第2話 逃避行

 一ヶ月前、両親の葬式も終えて、一人で静まった家の中にいた。私が両親の仇である魔法少女であることは、誰にも打ち明けられない。親戚の人も、両親の同僚の人も。だれも私が犯人であることを知らずに、罪悪感と後悔で溺れそうな私を慰めてくれた。

 電気もつけてない真っ暗闇のリビング、時計の秒針がカチカチと響いている。どんよりとした空気。もう二度と聞こえない家族の笑い声も、他愛もない会話も、挨拶も。体を地面に縫い付けるような重力がのしかかって、自分の心をぐちゃぐちゃにかき乱す。

 

「ごめんなさい……ごめん、なさい……」


 私は体を縮こませて震えることしか出来なかった。警察官の両親譲りの正義感、そんなものは脆く崩れ去っていく。私は間違えた、それも致命的な間違いを。

 

「ヒイロちゃん! ヒイロちゃん!」


 そんな時、もう一人の魔法少女、雪城アイネが私の元へ現れた。大きなリュックサックを背負って、藍色のどんぐり眼で泣きべそをかいた私の顔を真摯に見つめる。そして、開口一番。

 

「こんな町、一緒に抜け出そうよ! 逃げよう、もう無理だよ!」


「逃げよう」と言ったアイネちゃんの声が震えていた。彼女自身も、何かから逃げてきた顔をしていた。

 差し伸ばしてくれた手を握る。ああ、そうか……私は逃げたいんだ。抗えない絶望を抱えたまま、私一人だけではどうしようもない現実を突きつけられて。だから、私はアイネちゃんと逃げることを選んだ。


 □   □   □

 

 茜色が空に灯った夕暮れ。M字マークのファーストフード店。パパ活でおじから焼き肉奢られたっていうのに、アイネちゃんはポテトを鷲掴みして口の中にねじ込んでいた。ボーイッシュで端正な顔をモゴモゴと動かし、油で汚れた手で桧皮色のウルフカットを撫でている。

 袖と襟元がフリルの白いブラウスに、黒いパンクなジャケット。黒い光沢のあるショートパンツの際どい格好。身長が高いから、スタイリッシュでよく似合う。

 

「夢見町に帰らない? もう、魔力も20%切っちゃったし。魔法がないと、生活できないよ」


 オトナを強要してくる悪質なキモおじ、ダル絡みしてくる不良、補導してくる警察。絡まれた時に、魔法のアプリを使ってかわしてきた。元は魔法少女の正体がバレた時に、記憶を消すための催眠魔法。私達はそれを生きるために悪用してる。でも、マフォンは電気で充電できても、魔力だけは妖精を通さないと満たせない。今の残量は、変身一回分くらいしか残ってないのが現状だ。

 

「嫌だよ。私は帰らない。家に帰ったところで、私の人生詰んでるもん」

「アイネちゃん……でも、こんな生活ずっとは続けられないよ? 私達、1ヶ月頑張ったと思う。でも、もう限界なんじゃないかなって思って……」


 緑色のトレイに載せられたジュースを、アイネちゃんはじゅるじゅると音を立ててすする。紙ストローには噛み跡がくっきりとついている。普段は元気で明るいみんなの人気者だけど、育ちの悪さは隠せない。

 

「いいよ、ヒイロちゃんだけ帰ればいいじゃん! 私は絶対に帰らない!」

「落ち着いて、アイネちゃん。よく考えて……今の生活がずっと続くわけじゃ―――」

「うるさいな! 分かってるよそんなこと! でも、無理、絶対に無理!!」


 ガンっと椅子から立ち上がって、眉間にシワを寄せたアイネちゃんが荒い息を吐く。周りのお客さんがジロジロと見てくるけど、私達はお互いに視線を合わせる。齧りかけのテリヤキバーガーの甘いソースの匂いが鼻を刺す。

 

「高校行かずに働けとかいう親だよ!? 子供の人生なんにも考えてない、昔っから! うちのママは私のことなんて、どうでもいいって思ってるんだもん! そんな家に帰りたくないよ!」


 アイネちゃんが家出をした理由は私と違う。片親の家で育った彼女は、お母さんから十分な愛を貰えなかった。スポーツ推薦で高校に進学できそうだったのを挫かれた。

 酷い話だとは思う。でも、家出を続けてたら、高校に行けないどころの話じゃなくなる。けど、アイネちゃんの気持ちを考えれば、安易に家に帰れとは言えない。何が正しくて、何がアイネちゃんにとって良い選択なのか、私は正解を出せる自信はなかった。

 

「……ねえ、ヒイロちゃん。私のことおいて行かないで。一緒にいてよ……」


 淡いライトに照らされながら、アイネちゃんの赤みを帯びた頬に涙が伝う。私より気が強くて、元気が取り柄の女の子。でも、本当はすごく脆くて、人一倍愛に飢えている。そんなアイネちゃんは、魔法少女の相棒としてかけがえのない仲間で、大事なパートナー。彼女を置いて、私だけ帰ることは出来ない。

 

 正しい選択ってなんなんだろうね。多分、こんなパパ活で成り立ってる生活間違ってると思うけど、私の良心はアイネちゃんを捨てきれない。だって、アイネちゃん一人にすると、絶対泣いちゃうもん。寂しい、助けてって。

 

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