霧の洋館〜同級生だった少女の幽霊を過去を変えてよみがえらせた。
宮田 あゆみ
第1話 プロローグ 黒野目線
2023年10月8日
僕の名前は黒野元一、26歳。
どこにでもいる普通の男だ。
変わったところと言えば、アンティークなど古い物に目がないことくらいだろう。
霧深い夜、山道を愛車の1975年型のアイボリーのビートルで走っていると、突然白い洋館が目の前に現れた。
思わず車を停める。
門まで歩き出すと“西洋の古城を思わせる古い鍵”で開けた。
続けて玄関にも鍵を差し込む。
「ギギギィ」
扉は音を立ててゆっくりと開いた。
* * *
ここで目が覚めた。
やばいくらい、リアルな夢だった…。
今動くと夢の内容を忘れてしまいそうだ。
そう思い、トイレに行きたいのを我慢して再び目を閉じて夢を思い出す。
“西洋の古城を思わせる古い鍵”——それは、昨日アンティークショップで衝動買いしたものだった。
細やかな装飾が施され、中央には小さなサファイアが埋め込まれている。
山道と洋館付近の景色には見覚えがあった。
ここから車で30分くらいの、隣の市の高台にある高級住宅街だろう。
住所で言うと夕霧市の白鷺(しらさぎ)町だ。
夕霧市は、人口250万人を超える大都市。その名の通り、街はたびたび幻想的な霧に包まれる。
なぜ、その風景に見覚えがあったのかと言えば、小学生の頃、僕は《アルティス音楽院》という名門ピアノ教室に通っていた。白鷺町は、その教室があった場所だったからだ。
ここから白鷺町までは、山道を抜けていった方が圧倒的に早い。
しかし、そこに洋館があるのかはわからない。
でも、どうしても行ってみたい衝動を抑えられなかった。
時計を見ると、針は夜中の2時を指していた。今日は日曜日、仕事は休みだ。
トイレを済ますと、完全に目が覚めた。
窓の外を見ると深い霧が立ち込めている。
夢と全く一緒だ。
思わず胸が高鳴る。
鍵を握りしめると「何かに呼ばれている」と感じ、軽く身支度を整えるといく決心を固めた。
* * *
深い霧の山道を、慎重に運転をする。
「ピピピ」
なぜか、デジタルの電波腕時計の音がなった。
いつもは気にも留めない西暦の表示に目が止まる。
2013年10月8日 4:15
「10年前⁉︎」
時計が壊れたのか?
霧のせいで白鷺町まで20分くらいで着くところが40分以上かかってしまった。
すると、霧の中から突然夢で見た、白い洋館が現れた。
「…えっ…?」
路肩に車を寄せ、懐中電灯を手にとった。
車から降りて洋館を眺める。
2階建てで、屋根にはドーマー窓がいくつも並んでいる。庭は荒れ果て、住人の痕跡は感じられない。
不法侵入になる事を覚悟しながらも、門に手を伸ばした。
例の鍵で開けると門はすんなりと開いた。
「嘘だろ?」
奇妙な感覚に包まれながらも、先へと進む。
「ギギギ」
彫刻の施された重厚な玄関の鍵を開けるとドアは音を立てて開いた。
夢と同じ様に…。
懐中電灯で足元を照らしながら、中へ足を踏み入れると、まず目に飛び込んできたのは、吹き抜けになった広々としたホールだった。
立派な階段が2階まで伸びている。
薄暗い中進んで行くと、埃が空中を舞う。
ホールの右手にあるドアを静かに開けると、そこはリビングだった。
家具や調度品はかつての栄華を偲ばせるかのように、整然と配置されている。
スタンウェイのグランドピアノも置かれている。1000万円以上する超高級ピアノだ。
その奥に進むと、アイランド式のキッチンがあるり、料理道具が整然と置かれていた。
更にその奥には猫足のバスタブのある浴室が続いている。
全てが、その瞬間まで使われていたかのようだが、人の気配はなく、まるで住人たちが忽然と姿を消してしまったかの様であった。
階段を上がり、2階へ向かうと、そこには長い廊下が続いていた。
懐中電灯の光を頼りに進むと、扉が廊下の左右に並んでいる。
そのうち、奥にあるドアが不思議と気になり、ゆっくりと開けた。
軋む音を立てながら開くと、そこは白とグレーを基調とする部屋だった。
グレーのチェストの上にはフランス人形が座っており、ガラスの瞳がこちらをじっと見つめている。
壁には小さな少女の服がかかっており、小学6年生の教科書が机の上に置かれていた。
その時だった。
誰かがドアの前に立っている気配がした。
懐中電灯で照らすと、そこには小学校高学年くらいの水色の小花柄のワンピースを着た少女が立っていた。
直感的に幽霊だとわかった。
「…どうか…怖がらないで…」
心臓は今にも飛び出しそうだった。
しかし、少女はドアの前に立ちはだかり、出ることを許さなかった。
恐ろしくて気が狂いそうだったが、彼女の姿に見覚えがあるような気がして、頭の中が混乱した。
「鍵を買った人が、扉を開けてここに来てくれることをずっと祈っていたのよ…」
少女の顔立ちはハーフで、遠い昔、どこかで見たことがあるような気がする。
「…えっと…?」
「…お願いがあるんだ…。この家はもう老朽化していて、近々壊されるの。でも、この部屋にある私の『宝物』だけはもって行ってほしいんだ」
僕が“見えている”事がわかった為か表情は明るい。
少女は次々と話を続けた。
彼女があまりにも普通に喋るので、恐怖心は少しずつ薄れていった。
そして、話を聞くうちに、この少女が誰なのかを思い出した。
彼女の名前はスミス美亜。同学年だ。お父さんがイギリス人で、お母さんが日本人のハーフ。
僕は小学生低学年の頃からピアノが大好きで、わざわざ隣の市にある夕霧市の「アルティス音楽院」に通っていた。そこで一緒だったのだ。
しかし、個人レッスンの為、関わり合いはほぼなかった。せいぜいレッスンの前後ですれ違うくらいだ。
実は僕はその頃、美亜ちゃんの事が好きだったのだ。コンクールの昼食時、話しかけられた事があるのだが、照れてしまい上手く会話ができなかった事を思い出す。ちなみに今でも女性と話すことは苦手だ。
彼女は絶対音感を持っていて、ピアノの腕前はずば抜けていた。コンクールでは「お嬢様」として有名で、美しさとバイリンガルの才能がさらにその評判を後押ししていた。
しかし、美亜ちゃんは小学校6年生のとき、突然ピアノ教室に来なくなった。
聞いた話では、アフリカに旅行に行った際、飛行機事故で亡くなったということだった。外国の中型機での事故だったため、日本ではあまりニュースにならなかった。
「君、美亜ちゃん…だよね?」
僕は静かに尋ねた。
「えっ、私の名前を知ってるの!?」
美亜ちゃんは驚いた顔をした。
その反応が妙に面白かった。
「僕、今26歳なんだけど、黒野元一、アルティス音楽院で一緒だったけど…覚えているかな?」
「えっ?黒野君のことは知ってるけど……」
「ところで、今は西暦何年?」
「私が死んで4年だから……2013年よ」
「えっ!?この電波時計の西暦、あってるのか?」
「何言ってるのか…よくわからないけど?」
僕は混乱しながらも続けた。
「僕もよくわからないけど、霧の中を車で来たら、どうやら10年前にタイムスリップしちゃったみたいなんだ…」
「…は?…でも確かに、黒野君が大人になった顔だね」
「うん、だから、そうなんだ」
「ふふっ」
もはや幽霊との会話というより、普通の人間との会話に近い。思わず笑ってしまい、美亜ちゃんもそれにつられて笑った。
「ところで、宝物って何?」
「このフランス人形と、このオルゴール。本当はもっとたくさんあるんだけど、とりあえずこの2つを持って帰ってほしいの。私の大切な宝物」
フランス人形は、どことなく彼女に似ている気がした。特注でつくってもらったのかもしれない。
オルゴールは144弁のリュージュ製で、精巧な造りが目を引いた。どれも美亜ちゃんにとって特別なものだというのが伝わってきた。
「分かったよ。でもさ……不法侵入した上に、強盗じゃない?」
「そうだね、ふふっ」
「霧が晴れたら、黒野君のいる現代に帰れなくなる気がするの。だから、早くしたほうがいいかも…」
「えっ?それは大変…じゃあ、これ持って帰って大切にするよ…」
僕は宝物を丁寧にまとめながら、ふと気になる事を尋ねた。
「ところで、美亜ちゃんは、いつ成仏できるの?」
ふと、気になる事を聞いた。
「あと1週間かな」
「1週間?どうして分かるの?」
「言葉ではうまく説明できないけど『予感』かな?」
「予感?」
「パパもママも幽霊になってしばらく一緒にいたけど、成仏する前に『予感』がしたの。実際にその通りになったわ。だから私もあと1週間ね」
「そうなんだ…」
もっと話したかったが、現代に帰れなくなったら大変だ。名残惜しくも、別れを告げるしかなかった。
「もっと色々話したかったけど……じゃあ、これで」
「うん、ありがとう。幽霊になって4年、私の事が見えたのも、会話ができたのも、黒野君が初めてよ」
「…そうなんだ…さようなら」
かつて好きだった人との再会。
幽霊だったけど。
鍵を買い、夢を見て、タイムスリップして洋館に忍び込み、幽霊の美亜ちゃんに会い、彼女の宝物を持ち出そうとしている。
色々な事がありすぎて頭が混乱している。
鍵をかけ、荷物を車に積み込み、誰かに見られていない事を確認しつつ車を走らせた。
霧は少しずつ薄くなってきたが、まだ視界は悪く、慎重にハンドルを握っていた。
その時、突然助手席から声が聞こえた。
「不法侵入、強盗、拉致で逮捕だね!」
驚いて助手席を見ると、何と美亜ちゃんが座っていた。
「!!!!!」
思わず声をあげそうになったが、もう何が何だか訳が分からない。
「何で乗ってんの!?」
「取り憑いちゃったみたい!」
「取り憑かれた??」
パニック気味になりながらも、なんとか言葉を返した。
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