第4話
『友達なら、普通でしょ? これくらい』
昨日、波留の部屋で、一本のサイダーを回し飲みしながら、あいつは何でもないみたいな顔でそう言った。
『……ならまあ、普通だな』
あのときは、ああ言ったけど、冷静に考えたらやっぱ普通じゃないよな。
そんなことをぐるぐる考えているうちに、放課後のチャイムが鳴った。
――キーンコーンカーンコーン。
◇
ていうかこのあとも、あの時間があるってことなんだよな。
波留とまた、昔みたいに――二人でサイダーを飲む時間。
その一瞬、昨日見たあの唇が脳裏をよぎる。
少し艶めいた、ピンク色の唇。
我に返って、慌てて頭を振った。
何を考えてるんだ。落ち着け、俺。
だがまあ……ある意味では、健全な男子高校生の正常な反応ともいえる。
そんな言い訳をしながら顔を上げると、教室の前の方に視線が吸い寄せられた。
碧色の瞳が、真っ白な肌の上で穏やかに弧を描いている。
そのすぐそばには、華やかな女子の群れ。
「なあ波留、これ見てみ? 昨日のプリ、ちょっと盛れすぎちゃう?」
スマホを差し出しているのは、
丸っとした茶髪のショートヘアに、人懐っこい笑顔がよく似合う女子。
「はいはい、貸して」
波留がスマホを受け取って、画面をのぞき込む。
「……うん。盛れてる」
「正直すぎん!? そこは『いつも通り可愛いよ』って言うとこやろ〜」
そう言いながら、舞が波留の腕にしがみつく。
周りの女子も「また舞香甘えてる」「いいな〜波留の隣席」とか笑ってる。
波留が苦笑しながら、舞の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
「はいはい。かわいいかわいい」
……たぶん、ああいうのが「普通の友達」なんだろうな。
「なぁ、波留も撮りに行こやん。駅前の新しいプリ、まだ試してへんやろ?」
「あー……えっと、今日は――」
そのとき、波留の視線がこっちをかすめた気がした。一瞬だけだったけど。
だが、何か言われるわけでもなく、すぐにまた舞の方へ向き直った。
「いいよ、行こうか」
その返事を聞いた瞬間、胸の中で何かがストンと落ちた。
そりゃそうだ。
教室の中の俺たちは、あくまで「クラスメイト」でしかない。
昨日のことをここに持ち込む理由なんて、どこにもない。
結局その日も、俺は一度も波留と話さないまま、教室を後にした。
正門を抜けると、視界の端にまたアオ春サイダーのポスターが入ってくる。
その前で立ち止まって眺めている男子生徒が二人。その声が耳に入った。
「サイダーの子マジで可愛いよな」
「本物見た? えぐいぞ」
「はぁ」と溜め息が、勝手に漏れた。
◇
家に着く。
玄関の前で立ち止まって、なんとなく隣の家の二階を見上げてみた。
でも、カーテンは閉まったまま。灯りなんてついてやしない。
「まあ、当たり前か」
自分の家の玄関を開けて、「ただいま」と適当に言い、靴を脱いだ。
階段を上がって自室に入り、そのままベッドにダイブ。
スマホを持ち上げて、いつものように、意味もなくタイムラインを流す。
「昨日が特別だっただけ、か」
まあ、毎日何かを続けるだけでも、正直わりとしんどいだろ。
それを「誰かと一緒に毎日サイダー飲もう」なんてところまでハードル上げたら、ほぼ無理ゲーだよな。
相手は、教室の前の方で笑っていて、町中にポスターが貼られてるやつ。
俺は、そのポスターを横目で見ながら、一人で帰ってくる側。
あぁ、知ってた。
俺なんかと毎日会う理由なんて、普通に考えたらどこにもない。
なんとなく、流行りのAIアプリを起動して、『友達とは?』と打ち込んでみる。
――友達は、「対等な関係の相手」です。
「対等、ね」
思わず苦笑いがこぼれた。
「少なくとも、俺と波留には当てはまらないな」
溜息を一つ吐いた、そのとき。画面の上に、ふっと吹き出しが浮かび上がった。
『今日何時に来る?』
一瞬、時間が止まった気がした。
メッセージなんて、そうそう来ない。
親からの「今日は夕飯いらない?」とか、通販サイトからのセール情報とか、その程度だ。少なくともこの一年、友達からのメッセージなんてものは一通も来ていない。
「誰だよ」なんて呟いて、おそるおそるその通知をタップする。
トーク画面が開き、上部には『友達ではないユーザーです』の表示。
アイコンには、見慣れたサイダーが机に置いてある写真。
画面の左上に表示された名前は――
『波留』
「……は?」
嘘だろ、どうやって俺のID知ったんだよ……
いや、それよりもまず何か返信しないと。
震えかけた指で、『追加』ボタンをタップする。
入力欄を開いて、『いつでも』と打ちかけて全部消す。
今、時刻は17:50。
「三十分後くらいか?」
いや遅いか? それとも早いか?
てか、普通に「いつでも」でいい気もしてきた。
けど、それも雑だよな。
また指が止まる。
待て待て待て待て、落ち着け、俺。
画面の前で一人で迷走していると、先に向こうからもう一通メッセージが飛んできた。
『18:30、うちね』
胸の奥で、何かがシュワッと弾け飛んだ。
また、波留の部屋に行けるんだな……
こうして、俺の中で、サイダー会の二日目がしれっと確定した。
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