第4話 -BATTLE OF NOBLE- 改造超人vs上流魔術師1
放課後の実技訓練場は、異様な熱気を放っていた。
本来であれば、複数人の生徒が日々訓練に励んでいるのだが今日ばかりは違う。
観客席には生徒が犇めき、購買部の売り子や、賭け事を行う者までいる。
対象は生徒会長の宗像アスタ。
対抗馬は謎の転校生……物部ギルコである。
現在のオッズは9対1であり、当然ながらアスタが優勢であった。
実力は当然、その耽美なルックスも相まって女子生徒の人気は固く、ぽっと出の馬の骨にヒナギクを奪われた男子生徒の怨嗟は、想像以上の票となっている。
ギルコへの票は、ギャンブル好きに一発逆転狙い、面白がって入れるロクデナシ共。
そして暁月ヒナギクだった。
「普段からこんな感じなのか?企業の金持ちが通う割には、お行儀が悪ぃね」
待機室にまで届く歓声を耳にしたギルコは、呆れた様に言った。この様子だとスラム街にある裏格闘技場と大差は無い。
「暗黒金持ちは娯楽に飢えてるの。だから
ヒナギクは面白がる様にそう言った。
ギルコは一番の暗黒金持ちが何を言うのかと甚だ疑問に思った。
だが何時の時代も『戦い』は最大の娯楽であり、人の満たされる何かを満たすものである。
それは身体を張るギルコ本人が1番理解していた。
「だとしたらマッチアップが下手くそだ。プロモーターは総スカンだぜ?」
「でもギルコくんが勝てば大成功。賭け事ってそういうものでしょ?」
「俺は依頼を受けただけだ。賭けの対象はゴメンだね」
ヒナギクは苦笑しながら、立ち上がり戦いの場を見据えるギルコに駆け寄り、白く刃の無い抜き身の刀を手渡した。
「これが魔術師が使う武器、
ギルコはそれを受け取ると、柄を掴み、2、3回降りぬいた。
「違和感はあるが……まぁ競技用と考えれば仕方ねぇか」
「ヒュー!実戦派は言うことが違うね」
「斬れねぇ刃物じゃ生き残れないもんでな」
ギルコの言葉に、ヒナギクは彼の過去を想像する。
事実、彼女の見たスラム街は危険に満ちており、隔離された自分たちが如何に安全に生活出来ているかを思い知らされていた。
だからこそ、野生を持つギルコが彼女には必要であり、ヒナギク自身もまた、安泰という檻を破らねばならないと感じる。
今日がその1歩目であることに、改めてヒナギクは覚悟を決める。
「ギルコくん。行くよ」
ヒナギクは握った拳を開き、その柔らかく繊細な手を、ギルコの固く骨ばった背中に押し当て唱えた。
「《魔術公式46・
ギルコの肉体は一瞬にして血液から骨までが創り変わる。その機械化された右腕を除いて。
右腕は生体信号を瞬間的に失うものの、直ぐに主を見つけ、満足気に認証音を発した。
「効果時間は1時間。使える魔術は魔術公式30のみ。改造超人は使用禁止。……ぶちかませよ、ギルコくん!!」
「任されたぜ。お嬢様」
ギルコはヒナギクに振り向かず大歓声の会場へ足を運ぶ。ヒナギクはそんな彼の背に親指を立て笑顔で見送った。
――――会場のボルテージは最高潮に達している。
ここぞとばかりにMCが声を上げた。
『レディース&ジェントルメーン!!お待たせしましたァ!此度の決闘の始まりだァァァ!!』
その声に呼応し、生徒達も稲妻の様に一際大きな歓声を上げる。
MCはレスポンスの良さを満足気に眺めると、遂に求められる戦士たちを誘った。
『まずはこの男ォ!魔導具はレイピア!容姿端麗、眉目秀麗。操る魔術は不倶戴天の極地……【
黄色い歓声を浴びながらアスタは堂々と入場する。その顔色は自信満々で、周囲からの待望の眼差しに心地好さを感じている。
そしてアスタは確信した。
これが己の不変の姿であると。
数時間前の出来事は偶然であり、更に言えばわざと隙を見せたのだと。
アスタは内心傷ついているプライドを癒すように、自身の名を呼ぶ声援を浴びてステージに立った。
『対するは暁月ヒナギクの自称恋人ォ!!魔術武具はブレード。【転校生】物部ギルコォォォ!!』
その名を聞くや否や、会場からはありえない数のブーイングの雨霰が飛び交った。
ギルコは慣れたもんだと観客に中指を突き立てる。その姿は余計に反感を買い、オッズ通りの圧倒的アウェーに観客を染めている。
ギルコもまたステージに上がると、アスタは下卑た笑いを浮かべ彼に話しかけた。
「随分と嫌われてるじゃないか、えぇ?物部ギルコォ。僕は優しいからね。懺悔の時間をくれてやろう。なんなら、今この場で土下座をすれば全部無かったことにしてやるよ」
アスタは地面を指しながら、周囲のブーイングを盾に力を誇示する。
「オイオイ、ヒールは俺の役割だろ?オーディエンスの期待にも応えらんねぇのか。……それもそうか。温室育ちは吸う空気が違うんだ。そりゃ読めねぇよな、汚ったねぇ空気は」
ギルコは首を絞めるジェスチャーを負けじと投げかける。
アスタの顳かみにより一層深く血管が浮かび上がった。
「……読む必要が無いんだよ。気を使うべきは僕じゃなく、周囲の馬鹿どもだ!!」
「ハハッ!
その言葉を皮切りに、両者は武器を構える。
つまり雌雄を決する時は来たのだ。
張り詰めた空気が爆発するその瞬間、MCは時を逃さず告げた。
『No escape……Let's beat enemy!!』
逃げ場など無い。汝の怨敵を打ちのめせ。
架せられた言葉を合図に、両者は走り出した。
「観客には悪いが……勝負は一瞬だぜ!」
始めに仕掛けたのはギルコだった。
実戦慣れし故の先手必勝。
脚力のみで間合いを詰め、アスタの頭部目掛けてブレードを大きく振り下ろす。
「あ?」
しかし、その切っ先にアスタの存在は無かった。
骨も肉も断ちきるつもりで放った一撃は、虚空を裂いていたのだ。
唯一手に残る感触は違和感のみ。
それは『消えた』のではなく『捉えられなかった』。
そして『在った』のに『無くなった』。
ギルコは違和感に解を導き出す。
「液体人間……水魔術か」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、周囲の空気は結露し水へと変わる。そして瞬く間にアスタの姿を形成した。
「《魔術公式10・
「いやな?ヒナギクに聞いた話より、ちゃんとまともな液体で驚いただけさ。今度テメェの身体でカップ麺でも作らせてくれや」
「何処までもふざけやがってッ!!」
先程とは打って代わり、アスタが攻撃を仕掛ける。
液状化した肉体は、荒れ狂う川の様に激しく美しい突きで攻撃する。
人のままでは絶対に不可能な手数に、ギルコは強制的に受け身になるしかなかった。
「手も足も出んだろうっ!?これが宗像流!素直に負けを認めたまえッ!!」
故にアスタは攻めあぐねた。
変幻自在の刺突をすんでのところで受け止めるギルコの反射神経は神がかっていた。
それはアスタが排してきた有象無象とは明らかに一線を画している。
ままならない状況にアスタは苛立ちのままに攻撃を繰り出す。
それこそがギルコの好機へと繋がった。
「お転婆剣術はもう見飽きたぜ」
先程までブレードを使い凌いでいたギルコは、遂にその身1つで突きを回避する。
これは当然反射神経では無い。
明確な読み勝ち。
導き出される次手は、余裕すら見える反撃だった。
「ブツ斬るぜ」
刹那一閃。それは流体のアスタを真っ二つに両断する一撃だった。
飛び散る飛沫は血液では無く水。
無論ブレードに刃は無く、対象は液体であり、痛みも伴う事は無い。
「うぎゃぁぁぁぁ!痛ァァァァァい!!斬られ……斬られ……斬られて、ない……!?」
されど殺し合いを知らないアスタにとってその一撃は、実を凌駕する虚の錯覚を覚えせた。
彼の体験は以下の通り。
1、背中の皮膚に瞬く間に鋭い刃が食い込む。
2、痛みを自覚すると同時に、脊柱が傷一つ無い美しい断面を見せつける。
3、刃は
4、そして絶命する。
つまり、死の感覚を直接脳に流し込まれたのである。
それは殺し合いが日常の延長線上にあるギルコだからこそできる芸当であり、相手がアスタという平穏の中で暮らす人間だからこそ成立したのだ。
「勘弁してくれよ。テメェは水なんだろ?だったら痛くも痒くもないだろーが。そんなに怖かったか?」
「フーッ……フーッ……!!きききき、貴様、どんな魔術を使った……!?」
「魔術って……ただいつも通り斬っただけだ。そもそも決闘で殺しはNGだろ。気でも狂ったか?」
気が付けばアスタの肉体は元に戻っており、ガクガクと膝を震わせ立ち上がった。
まるで生まれたての子鹿の様で、股の中心には大きな染みを作っている。
その情けない姿に、流石のギルコも少しばかりの罪悪感を覚えた。
「あー……宗像アスタ。負けを認めるか?別に恥じゃないぜ」
「ふ、ふ、ふ……ふざけるなァ!この僕が、負けを認めるだと!?宗像の男として絶対にありえる訳ないだろぉっ!!」
アスタは手に持つレイピアの柄で、震える膝を力強く殴りつける。
それは痛みを持つが、アスタにとってその痛みが生きている証拠であり、恐怖心を麻痺させるには良い薬となった。
荒い呼吸を吐きながらも、アスタはレイピアを構える。
その目は未だ闘志を失ってはいない。
「へー、お前かっこいいよ」
「抜かせっ!《魔術公式11・
アスタの両隣に水泡が2つ浮かび上がる。
それはまるで瞳の様な形をしており、視線はギルコに照準を合わせた。
そして高出力の水弾を放った。
「まじでなんでもありかよっ!?」
ギルコは身の危険を感じなんとか避ける。
先程まで彼が居た場所はえぐり取られており、水圧の凄まじさを物語っていた。
その威力は決闘の範疇を超えていることは明らかであった。
「当たれっ!当たれよぅ!!」
水圧レーザーによる面の攻撃に加え、狂った様に刺突を繰り返す点の攻撃。
結果、増えた手数はギルコの攻め入る隙を奪っていた。
決闘の定められたルールを破ってもなお、アスタはその手を緩めようとしない。
その理由は明白で、先程の死の恐怖がアスタの生存本能を刺激したためであった。
優秀な魔術師であっても精神が暴走すれば、魔術もそれに左右される。制度というネジは緩み、出力という歯車は歪んでしまう。
結果、濁流さながらに溢れる魔術は、誰彼構わず不条理に牙を向き、意図も容易く命を刈り取るのだ。
無論術者の限界を迎えるまで。
「宗像の魔術師……と言っても、やっぱ心は別か。うん、私の考えに間違いなし。やっぱギルコくんを選んで正解だったよ」
生徒の歓声が畏怖の空気に変わりつつある中、ヒナギクは独り言ちる。
「ギルコくん、怪異は手馴れてるみたいだけど、魔術師はどうなんだろう。まぁ、ここで死なれても役不足だし。手助けはいらないか」
不思議なことに彼女は、一切の心配をギルコにしていなかった。
その姿は、ギルコと接している時の暖かみを感じさせない。それは追い詰められた動物の末路を観察する神の如き無常さを有していた。
まさに冷静で冷酷で平等。
ヒナギクは自身の手を、眼の先に掲げる。
視線の先では、彼女の手を舞台に2人の男が戦いという
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