第4話 初クエスト
翌朝。
ギルドの前には、朝靄と、やる気に満ちてる人間と、眠気に満ちてる貝がいた。
(眠い……。貝にも朝とかあるんだな……)
リリアは、いつもより少しだけ早起きしたらしく、
目の下にうっすらクマを作りながらも、ちゃんと支度を整えてきている。
ローブは相変わらずボロいけど、
胸元の俺だけは妙にピカピカだ。
ミーナが昨日、洗浄魔法でピカピカにしてくれたからだ。
「おーい、来てたか」
ギルドの扉が開き、ガロウが大きく伸びをしながら出てきた。
分厚い胸板に、大剣。筋肉。テンプレ戦士だ。
「おはようございます、ガロウさん……」
「おう。……眠そうだな、お前」
「き、緊張で、あんまり眠れなくて……」
「そっちかよ」
ガロウが苦笑したところで、後ろから軽い声が飛んだ。
「隊長、置いてかないでくださーい」
ぴょん、とガロウの横に飛び出してきたのは、
栗色のショートヘアの女の子。腰には短剣、背中には小さな弓。
タグには「サラ・ミント Eランク斥候」と出ている。
「今日のFランク引率は、ガロウ隊とサラちゃんが担当でーす。よろしくねー」
ひらひらと手を振るサラに、リリアがぺこりと頭を下げる。
「あ、あの、よろしくお願いします……」
「うんうん。リリアちゃんね。噂の“攻撃できない魔導士”」
「うっ……」
「おいサラ、そういう言い方すんな」
ガロウが額を押さえる。
「“生活魔法マスター”とか“支援ガチ勢”とか、もっとマイルドな呼び名にしとけ」
「じゃあ“生活魔法ゴッド”で」
「そういう意味のない持ち上げ方もやめろ」
(なんかこの二人、コンビ感あるな……)
「さて」
ガロウが軽く咳払いをする。
「今回の依頼は、村近くのスライム五体以上討伐。Fランク用の定番だ」
彼は、リリアと俺を順に見た。
「基本方針はこうだ。
前衛:俺。
後衛:サラとリリア。
……で、その胸の貝は――」
俺を指さす。
「防具。……なんだが」
「“なんだが”?」
サラが首をかしげる。
「昨日、門でちょっと聞いた。
リリア一人じゃスライム倒せなかったはずが、
“貝が飛んでって仕留めた”って話だ」
「……っ」
リリアがビクッとする。
(情報伝わるの早いなオイ)
「だから、今日は試す。
貝の動きに合わせて前衛を調整するか、
それとも普通に防具として使うか、見極める」
ガロウはニヤリと笑った。
「どっちにしろ、前に出すときは、勝手に飛ばすなよ。
合図してくれりゃ、こっちも合わせやすい」
「は、はいっ」
(……すごいなこの人。
“防具が飛んで攻撃する”って話を、わりとすんなり受け入れてる)
もっとこう、「気味悪い」「壊れてんじゃねえの」みたいな反応もあるかと思っていたが、
少なくともガロウは「戦力」としての扱いにシフトしようとしているらしい。
サラが、興味津々な目で覗き込んでくる。
「ねぇねぇ、貝くんって呼んでいい?
飛ぶときって、どんな感じでビュンって行くの?」
(貝くん固定になりつつあるのなんなんだ)
もちろん何も答えられないので、
俺は殻をぱかっと少しだけ開けて、すぐ閉じた。
「……今、返事した?」
「サラ、気のせいだ。
行くぞ、時間食っても仕方ねぇ」
ガロウが歩き出し、俺たちもそれに続いた。
村外れの草地は、昨日よりも少しだけ朝露が濃かった。
背丈の低い草の中に、小さな白い花。
その合間を、小さな青い塊がぬるぬると動き回っている。
(いた。スライム)
ガロウが手を挙げて合図する。
「よし、一発目は基本どおり行く。
俺が前で受け止める。
サラは側面から。
リリアは後ろから魔法。
貝は――」
ちら、と胸元を見る。
「とりあえず防御に専念。
様子見だ」
「わ、分かりました」
リリアが杖を握りしめる。
俺は、リリアの胸元でじっと構える。
【《陰の観察者》:観戦モードON】
(よし、まずは観察からだな)
ガロウが駆け出す。
「オラァ!」
大剣が大きく振り下ろされ、
スライムの体が大きく揺れる。
が、粘り気のあるゼリーが衝撃を吸収し、完全には割れない。
【観戦解析Lv2】
・対象:スライム(弱)
・弱点:中心核
・属性耐性:水に強い/火にやや弱い
(やっぱ核だよな)
「サラ!」
「はーいっと!」
サラが横から飛び出し、
短剣でスライムの側面をざくざくと切り裂く。
ゼリーが飛び散り、核が一瞬だけ露出する。
「今!」
「……っ、《小火》!」
リリアが、ぎりぎりまで詠唱を短くした《小火》を核めがけて撃つ。
ぱち、と小さな火花が散り、核が熱でひび割れた。
スライムが崩れ落ちる。
【討伐:スライム(弱)×1】
(お、今の動き、かなり良くないか?)
ガロウが舌を巻いた。
「おい、リリア。
お前、ちゃんとやりゃできんじゃねえか」
「え……」
「昨日まで《ウォーター・ニードル》しか撃ってねえって聞いてたからよ、
てっきり“水しか出せない子”かと思ってたわ」
「ち、違います……。《小火》も、《乾燥》も……」
「なら最初からそうしろ」
ガロウはスライムの残骸をつま先でつつきながら、
にやりと笑った。
「水に強い相手に水撃っても通らねぇ。
でも、火花でも、核のヒビを狙えば十分なダメージになる。
……今のコンボ、悪くねぇぞ」
サラが親指を立てる。
「はいはーい。
“スライム狩り基本コンボ1”って名前つけよー」
「センスが壊滅的だなお前」
(でも実際、かなりいい連携だったな。
……俺、出る幕なかったけど)
観戦による経験値は、ほんの少しだけ入っていた。
【観戦経験値:+1】
【次のレベルまで:あと27】
(うん、昨日までみたいにポンポン上がる感じじゃないな。
このくらいのペースでちょうどいいか)
その後も、いくつかスライムと遭遇した。
二体目、三体目は、
さっきと同じ基本コンボでリリアもきっちり仕事をこなす。
その様子を見ていたガロウが、
四体目のスライムを前に、ちらりと俺を見た。
「よし、そろそろ“貝のテスト”してみるか」
「テ、テスト……?」
「リリア」
ガロウは声を落とす。
「次のスライム、
お前はあえて一歩、俺の後ろに下がれ。
で、貝を――投げるなよ。
“飛ばしたい”って思うだけにしろ」
「と、飛ばしたい……」
「そう。“お願いする”つもりでな」
なんだそのフワッとした指示、と思ったが、
リリアは真剣に頷いた。
「わ、分かりました……!」
(いや分かるのかよ)
四体目のスライムが、ぷるぷると震えながら近づいてくる。
「前は任せろ。
リリア、下がれ」
「はいっ」
ガロウが前に出て構え、
リリアは一歩下がる。
俺は、胸元からスライムを見据える。
(……来るか?)
リリアの手が、胸元の俺の上にそっと重ねられた。
その瞬間、微かな“意識”が伝わってくる。
――お願い。
――今、前に出て。
(……なるほど。こういう感じか)
俺は、自分でフックを外した。
重力に従って落下し、その勢いを前へのベクトルに変える。
【スキル:《殻タックルLv1》】
地面すれすれを滑るように飛び、
ガロウの足元をすり抜けて、そのままスライムの核めがけて突撃する。
がんっ。
鈍い音とともに核を直撃。
核が粉々に砕け、スライムが崩れ落ちた。
【討伐:スライム(弱)×1】
【獲得経験値:4】
【次のレベルまで:あと23】
(……よし。
ちゃんと“意図したタイミング”で飛べたな)
ガロウが目を丸くしていた。
「今の……合図したか?」
「えっと……
貝さんに、“お願いします”って……」
「マジで伝わってんのかよ……」
サラが目を輝かせる。
「やだ、なにそれ。めっちゃ面白い。
“お願いしたら飛ぶ防具”とか、新ジャンルじゃん」
(やめろ、変なキャッチコピーつけるな)
ガロウは、俺を拾い上げてしげしげと眺める。
「……見た目はどう見てもただの貝なんだがな」
(どう見ても貝です)
「ま、いい。
戦力になるなら、それで充分だ」
ガロウは俺をリリアの胸元に戻した。
「リリア」
「は、はい」
「さっきみたいに、“お願いする”感じで、
必要なときだけ前に出してやれ」
それから、少しだけ真面目な声音になる。
「ただし、“全部貝に任せる”な」
「……」
「さっきのコンボみたいに、
お前が魔法を撃ったからこそ、スライムは簡単に落ちた。
“守られてる”って安心しすぎると、
いつか本当に死ぬぞ」
リリアは、ぎゅっと杖を握った。
「……はい」
(この人、口は悪いけど、
教え方わりとちゃんとしてんだよな)
五体目、六体目のスライムを倒したところで、
空はだいぶ高くなっていた。
「ノルマは達成だな」
ガロウが、腰の袋にスライムの核を放り込みながら言う。
「ついでに、もう二、三体くらい狩っとくか。
リリアの練習にもなる」
「はいっ!」
その後は、
基本のコンボでリリアがちゃんと魔法を撃ち、
危ないときだけ俺が前に飛び出す、という形に落ち着いた。
サラが時々、わざとスライムの注意を引いて動きを乱し、
俺やガロウがそこに合わせて殴る。
小さな連携の積み重ね。
その一つ一つが、“パーティ”というものの実感になっていく。
【戦闘回数:合計8】
【観戦経験値+討伐経験値】
【次のレベルまで:あと5】
(だいぶたまってきたな……)
最後の一体を仕留めたとき、
システムウィンドウが静かに更新された。
【レベルが3 → 4になりました】
───── ステータス更新 ─────
【レベル】4
【HP】12 → 14
【MP】5 → 6
【攻撃】3 → 4
【防御】20 → 23
【敏捷】2 → 3
【スキル熟練度】
・《殻タックルLv1》熟練度:一定値到達(※次回レベルアップ時に強化候補)
─────────────────
(よし、やっと一つ上がった。
昨日までみたいに“二、三匹倒したら即レベルアップ”じゃなくなったな)
このくらいのペースなら、
レベルアップ一つ一つにちゃんと意味を持たせられそうだ。
ギルドに戻ると、
ミーナがカウンター越しに手を振ってきた。
「おかえりー。どうだった?」
「スライム、合計八体。
依頼達成だ」
ガロウが核の入った袋を置くと、
ミーナは「よしよし」と笑いながら数を確認する。
「リリアも、ちゃんと“仕事した顔”してるじゃない」
「き、緊張してただけ、です……」
リリアがもじもじしていると、
ガロウが横から口を挟んだ。
「今日の基本コンボは、お前が中心だぞ。
小火→核ヒビ→貝タックル。
どれか一つ欠けても、上手くいかなかった」
「そ、そう……ですか……?」
「そうだ」
「胸張っとけ。
……貝もな」
ガロウが、いつものからかいの色を少しだけ薄めた声で言った。
リリアはきょとんとし、それから照れくさそうに胸元に手を当てる。
(胸張れって言われたから、代わりに俺は貝柱をぎゅっと太くさせておいた)
サラが、後ろでくすくす笑いながら付け足す。
「今日のあだ名、決まりだね。
“防具のくせに前に出る貝”」
「やめろ」
ガロウのぼやきを聞きながら、
俺は内心でだけ、ちょっとだけ貝柱を誇らしげにしておいた。
サラが、後ろでくすくす笑いながら付け足す。
「今日のあだ名、決まりだね。
“防具のくせに前に出る貝”」
「やめろ」
ガロウと俺の心の声が、珍しく完全に一致した気がした。
報酬は、銅貨が数枚。
大金ではないが、昨日ミーナにもらったパンとは比べものにならない価値がある。
「ちゃんと“自分で稼いだお金”だね」
ミーナがそう言って袋を渡すと、
リリアはそれを大事そうに抱きしめた。
「が、がんばります……!
また、お願いします……!」
「おう。
次も、余裕があれば付き合ってやるよ」
ガロウが軽く手を上げ、
サラも「またねー」と手を振る。
リリアは、胸元の俺にそっと触れた。
「……貝さんも、ありがと」
(まあ、俺もだいぶ楽しかったよ)
陰キャで、貝で、防具スタートの俺が、
気づけば「パーティの一員」として数えられ始めている。
まだ、ギルドの中での立場は最底辺だ。
まだ、進化なんて先の話だ。
それでも――
(こうやって、一歩ずつやってくの、
悪くないな)
そんなことを思いながら、
俺は殻を小さくぱかっと開けて、すぐ閉じた。
その動きに気づいたのか、
リリアが、少しだけ笑った気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます