第2話 筋トレ続けて、月日は流れて、未来を知る

「いいですぞ、坊ちゃん!」

俺は無言で剣を振り続ける。


剣を振っている間は無心になれるからな。俺を世話してくれている、おっさんは30代くらいの魔物討伐部隊にいたらしい元・騎士だ。魔物を討伐する部隊にいる騎士は激務だから、30代で引退する人が多いらしいのだ。この世界、ファンタジー異世界で魔物がちゃんと存在するし、ダンジョンもあるらしい。


しかも、異種族までいるのだ。


畜生、最高かよ。


両親は最低だけど、異世界は楽しい。


「そこまで!」

「あ、ありがとうございまし、た。」

プルプル震える足を何とかなだめて立つ。俺の専属メイドであるティナが見ているのだ。無様な姿は見せられない。子供用の木剣とはいえ、真剣に百回も振れば疲れるのだ。だって、騎士だったマッチョリンは加減を知らない脳筋男だから。


俺がプルプルしているのを見てグハハと大口を開けて笑っている。


「しかし、坊ちゃん。私が思った以上に熱心ですな。正直、すぐに投げ出すかと思っていましたが、謝罪します!」

正直すぎる脳筋である。でも、嫌いじゃないな。


「いいよ、僕にも原因はあったし。」

「そうですな!最初は心配になるくらいに細かったですが、今では見違えますからな!」

6才になった俺はそれなりに健康な外見になっていた。5才のころの、超・健康不良児だった俺とはおさらばしたのだ。


ティナは俺にタオルを渡してくれたので、俺はタオルで汗だくの体をふきながら答える。俺の汗まみれになったタオルをティナに渡す。ごめんよ、加齢臭はしないから勘弁してね。まだ、俺子供だし。メイドのティナは余り背が高くないから圧迫感が無い。おまけに、細い。ただ、力持ちではあるんだよな。不思議なことだけど。焦げ茶色の髪に、黄色の瞳が良い感じの女の子だ。可愛いメイドさんが居てくれてよかったよ。癒しである 。


そんないい子に、貴族の子供としてはある程度は偉そうに振舞わないといけないんだよ。気が滅入るけれど、俺は侯爵家の次男だからな。あまり、自分に仕える者に気を使い過ぎてもダメだし、気を遣わな過ぎても破滅する難しい立場なのだ。


武術指南役のマッチョリンは楽し気に重しが付いた巨大な木剣をぶんぶん振っている。こいつ、騎士を引退したんだよな?なんで、あんなに元気なのに引退させられたんだろうか?マッチョリンは、身長が2メートルほどもあり、横幅も大きい。体重は100キロ越えかもしれない。


顔も、子供の落書きのような分かりやすい顔をしている。


大きな団子鼻、大きな目、大きな口、コロコロよく動く表情。太い眉毛は良く動き、感情と表情の連携がすごい奴だ。リアクションも、声も大きい。しかし、裏表の無い気持ち良い快男児と言えるおっさんだ。赤髪はいつも短く刈り上げられている。髭もいつも丁寧に剃られているから清潔感はあるおっさんだ。


俺の拙い剣の稽古を真面目にしてくれるし、筋トレの相方も務めてくれる。


俺が筋トレを思いついたと言って、一番喜ぶのがこのおっさんだ。今でも鍛錬大好きらしい。

「いやぁ、この間坊ちゃんから教わった鍛錬はきつかったですな。」

あれができるほうがおかしいんだよ。消防士の人がやっていたトレーニングをネタがてら教えてみたら、すぐにマスターしてやがんの。俺は分割して教えたというのに、こいつ連続してやりやがった。信じられないくらいの筋肉だな。

「あれを少し教えただけでできるマッチョリンがおかしいんだよ。」

「思いつく、坊ちゃんも坊ちゃんですがな!あれは地獄ですぞ!」

地獄のようなトレーニングを楽しいと言い切るのはお前ぐらいだと思う。本当、お父様は良く俺にこんなすごい人を指南役として付けてくれたよなぁ。普通に滅茶苦茶強そうだし。


ただ、礼儀作法や貴族の知識のあれこれを教えてくれる教師はつまらない奴だけど。なんか、俺の事をハズレ枠として見る感じが嫌だ。まあ、俺も適当に授業を受けているからお互い様だな。この国の歴史とかは真剣に学ぶが、礼儀作法とかは適当に学んでいる。


やはり、真剣に教えてくれる人から教わる方が楽しいしな。そんなこんなで、7才になった時 に俺はスキル判定の儀式と、魔力判定の儀式を受けることになった。兄であるカインは一年早く終わっているらしい。兄は、魔力増幅 のスキルと光魔法を授かっていたと聞かされた。うーん、チートの香りがするな。


そして、俺は、ザマーサレル侯爵家の別邸から王都の神殿まで儀式を受けに行った。


別邸なのが、俺に対する両親の関心の低さを物語っているという。しかも、両親は付いて来ておらず、俺の保護者役は本邸の執事長であるセルヴァンスだけだった。この、セルヴァンスは俺に対して慇懃無礼な嫌な雰囲気をした老執事である。


神殿の人も、俺を偉い貴族のお坊ちゃんとして丁寧に扱ってはくれている。まあ、家への敬意が感じられるだけジジイ執事よりはましだな。


「では、先にスキル判定の儀式を行います。世界のすべてを見守っておられる主神様に祈りを捧げてください。」

俺が理解したのは、この世界において光の女神であるソルセレイネ様が主神という立場にある多神教である。ちなみに、女性の神は自然現象を司ることが多いらしい。男の神は、力を司っていることが多い。だから、戦神、武神、鍛冶神、知恵の神など力に関わりそうな神々はすべて男だ。


そして、光の女神を生み出した創造神と言える存在は男なんだよな。男なのに、神を産めるってなんでだよとは思うけど、日本神話でも似たようなことは起こってるし。深く考えても仕方が無い気がする。だって、異世界だし。


女神よりも偉い神様が男だから、男が国を治める事に疑問を持てない風にしてあるんだなぁ。俺も、中世や近世ヨーロッパをモデルにしたと思しきラノベは結構読んでいるから理解は早かったが。


女神様に、転生させてもらったことの感謝を祈った。なんだかんだで、二度目の人生を楽しませてもらっているし。貴族として勝ち組人生だし。


神官さんが、俺へ向けて告げた。

「アベル様のスキルは、《石の上にも三年》ですな。今まで見たことも聞いたことも無いスキルです。あまり、気を落とされませんように。では、引き続き魔法判定の方へ移りましょうか。」

引き続き女神様に祈るようにと言われた。


俺のスキルはとても有用なものだったので、女神様に感謝した。スキルの効果は、俺の頭にはっきりと浮かんでいたからだ。三年間努力すれば、必ず人並み以上の結果が出るスキルなのだ。今世でも、前世でも凡人な俺にとっては良いスキルだ。


三年間頑張れば、必ず秀才の出せる結果を出せるようになるスキルだからな!


家を追い出されても人並み以上の能力を持ったまま家を出られるってことだから、日銭を稼いで生きていくことはできるだろう。


「アベル様の魔法属性は……なんということか。アベル様、心を落ち着かせてお聞きください。」

「はい。」

「あなたの魔法属性は、草花魔法 です。」

植物か、悪くないな。できれば、闇が良かったんだけどな。中二病が治りきっていない身としては、闇が良かった。まあ、確実に家から追い出される結果になったんだろうな。だって、植物系魔法を持った主人公はほとんどの作品で不遇な扱いを受けるものだし。ただ、それは主人公を軽く扱った周囲に対する“ざまぁ”への前振りみたいなものだから、俺としては気にしないんだけど。


おう、ジジイ執事の俺を見る目がまるで地を這う蟻を見るような目だなぁ。


間違いなく、嫌われていると分かるくらいに視線の温度が感じられない。その後は、神官さんから慰められながら俺は神殿を後にした。スキルと、魔法の儀式が終わって3日後に父からの手紙があった。


内容としては、俺は14才の時にいきなり病死することになるらしい。あくまで病死は対外的に発表することで、俺の名前は貴族籍から抜いておくとも書いてあった。平民としての名前は自分で考えるようにと書いてある。10才の時に、我が侯爵家と縁のある辺境の領地へ〈療養〉へ行かせるとも書いてあった。 


14才の時に病死、というのは俺を学校にやりたくないんだなとはっきり分かる。俺が生まれたこの国では15才から、貴族の子供のみ王立高等学院に通う義務があるからだ。そこで、紳士淑女としての知識を学び、貴族として生きて行くのに必要な政治に関わる知識や平民の上に立つ者として必要な武力、家同士の繋がりなどを手に入れるための場所だからだな。あと、職業を授かる儀式も18才の時あるらしい。


なるほど、俺は7才にして両親から『お前、うちの子じゃねえから』と言われたようなものだ。どうしよう、ティナには教えられない内容だぞ。別邸にいる人たちと俺は割と仲良くなったからな。でも、教えないわけにもいかないんだよなぁ。彼らの今後の人生に影響ありそうだし。


俺に仕えてくれている、彼らの将来はどうなるんだろうか。早速、廃嫡されそうになっているんだけど。偉そうなおっさん(元・父親)に、了承の手紙を出した。ただ、別邸の人たちはどうなるのか確認したかったんだけど。


別邸の人たちは、問題なく雇い続けるらしい。だったら、別にいいや。俺の悩みは解決した。


両親から愛されていないのは大したショックでもなかったし。いや、最初のコンタクトがね。悪過ぎたから、俺は廃嫡されるんだろうなとすぐに分かったし。さて、将来のためどうやって生きていくかを考えないとな。日課の鍛錬をこなしてから、眠りについた。

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