第30話 ハムチュター

 お昼休み、教室。


「はあ……」


 先輩、どうしたんだろう。

 机にダレながら、大きなため息をついている。

 さっきまでは普通だったのに。

 

「う~ん……」

「気分が悪いなら早退しても」

「ハムちゃん」


 ハム?


「はあ、ハムちゃん可愛い……」


 気分が悪いワケではなさそう。


「前に友だちの家に行った時、部屋にハムスターがいたの」

 

 ハムスター。

 飼われているペットか。


「もう本当に可愛かった。あんなにキュートな見た目で、つぶらな瞳でこっちに寄ってきて。餌を必死に食べようとするの。あんなの反則よ」


 ほう。

 

「食べ物を頬いっぱいに詰めたり、回しをカシャカシャして遊んでいる所とか。はあ……見てて凄く癒された」


 そんなに可愛いかったのか。

 奇遇だ。

 僕も先輩を見ると癒される。


「定期的に飼いたくなる。でも残念なことにうちはペット禁止なのよね」

「別にハムスターぐらいなら」 

「母さんがダメだって。そもそも受験でしょうがって、取り合ってくれないの。まったく頭が固いんだから。あなたもそう思うでしょう?」


 正しい判断だと思う。


「大学に受かったらバイトして、絶対ハムちゃんを飼ってやるわ。部屋にハムちゃんをお迎えして、ヒマワリの種をダシに遊んで貰うんだから」


 そんなにハムスターに飢えているのか。

 

「あなたの家はペットは飼ってる?」

「それこそ、うちは昔ハムスターを飼ってた」

「えっ⁉」

「でもすぐに死んじゃって。それ以来、動物は飼わないことにしたらしい」


 姉さんがそう教えてくれた。

 僕もペットにはあまり興味がない。

 犬とか小型でも普通に怖いし。 

 

「そう。はあ……大学まで待てない~!」


 ジタバタする先輩も可愛い。

 



 


 

 ──次の日、お昼休み。

 引き続き教室。

 

「ふう、お腹いっぱいね」


 ごちそうさま。

 姉さんのお弁当、今日も美味しかった。

 帰ったら感想を聞かれるだろうから、考えておかないと。


「それじゃ、おやつの時間ね」

 

 今日はおやつがあるのか。

 おやつがあるなんて珍しい。


「良いことを思いついたから。家から持ってきたの」


 そう言って、先輩が出してきたもの。

 

「これは、なに?」

「ヒマワリの種よ」


 ヒマワリの種。

 なんでそんなものを。

 

「そう不振がらないの。知らない? ヒマワリの種は人間でも食べられるのよ。野球選手は試合中によく食べてるらしいわ」 

 

 野球選手。

 ガムとかじゃなくて?

 それっぽいことを言って騙そうとしていない?


 えっと、ヒマワリの種。

 

 見た目は黒くて平べったい。

 感触はザラザラしていて固い。


 色合いからして苦みがありそう。

 人間が食べていい物には見えないけど。

 これ美味しいのかな。


「殻を取ってから食べるのもあるんだけど、それだと面倒だから。一度口の中に入れて割るのがおすすめね。割るにはコツがいるんだけど」


 これ殻なんだ。

 なるほど。

 まず殻を割ってそれから食べるのか。

 結構めんどくさい。


「こんな感じ。殻については紙コップを用意しているから、そこに捨てなさい」

 

 魚とか手羽先もそうだけど、後が残るのはあんまり好きじゃない。


「はい、あなたの紙コップ」


 文句は言わず食べろってことか。

 

 ヒマワリの種。

 一度口に入れて中で殻を割る。


 こうかな。

 口の中をモゴモゴさせて、

 

 あっ、いけたっぽい。

 さて、お味の方は、


「サクサクしてる」

「そうね。ほんのりと甘い感じがする」


 臭みがないから食べやすい。

 殻の大きさにしては、中身が少ない気もするけど。

 

「この労力が見合わない感じがクセになるわ」

「たしかに。物足りなさがあって、つい手に取ってしまう」


 意外と悪くない。

 暇な時に食べるといいかも。

 ゲームをしながらだと、イライラが和らぐかもしれない。


「一々割る動作が入るから、食べ過ぎないで済みそうね」

 

 家のおやつボックスにこっそり追加してみようかな。

 姉さんは確実にハマるだろうし、あんまり与えすぎないようにしないと。

 家でちょっとしたブームになったり。

 

「はい」

 

 ん? 目の前に種が。


「雪丸、あーん」

 

 先輩、何をやって。


 またいつもの育成?

 口に入れても結局は自分で殻を割らないといけない。

 だから食べさせて貰っても嬉しくない。


「ほらっ、雪丸。あなたの大好物、ヒマワリの種よ」

 

 目の前で種を揺らしてくる。

 別に誘惑されるようなものでもない。

 

 そもそも雪丸ってなに?

 なんで急にあだ名で呼ぶんだ。

 

「珍しい。いつもならすぐ飛びつくのに。病気かしら」

 

 知らない記憶。

 

「美味しい? 雪丸」


 普通。

 ヒマワリの種だし。


「なに、もう一個いるの? そっか~、食い意地悪いんだね~」


 なにこれ。

 食べる手間がさらに増えているんだけど。


「綺麗に食べてえらいでちゅね~。あいたっ、噛まれちゃった……」

 

 嚙んでない。

 勝手に頭を撫でてきたから、その手を払っただけ。

 なにこの、正体を現した感じ。

 

「あーん……」

「フフッ、やっぱりあげなーい」 

 

 むっ。

 

「欲しい? 欲しいの? ならちゃんとおねだりちましょうね~」 

 

 

 ペットの代用にしないでほしい。

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