第15話 新人研修開始! ―新たなる職場―
「それじゃあ、これより新メンバー・くま吉の新人研修を開始しまーす!」
私が元気よく手を挙げると、はーちゃんが苦笑しながらも頷いた。
「採用試験(ボス戦)は合格済みだけど、現場での動きも確認しないとね。ちょうどいい相手もいることだし」
はーちゃんが顎をしゃくった先――草原の少し開けた場所に、黒い影が見えた。
目を凝らすと、三匹の草原ウルフがこちらを睨んでいる。レベルは3。今の私たちなら格好の練習相手だ。
「よし、くま吉の初陣ね。リン、指示を出して!」
「うん! 攻撃だよ、くま吉! コタロウ!」
私の号令と共に、二匹の機獣が飛び出した。
「わん!」
「くま!」
速い。コタロウが銀色の風となって先行する。
けれど、くま吉も負けていない。その巨体からは想像できないほどの瞬発力で、地面を削りながら突進していく。
背中のスラスターが火を吹いているのが見えた。あれ、ブースト機能付き!?
ウルフたちが散開し、コタロウに飛びかかるが――
「させないよ! くま吉、ガード!」
「くま!」
くま吉が滑り込むようにコタロウの前に割って入る。
ガキンッ! という硬質な音。
ウルフの鋭い牙がくま吉の腕に突き刺さるはずが、分厚い装甲に弾かれ――逆にウルフがキャンッ!と悲鳴を上げて、コタロウの前に弾き飛ばされた。
「硬っ! さすが元ボス、防御力お化けね!」
「今だよ、コタロウ!」
「わう!」
転倒し隙だらけになったウルフの首元に、コタロウが噛み付くと、一撃で光の粒子になって霧散した。
「すごいすごい! ナイスコンビネーション!」
思わず両手を叩いた、その時だった。
残っていた二匹のウルフが、こちらを睨みつけながら天に向かって遠吠えを上げた。
「ワオオォォォン!」
低く響く声が、草原の向こうへと伸びていく。
私は思わず肩をすくめた。
「ひっ……な、なんか今の、めっちゃボス戦っぽい演出だったんだけど!?」
「増援呼びフラグね。序盤の雑魚にしてはいやらしいスキル持ってるじゃない」
はーちゃんが冷静に分析する間にも、二匹のウルフは素早く態勢を立て直し――
「きゃっ!?」
なぜか、コタロウとクマ吉をスルーして、一直線に私へと突っ込んできた。
「ちょ、なんでこっち来るの!? 目の前にもっと硬くておいしそうな鉄板ボディがあるでしょ!?」
「リン、完全にヘイト取り切れてないわね……!」
はーちゃんの言葉を聞く間もなく、ウルフの鋭い牙が目前まで迫る。
「わ、わわわわっ――!」
「わうっ!」
その瞬間、コタロウが低く吠えた。
空気がビリッと震えたような気がしたかと思うと、二匹のウルフの頭上に小さく赤いマークがポンッと浮かぶ。
「え、今の……タゲマーク?」
「コタロウがヘイトを一気に引き受けたわね。ナイスサポート!」
ウルフたちの視線が、一斉に私からコタロウへと向き直る。
まるで「親の仇見つけた!」と言わんばかりの勢いで方向転換し、猛スピードでコタロウに噛みついた。
「わうっ!?」
銀色のボディにガブガブと噛み付き、前足でドスドス踏みつけにしている姿は、どう見てもリンチである。
「ちょっ……コタロウ、大丈夫!?」
「数値的には余裕ね。あの防御力なら、そのくらいの攻撃はかすり傷よ」
「かすり傷ってレベルの噛み付き方じゃないんだけど!?」
私がオロオロしていると――。
「……くま?」
前方でウルフを受け止めていたクマ吉が、ふとこちらを振り向いた。
分厚い鉄の手のひらを自分の胸の前でちょいちょいっと上げ下げし、首をかしげる。
……なにその、「やっていい?」みたいなジェスチャー。
「え? なに? クマ吉?」
「くま?」
もう一度、今度は少し真面目な雰囲気で、クマ吉は手を上に掲げる仕草をしてみせる。
それから、ちらりとコタロウを見て、小さく肩をすくめた。
「……これ、まさか」
「ワン!」
コタロウが、まるで「オッケー!」と言うみたいに力強く吠えた。
その瞬間、クマ吉の視覚センサーがギラリと赤く輝く。
「くまぁぁぁぁぁ!」
空に向かって両腕を高々と突き上げると、その掌の間に、赤黒い炎の球がボウッと現れた。
熱気が一気に押し寄せ、草原の空気が歪む。
「ちょっ、ちょっと待って!? ねえ、はーちゃん、あれって――」
「完全にファイヤーボール系の攻撃魔法ね。しかも元ボス仕様のやつよ、絶対威力おかしいでしょこれ!」
炎の塊はどんどん膨れ上がり、人ひとりを丸呑みできそうなサイズにまで肥大化する。
だが、ウルフたちはコタロウに夢中で、まったく気づいていない。
コタロウもコタロウで、なぜかどっしりと構えたまま動こうとしない。
「ちょ、ちょっと待って! クマ吉!? その軌道、どう見ても――」
「くまっ!」
クマ吉は満足げにうなずくと、その巨大な火球をコタロウとウルフの集団めがけて、全力でブン投げた。
「わあああああああああ!? やっぱりそっち投げたああああ!?」
「ほら来たわね、タンクごと焼却戦術!」
直後、轟音と共に爆炎が弾けた。
ドゴォォォォン!!
視界いっぱいに炎の花が咲き、熱風が私たちの髪とローブを激しく揺らす。
数秒後、ようやく炎が収まり、煙の向こうが見えるようになると――。
「……あれ?」
そこには、こんがり焦げて真っ黒になった二匹のウルフが、漫画みたいに炭化した姿で地面に転がり、光の粒子になって霧散する。
HPバーは、きれいさっぱりゼロだ。
一方、その中心にいたはずのコタロウはといえば――。
「わふ♪」
全身ピカピカのまま、しっぽをぶんぶん振っていた。
ダメージ表示も、一切出ていない。
「ノーダメージ!? 今、絶対直撃コースだったよね!?」
「属性耐性かカッチカチな装甲の特殊効果か……どっちにせよ、プレイヤー側にだけ都合のいい仕様ね。運営さん、絶対リンのこと甘やかしてるでしょ」
はーちゃんが呆れ果てた声を出す。
クマ吉はと言えば、「どうだ」と言わんばかりに胸を張っていた。
「す、すごいよクマ吉! コタロウを守りながら敵をまとめて倒しちゃうなんて、超エリートアタッカーだよ!」
「くま〜♪」
頭をなでると、クマ吉は嬉しそうに目を黄色く点滅させた。
完全に褒められて伸びるタイプだ。
「……いや、戦果だけ見れば文句ないんだけどね?」
はーちゃんがこめかみを押さえる。
「味方ごと爆心地に放り込む戦法を、さらっと採用する召喚獣ってどうなのよ……。こんなの、野良PTでやったら即ブラックリスト入りだからね?」
「だ、だって結果オーライだし……!」
「結果オーライで済ませるないの!」
はーちゃんのツッコミが炸裂したその時――。
「……あれ?」
遠くの草むらが、ガサガサと揺れた。
さっきの遠吠えに応えるように、黒い影が二つ、こちらへ向かって走ってくるのが見える。
「うわ、やっぱり増援来た……!」
「草原ウルフが二匹か。さっきの仲間ね。さすがにここで全部片付けておきたいところだわ」
はーちゃんは素早く銃を構えつつ、ちらりと私を見る。
「残りは二匹! リンも攻撃に参加して!」
「えっ、私も!? でも私、STRが1しか……」
「LUK極振りの効果、見せるときよ!」
「う、うん、わかった!」
迫りくる二匹の影。
(二匹同時はまずいよね? 散らして一匹ずつ倒したいけど)
だが、短剣しか持たない私には、遠くを攻撃する手段がない。
怖いけど、近づいて切り掛かるか? いや、それじゃ遅い。どうしようかと焦って視線を落としたその時、草原に転がる丸い石が目に入った。
(これだ!)
私はやけっぱちで、足元に落ちていた石ころを拾って投げつけた。
狙いなんて適当。届くかどうかも怪しいヘロヘロの投石だ。
けれど、『ポスッ』と力なく飛んだ石は、走ってきたウルフの前足――その指先に、吸い込まれるように直撃した。
「キャウンッ!?」
タンスの角に小指をぶつけたような、この世の終わりみたいな悲鳴を上げてウルフがのたうち回る。
その拍子に、隣を走っていたもう一匹のウルフと激突。二匹はもつれ合いながら転がり、その勢いのまま――近くにあった岩場に頭から激突した。
ドゴォォォォン!!
ものすごい音がして、二匹のHPバーが一気にゼロになる。
【クリティカルヒット!】
【クリティカルヒット!】
表示されたダメージ数値は、コタロウの一撃を遥かに超えていた。
「「……」」
沈黙。
私とはーちゃん、そしてコタロウとクマ吉は、光の粒子となって消えていくウルフたちを呆然と見送った。
「……ねえリン」
「な、なに? はーちゃん」
「あんた、もう石ころだけでラスボス倒せるんじゃない?」
「いやいや、まさかぁ〜」
はーちゃんは銃をホルスターにしまいながら、心の底から呆れたような顔をした。
でも、その口元は笑っている。
「ま、退屈はしなさそうね。このカオスなパーティーなら」
「えへへ、でしょ? さあ! いよいよ冒険再開だね! はーちゃん、コタロウ、クマ吉! 一緒にがんばろー!」
「おーう!」「わう!」「くま!」
私たちの声が重なり合う。
夕暮れの草原に、凸凹な四人の影が長く伸びていた。
まるで漫才パーティーみたいだけど――それでも、私の胸はわくわくでいっぱいだった。
……To be continued 『―鋼鉄の忠犬騎士―』
次回予告
焼け落ちる城と爆ぜる鱗の竜、その足元で男と少女が、血に塗れた剣と魔銃を構え、ただ首だけを見据えていた。
誰にも知られぬまま終わったその戦い……すべての物語は、ここから始まった。
次回、『猟犬転生 ―鋼鉄の誓い―』
虚構が軋み、心が吠えたとき、世界は書き換わる。
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