第3話 推しと出会う
「どりゃああああっ!」
盗賊の頭領ビンダッタに向かい、真っ直ぐ斬り込んでゆく主人公リッド。
「甘いわ!!」
その剣を斧で弾き飛ばすビンダッタ。
「くっ! まだまだっ!!」
リッドは攻撃の手を緩めず、再びビンダッタに斬りかかる。
その背後では、リッドの悪友ジェスタが弓でタッテを狙っていた。
「はっ!」
ビュンッ パシッ!!
左手の丸盾(ラウンドシールド)で矢を受け止めるタッテ。
「ふんっ!!」
今度はタッテが落ちていた石を投げつけるが、ジェスタはなんなくそれを避ける。
ジェスタの更に後ろでは、彼らの幼なじみのフィアが魔法の詠唱に入っていた。
現段階で彼女が使える魔法は二つ。
火球(ファイアボール)と風刃(ウィンドカッター)。
この乱戦状態であれば、使うのは見た目の脅し効果がある火球だろう。
一方、ヨッコはじりじりと相手との距離を詰めていた。
「なんだ? お前だけずいぶんとお高そうなおべべを着てんじゃねえか。それに……なかなかそそる顔をしてやがる。グフフ!」
舌なめずりするヨッコ。
そんなデブに、白い女性騎士服を纏った少女は静かに槍を向けた。
「真面目に、必死に生きる人々から大切なものを奪ってゆく。そのような行為を見過ごすわけにはいきません!」
あたりに響く凛とした声。
透き通った青い瞳。
後ろで短くまとめた金髪が軽やかに揺れる。
(き、きた……!!)
一瞬、自分が置かれた状況を忘れて見入ってしまう。
だってそこにいるのは……
ファンタジーRPG『シルフェリア・ノーツ』の俺の最推し––––姫騎士のアリエッタ・ロレンティだったから。
☆
アリエッタは不遇キャラだ。
好色な王が気まぐれにメイドに手を出して産まれた八番目の子。五番目の王女。
騎士爵家出身の母親は強い後ろ盾もなく側室の序列は最下位で、母娘とも王宮では肩身の狭い思いをして暮らしてきた。
そんな環境でもアリエッタは母の実家の支援のもと素直に育ち、やがて民を護る騎士になることを目指すようになる。
本人の熱意と努力が認められ、ついに王立騎士団の見習い騎士に任じられた彼女。
だが生来の真っ直ぐさと強い正義感を持つアリエッタは、まがりなりにも王の血を引いているため騎士団でも扱いづらく、まもなく厄介払いされるように地方領地への出向を命じられる。
そうして出向先の領地で主人公たちと出会い、保護者的な立場で彼らに同行することになるのだ。
そんな彼女は、ゲームの途中で制作者の悪意により強制的にストーリーから退場させられてしまう。
以降、彼女が物語に復帰することはない。
永遠に。
––––ひょっとして彼女の離脱を防げるんじゃないか。
そう思い、色々なことを試してみた。
だけど何をしてもムダだった。
特定の場所に来ると、強制的に挟まれるイベントバトル。
そこでプレイヤーは、彼女と永遠の別れを強いられる。
結局、制作者にとって彼女は物語にインパクトを与えるための『捨てキャラ』にすぎなかった訳だ。
俺がアリエッタに惹かれたのは、自分にはないものを彼女が持っていたからだった。
不遇な設定。
ゲーム内での不当な扱い。
それでも彼女はめげず、不平不満を叫ぶこともなく、自分の信念を貫いて生きていた。
困っている人々に手を差し伸べ、命の危機にあっても自らを顧みず仲間のために敵に立ち向かった。
騎士としてはやや小柄ながら、凛として立つ彼女の姿が眩しかった。
いつもいつもトラブルから逃げ出し、世の中を呪って家に引き篭もっていた自分とは大違い。
誇り高い彼女が時折みせる花が咲くような笑顔に、胸がときめいた。
そのアリエッタが今、俺の目の前にいる。
☆
「ふんっ!!」
棍棒を振り回し、アリエッタに襲いかかるヨッコ。
「はっ!!」
棍棒を槍で受け流し、避けながら切り返しを試みるアリエッタ。
「うおっ?!」
のけぞり避けるヨッコ。
おそらく腕はほぼ互角。
二人は一度距離をとった。
「やるじゃねえか、お嬢ちゃん」
「貴方もね」
睨み合う二人。
その時だった。
「万能なるマナよ。火の玉に姿を変え、燃えさかれ!」
フィアの詠唱句がフロアに響き渡る。
同時に彼女が持つ杖の先に、煌々と燃え盛る火球が生まれ、薄暗い洞窟を照らした。
「火球(ファイアボール)!!」
ゴウッという音とともに炎を撒き散らし、宙を飛んでゆく大きな火の玉。
その火球は、一直線に飛ぶ。
––––俺に向かって。
(うそお???!!!)
「ひっ、ひぃっ!!」
間一髪のところで、ひらりと火の玉を躱す。
そして––––
ドォンッ!!
火の玉は俺たち盗賊団の後方––––保存食などの物資が入った木箱の山にぶつかり、炸裂した。
「うおっ?!」
燃えさかる物資の山。
肌を焼く熱風。
その瞬間、誰もがそちらを見ていた。
ビンダッタでさえリッドに一撃を加えて吹き飛ばし、そちらを睨みつけていたのだ。
––––それは、待ち望んでいた一瞬。
俺は小声で呟いた。
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