第22話 バレンタイン前夜、奪われる前に刻むもの

 2月13日。

 最後の夜かもしれない。


「櫻、目閉じて」


「え?」


「プレゼント……先に渡したい」


 アネモネが差し出したのは、

 ハート型の小箱。


開くと――

そこには小さな銀色のネックレス。


「櫻の名前の“桜の花”……

 落ちても、また咲くから」


「アネモネ……」


「私の心ごと預ける。

 櫻のそばにいられなくても、櫻の胸にだけはいたい」


 櫻は震える指でネックレスをつけた。


「アネモネも閉じて」


 櫻が渡したのは、

 同じデザインの桜のネックレス。


「離れても、同じものをつけてる。

 だから絶対大丈夫」


「櫻……好き。

 離れたくないよ」


 互いに涙をこぼしながら、

 額をそっと重ねる。


「櫻。キスして――」


 唇が触れようとした――

 しかし。


 


「コンコン」


 寮母の声。


「アネモネさん。

 今夜、ご家族が迎えに来られています」


 櫻の全身が凍る。


「……嘘」


「やだ……やだ……」


 アネモネの手が櫻を掴む。


「行かないで」


「行きたくない」


けれど、運命は待ってくれない。





「アネモネ。帰るぞ」


 父の冷たい声。

 護衛のような男たちが控える。


「嫌!!」


 アネモネが櫻の腕にすがりつく。


「お願い……!櫻と一緒にいるの!!」


「みっともない真似はやめろ」


「みっともなくていい!!

 櫻がいなきゃ、生きられない!!」


「未熟な妄言だ」


「妄言じゃない!!」


 櫻が立ちはだかった。


「アネモネは、私の恋人です!!」


 強く、はっきりと。


 父の表情が揺れた。


「あなたは――

 アネモネがどれだけ泣いてきたか知らない」


「父として当然の責務だ」


「責務なら、愛してください!!

 あなたは娘を守ってますか!?

 奪ってないですか!?」


 


櫻はアネモネの手を握り、言い切った。


「アネモネは“人間”です。

 あなたの持ち物じゃない」


 ロビーの空気が震える。


「櫻……」


 アネモネは泣きながら、櫻を抱きしめた。


 


父は短く息を吐き――

背を向けた。


「……少し考える時間をやろう」


 護衛たちも去り、

 扉の向こうへと消えた。



「櫻……ありがとう……

 私を……守ってくれて……」


「当たり前だよ。

 恋人だもん」


 櫻は優しく涙を拭う。


「終わらせない。

 私たちの恋は、ここから強くなる」


 アネモネは櫻に深く抱きつき、

 震える声で笑った。


「……櫻。キスしたい」


「うん」


 今度こそ、唇が触れた。


誓いのキス。


失う恐怖より

一緒に生きたい気持ちの方が

ずっと強いから


 


二人の戦いはまだ終わらない。

むしろここから始まる。

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