第5話 防具のくせに飛ぶ貝、ギルドで噂になる

それから数日。


俺とリリアは、ガロウ隊の“おまけ”として、

 スライム狩りと雑用クエストをいくつかこなした。


結果どうなったかというと――


「お、来た来た。“防具のくせに前に出る貝”のお通りだ」


ギルドに入った瞬間、

 入口近くのテーブルから、そんな声が飛ぶ程度には、噂になっていた。


(いやその呼び名、そろそろ定着阻止しないと手遅れじゃない?)


ガロウが苦笑混じりに肩をすくめる。


「お前ら、妙なあだ名つけんな。

 ちゃんと“契約魔物”って呼んでやれ」


「だってよー、

 他の防具型、前に飛び出して殴ったりしねぇんだもん」


「防具がタックルするの反則だろ」

「スライムの核だけピンポイントで割ってくの見たぞ、オレ」


テーブルのあちこちから、そんな声が上がる。


リリアは、いつものように少し縮こまりつつも、

 前よりは顔を上げている時間が長くなっていた。


「……あ、あの、貝さんだけじゃなくて、

 私もちゃんと《小火》撃ってます……」


思い切ってそう言ってみたものの、

 自分で言って自分で恥ずかしくなったらしく、すぐ俯いた。


「おー、自己主張できるようになったじゃねぇか」


ガロウが、ぽん、とリリアの肩を叩く。


「こいつ、ちゃんと核狙って火花当てるからな。

 貝だけじゃスライム落としきれねぇ場面、何回かあったし」


「へぇ。リリアが“前に出る”なんて、珍しいわね」


カウンターの奥から、ミーナがくすっと笑った。


「前までは、“出る前に転ぶ”だったもんね」


「ミーナさんまで……」


リリアの抗議は、か細い。


(前に出るどころか、影に隠れてたタイプだろうしな……

 それに比べたら、だいぶ進歩してる)


ガロウ隊とのクエストの成果は、

 ギルドの掲示板にも数字として反映されていた。


【リリア・マーシュ 討伐ログ:スライム×28】


数日前までゼロだった行が、

 ちまちまとしたスライムマークで埋まり始めている。


(まあ、その大半は俺のタックル込みなんだけどな)


俺自身のステータスも、少しずつ伸びていた。


───── ステータス(簡易) ─────

【名前】貝塚 海斗

【種族】シェルフィー・レイス(契約個体)

【レベル】4


【HP】14

【MP】6

【攻撃】4

【防御】23

【敏捷】3


【スキル】

・硬殻防御Lv2

・殻タックルLv1(熟練度MAXに近い)

・死んだふりLvMAX

・陰の観察者

・観戦解析Lv2

─────────────────


(次のレベルまで、まだだいぶあるな……)


スライム八体狩って、ようやくレベル3から4。

 その後も何度かクエストに出ているが、

 今は「討伐十数体で、やっと次のレベル」というペースになっている。


序盤のお試し期間は終わり。

 本格的な経験値テーブルに乗った、ということだろう。


(まあ、その分“殻タックル”の熟練度バーはだいぶ溜まってきてるけどな)


レベルだけじゃなく、スキルの質も上げていかないと、

 この先やっていけなさそうだ。


「ねぇ、リリアちゃん」


その日の昼、ギルドの片隅のテーブルで、

 リリアがパンをかじっているところに、サラがひょいと顔を出した。


「一緒に座っていい?」


「あ、は、はい。どうぞ……」


サラは当然のような顔で向かいの椅子に座り、

 自分のマグをトンと置く。


「最近、よくガロウ隊の手伝い来てくれるじゃん。

 どう、少しは“冒険者楽しい”って思えてきた?」


「えっと……」


リリアは、少し考えるように視線を宙に泳がせた。


「楽しい、って言うほど余裕は、まだ……ないですけど……

 前より、“帰ってくるとこ”って感じがします」


「ギルドが?」


「はい。

 前は、書類書くだけで帰ることも多かったので……」


(つまり、“ちゃんと冒険者してる感”が出てきたってことか)


サラはニコッと笑った。


「いいね、それ。

 そういうの、ガロウにも言ってやんなよ。

 あいつ、無駄に面倒見いいから、絶対ニヤつくよ」


「え、えぇ……。

 なんか、からかわれそうです……」


「だろうね!」


(そこは否定しないんだ)


サラは、リリアの胸元の俺を指差す。


「で、その貝くんとはどう? 仲良くやってる?」


「な、仲良く……」


リリアが困ったように笑う。


「喋れないですけど……。

 “ここぞ”ってときに、ちゃんと飛んでくれるので……

 すごく、心強いです」


(お、好感度表現高めだな。

 主人公もちょっと照れるぞ)


「ちゃんと“お願い”してる?」


「はい。

 勝手に飛んでもらうより、

 “お願いします”って思った方が、うまくいく気がして……」


(気のせいじゃないんだよな、それ)


サラは、ふむふむと頷いた。


「いいねー。

 ちゃんと“相棒”って感じになってきてるじゃん」


リリアは、少しだけ目を伏せて呟く。


「……そうなれたら、いいなって……思ってます」


「おい、そこの貝」


不意に、背後から声が飛んできた。


リリアとサラが振り向くと、

 革鎧に安っぽい斧を下げた青年が立っていた。


タグには「ドラン・キース Fランク」と出ている。


「お前か、“防具のくせに飛ぶ貝”ってのは」


(その略し方は初めてだな)


ドランは、鼻で笑った。


「たいした魔物でもねえのに、妙ちくりんなあだ名で目立ちやがって」


サラが眉をひそめる。


「ちょっと、ドラン。

 あんた何の用?」


「別にぃ? 用ってほどじゃねえよ。

 ちょっとどんなもんか、試してみたいだけだ」


そう言って、ドランは俺に手を伸ばした。


「……っ」


リリアが、慌てて胸元を押さえる。


「な、何するんですか!」


「動く貝なんだろ?

 なら、ちょっと揺らしたくらいでどうにかなんねえって」


乱暴に掴もうとするその手を、

 サラがさっと叩き落とした。


「やめなよ。

 契約魔物に勝手に触るの、マナー違反だからね」


「ちっ……。

 じゃあ、“ちょっとだけ”ならいいだろ? な?」


ドランが、ニヤニヤしながらリリアに近づいてくる。

 リリアは完全に固まってしまった。


(……やれやれ)


俺は、そっと、殻の縁に力を込めた。


リリアのローブに噛みついているフックを、自分で外す。


「えっ」


リリアが小さく声を上げるより早く、

 俺はドランの手元――テーブルに置かれた彼のマグカップ――を狙って飛んだ。


【スキル:《殻タックル》】


ガンッ!


いい音を立てて、マグの側面にぶつかる。

 マグは盛大に横倒しになり、中身の薄い酒がドランの顔面にぶちまけられた。


「ぶへっ!?」


悲鳴とも呻きともつかない声が上がる。


(いやー、手よりマグに当たってよかったな。

 さすがにギルド内で人に直タックルはマズいし)


周囲の冒険者たちが、一拍おいてから爆笑した。


「ドラン、お前、貝にビビらされてんのかよ!」

「顔洗えてよかったじゃねーか!」


「て、てめぇ……!」


ドランが真っ赤になって立ち上がる。

 その肩に、がしっと太い手が置かれた。


「おう、どうしたドラン。

 防具にちょっかい出して、貝にどつかれたって噂の本人はお前か?」


ガロウだった。


隣で、サラが肩をすくめる。


「噂、広がるの早っ」


「ガ、ガロウさん、これは――」


「これは?」


ガロウは、あくまで穏やかな口調のまま、ドランを見下ろした。


「契約魔物に勝手に触ろうとして、

 その魔物に返り討ちにあった。

 ……違うなら、訂正していいぞ」


「……っ」


ドランは、唇を噛んだまま、何も言えなくなる。


「契約魔物は、“持ち主の道具”じゃねえ。

 “パーティメンバーの一人”だ」


ガロウは、やんわりとドランの肩を押して、その場から離した。


「お前だって、自分の武器勝手にべたべた触られたら嫌だろ。

 まして相棒だ。

 分かったな?」


「ああもう……っ、分かりましたよ!」


ドランは悪態をつきながら、

 濡れた顔のままギルドの外へ出ていった。


笑い声とざわめきが残る中、ガロウがこちらを振り返る。


「悪ぃな、リリア。

 うちのギルドも、全員が全員まともってわけじゃねえ」


「い、いえ……。

 助けてくれて、ありがとうございます……」


「お前も、よくやったな」


ガロウは、俺を拾い上げてニヤリと笑う。


「マグ狙ったのは、正解だ。

 あそこで人の顔面に当ててたら、

 さすがに“ただの貝”じゃ済まなかったぞ」


(だから狙ったんだよ。

 陰キャだけど、そのくらいの分別はある)


「……ほんと、ただの防具型とは思えないわねぇ、その子」


カウンターの奥から、ミーナが呆れ笑いを漏らした。


その日の夕方。


人が少なくなったギルドの片隅で、

 ミーナが分厚い本を広げていた。


「ねぇ、リリア。

 ちょっと来てみなさい」


「は、はい?」


リリアが近づくと、

 ミーナは開いたページを指でトントンと叩いた。


「さっきのドランの件で思ったんだけどさ。

 あなた、“契約魔物”のこと、あんまり知らないでしょ?」


「……はい。

 鑑定で“防具型”って出たくらいで……」


「なら、基礎くらいは頭に入れときなさい。

 いざというとき、判断材料になるから」


ミーナの前に置かれているのは、

 『契約魔物概論・初級編』と表紙に書かれた分厚い本だった。


(お、教本タイムか。システム的な説明が欲しかったところだ)


ミーナが読み上げる。


「契約魔物の進化は、大きく分けて三つ。

 “通常進化”、“環境進化”、“魔導進化”。

 ここまでは絵本にも載ってるレベルね」


指先がページの図をなぞる。

 簡略化されたスライムや狼や鳥の絵が、矢印で進化先と繋がっている。


「シェルフィー・レイス――貝くんの種族は、

 普通なら“防御特化”か、“殻を厚くしただけの上位種”になることが多い。

 それが通常進化」


ページの端に、小さく「シェルガード」「シェルウォール」と書かれている。


「でも、戦い方や居場所によっては、

 “環境進化”とか“魔導進化”っていう、

 ちょっと変わった方向性に伸びることもある」


(環境進化=深海殻とか炎殻。

 魔導進化=砲台系、だな)


ミーナは、そこでページをめくりかけ――やめた。


「……で、ここから先は、

 ある程度レベルが上がってからのお楽しみ」


「え?」


リリアが目をぱちぱちさせる。


「“特殊進化”っていう、

 ごく少数しか辿り着かないルートがあるんだけどね。

 それは、今のあなたたちにはまだ関係ない」


(特殊進化、やっぱりあるんだな。

 ただ、今はUIにも出てないし、詳しくも教えてくれない、と)


「大事なのはね」


ミーナは、本をぱたんと閉じた。


「“契約魔物も、ちゃんと成長する”ってこと。

 放っておいても、勝手に強くなる」


「放っておいたら、ダメ……ってことですか?」


「そう。

 “何も考えずに強くさせた結果”、

 制御できなくなった例もあるからね」


魔人、という単語は口に出さなかったが、

 オルドが昨日話していた内容が、さりげなく重ねられていた。


「でも、だからって“育てるのをやめろ”とは言わないわ」


ミーナは、俺をひょいとつまみ上げて、光にかざした。


「ちゃんと見て、ちゃんと考えて、一緒に成長していけばいい。

 “どういう進化をさせたいか”も、選べるようになるし」


「選べる……」


リリアが、小さくその言葉を繰り返す。


「はい。

 “防具として守ってもらう”のか、

 “攻撃も任せる前衛”にするのか、

 “魔法寄りにする”のか。

 ……まぁ、貝くんの性格にもよるけどね」


(性格で決まるのかよ)


ミーナは、にやりと意地悪そうに笑った。


「少なくとも、“守ることを一切考えない進化”は、

 私はおすすめしないかな。

 リリアには、まだ守ってもらう必要があるからね」


「……はい」


リリアは、胸元の俺にそっと触れた。


(守る、か)


前世の俺は、

 誰かを守るどころか、

 自分のことすらまともに守れなかった。


それが今は、

 防具として、武器として、

誰か一人くらいなら“守れるかもしれない”位置まで来ている。


(どういう進化にするか、なんて、

 正直まだ全然イメージできないけどな)


ただ、ひとつだけははっきりしている。


(少なくとも――

 この子の“足を引っ張る進化”だけは、ごめんだ)


その夜。


リリアの安アパートの天井を、

 殻の隙間からぼんやりと眺めながら、

 俺はステータス画面の片隅を開いた。


【進化情報(概要)】

・次回進化判定レベル:10

・現状の進化傾向:

 通常進化:攻撃寄り(シェルストライカー系)

 環境進化:判定不可(環境経験不足)

 魔導進化:判定保留(魔法使用回数が少ない)

・特殊進化:条件未達/情報非公開


(やっぱ、「特殊進化」はまだグレーアウトどころか“項目ごと非表示”だな)


通常進化の攻撃寄りルートが、

 薄く光っているようなイメージが浮かんでいる。


(貝なのに、普通に攻撃寄りで扱われてるの、じわじわくるな)


レベル4。

 進化までは、まだ少し距離がある。

 その間に、どう成長するか。

 どう“選ぶか”。


(……まあ、今考えても答え出ないか)


俺は、殻を少しだけ閉じて、

 リリアの寝息を聞いた。


安物のベッドが軋む音と、

 外を走る荷車のガタガタという音が、

 この世界での“日常”になり始めていた。


(とりあえず明日は、スライムじゃない相手がいいな)


そうぼやきながら、

 根っからの陰キャ貝の意識は、静かに眠りへと落ちていった。

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