第28話 人殺し

 気が付くと私は、いつもの場所に戻ってきていた。


 舗装されていない土が剥き出しの地面に、空の見えない鋼鉄の天井。

 奇抜で、現代社会と比べると文明レベルの低い町並み。


 見渡す限り間違いなくそこは収容所の光景で、そのどこにもハルちゃんの姿は見当たらなかった。


 消えてしまったのだ。

 私がこの手で、殺してしまったから。


 私は土の地面にへたり込むと、長い息を吐いた。

 どっと疲れが押し寄せてきて、全身から力が抜けて動けなくなる。


「ミルカ」


 ミナトが近付いてきて、私の名前を呼んだ。

 手に持った刀を鞘に収めて、私の隣に立つ。


「終わったみたいだね」

「……うん、終わったよ」

「お疲れ様」

「……うん」

「収容所中に散らばった分身達は俺とコウヘイとキクリが全部対処したから、被害はほとんど出てないよ」

「ありがとう」

「お礼を言われるような大したことはできてないよ。本体を倒したのはミルカだ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだよ。ミルカが本体を倒してくれなきゃ、分身が増え続けて甚大な被害が出てたかもしれない」

「……やっぱり、私がやったんだよね。ハルちゃんを」

「ミルカ、大丈夫?」

「うん、大丈夫。びっくりするくらい」


 隣に立つミナトの顔を見上げて、乾いた笑みを浮かべる。ミナトはそんな私に、優しく微笑んでくれた。


「そういえばさっきのあの花、ミルカがやったんだよね? 凄く綺麗だったよ」

「え、花?」

「あれ、ミルカじゃなかったの? てっきりそうだと思ってたんだけど」

「いや、多分私だと思う……。そっか。あれは、夢じゃなかったんだ。ちゃんと現実に起こせてたんだ」

「ミルカ……?」

「ううん、なんでもない」


 私は首を横に振ると、土で薄汚れた自分の手を見つめた。


「私ね、ミナト達のことずっと異常だと思ってたんだ。バケモノになったとはいえ、人を……しかも知り合いだった相手を躊躇いなく殺せるなんて異常だって、そう思ってた。でも、そうじゃないのかもしれない」

「どうして、そう思ったんだい?」

「私も同じだったから。私も、躊躇いなくハルちゃんを殺せたんだ。あの子がバケモノになった瞬間、殺さなきゃって思って。そしたら体がすぐに動いたの。世界で一番大好きな私の妹だったのに、私は平気であの子を殺すことができた。……どうしてなのかな」


 私の疑問に、ミナトは冷静な口調で答えてくれた。


「そういうものだよ。相手が知り合いだろうと大切な人だろうと、バケモノになって自分や誰かに危害を加えるなら、やらなくちゃいけない。その場に居合わせた誰かがやらないのなら、俺達がやる。俺達がやらないのなら、管理人が始末する。どうせ、誰かがやらなくちゃいけないことなんだ。正義感とは違って、義務感っていうのかな。ミルカにはそれができたんだよ」

「……私はただ、ハルちゃんを人殺しにさせたくなかっただけ」

「それも立派な義務だよ。ミルカはハルカちゃんの姉として、やるべきことをしたんだ」


 ミナトが地面に膝を突き、私の肩を優しく掴む。

 その瞬間、私の目からぽろぽろと涙がこぼれ出てきた。


「ねえミナト、やっぱり私って異常なのかな。殺そうとした時はあんなに平気だったのに……。今更なんでこんなに、悲しくなるのかな」

「普通だよそんなこと。家族がいなくなったんだから」

「でも、私が殺したのに。そんな私が、泣いてもいいのかな」

「悲しいなら泣いていいんだよ。君は誰かのために誰かを殺せても、誰かを殺して喜べるような殺人鬼じゃないんだから」


 そう諭された私は、散々に泣き喚いた。

 ミナトはそんな私の隣に座り、私が泣き止むまでずっと見守ってくれた。





 こうして私は、妹を殺して人殺しになった。



        ※ ※ ※



「君の能力は、〈再現〉だね」


 薬品の独特な匂いがする、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊基地の研究室にて。


 古びた木の椅子に腰掛けたヒナツキさんが、私と向き合いながらそう言った。


「私は君の能力を実際に見たわけじゃないから、聞いた話から推測することになるけど、まあ十中八九そうだろうね。頭の中で強く思い描いたものを現実に起こして、再現できる。いやあ、実に素晴らしい能力だ。これほどの能力を持つエボルシッカーは早々現れない」

「は、はあ」


 興奮気味に能力について語るヒナツキさんと違って、私のテンションは低かった。

 なにせ病み上がりだからだ。


 あの日、ハルちゃんを殺した私は散々に泣き喚いた後、気を失って倒れてしまったそうだ。


 それから私は基地へと運ばれて、二日以上も目を覚まさずベッドで眠っていたそうで……。


 初めて能力を使った反動なのか、体力を相当削られていたらしい。

 目を覚ました今でも体がだるくて、二日も何も食べていないのに食欲がまったく湧かなかった。


 それでも何か食べないと生き物は死んでしまうので、お馴染みの硬いパンを二つお腹にぶち込んだ。

 相変わらず美味しくない。


 過度な睡眠と質素な食事を終えた私はヒナツキさんに呼び出され、そして今彼女から能力について説明を受けていた。


「君にはセンスがある。大抵の奴は能力が発現した時、上手く扱えなかったり暴走してしまったりするんだが、君は一発で使いこなした。中々出来ることじゃないよ」

「あの時はほとんど無意識だったし、無我夢中だったんであんまり覚えてないですけど。多分、ミナトの真似事をしただけですよ。ミナトが末期症状者と戦っている姿をいっぱい見てきましたから、戦うならこうかなって自然とそうなったんだと思います」


 私は冷静に、自己分析をしてみる。


「だから刀も、ミナトの刀に似てたんだと思います。真っ白な光は、ミナト達が着ている隊服から連想したのかもしれません。それと花は、ハルちゃんに見せたかったから……」

「そうか。それは、見せてあげられてよかったね」

「……はい」


 私は俯きながら、弱々しく笑った。

 嬉しいやら悲しいやらで、笑顔が遠慮がちになってしまう。


 ヒナツキさんはそんな私を見つめがら実験道具だらけの机に頬杖を突いて、能力の話を続けた。


「エボルシックは未だ謎の多い病気だ。だからこれも私の単なる推測に過ぎないのだが、“能力”というものはその人の生き方や考え方、つまり意思から生まれるんじゃないだろうかと考えている」

「意思?」

「そう、意思だ。この理不尽な病と地獄の環境下で生き抜いていくには、まず生きたいと思う気持ちがないと不可能だ。私達にはその強い意思があるから、こうして生きている」

「……」

「ミルカ。君はなぜステージ1じゃなくステージ2の段階になると能力が突然発現するのか、考えたことはあるかい」

「ないです、けど」

「私はあるよ。そして仮説を立てた。能力の発現は、収容所に送られ地獄のような日々を味わってもなお、抗って生きようとする強い意思が関係してるんじゃないかとね」

「研究者なのに、結構感情的なこと言うんですね」

「感情から物事を考えて何が悪いんだね。研究というのは、知りたいという感情から生まれるものだ。感情がなければ物事は始まらないよ」

「はあ、そうですか」

「話を戻そう。たとえば君の能力だ。君は妹に花を見せてあげたくて、なおかつ妹に人を殺させたくなかったからという強い意思で、〈再現〉という能力を発現させた。そして実際に君は妹に花を見せて、妹に誰も殺させなかった」


 私は黙って頷く。


「君の妹は、〈分身〉という能力を持っていたそうじゃないか。ベッドの上で動けずにいた自分が嫌で、新しい自分を生み出して自由に動き回りたいという意思があったから、〈分身〉という能力を発現させたのではないかな」

「……そうかもしれません」

もっとも、君の妹はエボルシックに耐性がなかったから、末期症状に至るまで能力を使うことはなかったようだけどね」

「……」

「……おっと、部外者の私が色々と踏み込みすぎたね。気に障ったらすまない」

「大丈夫です。気にしてません」

「興奮するとついなんでも解説したくなるんだ。私の悪い癖だ」

「研究者っぽくていいと思いますよ」

「そうかな?」

「そうです」

「でもさっき、私の考えが研究者なのに感情的だとかなんとか言っていたじゃないか」

「それとこれとは話が別です。確かに言いましたけど、別にその考えを否定したかったわけじゃないですよ。むしろ私は、その考え方が好きです」


 私は研究者じゃないから、理屈っぽい考えよりも感情的な考えの方が共感できる。


「意思が能力を発現させるっていうのは私も思い当たるところがありますし、そうだったらいいなと思ってますよ」

「だろう?」


 同意を得られたことが嬉しかったのか、ヒナツキさんは足組みしながらニヤリと笑った。


 この人の笑みには研究者らしい知的さがあって、どんな大仰な仕草にもよく似合う。

 馬鹿な私には醸し出せない風格だ。


「もし私の推測通り、本当に能力が意思に関係しているのだとしたら、君の能力はその象徴とも呼べる力だね」


 〈再現〉。私が強く思い描いたものを真っ白な光で具現化する能力。


 どんなものを生み出せるかは、私の意思に強く影響される。

 上手く扱えれば、どんなことだってできてしまうかもしれない。


「そんな能力を得られたのは、君には誰よりも強い意思があるからかもしれないね」

「ハルちゃんのためならなんだってしてあげたいって、そう思っただけです。私は重度のシスコンですからね」

「……なるほど。シスコンをそんな誇らしげに自称するだなんて、確かに重度のシスコンではあるね」


 ヒナツキさんが若干引いた目で私を見つめてくる。ひどい。


「こほん、話が脱線したね。真面目な話に戻ろうか」


 ヒナツキさんが顔から笑みを消して、真剣な眼差しを私に向けてきた。


「君の能力は確かに素晴らしいが、能力が目覚めたこと自体はあまり喜べることではない。なぜだか分かるね」

「……はい」

「能力に目覚めたこということは、つまり君のエボルシックの症状がステージ2になったということだ」


 ステージ1だった私の病状は、約二ヶ月でで段階が上がってしまった。


 末期症状であるステージ5まで残り三段階。

 ヒナツキさん曰く、そうだ。


「これからもエボルシックの病状は進行していき、君の体を蝕んでいくだろう。寿命は長ければ十数年、早ければ数年程度だ」

「分かってます」

「それでも君は、収容所で生き続けたいかい?」


 ハルちゃんはもう死んだ。私が、この手で殺したのだ。


 三年前のように偽装で、実は生きていたりなんてことはない。


 私は妹を殺した事実とその喪失感を、生きている限りずっと背負い続けなければいけないのだ。


 果たして私は、その事実に耐えていけるだろうか。

 ハルちゃんのいない世界で、もう一度生きていくことができるだろうか。


 否。そんな覚悟は、ハルちゃんを殺したあの時から決まっている。


 私は真っ白な世界で見たハルちゃんの笑顔を思い出しながら、真っ直ぐな目でヒナツキさんと向き合い、その問いに答えた。


「私、約束したんです。ハルちゃんの分まで、たくさん長生きするって。だから私は生きます。この先どれだけ苦しいことがあっても最後まで足掻いて、生き続けます」


 私のその言葉に、ヒナツキさんはまたニヤリと笑った。


「よく言った。その“意思”を、ゆめゆめ忘れないようにね」

「はい」


 頑張って生きよう。


 拳を握り締め、心の中で改めてそう決意した矢先で、私は大事なことを思い出した。


「そういえば私、今無職なんですよ」

「ん、確かにそうだね」

「早く仕事を見つけないと私、処分されちゃいます」


 収容所には五つの規則がある。

 そのうちの一つに、仕事をしなければいけないというものがある。


 収容所に連れて来られて二ヶ月近く。私は未だ、働き口を見つけられずにいるのだ。


 もしこのことが収容所を統括している管理人にバレれば、規則違反者としてみなされて殺処分されてしまう。

 つまり、死ぬということだ。


 死にたくなければ、無職の私は早々に仕事を見つけなければいけない。


「そこでヒナツキさんに相談というか提案があるんですけど、いいですか」

「なんだい?」


 ヒナツキさんは不敵な笑みを浮かべると、古びた椅子にもたれ掛かりながら足を組み始めた。

 まるで私が最初からそうすることを分かっていたかのような、そんな態度だ。


 食えない人だなあと思いながら、私は次の言葉を口にした。


「私を、疾滅統括征異団しつめつとうかつせいいだん第六部隊に入れてください」


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