イケメンお姉様に甘やかされるヒモ生活を願った結果、最強オネエが来ました

あぽろのすけ

来世はイケメンなお姉様に甘やかされるヒモになる

これはラブグラドの怪物、金狼ゴールデンウルフ

後に小さな少女リトル・レディと呼ばれる2人の物語


私がまだ“守られているだけ”だった頃の話だ。



「ほ〜〜〜〜〜〜ら早く起きなさい、Kitty!朝食に遅れるわよ〜?」



甘ったるい声と、布団をポンポン叩く音。


……はいはい、分かってますよ、と言いたいけれど、

身体は布団に沈み込んだまま動かない。

せっかく転生したのに、前世の社畜気質が抜けていないのが悔しい。



「……ん。ダリちゃん、おはよぉ」


「はぁいおはよう、愛しのマイレディ。また兵法のご本読んで夜更かししてたわね?夜更かしはレディの敵よ!」



視界に金髪が差し込む。

完璧な笑顔、軽やかに揺れるピアス、ほんのり香る高級オイル。

このオネエ……いやダーリアスこと“ダリちゃん”は私の叔父さんらしい。


顔よし。性格よし。癖強。

疲れた心にイケメンオネエ様のスパダリは、マジで沁みる。


……そう、これでも私は転生者だ。


前世の最後の記憶は、蛍光灯の下で“これ明日までね〜”と渡された書類。

徹夜続きで限界がきて、ふらりと倒れた瞬間、私は心の底からこう願った。



——生まれ変わったら、イケメンなお姉様に甘やかされるヒモになりたい。



結果、どうなったかと言うと。


叶ってる。

ほぼ叶ってるんだけど。

肝心なところが1ミリだけズレている。


だって私を起こしているのは、イケメンなお姉様じゃなくて


——イケメンな“オネエ”様なんだもの。



「ミーツェちゃん今日のおリボンはどっちにする?」



服の下からでも分かる筋肉。

肩あたりで切りそろえられた髪をハーフアップにしているからか、耳元のバチバチピアスがきらりと光る。

それから隠れているようで隠れていない、首元や手首からチラリと見える刺青。



(こんなメイドがいてたまるか……ああ……顔がいい……)



「今日はピンク?それともこっちの大人レディなお色?」


「……おにく……」


「まあ、朝からお肉のこと考えてるの?かわいいわね〜〜!」



違う。今のは半分寝ぼけてて、半分本音だ。

前世で朝ごはん抜き常習犯だった反動で、今の私は朝からしっかり食べたい派だ。



「ダリちゃ、ぴんくがいい」


「はいは〜い、了解しましたぁ。Kittyはまだまだ甘やかされたいお年頃だものねぇ」



そう言いながら、ダリちゃんは慣れた手つきで私の髪を梳かし、リボンを結んでいく。

くしが髪を滑る感触が気持ちよくて、思わず目を細めた。



「ほら、じっとしてなさいな。せっかくの金糸みたいな髪なんだから、乱暴にしたらもったいないでしょう?」


「……んむ?」


「ラブグラド家自慢の金髪なんだから。アンタはアタシたちの宝物、分かった?」



そんなことをさらっと言うから、このオネエはタチが悪い。

褒め慣れているのか、褒められ慣れているのか、とにかく一言一言が甘すぎる。



「よし、できたわ。今日も世界一かわいいミーツェちゃんの完成〜〜!」



最後にリボンの端を指で弾き、ダリちゃんは満足げに頷いた。



「さ、立てる?お姫様抱っこで行く?」


「……歩けるもん」


「そう?でも階段でこけたらアタシ泣いちゃう」


「……だっこ!」



即答したら、ダリちゃんが吹き出した。



「アンタほんっと素直で好きよ〜〜!」



軽々と持ち上げられ、視界がふわっと高くなる。

前世では自分の足で立って、電車に揺られて、残業して。

誰かに抱き上げられるなんて、もうずっとなかった。



(……甘やかされる生活、悪くないな)



胸の奥がじんわりして、私はそっとダリちゃんの首に腕を回した。


子どもはいい。甘えられるし。

でもそれ以上に子どもの記憶力とは面白いもので

スポンジみたいにどんどん吸収できるせいで

途中から楽しくなってしまった。


結果前世の知識と今世の知識が掛け合わさって

神童が爆誕してしまった。流石にやりすぎた。


あまりの知識量に、ダリちゃんですら最初ドン引きしてた。


柔らかい日差しが差し込む食堂に着くと、

白いクロスの丸テーブルに、小さく豪華な朝ごはんが並んでいた。


パン、ふわとろエッグ、香ばしいベーコン、甘いお茶。

全部、ダリちゃんが作ってくれたものだ。



「は〜い、レディはここに座ってねぇ?アタシの特製朝食、しっかり味わいなさいね〜?」


「……ん!ありがと、ダリちゃん」



椅子にちょこんと腰掛けると、

隣に立つダリちゃんの影が大きくて、ちょっと安心する。



(傭兵一族の血筋のくせに、なんで料理こんなに上手いんだろ……)



もちろん私は知らないふりをしているけど、

本当は全て知っている。



『ラブグラド家』



国中に名を轟かせる

一人で兵団ひとつ潰す力を持つ傭兵一族。


そしてダリちゃんは、お母さんの弟で

次期当主予定だったラブグラドの怪物の一人。

ラブグラドの怪物を一人でも確保すれば

その戦いでの勝利は確実とまでいわれている。


……そんな怪物、家業に嫌気がさし家出

その数年後、メイド服着て帰ってきた。



(いや、メイド服は完全に趣味だし、体つきも目つきも完全にラブグラドの怪物のままなんだけど?)



でも本人は隠してるつもりなので、

私は今日もスプーンを持って普通の幼女を演じる。



「ほらミーツェちゃん、エッグはねぇ、アタシが三種類のバターを——」


「……おいし」



食べた瞬間、そう言ってしまう。

まじでこの怪物料理が上手いんだよ。


ダリちゃんは胸に手を当てて大げさに震えた。



「やっっっだ〜〜〜朝から可愛い声……!!アンタの可愛さでアタシ、どうにかなっちゃう!」


(昨日、裏庭でゴロツキ三人まとめて地面にめり込ませた人のセリフじゃない)



いくら知らんぷりしても、

隠しきれてないのは明らかだ。


でもいい。


ダリちゃんが隠していたいなら、

私は知らないふりをしてあげる。



「ねえねえ、ミーツェちゃん。今日は家庭教師の——」



コン、コン。


控えめなノックが響いた。


……ああ、来ちゃった。


裏の顔スイッチが入るタイミング。

私は表情を変えずにエッグを口へ運ぶ。

扉が少し開き、下働きの少年が震える声で言った。



「……ダーリアス様。“あの連中”が、裏門に……」



ダリちゃんの視線が、氷のように細くなる。


私には見えるけど、

知らないはずなので見ないふりをする。



「……そう。分かったわ。すぐに向かうから、ここは閉めておきなさい」



少年が慌てて扉を閉める。

部屋に静けさが戻る。



「ミーツェちゃん」


「なぁに?」


「アタシねぇ、ちょ〜〜っとだけ用事ができたの。すぐ戻るから、良い子で食べてて?」


「……うん。ダリちゃ、すぐもどる?」


「や〜〜〜〜〜〜〜ん、ほんと可愛い子ねぇ……すぐ戻るわ、それまで誰が来てもドア開けちゃだめよ?」


(いや、誰が来ても開けないよ?絶対)



心の中でツッコミながらも、

私は普通にパンをかじるふりをする。


ダリちゃんは、微笑みのままゆっくり歩いていく。

でも背中は、完全に傭兵のそれ。

一歩歩くだけで床板が鳴り、空気が微かに震える。



(……っていうか、この時点でもう隠せてないよね)



私は小さくため息をつき、またエッグを口に運んだ。


バァンッ!!!


廊下の方から、爆発みたいな激しい衝撃音が響いた。

次の瞬間、どさっ、と誰かが倒れる音。



「どけェ、死にてぇのかァ!!」



どこからどう聞いても“オネエが言ってはいけない声量”の怒号。



(……うん。バレバレだよ、ダリちゃん)



スプーンを置き、私はため息をひとつ、深く吐いた。


——そして食堂の入口から聞こえる足音は、

まっすぐ私の元へ向かってきていた。



(平和に生きたいのに……)



食堂の扉の向こうで、

複数の足音がバタバタと走る気配がした。



(……痛いのも、辛いのも嫌。平和で安全に安心して暮らしたい、のになぁ)



心の中でため息をついたその時、食堂の扉が勢いよく開いた。



「いたぞ!金髪のガキだ!」

「やっぱラブグラドの血だな……連れてけ!!」



知らない男たちが3人、剣を抜きながらなだれ込んでくる。

どこかで聞いたことのある傭兵崩れの方言。

成り上がりに利用するためか、ただの恨みか。


とりあえず分かるのは……


私、多分いま狙われてる。ちょー狙われてる。



(うーん、普通に怖い。でも多分ダリちゃん戻ってくるしな)


「ラブグラドに親父を殺された恨みだ!」

「おまえの血を持って帰れば、俺たちはやっと解放される!」



その瞬間。

空気がつん、と張り詰めた。



「——ねえ、アンタたち」



背後の廊下から、甘い声が響く。


けれどその甘さの奥には、鋼をすり潰したような低い殺気が混ざっていた。


男たちが一斉に振り向く。

私も、振り向いたふりをする。


廊下の奥から姿を現したのは——


ハイヒール。

筋肉で形の分かるメイド服。

濡れたように光る金髪。


でも、目だけが全く笑っていなかった。



「……アンタたちさァ」



ヒールの音をコツ、コツと響かせながら進む。


その一歩一歩が、

戦場にしかいなかったはずの怪物の歩き方だった。



「ウチのKittyがまだ朝ご飯食べてるんだけどォ?」



声は甘い。

だけど、床に落ちる影は刃物。


男のひとりがビクリと後ずさった。



「な、なんだオマエ……!」


「え、なに?アタシのこと知らないの?世間じゃ“ラブグラドの金狼ゴールデン・ウルフ”とか呼ばれてんだけどぉ?」



金狼ゴールデン・ウルフ

傭兵なら誰でも震える名だ。


3人の顔色が一気に変わる。



「やべぇ……“金狼”がいるのに手を出しに来ちまったのかよ……!」


「ひ、引け! 引け!!」



でももう遅い。


ダリちゃんは一歩、ゆらりと距離を詰めて指を鳴らした。

パキン、と乾いた音。


その瞬間、男のひとりの剣が“いつの間にか”折れて床に散った。


私は知ってる。

あれはダリちゃんが「速すぎて見えない速度」で蹴り折っただけ。



(……うん、知ってる。全部知ってるよ。でも私は知らないフリしなきゃいけない幼女だからね)



男たちは恐怖で腰を抜かす。



「ひ……ひぃっ——!!」



その瞬間——

視界の端で、黒い影が“スッ”と揺れた。



(ん?)



食堂の柱の陰。

さっきまでいなかったはずの男がひとり、低く身を伏せていた。


他の三人よりずっと静かで、息遣いすら感じない。

腰には短剣、手には小型のクロスボウ。


狙っているのは——



(……ダリちゃんの、背中)



今、彼は前方の三人に注意を向けている。

しかも、ちょうど踏み込む瞬間で重心が前にある。


——避けられない。

——この距離、この角度じゃ。



「金狼だかなんだか知らねぇが……背中から撃たれりゃ、人間なんざ皆同じだろ」



クロスボウの先端が、ゆっくり持ち上がる。


そして——

“カチャリ”と、引き金がわずかに絞られた。



(……うん、アウト。完全にアウト)



心の中で、大きな×印を描く。



(でも……これは私が何とかしないと)



私はそっと椅子から降りた。


足音を床に吸わせるように。

呼吸すら殺して、影から影へと動く。


この屋敷のどこが鳴るのか、全部覚えてる。

お母さんとお父さんが生きていた時に、身体に叩き込まれたラブグラドの歩き方。


テーブル端の“子ども用フォーク”が目に入る。



(これを使ったら、多分……戻れない)



平穏なふりをして生きる道は失われる。

ラブグラドの血に染らずに済む日常も終わる。


でも——



(……でも、黙って見てたら、ダリちゃん死んじゃう)



私を守ってくれた人。

私の全部になってくれた人。


その背中に向かって矢が引かれる音が、はっきり聞こえた。



「さよならだ、金狼」


(——さよなら、なんてさせない)



フォークを握る。

指先が震える。でも迷いはもうない。


私は“ラブグラドの子”なんだ。


クロスボウの弦が限界まで張りつめた。


引き金が——落ちる。


ビィンッ!!!

矢が放たれた、その瞬間。


私は影から飛び出し、

矢の軌道に割り込むようにフォークを叩きつけた。


ガンッ!!!!


金属同士が弾ける火花が散り、

矢が空中で弾かれ、壁に“ガスッ”と突き刺さった。


男が「なっ——!?!?」とわめく間もなく、

私は回転しながらその腕に絡みついた。



「……ダリちゃんには、当てさせないよ?」



手首にフォークを深く突き立て、

同時に足払いをかけて体勢を崩す。



「ぎゃ——っ!?」



ラブグラドの教えは“手首から壊す”。

奪われても、握られても、二度と戦えないように。


男がよろめき、姿勢が浮いた瞬間、

私は体全体をバネにして踏み込んだ。


ドンッ!!!


男の後頭部が床に叩きつけられ、

痙攣したあと、動かなくなる。


呼吸はある。

でも、立ち上がれない。



(……“生きてるけど戦えない”くらい。これでいい)



私は素早く椅子に戻り、

“最初から動いてませんでしたけど?”みたいに

スプーンを握り直した。


でも——心臓はバクバク。



(こわ……こわかった……でも、守れなかったほうが、もっと怖かったはず)



ちょうどそのタイミングで、

正面の男を片付け終えたダリちゃんが、

爽やかな笑顔のまま“パキン”と指を鳴らした。


折れた剣が床に散り、残りの敵たちが次々と崩れ落ちる。


気づけば、さっきの人たちも、柱の陰のおじさんも、まとめて床に転がっていた。

殴られたわけじゃない。

それぞれが、それぞれの理由で“倒された”のだ。


ダリちゃんが息一つ乱さず立っている。


その背中は——

私を守るためだけに存在する絶対的な盾。


ダリちゃんは振り返り、いつもの笑顔を浮かべる。



「ミーツェちゃん、怖かった?」


「……ううん、大丈夫」


「可愛い子……」



ゆっくり歩み寄り、私の頭をそっと撫でた。

その手は優しいのに、指先はまだほんのり温かい。

たぶん、さっきまで敵を倒してた温度。


でも私は知ってる。

私のために戦ってくれてることを。


私は両手でスプーンを握りしめたまま、

小さく胸の中でつぶやく。



(ほんと……隠してるつもりなんだろうけどさ。全部バレてるからね、ダリちゃん……)



……まあ、それは私にも言えることだろうけど。



「……ところでKitty?」


「なぁに?」


「さっき床でのびてたこのおじさん。手首にフォーク刺さっていたけど?」


「このおじさんが勝手にころんだだけ」



即答したら、ダリちゃんは一瞬だけ目を細めて、それからふっと笑った。



「……そ。じゃあ、そういうことにしておきましょ」


(バレてんな、これ)



ダリちゃんは私にラブグラドの宿命を負わせたくないらしい。

私だって、そんな重いもの背負いたくない。


倒れた男たちを、使用人が外へ引きずっていく。

その間、ダリちゃんはいつものように私の髪を撫でて、

「怖い思いさせちゃってごめんねぇ」と

優しく微笑んでくれた。


その笑顔が本当に好きだ。


でも——私は知っている。



(……ラブグラド家って、こういう家なんだよね)



私はベーコンを小さくかじりながら、

こっそり横目でダリちゃんを見る。


ハイヒールで歩いているのに、

床に血の跡どころか乱れひとつ無い。

動きが洗練されすぎて、恐ろしいほど静かだ。



(社畜時代とは違って、平穏なスローライフを送りたかったのに、人生生まれた瞬間からハードモードすぎる。)



戦場にいた頃の傷も、敵も、

守ってきたものも失ったものも全部、

私には言いたくないんだと思う。


……それでも、全部知ってるけどね!!



(というか隠すのが致命的に下手なんだけどね!!)



今日みたいにヒールでゴロツキ蹴り飛ばすし、

裏庭で武器の手入れしてるし、

料理中にたまに“戦場の癖”で包丁振り回すし。


だけど、それでいい。


この人は、私の“家族”だから。



ダリちゃんが食堂に戻ってくる。



「Kitty〜お待たせぇ〜?はい、ベーコンもう一枚焼いてきたわよ!」


「……ん!たべる!」


「やだ可愛い……!!!アンタが笑ってるだけで、アタシ今日も生きていけるわぁ〜!!」


(はいはい、姪馬鹿口説き文句いただきました)



ベーコンを頬張りながら、私は小さく思う。


——前世で願った「イケメンなお姉様に甘やかされるヒモ生活」

ちょっとズレてるけど、まぁいいや。


だって私は、ラブグラド家の怪物に全力で愛されてる。

愛され、守られている。それだけで十分。


ダリちゃんが新しく焼いてきたベーコンは、

いつもより少し焦げていた。


きっとさっきの戦闘で心拍数上がって、

集中できなかったんだろう。


(……ダリちゃんが動揺するなんて、珍しいな)


ベーコンをかじりながら、

私はちらりとダリちゃんを見る。


彼はさっき倒した男たちの気配を確認するように、

何度も廊下のほうに目を向けていた。


でも次の瞬間には、

私がパンを落とさないように

そっと手を添えてくれる。


そんな様子が可笑しくて、私は思わず笑った。


「ダリちゃ。……今日は、ありがと」


小さく言うと、

ダリちゃんはビクッと肩を揺らし、

次の瞬間、ものすごい勢いで振り向いた。


「や、やめてよミーツェちゃん……そんなかわいい声でお礼なんか言われたら……アタシ、死ぬわよ???」


「だめだよ。しんだらヤだ」


「むりむりむり!!かわいい!!無理!!」


顔を押さえて椅子の上で転げ回るダリちゃん。

さっきまで金狼とか怪物とか言われてた人とは

思えないレベルの騒ぎっぷりだ。


「死んだらヤだから、わたしを守るダリちゃんのことを……わたしに守らせて?」


「……何言ってるの?」


今日あの瞬間、私は理解した。

平穏な日々も順風満帆ヒモ生活も私には大事だけど。

この目の前にいる彼の方が何倍も大事なんだ。


「ダリちゃんがわたしを『普通の人間』らしく生きさせたいのは分かってる。でもわたしにもラブグラドの血が流れてる。……どうしようもないくらいにね」


「――ダリちゃん」


ダリちゃんが、私は好きだ。


怪物でも、オネエでも、完璧じゃなくても。

私にベーコンを焼いてくれて、

髪を結んでくれて、

抱っこしてくれて、

そして守ってくれる人。


——私を愛して守ってくれる人を、誰が愛して守るの?


私は椅子から降りて、

ヨチヨチとダリちゃんの膝の上へ乗り上げた。


「ちょ……ミーツェちゃん!?やだやだ可愛い!!なに!?天使!?!?」


「……だっこ、して?」


「え、かわいい。え、かわいい!!はいッ!!しますッ!!永遠にします!!!!!!!」


世界最強の怪物が、

私ひとりのために大騒ぎして抱きしめてくれる。


その腕はあたたかくて、

前世のどんな抱擁より安心する。


私はその胸に顔をうずめながら、

そっとつぶやく。


「もう守られるだけは、いやなの。」


「……そうか」


その一言は戦場に立つ怪物の声でも、

ダリちゃんの声でもない。


間違いなくダーリアス・ラブグラドの言葉だった。


私はギュッと抱きつきながら、心の中で思う。


(前世でほしかったものが、今はここに全部ある。)


(だからこそ私も、この家を……ダリちゃんを守るよ。大切な家族だから)


(たとえ“ラブグラドの怪物”って呼ばれるようになっても、構わない。)


怪物と幼女の、やさしくて、つよくて、

少しだけズレてる“しあわせ”。


——ラブグラドの怪物はひとりじゃない。

たぶんそのうち、私もそっち側に数えられる。


私は小さく息を吸い込み、

ダリちゃんの胸に顔を擦り寄せる。


「……ダリちゃ、だいすき」


「ウチの子かわいい!!!!!!!!」


だとしても私の目標は

『平穏スローライフ』一択である。

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