第二章 狂瀾編

第1話 第六部隊の日常

「隊長の能力って、どういうものなんですか?」


 ある日の朝。

 服用した薬の経過報告をしに研究室へとやってきた私は、ふとそんなことをヒナツキに尋ねた。


「エボルシックの能力って、その人の意思によって変わるんですよね。だとするとやっぱり隊長は、薬を開発する能力とかですか?」

「違うよ」


 実験の記録をボロボロの紙に書き記していたヒナツキ隊長が、顔を上げて私と向き合う。


「私の薬は、能力を一切使わずに自力で作り出したものだ。少ない資材でどうにかやりくりして、長い時間をかけて作っている」

「え、すご。天才じゃないですか」

「ふふん、そうだろう。もっと褒めたまえ」


 豊満な胸を張って、自慢げに笑みを浮かべるヒナツキ隊長。

 大人びた見た目に反して、子供みたいな仕草をする人だ。


「薬を作る能力じゃないかってことは、戦闘に特化したものだったり? 疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだんの隊長だし」

「私の能力はまったく戦闘向きじゃないよ。逆に問うが、私が末期症状者と戦えるような奴に見えるかい?」

「……あんまり戦えるところは想像できませんね」

「その通りだよ。私はただの引きこもりで、まったく戦闘能力のないボンクラだ。疾滅統括征異団の隊長をしているのは実験の費用が楽に稼げるのと……色々と、複雑ながあったからだ」


 ヒナツキ隊長は実験道具が山積みになった机で頬杖を突きながら、薄ら笑いを浮かべた。

 嬉しいような悲しいような、多くの感情が入り混じったかのような笑みだった。


「それで結局、隊長はどんな能力を持ってるんですか」

「秘密だ。言いたくない」

「ええ……。どうしてですか」

「私はあまり、自分の能力が好きじゃないんだ。だから誰にも話していないし、話したくない。部下である君達にもね」

「……そうなん、ですか」

「勿論、他人の能力については興味をそそられるし、もっと知りたいと思っているよ。ただどうしようもなく、私のだけは好きになれないんだ」


 エボルシックの能力は当人の強い意思によって生まれ、変化するものというのがヒナツキ隊長の立てた仮説だ。

 もしその仮説通りならば、ヒナツキ隊長も自分の意思に沿った能力を有しているはず。


 それを好ましく思ってないというのは、なんだか仮説と矛盾しているような気がする。

 本当に隊長は、自分の能力が好きじゃないんだろうか。


 だとすると隊長は……。


 嫌な想像が私の脳裏をよぎる。

 それが真実かどうか確かめたかったけど、やめておいた。

 浮かない顔をしているヒナツキ隊長を見るに、これ以上の詮索は良くない気がしたからだ。


 我慢しろ私、空気の読める女になるんだ……。


「私の話はこれくらいにして、次は君の話をしよう」

「私の話、ですか?」

「ああ。君の、エボルシックの進行についてだ」


 ヒナツキ隊長の顔つきが、一瞬で真面目なものに変わる。


「いきなりですまないが、少し服をめくって異形化している部分を私に見せてくれないか」

「いいです、けど」


 言う通りに着用しているシャツを捲り上げて、青白くなった脇腹を見せる。


 ヒナツキ隊長はまじまじとその部分を観察した後、困ったように片眉を吊り上げた。


「ふむ、やはりか」

「どうかしましたか?」

「いやなに。改めてだが、異形化の進行が早すぎると思ってね。以前君の体を見たのは九日前だが、その時よりも一、二センチほど異形化している部分が広がっている」

「そんな誤差よく分かりますね」

「これを誤差と思えるのは君の感覚が狂っているのだよ。異形化の種類にもよるが皮膚の表面に影響の出るものは普通、一ヶ月か、遅ければ三ヶ月くらいかかってようやく一、二センチほど広がるものだ。だが君の体は、二週間も経たずに広がってしまっている。早すぎるのだよ。おそらく私が今まで見てきたエボルシッカーの中で、一番進行が早い」

「……」

「以前、エボルシッカーの寿命は長ければ十数年、早ければ数年程度と言ったのは覚えているかい」

「はい。覚えてます」

「不安にさせるだけかもしれないが、敢えて伝えておく。私の予想では、君の寿命はあと二、三年くらいかもしれない」


 憂いを帯びた目で私を見つめながら、ヒナツキ隊長がそう告げてくる。

 私はその言葉を素直に受け止めると、「そうですか」と一言だけ返事を添えた。


 するとヒナツキ隊長は、面食らったような表情をして固まった。


「どうかしましたか?」

「……いや、すまない。その、想定していた反応と違ってね。もっと、辛い反応をされると覚悟していたのだが」


 どうやら、私の反応が淡白すぎることに驚いていたらしい。

 私は頰を掻いて、照れ笑いを浮かべながら弁明する。


「えーと、エボルシックの進行が早いっていうのは前から分かってましたし、それに私自身なんとなく二、三年くらいしか生きれないかなあと思ってたので。まさかそのなんとなくがぴったり当たっているとは思わなかったですけど、やっぱりそうかくらいの反応になっちゃいました。あはは」

「そんな他人行儀な……。二、三年しか生きれないんだよ? 悲しいとか辛いとか、もっと生きたいとは思わないのかい?」

「そりゃ生きれるなら生きたいですけど、こればかりはどうしようもないですしね。なら死ぬまで精一杯頑張って、天国にいる妹に胸を張って会いに行くだけです」

「……そうか。君はその為に、第六部隊に入ったんだったね」

「はい!」


 勢いよく返事する私に、ヒナツキ隊長は苦笑いを浮かべる。


「君はこの仕事をするにふさわしい、立派な異常者だね。このやりとりでよく分かったよ」

「……えっと、それって褒めてるんですか? 貶してるんですか?」

「褒めてるとも。異常であることが収容所では何よりも美徳だからね」


 隊長のその言葉には、一理あった。

 この世の終わりみたいな収容所で生き抜くには、異常にならないとやっていけないのだ。


 私はそのことを、収容所に来てから嫌というほど思い知らされてきた。


「私はもう少しだけ実験の記録をまとめておくよ。君は先にリビングに行って、朝ごはんを食べてくるといい」

「はい。分かりました」


 隊長からの命令を受けた私は研究室を出て、

一旦自室へと戻った。

 そこに置いてあった白い隊服に着替えて赤いマフラーを首元に巻き付けると、一階のリビングへと向かう。


 リビングには、私と同じ服装をした三人の男女が集まっていた。


 その内の一人である青髪の少年が、ヘラヘラとした笑みを浮かべて私に「おはよう」と話しかけてくる。


 彼の名前は卯月うづきミナト。

 収容所へとやってきたばかりの私を拾ってくれた、命の恩人だ。


「ちょっと、隊長は? 一緒に居たんじゃないの?」


 団子頭の少女が大量のパンを盛り付けた皿を手に持ちながら、むくれた顔で私に迫ってくる。


 彼女の名前は一宮いちみやキクリ。

 少し怒りっぽいけど、面倒見の良い優しい女の子だ。


「まだ実験の記録をまとめてる。此処に来るにはもう少し時間がかかるかも」

「なんで一緒に連れてこないの。朝は忙しいのよ。みんなそれぞれやることあるんだから、さっさと朝ごはん済ませないと」

「ご、ごめん。でも隊長が先に食べてって言ってたから」

「食事はみんなで食べるものでしょ。仲間外れはナシよ」

「そうだぞミルカ! 飯はみんなで食うから美味いんだ!」


 リビングのカウンター席に座り、朝っぱらからうるさい声を発する黒髪の青年。


 この人の名前は獅子島ししじまコウヘイ。

 “史上稀に見る奇跡の馬鹿”という、なんとも不名誉なあだ名を付けられている人だ。


「まったく仕方ないわね。私が隊長を無理矢理連れてくるから、それまで待ってなさい」


 パンを盛り付けた皿を私に押し付けて、キクリはむくれた顔になりながら研究室へと向かう。


 リビングから彼女の姿が消えた瞬間、ミナトが皿に盛り付けられたパンを四つほど手に取り出した。


「ちょ、ちょっとミナト。駄目だよ勝手に食べちゃ」

「朝食はさっさと済ませるものだよ。隊長が来るのを待ってなんかいられないさ」

「でも、キクちゃんに怒られちゃうよ?」

「へーきへーき。それより一刻も早く見回りに出ないと。俺達の仕事は収容所の平穏に関わるからね」


 ただ待つのが面倒臭いだけなんじゃと思いながら、私は基地の外へ出ようとするミナトを追いかける。


「おい、一緒に食べねえのかよ」


 コウヘイさんが残念そうに眉を下げながら、私達を呼び止めてきた。


「ごめんコウヘイ。キクリには君から上手く説明しておいてくれ」

「オレがアイツに上手く説明できるわけねえだろ。馬鹿を舐めるんじゃねえぞ。余計に怒らせて返り討ちに遭うだけに決まってる」

「大丈夫。どうせ俺達も後で怒られるから」

「後先の話じゃねえよ! お前が出て行かなきゃオレは怒られずに済むだろ! 馬鹿でも分かる。っておい待て、見捨てるな!」


 コウヘイさんの抗議を無視して呑気にパンを頬張りながら、ミナトが基地の外へ出る。

 私も遅れて基地を出ると、いきなり目の前に二つのパンが差し出された。


「これ、ミルカの分」

「あ、ありがとう」


 ミナトからパンを受け取り、一口だけ食べてみる。……相変わらず硬くて美味しくない。


 苦々しい表情を浮かべる私を見つめて、ミナトはヘラヘラとした笑みを浮かべた。

 そして、踵を返して第六地区の町を歩き始める。


「行くよ、ミルカ」

「うん!」


 私の名前は柊木ひいらぎミルカ、十五歳。


 体が徐々に異形化してバケモノになるエボルシックという病気を発症し、収容所へと連れて来られた女子高生。


 紆余曲折あって疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだんという長ったらしい名前の組織に所属することとなった私は、こうして個性豊かな仲間に囲まれて楽しく過ごしている。


 疾滅統括征異団の仕事はただ一つ。


 それは、人を殺すこと。

 担当する地区を見回り、末期症状へと至ったエボルシッカーを殺すのが私達の役目だ。


 今日も私達は第六地区を見回って、淡々と末期症状者を殺し続ける。


 そう、思っていたのに……。

 この日から私達の日常は、目まぐるしく変化していくこととなる。


 きっかけは、ヒナツキ隊長のとある頼み事から始まった。

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