第26話 映画館でも、とろけるほど甘い(4)

 甘衣あまいさんは、山田と一緒にスマホを取り出し、何やら操作をしてからすぐに映画館内の売店へと消えて行った。


 おそらく、連絡先の交換をしていたのだと思った。さっき山田が『甘衣あまいの連絡先持ってる人いる?』と聞いて来たのは、はぐれた時の連絡手段の確保のためだったのか。


 山田は、こういう気の利くことをさらっとやってのける。僕みたいな人間には到底真似できない芸当だ。


 しかし、ただの連絡先交換だと分かったら、何だか気分が軽くなった。そうだよな、二人で秘密の話でもしてるわけじゃあるまいし……


 

 

 ―――いや、待てよ。秘密の話?



 そういや僕は、甘衣あまいさんの連絡先を持ってない……




 そして、山田は甘衣あまいさんの連絡先を手に入れた……


 つまり―――今日が終わったら、二人は『今日の映画楽しかったね〜また行こうね〜!』とか『次はいつ行こうか』みたいな会話を、僕らに秘密でするのかも……


 しかも、もしかしたら会話が弾んで、好きな映画が同じだったりして、二人きりで映画デートに行ったりして……


 そして距離が近づいた二人は……



「お、おい成瀬なるせ……大丈夫か? 目が血走ってるぞ」


「な、成瀬なるせ君? 大丈夫かしら、動かなくなったわ……まるでストーンヘンジのごとし」



 河北と鏡さんは僕のことをめちゃくちゃ心配した。





***





 あの後、甘衣あまいさんは買い物を済ませて戻ってきて、僕らと一緒に列へ並んだ。


 しかし、八人で並んでいる最後尾にいる僕とは対照的に、甘衣あまいさんは最前列にいる。いつもは何とも思わないはずのその2メートルが、やけに遠く感じられた。


 その右手には、小さめの紙袋が握られている。連絡先を交換した後に向かった売店で購入した何かかもしれない。


 僕の『曇りのちどんより』みたいな心持ちとは裏腹に、男子三人はすんごいウキウキしている。それ以上感情を表に出すと多分女子たちに作戦がバレるレベルで、うかうかしている。


 それもそのはず。早坂の細工済みチケットがあるのだ。早坂は『適当に回すぞ〜適当にな。いたって無作為にな』と強調し、自らのこなすべき仕事(男子とその好きな人を隣どうしの席にする)をやってのけた……らしい。


 渡す時に、やや手元が震えていたのが気になるところではあったが。


 だが、それは僕にはあまり関係のないことだ。べ、別に甘衣あまいさんの隣に誰が座ろうと、甘衣あまいさんの隣がさっき仲良さそうに話していた山田になろうと、僕には関係のないことだ。



 ―――列に並び始めてから20分ほど。ついにスクリーンへと入ることができた。僕らのスクリーンは9番で、出入り口からは最も遠い位置にある場所だった。


 スクリーンには、既にたくさんの人が着席していたり、席を探して彷徨さまよっていたりしていた。ここにいる全員が、非日常を求めて今日この時間帯を選んだのか……と考えると何だか面白い気持ちになってくる。


 河北かわきたの持っているキャラメル味バケツポップコーンの香りが、僕の鼻をくすぐる。香りが。


 僕らの席は、スクリーンのやや後ろの右端だ。そこに八人詰めて座るらしい。


 その位置からスクリーンを眺める。するとそこは遠くもなく、また近くて目に悪いわけでもない絶妙な席取りだと気づいた。やるな早坂よ。


 あとは、早坂はやさかの配ったチケットが、思惑おもわく通りに配られていれば男子三人の考え通りということになる。


 三人は、僕を差し置いて小声をもって話し合いをしているようだ。耳を澄ますと、かろうじて内容が聞こえてくる。



「おい早坂はやさかっ。お前ちゃんとこなしたんだろうな?」


「失敗は許されないよ早坂はやさか。君にたくした僕たちがばかみたいじゃないか」



 河北かわきたと山田が、早坂はやさかへひそひそと話している。それに対して、自信満々の早坂はやさかが一蹴。



「俺を誰だと思ってんだ。大富豪のイカサマにおけるプロだぞ」



 何してんだ早坂はやさか。大富豪でイカサマするんじゃないよ。


 もしかすると、こんなことに真剣になる三人はばかなのかもしれないと思った。

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