別の言葉が重なっていることが判明した。
それは、まるで名簿を読み上げるような声だった。
『サトウ……タナカ……ヤマモト……マチダ……』
そして、そのリストの最後には、こう録音されていた。
『……次は、キジマ』
私の本名だ。
背筋が凍りついた。
私はペンネームで活動しており、ブログにも本名は出していない。町田氏にも名乗っていない。
なぜ、あの映像の中の男が、私の名前を知っているのか。
いや、映像は3年前のものだ。
3年前の時点で、彼は私がこの件に関わることを予知していたとでもいうのか?
それとも、このDVDという媒体そのものが、現在進行形で変化しているのか?
私は自宅のアパートに戻り、カーテンを閉め切って、自分の家系図を書き出してみることにした。
両親、祖父母、曾祖母……。
記憶をたどり、アルバムを引っ張り出し、親族の顔を思い浮かべる。
父方の伯父、その妻、娘……。
母方の叔母、その夫、息子……。
ふと、手が止まる。
母方の叔母の、長男。
「タカシ」という従兄弟がいたはずだ。
小さい頃、夏休みに一緒にカブトムシを捕りに行った記憶がある。
眼鏡をかけていて、大人しい性格で。
……眼鏡?
私は、押入れから古い年賀状の束を取り出した。
母の実家から届いた、15年前の年賀状。
『家族みんな元気です』という文字と共に、家族写真が印刷されている。
叔父、叔母、そして従兄弟のタカシ。
写真の中のタカシは、私の記憶にある顔と違っていた。
スポーツ刈りで、活発そうな少年だ。眼鏡はかけていない。
では、私が「眼鏡をかけた大人しい従兄弟」だと思っていた記憶は、誰の記憶だ?
カブトムシを捕りに行ったあの夏の記憶にいる、あの「眼鏡の少年」は誰だ?
混乱する頭で、実家の母に電話をかけた。
「もしもし、母さん? ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
『あら、どうしたの急に』
「従兄弟のタカシくんのことなんだけどさ。昔、眼鏡かけてたっけ?」
『タカシくん? かけてないわよ。あのコンタクト嫌いなんだから』
「だよね。……じゃあさ、親戚の中に、眼鏡かけてて、ちょっと猫背で、髪が長めの人って、いたっけ?」
受話器の向こうで、母が少し黙り込む。
そして、明るい声でこう言った。
『ああ、それならケイちゃんのことじゃない?』
「……ケイちゃん?」
『何言ってるのよ、忘れたの? あんたが小さい頃、ずっと一緒に遊んでもらってたじゃない。ケイちゃんよ、ほら、よくうちに泊まりに来てた』
心臓が早鐘を打つ。
「ケイちゃん」なんて親戚は知らない。
絶対に、いないはずだ。
「……母さん、そのケイちゃんって、名字は?」
『名字? ええと……あら、嫌だ。ド忘れしちゃった。でも、顔はすぐ浮かぶのよ。優しそうな顔でねえ。そうそう、あんた、今度の法事には帰ってくるんでしょ?』
「法事?」
『来月、おばあちゃんの十三回忌やるじゃない。ケイちゃんも来るって言ってたわよ。「久しぶりに会いたい」って』
受話器を持つ手が汗で滑る。
実家も、もう安全ではない。
私の知らない「ケイちゃん」という親戚が、すでに母の記憶の中に席を作って座り込んでいる。
「……悪い、仕事が忙しくて帰れないかもしれない」
『あらそう、残念ねえ。じゃあ、ケイちゃんに住所教えておくわね。こっちから会いに行くかもしれないから』
「待ってくれ、住所は……!」
私が止める前に、母は「また連絡するわね」と言って電話を切った。
ツーツーという電子音が、やけに冷たく響く。
その直後だった。
ピンポーン。
玄関のインターホンが鳴った。
私は飛び上がった。
こんな時間に、誰だ。
恐る恐るモニターを見る。
誰も映っていない。
ただ、廊下の薄暗い映像があるだけだ。
ピンポーン。
もう一度鳴る。
私は受話器を取らず、ドアの覗き穴(ドアスコープ)から外を確認することにした。
息を潜め、音を立てないようにドアに近づき、片目でレンズを覗く。
魚眼レンズの歪んだ視界。
誰もいない廊下。
……いや。
下だ。
視線を下に向けたとき、私は息を飲んだ。
ドアのすぐ前に、男が立っていた。
眼鏡をかけた男が、極端な猫背で、ドアの下の方からじっと、覗き穴を見上げていた。
私と、目が合った。
彼はにやりと笑い、口を動かした。
ドア越しでも、その言葉が脳内に直接響いてくるようだった。
『みーつけた』
私は悲鳴を上げて、ドアから飛び退いた。
チェーンロックがかかっていることを確認し、震えながら部屋の隅にうずくまる。
外からは、それ以上の音はしなかった。
しかし、私は知ってしまった。
彼はもう、思い出の中にしかいない存在ではない。
彼は、住所を知ったのだ。
物理的な距離を越えて、私の元へやってきたのだ。
机の上のパソコンが、スリープモードから勝手に復帰し、画面が明るくなった。
書きかけの原稿の末尾に、私が打った覚えのない文字が、カーソルと共に点滅している。
『次は、お前の番だ』
(第2話 了)
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