びんを投げる。推しを拾う。 〜盗賊の子分に転生した隠キャ、不遇ヒロインを助けたらフラグが立った

二八乃端月

第1話 隠キャ会社員、パシリ子分に転生する


「おいパシリー。酒だせ、酒ぇっ!」


 夜の森の中。


 焚き火を前に、黒いブーメランパンツに黒マスクを被った筋肉ムキムキのオッサンが木のジョッキを持って叫ぶ。


 その声に俺は––––


「へ、へい親分。––––ぶ、『ぶどう酒』出ろっ!」


 掛け声とともに右手が光り、手の中に筒状のガラス瓶が現れる。


 瓶の中には透き通った赤い液体が揺れている。


「お、お待たせしましたっ」


 いそいそと親分のところに行き、トポトポとぶどう酒を注ぐ。

 すると背後から別の声がかかる。


「パシリー、こっちにも酒だ。酒よこせっ!」


「よ、よろこんでっ!」


 振り返って返事を返した瞬間、手がゆれた。


「あっ!」


 バシャッ


 ぶどう酒がこぼれ、親分の手にかかる。


 いや、手どころじゃない。

 親分自慢のブーメランパンツにも派手なシミが……。


「パシリー、てめえ……」


 立ち上がる親分。

 俺は慌てて、


「す、すんません! おやぶほぉぉぉぉっっ!!」


 炸裂する拳。

 舞い散る星。


 謝る前に、親分のハンマーのような拳で殴りとばされていた。


 意識が遠のく。


 そして、薄れゆく意識の中で思い出した。


 前世の記憶を。


 俺が今いるこの世界が、前世でプレイしたことのあるRPG 『シルフェリア・ノーツ』の世界であることを。



 ☆



 その後間もなく。


 気を失って倒れていた俺は、水をぶっかけられて叩き起こされた。


 そして仲間からどつかれながらメシと酒の片づけを一人でこなし、皆が寝静まって大分経ってから毛布に包まった。


 口にしたのは、黒く硬いパンのかけらと干し肉一枚、それに水だけ。


(くそっ。皆して俺のことこき使いやがって……)


 悔しさに涙が出る。


(せっかく転生したのに、なんで転生先がよりによって『パシリー』なんだよぉ……)


 俺は唇を噛みしめ、拳を震わせた。




 パシリーは、ゲーム『シルフェリア・ノーツ』に出てくるザコ敵だ。


 シナリオ中、何度か登場する盗賊団『黒い三角形』。


 その頭領の『ビンダッタ』は要するにゲームの中ボスなのだが、戦闘の時には必ず三人の子分を連れて登場する。


 ノッポの『タッテ』。

 デブの『ヨッコ』。

 そしてネクラそうな『パシリー』。


 いかにもボス風なビンダッタや、その子分のタッテ、ヨッコに対し、パシリーは明らかなネタ枠だった。


 片目を隠すボサボサの髪。

 卑屈そうな薄ら笑い。

 背を丸め、ウネウネと体を揺らすキモい動き。

 そして『パシリー』という、盗賊団の中での立ち位置を端的に示すアホな名前。


 どう見ても不良にパシリにされてる隠キャオタクです。ありがとうございます。


 当然強さも見た目通りで、攻撃があたれば一撃で『戦闘不能』。

 戦闘中は逃げ回ってばかり。


 ただ回避だけはそこそこ優秀らしく、攻撃しても一、二回は空振りしてしまう。

 回避時にはご丁寧にわざわざ文字で「ひぃっ!」という吹き出し付きで、キモいモーションが出る素敵仕様。


 プレイヤーから見れば非常にイラッとさせられるキャラで、俺もこのパシリーのことが大嫌いだった。


 そう。大嫌いだったのだ。

 まるで会社での自分の姿を見せつけられているようで。


 何をやっても上司から怒鳴られ、女子社員からはキモがられる。


 前世の俺も、パシリーと変わらない隠キャだった。




「…………『ステータス』」


 見上げていた星空の手前に、青い光の文字で自分のステータスが浮かび上がる。


 パシリー LV:3

 HP:170/220

 MP:15/15

 SP:15/15


 保有スキル:

 ・回避LV4

 ・逃走LV3

 ・料理LV2

 ・魔法びんLV3 (固有スキル)


「……雑魚(ザコ)だ。クソ雑魚だ」


 何度見ても。

 これじゃあ一撃で戦闘不能になる訳だ。


 レベルこそゲームスタート時の主人公と同じだけど、MAXHPが半分もない。


 思った通り、『回避』だけは優秀。

 だけどこれも頭打ちだろう。


 スキルレベルのMAX値は「10」。

 LV5がプロレベルで、それより上を目指すには努力以外に才能が必要になる。


 パシリーの記憶によれば、俺(パシリー)は孤児院で小さい頃から殴られたり蹴られたりしてイジメられていた。

 だから『回避』と『逃走』がここまで上がったんだろう。


 そして最後の固有スキル『魔法びん』。

 このスキルは––––


 俺がスキル名をタップすると、その下に説明が表示された。



『魔法びん』

 :保存したい対象に手をかざしてスキル名を唱えると、その状態を保ったまま魔法びんに保存できる。ただし保存物はカタチのないものに限る。カタチのあるものは不可。魔法びんを取り出したいときは保存物の名前を唱える。レベルが上がると保存できるびんの数と内容量が増える。


 《保存物リスト》13/30

 ・ぶどう酒×7

 ・水×5

 ・ポーション×1



「確かに、便利は便利だけどさあ」


 俺は深いため息を吐く。


 せめてカタチあるものが保存できるならアイテムボックスとして使えるのに、それができない。


 要するにこの固有スキルは、ビンダッタ達の水筒と酒樽以外に使い道がなかった。

 まさにパシリのためにあるようなスキル。


 この世界の女神シルフェリアは、俺に何か恨みでもあるんだろうか?




 虚しくなってきた俺は、ステータスを閉じた。


「……逃げたいな」


 そんな言葉が口をついて出る。


 だがそれは無理な話。

 逃げてもすぐにビンダッタに捕まってしまう。


 ビンダッタは盗賊らしく『お宝探し』という固有スキルを持っている。お宝や獲物の気配に気づく天性の勘のようなものだ。


 そのスキルのせいで、奴から逃げるのは至難の業。


 実際パシリーはこれまで二度盗賊団から逃げようとしたことがある。が、その度にビンダッタに捕まってボコボコにされてしまっていた。


 逃げるなら、ビンダッタと子分たちが絶対に追えないような状況(シチュエーション)じゃないとダメだ。


 例えば、強敵との戦闘中とか。


「……ん?」


 そのとき俺の頭の中に、ある記憶が蘇ってきた。



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