第ニ部

第12章:試験を乗り越える計画

~(人間は助け合う生き物であり、一人では弱い。)~


・記憶喪失と向き合うイズミとナツメの日常、第二部の始まり。


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その午後、部室は居心地よく感じられた。窓が少し開けられ、午後の風が校庭の湿った葉の香りを運んできていた。低い木製テーブルの上に、カナさんが手作りのケーキの入った箱を置き、甘い香りが部屋を満たした。


「よっしゃ~!今日はお母さん手作りのチョコケーキ持ってきたよ。」カナさんは明るい口調で言い、箱を開けてテーブルの中央に押しやった。

「わあ、これ美味しそう。」イシダが言いながらさっそく一切れ取った。


イズミは少しの間ケーキを見つめ、それから小さな一切れを取った。彼はそっと噛んだ。甘さがゆっくりと口いっぱいに広がり、彼は一瞬ケーキを見つめ、まるでその味を理解しようとするかのようだった。「 甘い… 」彼はかすかに呟いた。


「うん、それは甘いケーキだよ。」カナさんは優しく微笑みながら答えた。「いいね、味がわかってる。」


彼らは皆円になって座り、部屋の空気は一瞬静かになり、遠くの食堂の音と壁時計の秒針の音だけが聞こえた。カナさんはティーカップを置き、そっとため息をついた。


「イズミの問題は今のところかなりコントロールできてるよね?」カナさんはナツメとイシダを交互に見つめながら言った。

イシダはゆっくりとうなずいた。「ああ、彼は昨日ゲームまでやってた。大きな進歩だ。」


しかし、カナさんは眉をひそめ、表情が真剣になった。

「それじゃあ…次に直面しなきゃいけないことがある。」


イズミは混乱した様子で彼女を見つめ、まるでカナさんが何を言うか待っているかのようだった。

「私たち、もうすぐ期末試験があるんだ。」カナさんの声は少し重かった。

部屋はすぐに静かになった。


「試験…?」イズミは静かに繰り返した。

「うん。」カナさんが答えた。「勉強しないと。でも問題は…」彼女はイズミを見つめ、それから隣のナツメを心配そうな表情で見た。「あなたたちは明日の朝、覚えたこと全部忘れちゃうよね?」


イズミはうつむき、手で制服のスカートの裾を握りしめた。ナツメも一緒にうつむいた。

「 そう… 」ナツメの声は小さかった。「毎朝、全部なくなっちゃう。本当に空っぽで、昨日の授業のことも覚えてない。手帳を読んで新しい記憶を作るしかない。でもそれも一日しか持たない。」


イシダは頭をかいた。「うーん…それじゃあ、もし今日勉強しても、明日の朝に忘れちゃって、また一から勉強しないといけないってこと?」

ナツメはゆっくりとうなずいた。


カナさんは唇を噛み、顔は心配でいっぱいだった。

「これは…大きな問題になりかねない。もし二人が落ちたら…」


イズミは彼ら全員を見つめ、まるで何が起きているのか理解しようとするかのようだった。

「僕…勉強しないと?」イズミが尋ねた。

「うん。」カナさんは微笑みながら答え、空気を和らげようとした。「でも一人にしたりしないよ。記憶がなくなっても試験に立ち向かえる方法を探すから。」

ナツメがイズミの方を見た。

「 一緒にやるよ。忘れちゃったら、また最初からやり直す。毎日。できるまで。 」

「そうだよ、そして俺が君が今まで出会った中で一番クールな先生になる。覚悟しとけよ、明日から集中講義開始だ。」

「これ冗談じゃないんだから、イシダ。本当に効果的な計画を立てないと。そうしないと、二人とも試験に落ちるかもしれない。」

イシダは両手を上げて降参した。「はい、はいカナさん…真面目にやるよ。」


その甘ったるい呼び方にカナさんの顔が赤くなり、真剣な顔を取り戻そうとした。

「それじゃあ…私たちは、あなたたちが少なくとも試験を乗り越えられる方法を見つけないと。全部覚える必要はないけど、少なくとも半分くらいの問題には正しく答えられるようにしないと。」

「つまり…超要約みたいなの作る?大事なポイントだけ載せたやつ?」

「うん。全部の章を暗記させるのは無理だよ。でも、試験に一番よく出る部分——公式、キーワード、ポイント——を準備して、試験の朝にさっと読み直せば、ある程度は答えられるはず。」

「 試験の朝に読む? 」

「うん。」カナさんは確信を持って答えた。「朝に勉強したことは忘れないから。もし試験に落ちたら、大きな問題になる。先生が親を呼び出すかもしれないし。」


イズミは目を少し見開いてカナさんを見つめた。「親が…怒る?」

カナさんはすぐに声を柔らかくした。「そうじゃない…ただ、親は心配するよね。心配させたくないでしょ?」


イズミは一瞬うつむき、それからうなずいた。「心配させたくない。」

ナツメが向かい側に座り、そっと微笑んだ。「 一緒にやれるよ。 」

彼女の声は温かく、イズミと自分自身を同時に励まそうとしているようだった。


緊張していた空気が少し軽くなった。イズミは再び注意深く書き、彼らが立てたばかりの計画を書き写した。まるで書くことで、明日すべてが消えても、明確な方向性を持って最初からやり直せるという小さな希望を刻み込むかのようだった。


カナさんは三人を見つめ、それからほっとしたように微笑んだ。「よし、それじゃあ今から次のフェーズに入ろう。」

「試験まであと一週間。イズミとナツメの問題はまだ完全に解決してないけど…もし彼らが試験に落ちたら、全てが無駄になる。だから試験前に読めるように授業の要約を作ろう。」


イズミは何も言わずにカナさんを見つめ、その意味を理解しようとした。


カナさんは役割分担を始めた。

「私はナツメのために一年生の授業の要約に集中する。イシダ、あなたは二年生の授業の要約をイズミのためにやって。同じクラスだから。」

イシダは冗談のように手を上げた。

「了解、ボス。でも急に優等生みたいになるのは期待しないでよ。俺普考前夜に一夜漬けするタイプだから。」


カナさんはイライラしたように鼻を鳴らした。

「だからあなたの成績いつもギリギリなんだよ、イシダ。」

「おい、ギリギリの成績を馬鹿にするなよ。徹夜の努力の結果だぞ!」イシダはくすくす笑ったが、カナさんが睨みつけるとすぐに静かになった。

「はあ…わかった…あなたがあまり当てにならないから、私も二年生の授業の要約を手伝うわ。少なくともバックアップはあるから。」

イシダはただくすくす笑うだけだった。


ナツメが顔を上げ、付け加えた。

「 私も手伝えるよ。明日忘れちゃっても、今日皆がまとめたものをきれいに書き写せる。それもイズミの役に立つと思う。 」

イズミはそれを聞いて、ゆっくりとうなずいた。

「 僕も…手伝いたい。書けるから。 」


午後の空気は少し温かくなり、部室は普段よりリラックスしているが少し集中していた。カナさんは持ってきたお菓子をテーブルに置き、それから家から持ってきた分厚い教科書を開いた。


「よし。」カナさんは三人を見つめながら言った。「今日から来週の試験の大事な部分に印をつけていくよ。全部の教材を勉強しなくていい、一番大事なところだけでいい。」

「助かった。全部やらなきゃいけなかったら、退屈で死んじゃうよ。」

カナさんが鋭く一瞥した。

「冗談言わないで。サボったら、誰がイズミを助けるの?彼は昨日の記憶さえ頼りに復習できないんだから。」

「わかった、わかった。手伝うよ。できるだけ簡単にしよう。」


彼らは始めた。カナさんとイシダは大事な章を黄色と赤のマーカーで印をつけた。


その午後、彼らはイズミの手帳には何も書かず、ただこれから要約する章のリストを作った。


帰り際、カナさんは本を閉じ、ほっとしたように微笑んだ。

「今日は教材の範囲を決めた。明日から一つずつ要約を始めて、試験前に全部終わらせるようにしよう。」

ナツメも小さく息を吐き、ほっとしているようだった。

「 ありがとう…本当に助かるよ。 」


イシダは背伸びしながら立ち上がった。

「よし、今日はここまで!さあ早く帰ろう!」

「なんでそんなに急ぐの?」


イシダはくすくす笑い、イズミの肩を組んだ。

「今朝イズミと約束したんだ、彼の家でゲーム教えてあげるって!」

イズミは無邪気な目でイシダを見つめた。

「 本当に…来てくれるの? 」


イシダは大きく笑った。

「もちろん!でも…」彼はナツメとカナさんをいたずらっぽく見た。

「ごめんね、今回は男限定で。」

カナさんはふんと言った。

「なんで男限定なのよ?!」


イシダはただ笑った。

「ちょっと男同士の絆を深めたいんだ。君たちはもうクラブでイズミといる時間が多いし。」


ナツメはただ小さく微笑んだ。今回は気にしていないようだった。

「 もしそれがイズミを楽しくさせるなら…私は構わないよ。 」


イズミは少し混乱しているようだった。

「絆…?」


イシダはそっとイズミの頭をポンと叩いた。

「一緒に時間を過ごすってことだよ。俺たち二人だけ。ゲームの後でわかるよ。」


カナさんは結局折れた。まだ不満そうだったが。

「わかったわ。でもあまり遅くまで帰らないでね。明日は教材の要約始めるから。」


イシダは兵士のように敬礼した。

「了解、部長!」


彼らは校門で別れた。カナさんとナツメは別の方向へ一緒に歩き、時々イシダと一緒に歩くイズミを振り返って見た。


「彼、ずいぶん変わったよね。」カナさんが囁いた。

ナツメはゆっくりとうなずき、イズミの背中を見つめた。

「 うん…前より生き生きしてる。 」


一方、イシダとイズミは家路についた。イシダは彼らがプレイするゲームについて長々と話し、表情は熱狂的だった。イズミは目を輝かせて聞いていた。完全には理解していないが。


イズミにとって、楽しいことで誰かが自分を待っていてくれると感じるのは初めてのことだった。


---


その夜、イシダが帰った後、イズミはベッドの端に座っていた。パソコンはオフになっていたが、携帯はまだ手に持っていた。

小さな振動が聞こえた——グループの通知だ。


-古典文学部グループ-


イシダ (20:32)

今日超楽しかった!!!イズミって教えれば結構上手なんだな!🎮🔥


カナ (20:33)

マジで?ただ基本のボタン教えただけで勝ったんじゃないの?😑


イシダ (20:33)

おい!違うよ!協力プレイで、イズミがボス倒すの手伝ってくれたんだ!


ナツメ (20:34)

イズミ…楽しかった?


イズミは数秒間携帯の画面を見つめた。彼の手がゆっくりと打ち始め、一文字ずつ。


イズミ (20:36)

うん。

一人じゃないみたい。

ゲーム、楽しかった。


カナ (20:36)

🥹ああイズミ…私も一緒にやりたくなっちゃった…


イシダ (20:37)

おいおい、男限定って言っただろ!


カナ (20:37)

男限定って何よ!明日私も行く!


イシダ (20:37)

😱えっ——


ナツメ (20:38)

 …私も見たいな、いい? 


イシダ (20:38)

あなたたち、僕の男の絆を邪魔するなよ!😭


イズミは彼らが冗談を言っているのを見て小さく微笑んだ。この会話はまるで部屋で彼に寄り添う声のようだった。

初めて、話しかけてくれる誰かが待っていてくれる温かさを感じた。


カナさんがあくびをするウサギのぬいぐるみのスタンプを送った。


カナ (20:40)

オッケー、もう寝るね。明日は要約始めるから!遅れないでね!


ナツメ (20:40)

 はい。おやすみ。 


イズミ (20:41)

おやすみ。


イシダが眠そうなクマのスタンプを送った。


イシダ (20:41)

わかったよ、グッドナイトみんな~


イズミは携帯を机に置き、寝る前にほのかに微笑んだ。

明日の朝には全部忘れてしまうかもしれないが、今夜は温かく感じられた。


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