第4話 朱く燃える羽

「それで、パパから予定より遅くなるって連絡が来て」


 かみって父親のことをパパって言うんだ。何か意外だな。こう、オヤジとか言いそうな雰囲気あるのに。こんなこと口に出したらぶっ飛ばされそうだけど。

 俺は浮かんだ考えを小さく頭を振って吹き飛ばした。話してもらっている立場だったのに、さすがに失礼すぎるだろ。本当にぶっ飛ばされる。


「さすがに一人でいるのは補導されるから、お店に入ってさ。窓の外を見ながら時間つぶしてたわけ」


 神谷の話は時系列がはっきりしているし、とても聞きやすい。おそらく、何度も誰かに話してきたんだろうな。それこそ、色々と細部を突っ込まれながら。

 そう思うと胸が痛い。あらためて、自分のせいで苦労させている事実を実感する。


 神谷はその日、剣道の試合の帰りにあの街に立ち寄っていた。父親の職場が近く、母親の帰りが遅い日だったので一緒に外食でもどうかと誘われたとのことだ。

 結局、そういう家族の団らん的なのをぶっ壊したのが俺なわけで。胸の奥に、なんか重い石が鎮座している気分だ。


 多少、顔色が悪くなっている俺を気にせずに神谷は話を続ける。


「そしたら、窓の外に妙な人影がいたの」

「みょう?」

「そうそう」


 神谷はこくこくとうなずくと、飲み物を豪快にぐいっと飲み干した。俺が来るまでにストローを使っていたのは、それこそ時間をつぶすためのようだ。


「それで、どうしても気になってお店を出て、そいつがいたとこにまで行ってみた」

「え、あぶな」


 俺の反射的な一言を聞いて、神谷はキッと俺をにらむ。その目で俺は自分の失言を悟った。

 話の流れ的に、このあと俺が倒れているはずだ。自分のことを棚にあげておいて、自分は人のことを注意するのかと神谷は言いたいんだろう。


 冷や汗をかいていた俺に、神谷の小さな息の音が聞こえてきた。

「まぁ、あんたが言いたいことも分かるけどね」

 神谷は小さく首を横に振った。やれやれ、といった感じで両手を横に広げている。


「言っとくけど、あたしだって危ないことは分かってんのよ」


 神谷は胸の前で腕を組んで、視線を上に向けている。何やら悩んでいるようで、意を決した様子で視線を俺に戻した。


「さっき、妙って言ったでしょ?」

 言った。俺も気になって聞き返したんだ。

「あの街ってかなり明るいと思うんだけどさ」


 俺達が住んでいる地域から、川を挟んで橋をこえた先にある街。自分が生まれる前から開発が進み、高いビルが並んでいる。夜になっても騒がしい、そんな場所だ。

 自転車で行ける範囲だから、同級生が問題起こして先生からくぎ刺されたりしてんだよな。俺も何か言われてるんだろうか……。想像すると、ぞっとする。


「それで、何が妙かってのは、説明しづらいんだけど」

 うーん、と一度うなってから神谷は続けた。

「むちゃくちゃ急いでいる様子なのに、見事に影になっているところだけ選んで遠ざかっていったんだよね、そいつ。わざわざ、ジグザグに道を横切って。光を避けているっていうより、影に飛び込んでいるような」

 それは確かに妙だ。俺は小さくうなずく。


「よく見えたな、それ」

「見えてないよ」


 おっと。すぐに返ってきた言葉が予想外すぎて、俺は目を丸くした。


「警察にもむちゃくちゃ聞かれたけど、分かったのは何か変な動きしてる人いるなーってくらいだよ、そんときは。顔とか聞かれても、分かるわけないよー。遠かったし、背中だったし」

 本当に散々尋ねられたことなんだろう。うんざりといった様子で、神谷は椅子に体を預けて天井を見上げていた。

「それはなんかすみません」

 いたたまれなくなった俺は、頭を下げる。神谷はそんな俺を真底不思議そうな顔で見つめて、「なんで、ユーダイくんが謝るの?」と首をかしげた。


 ユーダイくんって誰だ? 俺のことか?


「まぁ、そのままにしておくのは気持ち悪かったから、そいつが最初に出てきたところに行ってみたわけ。そしたら」


 そこまで話して、神谷は俺をじっと見つめる。大きな瞳を、鋭くとがらせる。その威圧感に、俺は後ろに下がろうとして椅子の背もたれがそれを止めた。


「駐車場であんたを見つけたんだけど……」


 じろじろと、俺の体を上から下まで観察する神谷。なんか、くすぐったい。


「何か、ずいぶん平気そうに見えるけど、大丈夫なの?」

 ふわりと、神谷の雰囲気が柔らかくなった。先ほどまでのけんのんとしたものは感じられない。


「うん、だいじょうぶだと、思う」

 俺の言葉は歯切れが悪い。少なくとも、医者の見立てでは悪いところは見つかっていない。それが不思議すぎて、頭を抱えていたけど。担当した人は、みんな。


「そ。だったら良いけど」

 神谷は、ぷいっと視線を横に向けた。

「あんなに真っ赤になった場所で倒れてて、それで死んじゃったってなったら夢見が悪いしね」


 おや。

 俺は、神谷の言葉に違和感を覚える。


――あのまま死んじゃったら、さすがに気分が悪いって思っただけ。


 言葉は似ている。それでも、今日初めて会ったときの冷たさを、神谷からは感じない。態度も同じようなものだけれど。

 そこで俺は気づいた。


 さては、この子、良い子だな。


 何も覚えていない俺よりも、当事者感覚の強い彼女だからこそ、色々と思うところはあるんだろう。逆の立場だったら気味が悪いもんな、今の俺。


「なんで笑ってんの、ユーダイくん」

 どうやら俺は笑っていたらしい。なんでもない、と首を横に振ってから俺は口を開いた。


「俺の名前はこうづきゆう

「ふぇ?」

 俺が急に自己紹介したもんだから、神谷が間の抜けた声を出した。


「さっきから、ユーダイって呼んでるから。俺の名前、雄大って書いてユウタって読むんだよ」

 あまり接点の無かった彼女。おそらく、俺が神谷みおと名前だけ知っているのと同じように文字列だけは知っていたのだろう。

 だから訂正したんだけど。

「へぇ~」

 神谷はあまり興味なさげに返事をして。


「まぁ、でも、あたしはユーダイくんって呼ぶね」

「何でだよ」


 思わずツッコミをいれたが、神谷は意に介さない。

「まぁ、あたしにとってはユーダイくんだからさ」

「だから、何でだよ」

 俺の質問には答えずに、少しだけ間を空けてから、彼女はかすかに笑った。


「それで話は変わるんだけど、ユーダイくん」

 宣言通り、ユーダイと呼んだ彼女はじっと俺を見る。マイペースだ。これは言っても聞いてくれない。

「何だよ」

 仕方ない。俺は観念して、話を促す。


「ちょっとバンザイして」

 神谷は両手を上にあげる。その行動の意味が分からずほうけていると、神谷の視線が鋭くなる。

「ほら、バンザイ」

 立っていたら、ぴょんぴょんと飛び跳ねたのではないだろうか。腕を上にあげたまま、だだをこねるように足をバタバタとさせている神谷。


 いったいなんなのか。

「わかった、わかったから」

 俺は両手を上にあげる。その刹那。


「よっと」

 神谷がガタッと椅子を鳴らして身を乗り出してきた。狭いテーブルを飛び越えてくるような勢いに、鼻先を彼女のシャンプーの香りがかすめる。


「うひゃあ」

 脇腹に細い指先が触れ、驚きで変な声が出た。

「急に何だよ!」

 反射で腕を下げた俺は神谷を見る。彼女は、そんな俺の視線に気づかず、何かを手に持って、それをまじまじと見つめている。


 え、何を持ってるんだ、アレ。状況からして、俺の脇から出てきたみたいだけど……なにそれ、怖い。


「ねぇ、これ」


 神谷は俺の目の前に、手にしたものを突き出した。


「来たときから、なんかチカチカ光ってるなと思ってたんだけど。これって、ユーダイくんの?」


 俺の目の前に差し出されたもの。それは、札のような縦長のカード。

 そこに描かれていたのはあかい羽。


 それが、確かに、俺の前でかすかに揺らいだ。まるで生きているかのように。

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