第23話 奪われない関係、言葉で囲わない愛
バレンタインが過ぎて数日。
噂は廊下を駆け巡っていた。
アネモネ、強制退学?
あの子と特別な関係?
別れるしかないんじゃ……
櫻は俯かない。
むしろ正面から言い切った。
「アネモネは……
私にとって大切な人です」
その一言に
恋人という言葉よりずっと強い決意が宿っていた。
「先生。
アネモネを守りたいんです」
職員室で、櫻は深く頭を下げた。
アネモネの担任が椅子から立ち上がる。
「……分かった。
学校としても彼女の居場所を守りたい」
他の教師たちも次々に賛同した。
「寮生を守る責任がある」
「この学校は、逃げてきた子の居場所だ」
クラスの女子たちも駆けつけた。
「アネモネちゃん優しいもん!」
「悪いことしてない!」
「寂しい思いさせちゃダメ!」
櫻は強く唇を噛んだ。
数日後、寮ロビーで。
『学校の意向は理解した。
だが決定権は親にある。
近日中に迎えに行く』
「……でも、まだ終わってない」
櫻は拳を握った。
「――勝つ。
アネモネの人生を守る」
放課後。
校門に、見知らぬ女性が立っていた。
「アネモネのお母さんですか?」
「ええ。あなたが櫻さんね」
アネモネは櫻の背に隠れたまま声を震わせる。
「お母さん……?」
母は娘を優しく抱きしめる。
「あなたを苦しめてごめんなさい。
私が弱かったせいで」
櫻を向く瞳に迷いはなかった。
「アネモネ。ここにいたい?」
「櫻の……そばにいたい」
「なら私はあなたの味方よ」
アネモネは肩を震わせ泣いた。
初めて、家族の“味方”ができた
夕暮れ。
校門前に黒塗りの車が止まる。
父が降り、冷たく言い放った。
「また戯言を。
娘は連れて帰る」
母が櫻とアネモネの前に立つ。
「この子は、私が守ります」
「裏切るのか」
「やっと“母”として正しいことができる」
父の視線が櫻に突き刺さる。
「お前が娘を依存させた」
櫻は静かに、しかし一歩も退かず言った。
「あなたの前では
アネモネは息の仕方すら分からなくなるんです」
「感情的な幻想だ」
「違う。
あなたの声に怯えているのを見た。
あなたの言葉で傷ついて泣いた」
櫻はアネモネの手を握る。
「私は、アネモネの心を守りたい」
父は無言。
母が、書類を差し出した。
「親権同意書。
私はアネモネの日本居住を正式に認めます」
父の表情が崩れる。
「……まだ決着はついていない」
その声は――
もはや威圧ではなく、迷いの声だった。
黒塗りの車が去る。
アネモネは崩れ、櫻に抱きつく。
「櫻……怖かった……!」
「大丈夫。
私はここにいるよ」
「本当に……離れない?」
「約束する。
一生一緒にいる」
アネモネはゆっくり笑った。
「なら、私も……櫻の隣で生きる」
二人の指輪が夕空に輝き
そこに添えられる言葉はただひとつ。
“大切な人”
それで十分だった。
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