5. 不安


 時計の秒針音が耳にこびり付く。

 僕は枕を抱き締め、ベットに横になっていた。そして、部屋のあちこちに視線を移し呆然する時間を送っている。


 ……練太郎くんに告白されちゃった。


 それは今から一時間前のこと。


「俺は、墨怜が好きだ」


「え? 練太郎くん、突然どうしたの……? 好きだなんて、やだなぁ照れるなぁ」


 僕は笑って誤魔化すも練太郎くんは真っ直ぐに見つめてくる。彼の顔が僅かに赤く染まっていたのに気付き、これが冗談半分ではないことを察する。


 一応だが聞いておく。


「えっと、その……好きっていうのは、友達でってこと……?」


「それは……言わないといけないか?」


 練太郎くんらしくない答えが返ってきたことに、「あ、えっと」とたじろいでしまう。


 やばい、僕今顔が真っ赤かも。

 だってだって、今までそんな素振りなかったじゃん?!

 しかも、僕のどこを好きになったの?!

 

 恋愛経験ゼロの僕に突然の告白展開は心の準備が必要すぎる。


 しかしそこでも、脳内に巡るのは練太郎くんではなく、猿喰の姿だった。あの綺麗な顔と僕を惑わす態度が焼きつく。

 今目の前で告白をした人が猿喰だったら良かったのになと思う自分もいた。

 

「返事はすぐにはいらない。それに、突然のことに驚いただろう?」


「そ、そんな……ただ、びっくりしちゃって」


 僕は練太郎くんに目を合わせられず下を向く。


「だけど」練太郎が少し大きな声を上げる。


「俺は本気でお前に惚れている。それだけは知って欲しい」


「でも、そんな素振り今まで一度もなかったよね……? いつから好きだったの?」


「……やはり、あまり思いは伝わってなかったか。霧雨の言った通りだったな」


 練太郎くんが何かを呟くのが聞こえた。どうして霧雨くんの名前が出てくるのかが分からなかった。


「練太郎くん?」


「いや、何でもない。でも、今確信した。思いが伝わるにはもう少し大胆に行動して良いとな」


「……え?」


「取り敢えず、荷物の整理と運ぶのはそれで終わりだな。早く下校しよう。お迎えの人が待っているだろう?」


 練太郎くんはそう言って僕が持っている最後の荷物をさり気なく持ち、道場入り口へと向かう。


「施錠するぞ」という声がけに僕は急いで走った。


 そして、時間は今に至る。


「どうしよう。断るべきだよね……?」


 未だに猿喰の顔が頭の中に浮かび上がる。そのせいで、猿喰との会話を疎かにしてしまった。

 猿喰は何とも言ってなかったけれど、きっと不審に思っただろうな。もしかして嫌われたかな?


 考えれば考える程嫌な方向にしか進まず思い悩むしか他なかった。


 そんな中、部屋の扉にノック音が聞こえる。


「墨怜、部屋にいるかい?」


「そ、その声は兄さん?!」


「何だ良かったー。静かだったからいないかと思っちゃったよ」


 どこか嬉しそうに話す鴉兄に僕は内心ドキドキしている。もしかして出迎えなかったことを怒ってるかもしれない。


「入っても良い?」という声に僕は渋々承諾する。


 鍵の回る音と共に兄さんが入ってきた。兄さんはスーツ姿で今帰ってきたばかりのようだ。


「体調はどう?」


「へ、平気だよ。寝れば何とかなるから」


 猿喰たちにはこのことを風邪だと誤魔化しているから余計に罪悪感がある。兄さんの方こそ遠方から帰ってきて疲れているのに。


「ごめん、兄さんのこと出迎えられなくて」


「ううん。気にしないで。それよりも、墨怜の体調が心配だよ。綺人も心配してたし」


「さ、猿喰が?!」


 勢いよく顔を上げれば兄さんに笑われた。兄さんは僕の想いを知っている数少ない内の一人である。


「本当だよ。と言うより綺人はいつも墨怜に過保護だし」


「そ、そうかなぁ? 僕にはそう見えないけれど……。それより兄さんは仕事の方は? 確か、関西の方に行ってたんだよね?」


「うん。実はね、桜庭組の組長と会食をしたんだ」


「桜庭組……?」


「今関西で勢力を上げてきている所なんだけれど。まぁ、関西って言ったら泰泉会と言う所が一番凄いかな。桜庭組はその姉妹組だって思ってもらって構わないよ」


 聞き馴染みのない言葉に理解が追い付かないが、取り敢えず桜庭組は勢力の高い所というのだけは覚えた。


「そこでさ、話が纏ったら墨怜に伝えたいことがあるから少し待っていて欲しいんだ」


「伝えたいこと……?」


「うん」


 兄さんはそう言って柔らかい笑顔を見せる。

その微笑みを見る度、兄さんが井戸口組の組長であることを忘れてしまいそうだった。


「とっても大切な話だよ。でも、墨怜にとって悪い話じゃないから安心してね」


「これは墨怜の将来に関わることだから」そう付け加える兄さんはとても嬉しそうだった。何の話か全く検討付かず頭の中でハテナが浮かぶだけだった。


 兄さんが部屋から出た後、間も無くして猿喰の声が入る。


「坊、俺です。入っても良いですか?」

 

 内心焦りが募っていたが、「い、いいよ」と平然と返せた。部屋に入ってきた猿喰は未だスーツ姿をビシッと着こなしている。

 そして、美人な顔を僅かに歪ませ僕を見つめていた。その表情でさえ、綺麗だと思ってしまった。


「ど、どうしたの? 突然入ってきて……」


「突然でしたら入ってはいけないんですか? 組長は容易く入れているのに」


「いや、そう言うことじゃないよ。てか、組長って言っても兄さんだもん。それより、何かあったの?」


「俺、これから仕事に出かけます」


「仕事……?」熱った顔が一気に青ざめる。


 ヤクザの仕事と言うのは一体何を熟しているのか分からないが、何となく想像は付く。猿喰は仕事を終えた後、顔に血飛沫を付けて帰ってくることが多いからだ。


 その仕事が何を指すのかは知りたくはない。だけど、何となく察してしまった。


 僕の浮かない顔に猿喰は苦笑する。ふいに頬を触れられ、彼の冷たい手が気持ちが良い。同時に恋焦がれの感情が頬にも伝わってきた。


「大丈夫ですよ。必ず戻ってきますから。ですが、今日は暖かくして寝てくださいね」


「絶対だよ?」


「はい。坊のお望みのままに」


 猿喰は僕の頭を撫で、徐々に目を細めた。僕は時々、猿喰はどうして井戸口組(ここ)に来たのか、どうしてヤクザをやっているのか、無性に聞きたくなる。


 しかし、それが猿喰にとって地雷であることは、当のとっくに知っていた。


 次の日。


「おはよーすみちん」


 教室に入ると、霧雨くんが手を振ってくる。まだ、練太郎くんの姿が見当たらず内心安堵してしまった。


 練太郎くんの顔見ると昨日の出来事を思い出しそう。と言うより半分はもう思い出している。霧雨くんには不審がられないようにいつも通りに振る舞わなくては。


「そ、そういえば練太郎くんは……?」


「ん? そういやまだ来とらんなー。寝坊でもしたんちゃう?」


「ま、まさかそんなこと、練太郎くんがする訳ないでしょー」


「……すみちん、れんれんに告られたんやろ?」

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