第2話 『回帰と混乱、そしてステータスにゃ』
――熱く、ない?
あの灼熱が、嘘みたいに消えている。
代わりに感じるのは、柔らかな日差しと、干したての布団のような匂い。
(……ここは? 死後の世界か? にしては、身体が重い……いや、軽い?)
ゆっくりと目を開ける。
視界が変だ。
周囲の家具が巨大に見える。天井が果てしなく高い。
「まあ、ヴィルヘルム様! ご覧になって! あの子猫、やっと目を覚ましましたわ!」
聞こえた声に、息が止まりそうになった。
若い頃の母――イザベラ・バウマン。
優しく微笑む姿は、俺の記憶にある病床の姿とは違う。健康的で、美しい。
その隣では、熊のように大柄な男――父、ヴィルヘルム・バウマンが屈託なく笑っている。
(なんで……母さんも父さんも……? もう、この世には……)
混乱した俺の視界に、ふと自分の手が映った。
黒い。
小さい。
柔らかい毛に覆われた――前足だ。
力を入れると、ピンク色の肉球の間から、小さなカギ爪がスッと出る。
(は? 俺の手、これ?)
その時、俺の小さな体がふわりと抱き上げられた。
「やったー! 元気になった! 父様、母様、手伝ってくれてありがとう!」
俺を抱き上げているのは、まだ線の細さが残る、真っ直ぐな灰色の瞳をした少年。
どこか頼りない、けれど希望に満ちた顔。
十四歳の、俺。クラウス・バウマン。
(……は? 俺? 俺が、俺を抱えているんですけど??)
「どうしたんだ、目を真ん丸にして。驚いている顔も可愛いなあ、ノワールは!」
十四歳の俺がそう言って、俺の顔をわしわしと撫でまわす。
(ノワール? ガキの俺が、俺のことをそう呼んだのか?)
混乱する俺をよそに、母さんが優しく微笑みかけた。
「よかったわね、クラウス。森で倒れているのを見つけた時はどうなるかと思ったけれど」
「うむ。お前が三日三晩、必死に看病した甲斐があったな」
父さんの言葉に、俺の思考が再起動する。
森で、見つけた? 必死に、看病?
記憶の彼方にある光景が、鮮やかに蘇る。
雨の日。震える黒猫。俺が初めて「守りたい」と思った小さな命。
(嘘だろ……。これ、俺がノワールを拾ったあの日か!?)
つまり、俺は死んで、十四年前に戻り、あろうことか「ノワール」に転生したってことか?
確かめなければ。俺はチビクラウスの腕から飛び降りた。
着地。スタッ。
完璧なフォームだ。四本足のバランス感覚が凄まじい。
俺はてこてこと壁際の姿見まで歩き、そこに映った自分の姿を見た。
ふわふわの黒毛。大きな金色の目に太くてしなやかなしっぽ。二頭身の愛らしいフォルム。
(……か、可愛い。じゃなくて、俺だ。完全にノワールになってる)
そこにいたのは、未来で俺を庇って死んだノワールが子猫だった時の姿だった。思わず涙がにじむ。
(こんな形とはいえ、また会えたなノワール……ありがとう。だけど……)
絶望が胸をよぎる。この状況はきっと、ノワールが与えてくれた奇跡。だが、こんな無力な体でどうやって復讐を……。
(……待てよ。猫になったということは、種族特性スキルを授かっている可能性がある。未来で俺が扱っていた偵察猫たちも【危機察知】を持っていたはずだ)
(確認してみよう。
眼前に、見慣れたウィンドウが浮かび上がった。
《術者[ノワール(0歳)]のステータス閲覧》
Lv. 1
種族:黒猫(幼体)
【現在職業】
・愛玩動物(適正:A)
【パラメータ】
STR(筋力):2 (E)
VIT(耐久):2 (E)
AGI(敏捷):12 (C)
DEX(器用):8 (B)
INT(魔力):45 (S)
【保有スキル】
・危機察知 Lv.1
・魅了 Lv.0
(職業、愛玩動物かよ!)
俺は心の中で盛大にツッコミを入れた。
三十年間、人間として必死に働いてきた俺の現在の職業が、適性ばっちりの愛玩動物。
がっくりと肩を落としつつ、下のパラメータに視線を戻した。
【パラメータ】
STR(筋力):2 (E)
VIT(耐久):2 (E)
AGI(敏捷):12 (C)
DEX(器用):8 (B)
INT(魔力):45 (S)
(うわぁ……。筋力2……)
スライムでももう少しあるぞ。ドアノブすら回せないじゃないか。
だが、INT(魔力)の才能値が『S』になっているのは、でかい。
(今は誰も魔力の重要さを知らないが……)
数年後に起きる、世界規模の異変。
それ以降、剣だろうが弓だろうが魔力前提の戦いが必要となる。
未来の俺が弱小ギルドに所属していたのも、魔力が致命的に低かったことが原因だ。
(……だからこそ、このINT『S』は希望の光だ。……で、最後のこれはなんだ?)
俺は、一番下のスキル【魅了】に意識を向けた。
『説明:対象へ癒しを与えることに成功した場合、「魅了ゲージ」が蓄積される』
(癒しを与える……? よく分からないスキルだな。だが、これは間違いなくユニークスキル。……使い方次第では、とんでもない武器に化けるかもしれないかもしれない)
【魅了】スキルにさらに深く意識を向けると、ウィンドウの下に新たな情報が表示された。
・現在の魅了ゲージ:
少年クラウス:0%
イザベラ(母):100%(MAX)
ヴィルヘルム(父):80%
(……なるほど。あの人たち、俺のこと大好きだったもんな)
ふと、胸が温かくなる。この数値は、そのまま両親からの愛情の深さだ。未来では守れなかった家族。彼らの愛が、今は俺の力(ゲージ)になっている。
だが、問題はここだ。
少年クラウス:0%
(俺、ゼロかよ!)
拾ってきたばかりで、まだ懐かれていないということか。
だが、スキルを使うにはゲージが必要らしい。Lv.0の現状を打破するには、まずはこいつのゲージを溜めるしかない。
(そのためには、まず最初の癒しの対象が必要だ。……幸い、この家には最高の実験台がいる)
俺は心配そうに見守っている、少年クラウスへと向き直った。
(……よし、まずは『癒し』の一手だ)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます