チューニング×ビヨンド!!〜改造超人vs魔術令嬢〜

415(アズマジュウゴ)

プロローグ

-BEGINNING- プロローグ1

 夜の不安をかき消すように、歓楽街をネオンは煌々と照らしていた。

 濃い化粧を施し、蠱惑的に着飾った女たちは、千鳥足の男たちの心を暖め、懐を冷ます。

 その光景は、喧騒と明るさこそあれど、本質は先の見えない何かから逃れるべく思い立った、人類の抗いの一幕だった。

 けれど1歩でも路地裏に足を踏み入れれば、そこに静寂は無い。いくら文明が発展したとて、夜はやはり人の手に余る万象の1つであり、抵抗は虚しさを点と線で繋いだ。

 

 ――だからこそ必然的に生まれたのだろう。夜を好む者は。

 

「怪異特定。西洋鬼オーガ。最近多いンだよな。外国人……いや、外国怪異」

 

「何者だ……?」


 路地裏には夜を好む者が2人いた。

 1人は、パーカーに学生服を羽織った細身の170cmの男。路地裏の先から漏れる光で、真っ黒な髪は時折ネオンカラーを写し出す。

 もう1人は、白い肌に200cmを超える筋骨隆々の体躯を持つ男。特徴的な青い瞳は、目の前の小さな男を捉えて離さない。


「ギルコ……物部もののべギルコ。アンタの執行人だ」


 黒髪の男はギルコと名乗り、自身を執行人と称した。西洋鬼は理解していない様子で、ジロジロとギルコを品定めする。

 向かい合う対照的なシルエットは、互いの目線から逃れることはしない。

 一瞬の緊張の後、西洋鬼と呼ばれた筋骨隆々の男は大きな声で笑いだした。


「ガッハッハッ!!チビ助、今なら見逃してやれるぞ?家に帰ってママンの乳でも吸ってな!!」

 

「だーれがチビスケじゃ!!アンタがでかいだけだろうが。それにな、アンタの行為を見逃す訳には行かない」


 ギルコは笑い続ける西洋鬼を無視し、スマートフォンに映る情報を読み上げた。


「西洋鬼モーガン・バルク。日本への密入国者。だがその実体は怪異であり、人間の血肉を食らう者……」

 

「オマエたち日本人の肉は最高だったよ。血はワインの様に豊潤で、肉は口溶けが良く食べやすい。素晴らしいマリアージュだ」


 ギルコはギラリと目を光らせ睨みつけた。その瞳は、モーガンの笑い声を一瞬にして黙らせる。


「テメェ、誰彼構わず食っただろ。特に好んでんのは……だ」

 

「……なんの事やら」

 

「しらばっくれんな。昨日、氷雨ひさめ組が運営する児童養護施設が襲撃を受けた。現場は目も当てられ無い酷い有様だ。辛うじて生きてた女先生が、テメェの悪行を見逃さなかったんだよ!!」

 

「あー、彼処か。勘弁してくれよ?あの女は不味かったから片足だけしか喉に入らなかったんだ。日本じゃ、食べ物を残すのはマナー違反だったかな?オーノー、許してージャパニーズヤクザァ〜!!」


 モーガンは芝居がかりながら、うるうると目を滲ませる。だが、その口元はニタニタと下卑た笑いを浮かべ、涎を垂らしていた。

 大方、子供の肉の味でも思い出しているのだろう。

 ギルコは、胸糞悪さに思わず苦い顔をして唇を噛み締める。それは彼が冷静さを欠かないための精一杯の我慢だった。

 

「今回の依頼は氷雨組の組長さん直々だ。テメーの処遇は任せるってな。死んだ人間のために指まで詰めた。嫌なもん見せやがって」

 

「日本人の責任感には涙が止まらないよ。無駄なことばかりするその姿にも」


 モーガンは大きく唸り始めると、体がミシミシと音を立て、一回り大きくなる。そしてその額には2本の大きな角が隆起した。

 大きく鼻を鳴らし、今にも飛び掛りそうな攻撃的な姿を、黒髪の男は冷徹に見据えた。


「ならなぁ!こっちも仕事させてもらうぜ……!!」


 ギルコは右手のグローブを外す。驚くことに、彼の右手の甲には、緑色の玉が埋め込まれていた。

 それは発光し、眩い緑色の光とともに、ギルコの腕は機械的な音を立て変形し始めた。

 そして発光が収まると、ギルコの肘から手首にかけてが、異形の姿へと変貌を遂げていたのだ。


改造超人チューニング・ビヨンド……《フツヌシ・ブレヱド》」


 それは一振の刀だった。

 否、厳密に言えば日本刀によく似ている武器であった。

 機械的かつ、刀身の身幅は妙に広い。

 何よりも特徴的な部位は、鍔の代わりに緑色の宝玉が埋め込まれていること。それは本来のギルコの右手部分と一致していた。

 フツヌシ・ブレヱドと称された剣の切っ先は、鈍い光沢放ち、モーガンに狙い定めていた。


「ミスター・サイバーブシドー!?」

 

「答える義理は無ェ!鬼殺しは刀って決まってんだよ!平安時代からなァ!!」


 モーガンはギルコの腕を不思議がるも、力任せの突進を繰り出した。

 ギルコはその攻撃をひらりと華麗に躱す。

 直後、破壊音と共に、彼の背にあった壁は、大きく窪んでいた。その様はモーガンの怪力を物語る。


「ヨシツネ……!!」

 

「テメェ如きが弁慶なんぞ、荷が重いッ!ここで俺が切るッ!!」


 モーガンはニヤリと笑うとギルコ目掛けて拳の乱打を繰り出す。その行動はギルコにとって少しばかりの予想外だった。

 それは技術の介入。闇雲な攻撃ではなく、死角を埋める的確な打撃。

 ギルコはフツヌシ・ブレヱドの刃で受け流すも、その勢いは止まらない。


「オイオイ!さすが西洋鬼ってか!?拳が刀身にめり込んでるってのに……痛くねぇのかよっ!!」

 

「人如きが、怪異に勝とうだなんて……!サイバーブシドー破れたりっ!!」


 怪異という存在は伊達では無い。人を超える力を持つ、故に常識を逸脱し、異常を当たり前の如く振り撒く。

 ギルコの背には袋小路。これ以上の逃げ場は無かった。

 モーガンの振り撒く異常は、今まさに、ギルコの首を締め上げていた。


「これで終わりだ」


 モーガンは幕引きと言わんばかりに渾身の一撃をギルコに叩き込んだ。

 臓物を撒き散らし、ギルコの肉体は弾け飛んだ。


「誰が終わりだって?」


 ――そのはずだった。

 だがしかし、現実はギルコの存在を肯定していた。

 拳を振り下ろしたモーガンの後ろには事実、物部ギルコその人が立っていたのだ。

 それどころかモーガンの右腕は、焼け焦げた匂いを発し、肘から下が無くなっている。

 モーガンがそれに気付いた瞬間、脂汗ともに痛みが彼を襲った。低い声で呻き、のたうち回りながら、モーガンは思考を巡らせた。


「どんなを……!?」

 

「マジック?……はは、そーだな、そんなもんだよな。初めて見たらそうなるよな」


 ギルコは刃に付着する焦げた肉片を払い、未だ困惑した顔のモーガンに向き直った。


「《魔術公式スペルコマンド30・稲妻よ、速く鋭く走れザ・レールガン》。……魔法による高速移動だよ。魔術は気に食わねーが、なるほどな。大枚はたく理由はあるわなぁ」


 ギルコの鼻からは一筋の血液が垂れる。

 雷の速度での移動。血流は肉体の負荷への現れだった。

 彼はそれを雑に拭い、自嘲気味に笑った。


「テメーの憶測もあながち間違っちゃいないぜ?種も仕掛けも無い本物のマジックだ。地獄の沙汰も金次第。魔術の有無も金次第だ。金さえあれば種も仕掛けも無い本当の魔術マジックが使えちまうなんてよ。……なんだよ怪異が素っ頓狂な顔して。俺の腕には興奮してた癖に」


 ギルコの言葉にモーガンはハッと息を飲む。本来圧倒的な力を持つ怪異の自分が、一瞬でも手玉に取られたのはなぜなのか。

 そして魔術という存在。それは怪異にとって、捕食者の前に現れた捕食者。食物連鎖の頂点が脅かされた事実に、モーガンの脳理解を拒んでいたのだ。


「あぁ、そうか。そりゃ魔術の方が驚くよなァ。テメーら、西はよう。なら親切な俺が教えてやるよ」


 ギルコはニヤリと笑い言葉を紡ぐ。


「ここは、【異法都市露希いほうとしあらわき】。かつての《人怪大戦》で滅びかけ、今や日本国にも見捨てられた超危険特区。魔術に怪異なんでもござれの大盤振る舞い。この世の摩訶不思議が集まる街だぜ」


 その言葉にモーガンの記憶は、過去に感じたほんのささいな違和感を捉えた。

 密入国を手引きした仲間の渋い顔。口酸っぱく言われた、手当り次第の捕食への忠告。

 養護施設でなぶり殺した女の目。それは、恐怖では無く、立ち向かう意志を宿していた。

 そして何よりも彼を震え上がらせた言葉は、『人怪大戦』。数多の人が死に、数多の怪異が死んだ現代の戦。

 都市が滅んだとは聞いたものの、まさか、それがこの場所だったとは。

 モーガンは思わずその口元を、唯一残った左手で覆う。


「その様子、この街がどーいう所かやっと分かったようだな。テメーら怪異なんざ日常茶飯事なんだよ。だから怪異対策がある。だから魔術がある。だからテメーは殺される」


 ギルコはフツヌシ・ブレヱドの刀身に指を這わせた。


「ブツ斬るぜ……!!」


 ギルコの殺意を孕んだ言葉に、モーガンは己の立場を理解した。

 少なからず西洋鬼と対等の力を得た人間がこの街にはいる。

 それは殺される可能性が少なからず産まれたということ。

 手持ち無沙汰に、粗暴に、雑に食らってきた人々こそ、モーガンの運命を決めた鎖だったのだ。


「ウオアァァァァァ!!」


 モーガンは全身をさらにバルクアップさせ、ギルコに殴りかかった。肉体は蒸気を発し、尋常では無いエネルギー量を放っていた。

 混乱と死の匂いにより、技術を捨てた怪異の攻撃はまさに一撃必殺だった。


「さっきの魔術は安物の海賊品。質も悪ぃし、1回こっきりでインストールしたデータも焼け焦げちまった」


 モーガンには聞く耳がもはや無かった。敵の言葉を脳が拒む。


「身体はろくに動かねーし、頭はぐわんぐわん揺れてやがる」

 

 現れた明確な危険を全力で排除するため、残された腕を叩きつける。たったそれだけで恐怖から逃れられるのだから。


「でもテメーを殺せるから儲けもんだよなァァァッ!!」


 ギルコはフツヌシ・ブレヱドを居合抜きの要領で構え、大きく叫んだ。


「ぅおりゃあァッ!!」


 それはとてもシンプルであった。刀身を下から上へ切り上げる逆袈裟切り。

 そこに技術は無く、純粋な力のみでの切り上げは、西洋鬼モーガンの体は飛びかかる動作をそのままに、正中線でぱっくりと両断した。

 豪雨の様に降りしきる血の雨の中、ギルコは2、3度荒い呼吸をする。

 

「クソババァめ。面白半分で海賊品魔術をインストールしやがって。おえっ気持ち悪ィ……」


 そして大きく深呼吸すると、ギルコは血の雨に身を晒しながら、緊張の糸が解れたように片膝を着いたのだった。





 

 ――――パシャリ。

 夜風に紛れてシャッター音が1つ。

 それは、先程の現場付近にある廃ホテルの一室から響いた。


「……面白いの、撮っちゃった」


 部屋の窓に手をかけた金髪の女は、手に持つスマホを覗きながらそう言った。

 闇を裂く様な爛々と輝く赤い瞳には、ギルコがモーガンを真っ二つにする場面が切り取られている。

 女は画面をアップし、ギルコの腕、元いフツヌシ・ブレヱドを注視する。


「確か魔術の対抗馬で、人体改造ってのが昔あったんだけ?……。まぁ、詳しくは聞けば分かるか」


 女は口端に笑みを浮かべると、ひらりと窓から飛び降り、闇夜に影を落とした。

 

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