第25話 映画館でも、とろけるほど甘い(3)

「じゃあ、チケット配るぞっ! 皆早く! 急がないと!」


 八枚の事前予約チケットを手にした早坂はやさかは、妙に元気が良かった。映画館の薄暗いロビーの隅っこで、八人が円になってチケットを受け取っていく。


 いつもは気だるそうな早坂はやさか


 ここまでしゃきっとしている理由は、間違いなく『大好きなひがしさん』の隣でホラー映画を見ることができるからであろう。ひがしさんが映画の演出に驚き、自分に抱きついてくれるとでも思っているのである。


 細工したチケットを、上手いこと全員に配っていくその意気揚々とした背中は、どこか嬉しそうで気持ち悪かった(かなり)。



 僕たちが見るホラー映画『パニック・オブ・日本庭園の謎』は、どうやら今期の映画ランキング第一位の実績を誇っているようだった。


 それを示すように、すでに映画の上演を待つ客たちが長い列を作っている。


 この様子からして、早いところ並んでおかないとスムーズに入場することができなくなってしまうだろう。僕がそのことを皆に伝えようとしていると、吹奏楽部の和御なごみさんがこう切り出した。



「席自体は確保できてるけど、この人の多さだと入場に時間がかかりそうだよ? こんなとこでだべっててだいじょーぶかな」



 僕と同じ思考だったようで、和御なごみさんが他二人の女子へ目配せした。


 それを聞いた彼女たちは『そうよね』『わ、そうだね……あ、その前にわたし売店にもう一回行ってくる』と、それぞれの反応を示している。後者は甘衣さんだ。


 甘衣あまいさんの言葉を聞いた他の四人は『じゃあ俺たち先並んどくわ』『順番近づいたら、甘衣あまいに連絡入れるぜ』と言いながら、長蛇の列へ向かおうとしている。


 僕も特に用はないので、他の四人と一緒に列へ向かうことにした。


 甘衣あまいさんが『じゃ、またあとで』と言い残して、人混みへと消えようとしたその時、イケメンメガネの山田が甘衣あまいさんを引き止めた。


 小走りで10メートル先にいる甘衣さんのもとへと向かった山田は、少し落ちたメガネを手で直してから、甘衣あまいさんと何やら話しているようだ。


 しかし、映画館ロビーでの騒音の影響で、互いの声が聞こえないらしい。


 何度か小首を傾げて『なーに?』というジェスチャーをしていた甘衣あまいさんが、山田の口元へその赤い耳を近づけた。


 二人がかなり近い距離で話している時間は、およそ10秒ほどだったが、どうしてか僕の胸はちくりとしたのだった。


 ……今日は、まだ甘衣あまいさんと話していない。それどころか、目も合っていないような気がする。


 いや、だから何だと言うのか。僕が甘衣あまいさんと話していないから何だと言うんだい。


 先日、風邪をひいた甘衣あまいさんの家へ配布プリントを届け、妹の澄乃すのちゃんによって、ちょっと良い感じになってしまったから何だと言うんだ思い上がるな成瀬なるせ かえで


 僕の狼狽などいざ知らず、早坂はやさかたちが『行くぜ成瀬なるせ〜』と数メートル先で呼びかけて来る。


 

 ……なんか足が重たいよぅ。いつもは、こんなこと無いのに。山田と甘衣あまいさんがちょっとした話をしているだけなのに。何か辛いよぅ。

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