始まった異変

第6話 異変

「昨夜は張り切りすぎたな」


 静香はしばらく腰が立たず、今朝方になってから、ふらふらと帰って行った。

「あれは、仕事にならんだろうな」

 なんか盛り上がり、狭いテントを出て、自然の中ではっちゃけてしまった。

 寒いと体から湯気が立つのを初めて見た。

 LEDランタンの明かりに照らされた肢体を見て、かくも美しいとは……


 うむうむと納得をしながら、俺は顔を洗おうとして、河原へ降りて行った。


 河原を見ると、ヨシなのかセイタカアワダチソウなのか、はたまたススキなのか背の高い草が生えていて鬱陶しい。

 詳しくないから、何の草なのかは判らない。

 ちらっと一瞥をして、草が生えていない岩場へと移動。


 岩から岩へと移動をして、川面に突き出す形の岩を発見。

 その上で膝をつき、水面に向かって両手を突き出す。


 当然。水を掬うためだ。


 南側から空が映り込み、流れがなだらかな水面は白く光っていた。

 その世界を、俺が伸ばした両手が壊す。


 伸ばした手により落とした影が、水面を覆っていた光りのベールを払う。


 水面の向こう側。

 水底には、昨日から行方不明になった女。

 確か森山 裕子ゆうこと名乗った女が目を見開き、驚いたように此方を見ていた。

「うわあああぁぁっ!!!」



「―― 彼女は、森山 裕子さんですね」

 伊能さん達が警官に説明をする。


「一昨日には居ましたよね?」

「居ましたっけ?」

 皆が首をひねる。


「一昨昨日には、今日になって道が使えないとか、役所の怠慢よなどと叫んでいましたから、確実に居ました」

「宿の方へ聞いた方が良いのでは?」

「そうですね」

 警察へと説明をする中で、意外と手間取ってしまった。

 何時から居なかったのか、以外と皆覚えていない。


「様子からすると、昨夜てっぽうが出て、巻き込まれた感じですかね」

「てっぽう?」

「ええ。昨夜山の方では、雨が降ったようですので」

「そうなんですね」

 静香の忠告を聞いて正解だった。

 危なく、全裸の男女で発見されるところだった。


 結局、午前中は潰れて、昼から再開。

 穂上家は奥のようで、結局もう一日。

 他の方は仕事があるらしいので、先に済ませてもらった。


 日帰り温泉に行って、食料などを買い込む。

 すぐ下で人が死んでいたのだが、俺はあまり気にはならない。

 だが、流石に川へは降りないようにしていた。


 夜半には、また彼女がやって来る。

「大丈夫だったか?」

 一応聞いてみる。


「だめね。ミスばかり。久しぶりに叱られたわ」

 だろうな。


 だけど、何も無い山の中。

 やることは一つ。

「明日には終わるし、俺は帰るがどうする?」

 その言葉に、何よそれと言う顔で見てくる。


「この年で遠恋はいやね。私も街へ出ようかしら?」

「俺も仕事を探すし、一緒に就職先を探すか?」

 かの女にそう提案すると、わずかだが眉間に皺が入る。

「それも良いけど、専業主婦も良いわね」

 嬉しそうな顔。

 さらっと、とんでもない事を言われた。


「今時、厳しいだろう」

 今のご時世、米代だって馬鹿にならん。


「がんばれ。私は、子育てをするから」

 そう言ってにまにまと……


「えっ? 出来たのか?」

「まだわかんないけれど、年が年だしね」

 そう言って、彼女はわざとらしく自身のお腹をさする。


 どうやら、色々と覚悟を決める必要があるようだ。



 そんな頃、ある会社の中堅管理職が、会社帰りの電車の中で死亡する。なぜか満員の電車の中で暴れ始めたようだ。

 一瞬だけ痴漢だと言う声と、捕まえろと怒声が上がったのだが、様子が違うと皆が気がついた。

 駅について運ばれていったが、その顔色はすでに悪かった。

 死因は、窒息死。


 これが始まりで、連鎖的に変死が広がり始める。



「昨日、課長が亡くなったらしいわよ」

「えっ、誰かに刺されたの?」

 誰かがそう言うと、周りに居た皆が、わかるわぁと言う顔をする。


「ありそうだけど、変死だとか? よく分からないらしいの」

 亡くなった課長は、皆の反応が示すように、残念ながら、あまりいい人では無かった。


 仕事はせず、部下に投げまくる。

 ミスをすれば部下のせい。


 思いっきり仕事は出来ないのに、小言ばかりが多いタイプ。

 小さな権力を笠に着て、パワハラや、モラハラ、セクハラまでのフルコンプ。

 仕事を辞めるか、誰か刺してくれないかと、願っていた人はきっと多いだろう。


 実際に社内では、亡くなった混乱より、安堵の方が多かった。


 だが、それは始まりで、連鎖的に広がっていく。

 


「今度は部長みたいよ」

「えっ、それって、経理の日堂ひどう部長よね?」

「そうそう。良住よしずみ部長は元気そうだったわよ」

「憧れるわ。あの人がお父さんなら、私はもっと良い学校へ通ったわよ」

「ホントに?」

「まあ、ほどほどに……」


 彼女達の雑談はそれで終わったのだが、同じく死因は窒息死。


 人通りの多い繁華街。

 いきなり倒れて、くるしみ始めた。

 目撃者は多数。

 今回も警察としては、事件性はないと考えた。


 だが、三度目が起きる。

 仕事の出来ない係員。


 遅刻はするし、役にもたたない。

 自己都合の退職を勧めたのだが、彼は拒否をした。


 診断書を貰い、会社のせいだと言い始めた。

 だが来ていても仕事がまともに出来ず、何かがあればパワハラだと労働基準局へ飛び込むたちの悪さ。


 昨今は、無視をしてもパワハラだと言われるために扱いに困っていた。

 今日も嬉しそうに、係長に向かいハラスメントの定義を語っていたときにそれは起こった。

「うっ。うがっ……」

 周りを睨み、両手を手当たり次第に伸ばし、助けを求める。

 だが誰も近寄らず、彼がまき散らすよだれから皆が退避をする。


 床に倒れて痙攣をした後、おとなしくなった。


「おい、AED」

「これって、使って良いんですか?」

「じゃあ救急車」

「はい」


 意識消失後、筋肉が緩む。

 床には、彼が漏らしたものが広がり始める。


 結局、救急隊が来るまで、誰も彼に近寄ることはなかった。

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