② 突然の別離

 閃光に目が眩んでからどれほど時が経ったか。


「やってくれンじゃねえかよ……」


 目の奥の痛みにイダはぐっと歯を食いしばり、指で閉じた瞼を揉みながら耳をそばだてる。


 ――呻き声が四つ。小僧どもか。連中は……ちっ、気配がない。当然、洞窟に入ったよな。


 ようやく目を開けられるようになってきたが、視界は真っ白なままだ。


 ――目を眩ませる光。半端な攻撃は無意味と悟って無力化を狙った魔法か。小賢しいね。おそらくは打ち合わせもなく……やりやがる。


 出会ってそれほど時もないだろうに、連中にそれだけの信頼関係が構築されていたとは想像していなかった。


 ――まあ、構うこたねぇ。喰いついたら離さない。それだけのことだ。


「小僧ども。目が戻った奴はいるか?」


 呻き声の中、一人が声を上げる。


「まだだ、もう少しかかる……どうします、姉御?」


「もちろん、追うさ」


 ぱちぱちと目をしばつかせると、イダはうすぼんやりと見える入り口の方へ向かった。


 東側へ通じる洞窟。崩落の程度は知れないが、再び開かねば通れないというならそこで足止めになる。必ず追いつける。


 問題はここが洞窟、魔力のない穴蔵の民の縄張りということ。だからこそ彼らは追いつかれることを理解しながら時を稼いで逃げ込んだ。この中での戦いなら分があると考えているからだ。

 そして、それは当たっていた。


 ――やれやれ。入りたくはねえが、そうも言ってられねえか。


 イダはその場に座り込む。視界が戻るにはもう少し時間が要りそうだ。その間に追跡の算段を付けておくとしよう。


 ――地の利を取られたなら、裏をかかなくっちゃな。


「おい、目が戻ったら、誰か斧持ってこい」


 配下にそう命じると、イダは目を閉じたまま、感覚で手をかざす。

 微かな風の揺らぎ。そこに羽を休めたそれの存在を感じ取り、口元を緩める。


 ――さぁ、頼むぜ、平原の坊や。


「伝えておくれ。全員集合。とね――」



 一方、洞窟の中。

 三人は滑りやすい足元を転ばないように注意しながら、精一杯の速さで駆け下る。


「急げ。できる限り先へ進む」


 後ろのカイが言うと、前を行くコニーは微かに振り返り、声を弾ませる。


「しかし、強い光っていうのはいい考えだったニャ」


「伝わってよかったわ……本当に」


 言葉もなく、目配せも表情の変化も、手での合図もない中で、よくぞこちらの意図が伝わってくれたものだ。


「俺が注意を引きつける間に魔法の準備。なんらかの方法で洞窟へ逃げ込む隙を作れ。この意図が無言でお前に伝わっただけでも奇跡に近い。ツキは俺たちにあるようだ」


「以心伝心を素直に喜べニャ。うちらの絆の勝利ニャ」


「出会って半月程度でなにが絆だ。無駄話をしている場合ではないぞ」


「ったく、素直じゃない弟ニャ」


 ひんやりした空気に満ちた洞窟の中をしばらく歩いて下っていくと、最初こそ狭く暗かったが徐々に明るくなってきた。ケットシィの住処と同じく、光るきのこが群生していたためだ。


 淡い光に照らされた洞窟は、徐々に広く高くなっていく。そこかしこに氷柱が伸びていて、落ちて来やしないかヴィクトリアは冷や冷やしながら歩いた。


 どうやら道はほぼ一本道らしい。木枠で補強してあるが、時折地面が揺れてぱらぱらと小石が足元に落ちてくる。心なしか空気も薄く感じ、それがまた不安を煽った。


「ねえ、カイ……また崩落したりはしない?」


「自然の脅威までは予測のつきようもないから、ないとは言い切れない。先にも言ったがこの付近は地震が多いからな」


「さらりと言うわね……そこはできれば安心させてよ」


 カイは小さく鼻を鳴らして、壁を軽く叩いてみせた。


「この様子を見ると、掘削作業に当たっていた者たちはいい仕事をしている。ある程度の地震までは問題はなさそうだ。これで満足か?」


 穴蔵の民という呼称は伊達ではない、ということか。でも、


「それなら、どうして十七年前に崩落なんてしたの?」


 そして、どうしてそのまま作業を放棄したのか。そもそも、この洞窟はなんのために掘られたのか。ケットシィたちは東側へと至る洞窟を掘って、なにをしたかったのか。


「それにこの先で塞がっているなら、また開けなくちゃならないんじゃない? なら、先へ進んでも結局は――」


 カイはどちらの質問にも答えなかった。無言の圧力を感じ、ヴィクトリアはそれ以上の追及を諦め、黙って走る。


 三人の足音だけが洞窟内に響く。追ってくる足音は今のところ聞こえてこないが、いつ追いつかれるかと思うと気が逸った。


 しばらく進むと、大部屋のような広い空間に出た。天井の方にどこか穴でもあるのか、風の揺らぎを感じる。どうやら掘ったからではなく自然のものらしい。逸話の通りにこの雪山が龍なのだとしたら、まるで胃袋――なんて思えて、つい身震いをする。


 その中を進むと、やがて人一人がようやく通れる程度の、荒削りの穴があった。コニーならともかく、ヴィクトリアやカイは身をかがめつつ出ないと通れないほどの小さな通路だ。

 風はその奥から感じた。


「これって……?」


 ヴィクトリアは浮かんだ考えに身を震わせる。


「もう、繋がってる……?」


 ああ、とカイは淡々と頷き、後ろを振り返った。闇の中に追手の気配はまだなく、すぐにヴィクトリアに向き直る。


「父、アトリが少しずつ掘削を続けていたのだ。ただ、奥に繋がりはしたが整備していないから、いつ天井が崩れるとも分からない」


 カイは壁に手をやり、感慨深げなため息をつく。


「先の問いに手短に問いに答える。十七年前にここを崩落させたのは、俺たちの父だ。この洞窟を先へ掘り始めたのも、こうして再び開いたのも、すべて。本来なら整備し直すまでしたかったようだが、結局、志半ばで寿命になった。三年前だ」 


「そうだったの……だから、あなたたちはここを知っていたのね? すでに繋がっていたことも」


「ああ。もっとも、再び繋がったことを知るのは俺とコニーだけだがな」


 だから急いで中に逃げたのか。オークたちは行き止まりで追いつけると見込んでいるはず。この穴を通るのは難儀するだろうし、このまま逃げ切れるかもしれない。


 だが、ほっと胸を撫で下ろすヴィクトリアに、カイは驚くべき言葉を告げる。


「ここから先はコニーに任せる。俺はここまでだ」


 え、とヴィクトリアは言葉を失った。想像もしていない一言に頭が真っ白になる。


「そんな……ここまでってどういうこと?」


「俺はこの大部屋に残る」


「どうして!?」


 カイは耳をそばだてるような仕草をした。そしてコニーと顔を見合わせ、頷く。ヴィクトリアにはぱらぱらと小石が降る音しか聞こえないが、彼らはそうではないようだ。


「……イダたちニャ。うちらの潜伏を警戒しつつ歩いている様子だから歩みは大分ゆっくりだけど、もうかなり近いニャ」


「ああ。連中を足止めする者が必要だ。お前たちがこの穴を潜り抜けるまで」


「足止めって……相手はイダも含めて五人もいたのよ? このまま三人で進んだって……」


 ヴィクトリアとて分かる。

 自分さえ手狭な道とも言えぬ通路。どうしたって進む速さは落ちるがそれはオークたちも同じ。いや、あの大きさの分、余計なはずだ。


「逃げ切れるわ。稼いだ距離の分、私たちの勝ちよ。そうでしょ?」


 しかし、カイはゆっくりと首を横に振る。


「連中もここを通って東側に着いてしまう。イダが言っていただろう。連中は東に攻め入り、戦争を仕掛ける気なのだ」


 ぐ、とヴィクトリアは言葉に詰まった。

 確かに、ヴィクトリアは逃げ切れるかもしれない。だが、ここを通ってオークたちが東側に来ることは止められない。

 戦争が起きる。再び――


「でも!」


 ヴィクトリアが顔を上げると、カイはため息をつき、焦れたように足で節を刻んだ。


「心配するな。イダも俺たちと本気でやり合う気はないはず。この場でお前にできることはただ一つ。先へ進むことだ。いいから、早く行け」


「でも! あなたがここで足止めをしたとして、その後はどうするの?」


 この洞窟が繋がっていることをイダは知った。もしここで退けたとしても、ヴィクトリアが無事に東側へたどり着いたとしても、彼らはいつでもここを使える。


「もちろん、再び塞ぐ。今度は二度と開かれないくらい徹底的にだ」


 な、とヴィクトリアは言葉を失った。


「そんな! それじゃあ、報酬は――」


 カイの手が伸び、ヴィクトリアの口を塞いだ。彼のマスクが迫り、底の見えない闇のような目の部分のレンズに自分の顔が映り込む。

 泣きそうな表情をしていた。


「問答の時間はない。早く行け。旅立ちの前に言ったはずだ。案内人である俺の指示は絶対だと。ここまで散々無視されてきたが、今度ばかりは絶対に従ってもらう」


 そう言ってカイはヴィクトリアの肩を掴み、無理矢理に前を向かせた。そのまま背中を突き飛ばされ、思わずたたらを踏む。


「お別れだ、ヴィクトリア。幸運を祈る」


「ちょっ――」


 反論しようと振り返ったときには、カイはもう闇の中に消えていた。

 ヴィッキー、と呼ばわれ視線を落とすと、コニーがヴィクトリアの手を握る。


「カイの言う通りニャ。急ごう」


 ぐいっと力強く手を引かれ、ヴィクトリアは戸惑いながらも屈み込んだ。


「カイ……」


 そういえば、いつ頃からか彼は「呼び捨てるな」と指摘しなくなっていた。そんな小さな変化に今さらになって気がついて、急に胸が締め付けられるような気持ちになる。


 ――カイ。こんな急に、こんなところでお別れなんて……


 もう一度だけ振り返るが、闇の中からカイが答えを返すことはなかった。

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