第2話
スマホの画面に、でかでかと文字が踊っている。
── 『最強無敵のあたし様! 華麗に登場!』
突然、画面から光がふわりと滲み出し、それらが空中で収束していく。
現れたのは、一人の少女だった。
唐突に現れた少女は、人形のように整った顔立ちをしていた。
腰まで伸びる金髪に黒いカチューシャ、薄紫色のワンピースドレス。
大きな瞳は深海のように冷たく青い。
——いや、違う……。
その青い瞳の奥に、何か得体の知れないものが蠢いているような気がした。
まるで深海の奥に潜む、巨大な化物のような……。
人形のように完璧な美しさ。
しかし、どこか人間離れした、危険な美しさ。
彼女は、ただそこに立つだけで場の空気を支配する圧倒的な存在感があった。
モルティスみたいだ。
僕の人間観察は全く機能しない。
生の気配がない。
観察対象としてはひどく不気味で、ひどくつまらない相手。
周囲の人々が息を呑む。
スマホの画面から人が現れるなど、常識では理解できない光景だった。
僕も言葉を失いかけたが、なんとか口を開く。
「おい、あんた……」
その瞬間、少女の青い瞳がピタリと僕を射抜いた。
氷のように冷たい視線だったが、どこか興味深げな色も宿っている。
「──『あんた』って誰よ。あたし様にはちゃんと名前があるんだから」
少女は不機嫌そうに眉をひそめ、それから口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。
「あたし様の名はサマ……」
彼女は一瞬言いよどみ、わざとらしく咳払いをする。
「えーっと、サマー。そう、サマーって呼びなさい、契約者くん」
あまりにも唐突で、僕は言葉を失った。
サマー?
明らかに本名ではなさそうだが、訂正する様子もない。
周囲の人々がざわめき始めた。
「子供……? ジンって子供が現れるものもあるの?」
「他の人のジンは武器とか能力っぽいのに……」
一条も困惑した表情でサマーを見つめ、「変わったジン……みたいだな。この子も……ジン、なんだよな?」と僕に確認するように言った。
僕からしてみれば『知らん』としか言いようがない。
そして一条はサマーに向かって「よろしくな、サマーちゃん」と言葉をかけた。
サマーは一条を一瞥したが、明らかに興味なさそうに視線をそらし、再び僕を見据える。
凍てつくような目だ。
なんでスマホから人間が出てくるんだよ。
そして何故、僕を睨みつけるんだよ。
「契約者くん、顔に『なんで人間が出てくるの?』って書いてあるわよ。何か文句でもあるわけ?」
無視された一条がわざとらしく肩をすくめた。
「……いや、文句っていうか」
僕は戸惑いながら答える。
文句も何も、自分のスマホから人間が出てきたら普通戸惑うのが正解なんじゃないだろうか……とは思うが、そんなことは言えない。
「僕のジンは……君なの?」
やっと出てきた僕の言葉は、ひどく投げやりな質問だった。
「そうよ。あたし様が、あんたのジン」
サマーは胸を張って堂々と宣言した。
「どう? 光栄でしょ? ああ、それと『君』って呼ばないで。ちゃんと『サマー』って呼びなさい」
彼女の声は確信に満ちていて、否定することを許さない強さがあった。
まるで女王のような威厳さえ感じる。
その時、少し離れた場所にいたモルティスが、わずかに身じろぎしたことに気付いた。
モルティスとサマーの視線が一瞬交錯する。
モルティスは何かを悟ったような表情を浮かべ、静かに帽子のつばを押さえて丁寧に一礼した。
まるで格上の相手に敬意を示すように。
サマーは特に反応を示さなかったが、その冷ややかな視線の奥に明らかな侮蔑があった。
単発のバイトをやった時に社員から向けられた目のような、あの見下した視線に似ていた。
すぐに顔を上げたモルティスが手を打った。
「それでは早速、皆さまをモルグへとご案内いたしましょう。新しい人生の始まりですよ!」
彼は気を取り直したように手を軽く振る。
すると空間に亀裂が走り、向こう側の景色が見えた。
薄い霧の先に、見慣れた街並みが広がっている。
しかし、それは完全に荒廃していた。
電気街を思わせる雑居ビルやオフィスビル、看板だらけの商店街。
だが窓ガラスは割れ、ネオンサインは消え、アスファルトにはひび割れが走っている。どこか現実から切り離されたような、歪で不気味な世界だった。
「では皆さま」
モルティスが優雅に一礼する。
「モルグの街で、どうぞ末永く生き延びてくださいませ。ご健闘をお祈りしております」
それだけ言い残すと、モルティスの姿は霧のように掻き消えた。
残された僕らは、戸惑いながらも亀裂の向こうへ足を進めるしかなかった。
モルグの街は、想像以上に不気味だった。
見覚えのある風景なのに、全てが狂って見える。
雑居ビルの看板は半分欠け落ち、電器店のショーウィンドウは蜘蛛の巣のようにひび割れている。
道路のアスファルトには大きな亀裂が走り、そこから雑草が生えていた。
ボロボロの道路標識から、ここが秋葉原だと分かる。
あの賑やかな電気街が、もう何十年も放置された廃墟のようになっている。
「まるでゲームの世界みたいだ」
一条が呟く。
「ただのゲームなら楽だったんだけどな、俺はまだ夢なんじゃないかと思ってるよ。ゲームだったらどんなに楽か。何しろ──」
借金持ちらしいサラリーマンが苦笑いを浮かべた。
「──リセットボタンがあるから」
僕らは自然と固まって歩いていた。
この不気味な世界で一人になることを、誰もが恐れていた。
サマーは僕の隣を歩きながら、興味深そうに辺りを見回している。
「辛気臭いわね、デザイン担当は誰よ?」
「え?」
「何でもないわよ、契約者くん」
サマーはそっぽを向いたが、その横顔には懐かしそうな表情が浮かんでいた。
その時——
ビルの隙間から、耳障りな音が響いた。
ひっかくような、牙を鳴らすような、背筋が凍るような音。
ギリギリ……ガリガリ……
「な、何!? ……今の音」
中年女性が震え声を漏らす。
僕らは皆、足を止めた。
廃墟と化した電気街の向こうから、何かがこちらに向かって来る気配がする。
「インプ……?」一条が緊張した声で呟く。
サマーだけが、なぜか楽しそうに口角を上げて笑った。
「ふふっ。そうそう、こういうのを待ってたの! ようやく面白くなってきたじゃない!」
廃ビルの陰で、赤い光がギラリと光った。
そして——重い足音が、アスファルトを踏みしめてこちらに向かってくる。
「サマー! お前は何が出来る!? モルティスの話じゃ、ジンを使ってインプを倒すんだろ! お前が僕のジンなら、アレをどうにかしてくれ!」
「え? あたし様が? 嫌よ、何で?」
サマーはキョトンとした顔で答えた。
むしろ何で!?
そんな僕の心中に答えるように、彼女の冷めた青い視線が僕に向けられる。
「取引だって言うなら乗ってあげるわ。そうね、あの程度なら記憶でいいわ」
「記憶……?」
「契約者くんの1番大切な記憶。ふふふ、あたし様、人間にはけっこう興味があるのよね」
1番大切な記憶……。
ババアの顔が頭を過ぎった。
「ふざけてる場合かよ──」
僕らのやり取りが終わるより早く「逃げろ!」と誰かが叫んだ瞬間、僕らは一斉に走り出した。
廃墟と化した電気街を走り抜けながら、僕らは息を荒げていた。
分かってる。
参った。
僕の負けだよ!
これは夢じゃない!
現実だ!
割れたショーウィンドウの前を駆け抜け、崩れたアスファルトを踏みしめる。
「はあはあ、もう少し! 頑張って!」
僕の前を走るスウェット姿の女の子はクロックスを履いているから走りにくそうなのに、初老のおばさんに声をかけ続けている。
僕は走りながら、隣で全く息を切らすことのないサマーに向けて言う。
「サマー! 取引以外で何かできないのか!?」
「死ぬほど笑えない提案ね、むしろ死んでほしいくらいに下らない提案だわ。あたし様はボランティアなんてしない」
モルグではジンを使って戦うんじゃないのかよ!?
「クソ……!」
僕のジンは無茶苦茶な取引をしたがるクソガキが出てくるだけ!?
そりゃ自分が世界屈指の脇役中の脇役だってのは分かってるさ!
物語の主人公になんか逆立ちしたってなれない!
一条みたいに氷の能力とかじゃなくていいよ!
せめて慎ましくも戦える仕様にしてくれよ!
ハズレ能力にも限度があるだろ!
モルティスの野郎!
次に会ったらケツを蹴り上げてやる!
そんな心の声を置き去りに、無常にも足音は僕らを追ってくる。重く、規則的で、確実に距離を詰めている。
「こっちだ!」
一条が建物の陰を指差し、僕らは身を寄せ合うように隠れた。息を殺して待つ。
急に走ったから脇腹が千切れるくらい痛い。
肺の奥が焼けついたみたいだ。
やがて、闇の奥から現れたのは思いがけない姿だった。
それは——カピバラ。
だが、癒し系のあの動物とは似て非なるものだった。
丸々とした体躯は筋肉質で、一歩踏み出すたびに地面が揺れる。
額からは鋭い黒い角が二本伸び、背中を覆う毛並みは金属のように硬質で鈍く光っている。
つぶらに見える赤い瞳の奥には、まるで飢えた捕食者の光が宿っていた。
口元からは鋭い牙がのぞき、赤い舌がだらりと垂れている。
その舌の先から、何か粘液のようなものが滴り落ちていた。
愛らしさとおぞましさの境界線上にいるその化け物を見た瞬間、全員のスマホが一斉に震えた。
《カピバラインプ 推定マルス:50,000》
「インプ……」
誰かが震え声で呟く。
そのカピバラインプが、ずるりと僕らの前に姿を現した。
鼻を鳴らし、こちらの匂いを嗅いでいる。
「な、なんだか可愛いような……」
中年の女性が震えつつも声を漏らす。
メガネのおじさんは相変わらず直立不動で一言も声を発さない。
パーカーを深く被った青年が後ずさる。
僕は肺から出ていった空気を飲むように息を荒げた。
足がすくんで、まともに動けそうにない。
だが一人だけ、この恐怖に立ち向かう人間がいた。
「怖がるな!」
一条だった。
彼は背を伸ばし、仲間たちを庇うように前に出る。
「大丈夫だ。俺が何とかする! どっちにしろこの世界で生き延びるにはジンを使わなきゃならないんだろ、それなら今の内に色々と試してやる!」
振り返った一条の顔に迷いはなかった。
決意に満ちた瞳で、僕らを見回す。
すげえな一条。
カッコ良いな。
「サマーちゃんも下がってろ。危険だ」
クソの役にも立たないサマーにまで気遣いを……?
なんだか、すごく主人公ぽい!
お前について行けば、この先少しは安全になりそうな気がする!
サマーは「はあ?」と声を漏らしたが、一条は既にカピバラインプと対峙していた。
その言葉に、皆の視線が自然と彼へ集まる。
僕も息を呑み、彼の頼もしい背中を見つめた。
一条は大きく息を吸い込み、スマホを掲げる。
「行くぞ——《グラキエス・スパティウム》!」
その瞬間、彼の周囲の空気が急激に冷え込んだ。
まるで北風が吹いたような冷たさだ。
轟、と冷気が爆発する。
氷の結晶が舞い上がり、一条の足元から瞬く間に白銀の世界が広がっていく。
地面が凍り、空気中の水分が氷となって降り注ぐ。
一条が言ってた通り、氷の能力……!
すごい!
頑張れ、一条!
カピバラインプの足が氷に包まれ、淡い光が漏れて動きが鈍る。
「やった!」
誰かが歓声を上げた。
だが——
「あ……あれ……?」
一条の声が掠れた。
見ると、一条本人の足元から氷が這い上がり始めている。足首、膝、そして太もも。
氷結の範囲に自分自身も含まれてしまっている。
「まさか……自分ごと……!」
サラリーマンの男が絶句した。
マジかよ、なんで……?
一条の身体が見る間に氷に覆われていく。
おいおい、そろそろ氷を解除しないとやばくないか!?
「お、おい! 一条!」
僕は叫んだが、一条の身体はもう胸まで氷に覆われている。
彼は歯を食いしばり、叫び声を上げた。
「うわあああああ! くそ……! 止まら、ねえ……!」
白い息が震えている。
「さ……寒……い……た……助け……!」
一条の瞳に、後悔の色が浮かんだ。
氷が首元まで這い上がり、彼の動きを完全に封じる。
その瞬間、一条の叫びに反応するように、カピバラインプが突進してきた。
硬い双角が、氷ごと一条の身体を貫いた。
「——っ!」
氷片と血飛沫が散り、一条が金色の粒子となって宙に舞った。
誰かの悲鳴が上がる。
僕は足がすくんで動けなかった。
さっきまで頼れる主人公のように見えた一条が、一瞬で散ったという現実。
ジンの暴走……なのか、原理はさっぱり分からないが、とにかくそれによって自滅を招いたという残酷な結末。
困っている人を見たら助けろ。
またババアのウザい声が頭をよぎった。
ただ、一条はその教えを実践して死んだ。
僕が駅で女子高生を助けようとしたように——いや、僕なんかよりもずっと勇敢に。
きっと立派な人間だったはずだ。
インプに及び腰になった、僕なんかよりもずっと……。
砕けた一条を見て、サマーだけが、なぜか感動したような声を漏らした。
「わあ、すっごく綺麗ね! 氷の花が咲いたみたい!」
その無邪気で無情な響きが、氷よりも冷たく胸に突き刺さった。
「人間が何かを選択し、その結果を甘受する……。やっぱり、とっても美しいわ」
サマーはそう続け、青く深い瞳で空に消える光の粒子を眺めていた。
サマーを嗜める余裕なんてなかった。
あるのは恐怖、それだけだ。
僕の膝が身震いするようにガクガクと震えたことだけがわかった。
周囲の人たちは青ざめ、口々に叫び始める。
「ジンって……自分まで巻き込むの!?」
「う、嘘だろ……あんなに頼もしく見えたのに!」
「使えないじゃない、そんなの……!」
恐怖と混乱が一気に広がり、誰もがスマホを握る手を震わせる。そして僕は、自分のスマホ画面に表示された数字に愕然とした。
《残りマルス:3,000》
「……っ」
思わず息を詰めた。
そんな……!
少な過ぎる!
モルティスに殺された男の人は26万くらい持っていたはず!
もしかして、死んだ時の所持金や財産で最初のマルスの量が決まる!?
あの男は数分でインプに殺された……。
だとすれば、残りマルス3,000というこの数字は──
横で僕のスマホを覗き込んだサマーが目を丸くしてから、ケラケラと笑い始めた。
「え? ええ!? あはははは! ちょっと待ってよ、契約者くん……それ本気? 3,000? カスリ傷で死ぬんじゃない?」
僕は何も言い返せなかった。全財産3,000円という現実が、ここでは命の残量として表示されている。
心許ないにも程がある。
カピバラインプが、一条を始末した後にこちらを向いた。淡く散った光の粒子に興奮したのか、赤い瞳がぎらつく。
僕は必死に頭を働かせた。
3000マルス——カスリ傷でも死ぬような数値……らしい。
正面から戦うなんて自殺行為だ。
「契約者くん、素直に逃げときなさいよ」
サマーが冷ややかに言った。
「あんたがここで瞬殺されたら、あたし様がつまらなくなっちゃうじゃない」
「逃げるって、どこへだよ!? 少し考えさせろ!」
サマーの「はいはい、考えてどうにかなるとは思えないけどね」という声は無視する。
カピバラインプはきっと他の人たちにも襲いかかるだろう。
それに、正直自分自身でも驚きだがこの期に及んで一条の死を無駄にはしたくないと思っている自分がいる。
せめて仇は取ってやりたい……!
落ち着け、落ち着け!
状況を整理しろ。
一条の氷のジン、それにサマー。
ジンは必ずしも持ち主の武器になるとは限らないんだ。
そしてカピバラインプ。
──パリン。
僕の思考に横入りするように、サラリーマン風の男がガラスを踏んだ。
カピバラインプがぐるりと頭を向ける。
まずい!
「避けろ!」
咄嗟に叫んでいた。
カピバラが走り出す!
「うわあああああ!」
ガシャン!
カピバラインプがサラリーマンに突進し、サラリーマンはギリギリのところでそれを避けた。
カピバラインプはそのまま壁に激突し、コンクリートの壁を破壊したが、何事もなかったようにぐるりこちらに向いた。
サラリーマンは腰を抜かしている。
今、音に反応したよな……?
今思えば、一条がやられた時もカピバラインプは一条の叫び声に反応していたように思える。
コイツの主な攻撃は角を使った突進だ、コンクリートの壁を簡単に砕いたことからもかなりの威力がある。
音に反応して一直線に突っ込んでくる、それがコイツの攻撃パターン。
周りを見回した。
崩れかけた電器店の看板、垂れ下がった電線、ひび割れたアスファルト、錆びた鉄パイプに意地悪な笑みを浮かべるサマー。
「サマー!」
「なによ?」
「取引すれば、インプを倒せるんだな……?」
「あたし様は取引で嘘はつかない」
「その言葉が本当である証拠は何もないんだがな……」
この華奢な少女があの化け物より強い?
まるで信じられない。
「殺したいほど失礼なヤツね」
「本当に、インプよりサマーの方が強いんだな?」
「当たり前でしょ、あたし様は最強無敵よ。……そろそろ本気で殺すわよ、あんた」
サマーは不服そうな表情だ。
この世界で最も頼れるツールのはずのジン、それがここまで言うなら、まずはそれを前提とした方がいい。
サマーがインプより強いという、その言葉を信じよう。
「で? 取引する気になったわけ……?」
僕は首を振る。
「はあ? なんなのよ?」
取引はしない。
記憶は渡さない。
重要なのはサマーがカピバラインプより強いという事実だ。
原理原則から考えろ。
この場で重要なのは僕たちが生き残ること、それにはインプを倒すか逃げ切る必要がある。
「上手くいったら奇跡だな……!」
僕はスマホのタイマーを20秒にセットする。
カピバラインプは今にも突進を繰り出そうと地面をひっかいている。
「何してるのよ、契約者くん?」
サマーが不思議そうに僕を見上げる。
僕はタイマーをスタートさせ、心の中で20秒のカウントを始めた。
「サマー、人間に興味があるって言ったな? なら、これを見てみろ」
問答無用で、スマホをサマーの手に握らせる。
「なによ、これ?」
僕は後退りしてサマーから距離を取る。
「人間を教えてやるって言ってんだ」
カピバラインプが頭を振り、こちらを睨む。
残り10秒。
「はあ……? これが?」
サマーは不思議そうにスマホを見つめる。
「さあ、サマー」
残り5秒。
僕は怪訝そうな表情のサマーに告げる。
「最強無敵なんだろ? 思う存分、戦ってくれ」
次の瞬間、スマホから甲高いアラーム音が鳴り響いた。
ピピピピピピ──!
獣がぴくりと反応する。
赤い両眼が光を帯び、音の方向を正確に捉えた。
「……嘘でしょ?」
サマーの表情が凍る。
カピバラインプが咆哮し、爆発的な勢いで突進した。
地面が揺れ、アスファルトがめくれ上がる。
「契約者くん!!」
狙い通り、インプはサマーの方へ一直線。
その瞬間、サマーがインプを睨みつけた。
彼女は反射的に、目にも止まらぬほどのスピードの回し蹴りをインプの頭部にクリーンヒットさせた。
ドガァン!
獣の頭が吹き飛んで、火花のような光の粒子が弾け飛ぶ。
「な……」
僕は息を呑んだ。
ショットガンでもぶっ放したみたいだ!
どんな威力だよ……!
サマーは髪を乱したまま、荒く息を吐いている。
頭部を失ったインプの体が崩れ、無数の粒子となって消えた。
《残りマルス:3,000→53,000》
マルスが増えた。
この世界のルールの一端を、今、身をもって知った。
「……ふざけたやり方するじゃない、契約者くん」
サマーは冷たい瞳で僕を見つめる。
その手には、鳴り止まないスマホが握られていた。
バイブレーションで震えるサマーの指先が、微かな怒りを伝えている。
「僕なりの取引だよ、教えてやるって言っただろ」
僕は人間を教え、サマーはインプを倒す。
これは、そういう取引だ。
「はあ……?」
サマーの冷たい視線に射抜かれるような気分になるのを堪えて、言葉を続ける。
「サマー、覚えときな。これが、弱くて小賢しい人間って生き物だ」
サマーの氷の視線が綻んだ。
「なるほどね、面白いことするじゃない。貧者なりの知恵はあるってわけね」
そう言ってスマホを僕に向けて放り投げると、サマーは踵を返した。
周りの人たちも、唖然とした表情で僕とサマーを見ていた。
《残りマルス:53,000》
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