第4話

『友達なら、普通でしょ? これくらい』


 昨日、波留の部屋で、一本のサイダーを回し飲みしながら、あいつは何でもないみたいな顔でそう言った。


『……ならまあ、普通だな』


 あのときは、ああ言ったけど、冷静に考えたらやっぱ普通じゃないよな。

 そんなことをぐるぐる考えているうちに、放課後のチャイムが鳴った。


――キーンコーンカーンコーン。



 ていうかこのあとも、あの時間があるってことなんだよな。

 波留とまた、昔みたいに――二人でサイダーを飲む時間。


 その一瞬、昨日見たあの唇が脳裏をよぎる。

 少し艶めいた、ピンク色の唇。


 我に返って、慌てて頭を振った。


 何を考えてるんだ。落ち着け、俺。

 だがまあ……ある意味では、健全な男子高校生の正常な反応ともいえる。


 そんな言い訳をしながら顔を上げると、教室の前の方に視線が吸い寄せられた。

 碧色の瞳が、真っ白な肌の上で穏やかに弧を描いている。

 そのすぐそばには、華やかな女子の群れ。


「なあ波留、これ見てみ? 昨日のプリ、ちょっと盛れすぎちゃう?」


 スマホを差し出しているのは、大槻 舞おおつき まい

 丸っとした茶髪のショートヘアに、人懐っこい笑顔がよく似合う女子。


「はいはい、貸して」


 波留がスマホを受け取って、画面をのぞき込む。


「……うん。盛れてる」

「正直すぎん!? そこは『いつも通り可愛いよ』って言うとこやろ〜」


 そう言いながら、舞が波留の腕にしがみつく。

 周りの女子も「また舞香甘えてる」「いいな〜波留の隣席」とか笑ってる。

 波留が苦笑しながら、舞の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。


「はいはい。かわいいかわいい」


 ……たぶん、ああいうのが「普通の友達」なんだろうな。


「なぁ、波留も撮りに行こやん。駅前の新しいプリ、まだ試してへんやろ?」

「あー……えっと、今日は――」


 そのとき、波留の視線がこっちをかすめた気がした。一瞬だけだったけど。

 だが、何か言われるわけでもなく、すぐにまた舞の方へ向き直った。


「いいよ、行こうか」


 その返事を聞いた瞬間、胸の中で何かがストンと落ちた。


 そりゃそうだ。

 教室の中の俺たちは、あくまで「クラスメイト」でしかない。

 昨日のことをここに持ち込む理由なんて、どこにもない。


 結局その日も、俺は一度も波留と話さないまま、教室を後にした。


 正門を抜けると、視界の端にまたアオ春サイダーのポスターが入ってくる。

 その前で立ち止まって眺めている男子生徒が二人。その声が耳に入った。


「サイダーの子マジで可愛いよな」

「本物見た? えぐいぞ」


 「はぁ」と溜め息が、勝手に漏れた。



 家に着く。

 玄関の前で立ち止まって、なんとなく隣の家の二階を見上げてみた。

 でも、カーテンは閉まったまま。灯りなんてついてやしない。


 「まあ、当たり前か」


 自分の家の玄関を開けて、「ただいま」と適当に言い、靴を脱いだ。

 階段を上がって自室に入り、そのままベッドにダイブ。

 スマホを持ち上げて、いつものように、意味もなくタイムラインを流す。


「昨日が特別だっただけ、か」


 まあ、毎日何かを続けるだけでも、正直わりとしんどいだろ。

 それを「誰かと一緒に毎日サイダー飲もう」なんてところまでハードル上げたら、ほぼ無理ゲーだよな。


 相手は、教室の前の方で笑っていて、町中にポスターが貼られてるやつ。

 俺は、そのポスターを横目で見ながら、一人で帰ってくる側。


 あぁ、知ってた。

 俺なんかと毎日会う理由なんて、普通に考えたらどこにもない。


 なんとなく、流行りのAIアプリを起動して、『友達とは?』と打ち込んでみる。


――友達は、「対等な関係の相手」です。


 「対等、ね」


 思わず苦笑いがこぼれた。


「少なくとも、俺と波留には当てはまらないな」


 溜息を一つ吐いた、そのとき。画面の上に、ふっと吹き出しが浮かび上がった。


『今日何時に来る?』


 一瞬、時間が止まった気がした。


 メッセージなんて、そうそう来ない。

 親からの「今日は夕飯いらない?」とか、通販サイトからのセール情報とか、その程度だ。少なくともこの一年、友達からのメッセージなんてものは一通も来ていない。


 「誰だよ」なんて呟いて、おそるおそるその通知をタップする。


 トーク画面が開き、上部には『友達ではないユーザーです』の表示。

 アイコンには、見慣れたサイダーが机に置いてある写真。

 画面の左上に表示された名前は――


『波留』


 「……は?」


 嘘だろ、どうやって俺のID知ったんだよ……

 いや、それよりもまず何か返信しないと。


 震えかけた指で、『追加』ボタンをタップする。

 入力欄を開いて、『いつでも』と打ちかけて全部消す。


 今、時刻は17:50。


「三十分後くらいか?」


 いや遅いか? それとも早いか?

 てか、普通に「いつでも」でいい気もしてきた。

 けど、それも雑だよな。

 

 また指が止まる。


 待て待て待て待て、落ち着け、俺。


 画面の前で一人で迷走していると、先に向こうからもう一通メッセージが飛んできた。


『18:30、うちね』


 胸の奥で、何かがシュワッと弾け飛んだ。


 また、波留の部屋に行けるんだな……


 こうして、俺の中で、サイダー会の二日目がしれっと確定した。

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