第7話 意思

「また、この夢か……」


 大昔から一族が受けてきた受難。

 力があるから頼られ、力があるから恐れられた。


 ずっとこの地を治めていた。

 だがやって来た者達は、多勢に無勢。

 人質を取り、火を放ち武器を使う。


 彼等は応戦をするのだが、敵は多勢に無勢。

「おい行くな。やめろ」

 家族を救うために、仲間達は敵の中へ突っ込んで行く。

 混戦となり、慕ってきた民を救う事もままならず、彼等は血の涙を流しながら側近だけを連れて逃げる事になった。


 どこへ行っても、多くの兵をを率いる者達に、土地を追われる。


 肥沃で住みやすい地を離れて、山の中へ。

 獣が居て過酷な所は、誰も来ない。

 そこで落ち着き暮らしていると、また時代が変わり、誰かがやって来る。


 そして追われた。


 だが時には、時の権力者に頼られて立場を得た。

 再び代が替われば、疎まれて追われる。


 そんな事を繰り返す。


 血は混ざり合い、薄くなる。

 だが直系には必ず力が宿り、彼等のもつ歴史が記憶と共に流れ込んでくる。


 それは、呪いとも言える。

 伝承では、彼等を慕う者達を守るため、神に祈りを捧げた。

 そして、その巫女達が子を孕み、力を授かり生まれた子達が彼等の先祖であると言われている。


「仲間を守らねば……」


 彼はその意思を守る。




 ―― だが、守ったはずの誰かが言い始める。

「だれか、呪いでも掛けたんじゃねえか?」

 会社の中で、ひそひそと噂が立ち始める。


「でも、嫌われていた人ばかりだもの。良いんじゃ無い」

 肯定するもの。

「それはそうだけど、逆に意図が感じられて…… 気味が悪いわ」

 否定ではないが、恐怖を感じ始める者。

「誰かがやっているって言うの?」

 そう…… 人は、理解できないものを恐れる。



 その頃森山家では、不肖の娘とはいえ、裕子の死に疑問を持った父親、直次なおつぐが娘の葬儀後に荷物を漁る。

 いままで、半分見捨てていた娘。

 だが彼女が亡くなった後から、妙に気になり始めて、彼は行動を起こす。


 そして、メモと研究ノートを見つけてしまう。

 彼はそれを見て、境界を認めるなどという面倒ごとに、ものぐさな娘が自らが行った理由はこれだと確信をする。


 そしてやめれば良いのに、彼もまた、その地へと出向いてしまう。

 何かに導かれるように……


「確かこの辺りだが、これか」

 小さな橋の手前を、右に折れて入って行く。

 しばらく行くと左手に広場があり、そこから先はもう舗装がされていない。


「人が歩ける分しか、草刈りがされていないのか」

 あの日、警察から連絡があり、出向いたのは麓の病院までだった。

 娘の遺体は、損傷がひどかったのだが、顔だけはなぜか綺麗だった。


 警察も、奇跡的に顔が綺麗だと言っていた。

 鉄砲水に巻き込まれて、小さな谷を流された。

 普通なら、岩などに削られて、無残な物になるとか……


 まあ良い。

「一体何を見つけに行ったのか」

 多分志半ばで失敗をして、谷へでも落ちたのだろうと思っていた。


 地図を見て、方向を決める。

 手前の集落跡から、どう見ても尾根は一つこえなければいけない場所。

「無謀なことを」

 準備をして居る最中、何かをする度に、娘の無謀さがついぼやきのように、口をついて出る。


「行くか」

 彼は、草刈りのできている細い道を歩き始めた。



 ―― 守れ。それが使命だ。

「守らなければ……」

 人を殺す度に、思いが強くなる。

 目に見えた敵は殺した。

 現在の刑法では裁かれることはない。

 調べて安堵する。


 やらなければ……

 それが自分たちの役目。

 彼は、力と共に降ってきた意識に、徐々に飲み込まれていく……


 殺れ。それが定めだ。

 仲間のために……

『殺せ、殺さねば、次に殺されるのは自分たちだ……』

 そんな、一族の呪いとも言える声が、絶えず頭の中で聞こえて、彼は壊れ始める。



「同じ会社の人間が三人?」

「そうですね。年齢はバラバラですが」

「だが、異常はないんだろ?」

 異常というのは外的要因。

 毒殺とかのことである。


「それはそうですが」

「忙しいんだ。偶然に関わっている暇はない」

「はあ」


 京見きょうみ 広樹ひろきは二十八歳。大卒で一類採用である。

 大学三年の時に、特に何になりたいとも思えず、ぷらぷらしていた。

 皆の内定が増える中、その事が原因で付き合っていた彼女と喧嘩となり振られた。


 やる気の無い広樹だが、年に三回も試験がある警察官採用試験を受けたら、通ってしまった。

 そんな彼は、当然の様に勤務希望にも地元勤務を出し続ける。

 一類採用なのに、昇進は望まないという意思表示。

 当然だが疎まれる。



 現代と、江戸時代との大きな違い。

 それは、情報伝達の早さ。

 昔は村を襲ってきた者達が、脅威だと理解された。


 だが、現在では高度に情報化され、スマホなどの端末により瞬時に情報は拡散される……


 彼に脅威だと認識されれば、それは排除する対象へとなってしまう。


「今日のニュースです。区の路上で講演をしていた、××議員が突然倒れ救急車で搬送されたようです」

「本日午後六時頃、○○駅の近くで抗議行動を行った人達が一斉に倒れ始めて、現場は大騒ぎとなっています。彼等は、外国からの侵略があっても手を上げて降参をすれば、平和だと主張をしていた様です。主催者発表は三百人とのことですが、実数は三十人程度のようです」


 世間を騒がしていた、主立った左派関係者が、不審死を開始し始めた。


 それは彼等の主張をする言葉が、彼等の先祖が主張をするものと、真っ向から対立する言葉であったからである。


 長年、奪われ、殺され、追われてきた彼等の記憶。

 それが本当。彼等の語る夢物語が実行されれば、あっと言う間に日本は外国に侵略されて、殺され犯され奪われる。 


 抵抗をしなければ、国そのものが無くなり、消えてしまう。

 平和を享受する凡庸な者達。

 そんな想像力の無い言葉に、無責任で過激な言葉に、彼は反応をしてしまった。

 少し歴史を知れば、事実が書かれているのに、なぜ見ようとしない……



 その力は、近くに居なくとも発揮する。

 こいつらが、敵だと認識さえすれば、その思いが力となって彼等を襲う。



「ぐっ。きっとここだ」

 森山 直次はついに見つけた。

「娘が探していたもの。まさか本当にあるとは……」

 彼は体を、石の隙間にねじ込んでいく。


「これは祭壇か…… 」

 一つ壺が落ちて割れている。

 中には立派な水晶が入っていたようだ。

 持ち上げると、大きさは十五センチくらい。太さ三センチ以上もある六方晶系六角柱状の物だった。

 なんとなく、価値があるかとポケットに突っ込む。


 そしてやめれば良いのに、まだ未開封の壺を開けた……

 壺がそれを望んでいる気がして……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る