撫でられるのが仕事です。~裏切られ死んだ俺、猫に回帰して仲間を最強にプロデュースする~

堀籠遼ノ助

第一章 死ト回帰ト復讐ノ設計図

第1話 『死と回帰、そして復讐のプロデュースにゃ』

第1話:『死と回帰、そして復讐のプロデュースにゃ』

 ゴオオオオ……と。


 地獄の業火が、目の前に迫る巨大なあぎとの奥で、低くうなりをあげていた。


 ドラゴン。


 その燃えるような真紅しんくの瞳が、眼下の矮小わいしょうな存在――俺、クラウス・バウマンを見据えている。

 

(……まだだ。まだ死ねるかよ……!)


 だがその決意も空しく、古竜が放つ灼熱の炎が、俺の視界を白く染める。

 ――視界が焼ける。

 ――皮膚がない。

 ――息すらできない。

 

 ……時間は、数分前に遡る。



◇◇◇



 ダンジョン深部。


 俺は、Aランククラン『金獅子の牙ゴールデン・レオ』の一団の後ろについて歩いていた。

 「おいクラウス、遅いぞ! 荷物が重いなら置いていってもいいんだぞ? 報酬も置いていくことになるがな! ギャハハハ!」


 先頭を歩く男――ガーラントが、下卑た笑い声を上げた。


 その周囲には、取り巻きの連中が5、6人ほどへらへらと群れている。全員が高価な魔道具アーティファクトで武装してはいるが、その卑しい目つきは、強いボスの影でイキり散らすゴブリンそのものだ。


 俺の肩では、相棒の黒猫――ノワールが、不快そうに尻尾を振っていた。


「……ああ、すまない。今すぐ行くよ」


 俺は彼らの倍以上の荷物を背負い、黙々と歩を進めた。


 俺のような魔力を持たない「無能」な剣士が生き残るには、こうして彼らの雑用を引き受けるしかない。ノワールの餌代のためだ、我慢するしかない。


「あっ! ガーラントさん、見てください! ありましたよ、今回の目的の魔鉱石まこうせきです!」


 取り巻きの一人が、壁に埋まった鉱石を指さし、甲高い声を上げた。


「ふん、やっとかよ。おい雑用係! さっさと掘り出せ!」


 俺はため息をつきながらツルハシを構えた。

 その時だった。

 肩の上のノワールが――ピクリと耳を立てる。


「……ん?」


 次の瞬間、ノワールは俺の頬を前足で激しく叩いた。危険信号だ。

 かつてないほどの強烈な警告。


「ガーラント、下がれ! 何か来る――!」


 俺がそう叫ぶと、ガーラントは不機嫌そうに眉を寄せ、ツルハシを持つ俺の方へと大股で歩み寄ってきた。


「ああん? 何をごちゃごちゃ言ってんだ、テメェは!」

「がはっ……!」


 弁解する間もなかった。

 無防備な鳩尾みぞおちを、ガーラントの金属製のブーツが深々とえぐった。

 胸がつぶれるような衝撃。膝が崩れ、肩からノワールが飛び降りる。


「作業の邪魔してんじゃねえよ。ビビッてサボりたいだけだろ?」


「いや、そうじゃない! 本当に危険なんだ! ノワールの『危機察知ききさっち』は外れたことが無い!」


「猫ごときが、何だってんだよ! いいから掘れ!」


 その言葉を合図にするかのように――

 グオォォォオオオオオッ!!

 空気が震え、足場が揺れた。

 ダンジョン最奥から、巨影が現れる。


「な……馬鹿な!? こんな中層に、古竜だと!?」


 ガーラントの声が裏返った。取り巻きたちも腰を抜かしている。

 それも当然だ。古竜クラスの怪物は、通常なら最深部(ラストフロア)に鎮座しているはずの存在だ。それがなぜか中層の採掘場に出現している。

 グルルルルゥ……。

 喉の奥から漏れる重低音が、大気をビリビリと震わせる。


「遠距離班! 撃て! 最大火力だ、早く!」


 ガーラントの叫びで、クランメンバーが慌てて魔道具を構える。

 だが放たれた光の矢も砲弾も、竜の鱗に弾かれ、熱気で蒸発した。


 攻撃を受けたことで、古竜の視線が明確に俺たちを敵と認識した。

 竜が口内に灼熱の奔流を収束させる。


「ひぃっ!? に、逃げるぞ! 走れえぇぇ!!」


 ガーラントが悲鳴を上げ、我先にと出口へ向かって駆け出した。

 取り巻きたちも、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。


 ズシン、ズシン、ズシン!


 背後から、地面を揺るがす重い足音が迫る。

 速い。あまりにも速すぎる。

 古竜の一歩は、人間が走る数十歩分に相当する。


「はぁ、はぁ、くそっ! 追いつかれる! 誰か止めろよ!」


 先頭を走っていたはずのガーラントが、恐怖に顔を歪めて叫ぶ。

 狭い通路だ。誰かが犠牲にならなければ、全員が追いつかれる。

 俺は荷物を捨て、ノワールを抱きかかえて走っていたが、ガーラントのすぐ後ろまで迫っていた。


「おいクラウス、何とかしろ! お前が盾になれ!」

「無理だ! こんな化け物相手に!」


 俺は叫び返した。

 その時、ガーラントが足を滑らせかけ、俺の方を振り返った。

 その目は、極限の恐怖で血走っていた。


「くそっ、死んでたまるか……。なら、こいつだ!」

「は……?」


 ガーラントの手が伸びてきた。

 俺ではなく――俺の腕の中にいた、ノワールへと。


「貸せ!」

「やめ――」


 抵抗する間もなく、ノワールがひったくられた。


「にゃあああああっ!!」

「ノワールッ!!」


 ガーラントは苦しみ叫ぶノワールを、背後に迫るドラゴンめがけて、思い切り放り投げた。


「化け物の餌にはちょうどいいだろう! 食ってる間に逃げるぞ!」

「貴様ああああ!!」


 俺は走る足を止め、踵を返した。

 見殺しになんてできるか。俺はノワールを助けるために、ドラゴンの足元へと駆け戻った。


「ペットと心中か? 泣かせるじゃねえか。おい、あいつら撃て!」


 ガーラントが走りながら冷たく指示を出した。


「へい!」


 逃げながら、取り巻きたちが一斉に魔道具マジックアイテムを俺に向けた。


「死ねよ、雑用係!」


 ドォンッ! ドガァアンッ!!

 背後から、複数の爆発魔法が俺を襲った。

 衝撃と熱。肉が裂け、骨が砕ける音。


「が……はっ……!」


 俺はボロ雑巾のように吹き飛び、地面を転がった。

 手が届かなかった。ノワールが、地面に叩きつけられる音がした。


「あばよ、負け犬!」


 ガーラントたちは高笑いを残し、通路の奥へと消えていった。

 残されたのは、迫りくる絶望だけ。

 俺は、いずった。

 血の海を越えて、ノワールの元へ。

 腕の中で、ノワールが痙攣した。

 俺を見上げる金色の瞳から、光が消えていく。


「……すまない、ノワール」


 俺の喉から、ひび割れた音が漏れた。

 こいつは、俺の唯一の家族だった。

 クソみたいなこの世界で、唯一、俺を裏切らなかった相棒だった。

 それを。

 あいつは。ガーラントは。

 ゴミのように使い捨てた。


 ――許せるわけがない。


 古竜の口が開き、白い光が溢れ出す。

 死が迫る。


 ノワールは、全身の骨が砕けているはずなのに、最後の力を振り絞って俺の手に頭を擦り付けた。


 耳を伏せ、喉の奥でかすかに「ゴロゴロ」と鳴らす。

 まるで、「大丈夫」と言うように。


(……馬鹿な奴だ。お前の方が痛いはずなのに)


 血まみれの毛を撫でると、ノワールは嬉しそうに目を細めた。

 その直後――かすれた「声」が、微かに脳裏に届いた。


『……クラウス……いきて……』


 ……幻聴だろうか。

 いや、違う。これはノワールの最期の想いだ。スキルですらない、魂の叫びだ。

 こいつは、こんな時でも、俺の幸せを願っているのか。


(……ああ、分かった)


 俺の目から、熱い涙が溢れ出した。

 俺たちをゴミのように捨てたあいつらを。

 理不尽なこの世界を、絶対に、許さない。


(俺が生きて――お前の分まで、復讐を果たしてやる)


 業火が俺を飲み込み、激痛と共に意識が永遠の闇へ落ちていくその寸前――どこかで「条件達成」を告げるシステム音が聞こえた気がした。


 それが、俺の最期の記憶となった。

 ――はず、だった。

 

 ……ふと、柔らかな日差しの匂いがした。

 違和感にあたりを探ろうとして、手を動かす。 だが視界に映ったのは、長年の冒険で傷だらけな俺の手ではなく……。


黒い綿毛のかたまりのような、もふもふが動いただけだった。


「……にゃ?」

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