第2話 びんを投げる
☆
前世の記憶を取り戻して一週間。
「おいパシリー、ちゃんと片づけとけよ!」
寝っ転がって舐めたことを言うデブのヨッコに、俺は––––
「へいっ、アニキ!」
卑屈な笑顔で返事を返した。
(クソが。◯ねっ!)
本音を隠し、心の中で毒づく。
今日も今日とて雑用は全部俺に押しつけ、ビンダッタと二人の子分はたらふく飲み食いして先に寝てしまう。
(せいぜい今のうちに幸せな夢を見るがいいさ。……どうせ何年もしないうちに◯ぬんだから)
そう。
前世の記憶を取り戻した夜、俺はあることを思い出していた。
––––この盗賊団の末路を。
それはゲームにおける主人公たちとの四回目の戦闘後。
序盤のケチな空き巣からエスカレートし、ついに奴隷狩りや殺しにまで手を染めてしまっていた盗賊団『黒い三角形』は、主人公一行の活躍によって全員お縄になり、王国騎士団に引き渡されてしまう。
その後の彼らの運命は、ゲーム内では明確には描かれない。
ただ「全員縛り首になってホッとしたよ」というセリフを旅の商人から聞けるだけ。
『全員縛り首』
つまりそれがこの盗賊団の末路。
そしてそれは同時に、俺(パシリー)の未来でもあった。
「くそっ、こんなんやってられっか! ––––『水』っ!!」
月明かりの下、川の水で鍋を洗っていた俺は、スキル『魔法びん』で出したガラスびんを、近くの岩に向かって投げつけた。
バシャンッ! と音を立て、辺りに結構な量の水が飛び散る。
今のはガラスが割れる音じゃない。
水が飛び散る音だ。
スキルで出したガラスびんは、割れてもガラスは飛び散らず、音もしない。
ただ光る粒子となって消えるだけ。
俺は川に向かって右手をかざす。
「『魔法びん』!!」
手をかざした先にガラスびんが現れ、川の水をぐいぐい吸い込み、消える。
「『水』っ!!」
右手に今し方作ったガラスびんが現れ、俺はそれを岩に向かって投げつける。
すると再び辺りに、びんの大きさからは考えられないほどの量の水が飛び散った。
この一週間。
俺は夜中に皆が寝静まると、気力と体力が続く限りこの作業を繰り返していた。
目的は一つ。
固有スキル『魔法びん』のスキルレベルを上げること。
この世界のスキルは、スキルを使用する、あるいはその動作を反復することによってスキルレベルを上げることができる。
敵を倒して経験値を獲得しないと上がらないベースレベルと違って、剣の訓練を繰り返せば剣のスキルレベルが上がるし、料理を繰り返せば料理のスキルレベルが上がる。
従って、固有スキル『魔法びん』のスキルレベルを上げたければ、ひたすらそれを使ってやれば良い。
今俺がやっているのは、まさにそれだった。
一週間、毎晩休まずにこの訓練を続けた結果、今や俺の『魔法びん』はスキルレベル『4』に上昇。
ついでに『投擲』スキルを習得し、レベル『2』まで成長していた。
すべては、盗賊団から逃げるために。
そのためには、間もなくやって来るはずの機会(チャンス)を絶対に逃すわけにはいかない。
☆
その後も俺は、ひたすら水を集めてびんを投げ続けた。
「おい、パシリー! さっさと飯作れっ!!」
「よ、よろこんでっ、てっ、うわっ!」
ガシャーン!
「ったく、どんくせえなあ」
「「ゲハハハハハハッ!!」」
(……クソどもが。さっさと◯ね!)
昼夜は雑用を押しつけられ、深夜に一人、びんを投げる。
(絶対に逃げる。
逃げて、生き残ってやる!)
そして、待ちに待ったその時がやってきた。
☆
「またお前たちかよ」
初級ダンジョンの奥にある教室二つ分ほどの広さの部屋。盗賊団のアジト。
魔法灯の薄明かりの下、俺たちを見つけた『主人公』のリッドはうんざりしたような顔で言った。
「それは俺のセリフだ。毎度邪魔くさいジャリどもが!」
ビンダッタが吼える。
ゲーム『シルフェリア・ノーツ』における前半のイベント。
広域に頻発する家畜ドロボウの犯人を追っていた主人公たち四人は、森の奥にある洞窟型ダンジョンで盗賊団と遭遇する。
盗賊団『黒い三角形』との二回目の戦闘。
つまりそれが、『今』だった。
「あちこちの村で家畜を盗んでまわってたのは、お前たちだな?」
「だったらどうした?」
リッドの問いかけを、ビンダッタは鼻で笑う。
「いい加減お縄につけ!」
ジャキンッと武器を構えるリッドたち。
「五月蝿い、◯ねっ!!」
同じく武器を構える盗賊たち。
––––そして、戦闘が始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます