第6章:白紙の言葉と底なしの空
~(しかし、単純なものから始めるだけでは不十分だ――使うインクが滲み、紙が薄ければ、白紙に書かれたたった一つの文に何の意味がある?
長く続くのは、単純なものから始めたものではなく、最初から礎を固めたものなのだ。)~
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朝の日光が窓の隙間から差し込み、冷たい部屋の床に細い筋を描いていた。イズミの瞼がゆっくりと開き、虚ろな視線で天井を見つめた。
一瞬、彼は自分が誰なのかわからなかった。なぜここにいるのかも。
そして突然――一筋の記憶が不意に浮かんだ。
ナツメ。
銀白色の髪をした少女の、かすかな影が頭に浮かぶ。
でも…彼女は誰?なぜ彼女だけが記憶に残っているのか?
軽いノックの音が静寂を破った。
女性――誰だかわからない――が一瞬現れ、温かそうだがどこか他人行儀な微笑みを浮かべた。
「今日は学校よ、イズミ。早く朝ごはん食べなさい、遅れちゃうから。」
「学校?」
彼はゆっくりと起き上がり、固まったままだった。ただ静けさだけがある。
ゆっくりと立ち上がり、ドアの方へ向かう。だが、何かが目を引いた。
ドアに、小さな紙切れが貼ってある。
机の上の本を読め。
イズミは振り返った。目が、ちょうど机の中央に、まるで彼を待っていたかのように置かれた一冊の本を見つけた。
最初のページ。
私の名前はイズミ。毎朝、なぜか記憶がなくなってしまいます。
イズミの胸が苦しくなった。
「記憶喪失?」彼は呟いた。
読み続けた。
でも何も思い出せない。ただ一つの名前だけ:ナツメ、1年C組。彼女とずっと一緒にいたい。
イズミは黙った。目はその言葉を長い間見つめ、まるで感じ取ろうとするかのようだった。
しかし、虚ろだった。
その名前は…ただの名前に過ぎない。
彼はさらに読んだ:
「ここはどこ?」「これは何?」そんな疑問で頭がいっぱいになるかもしれない。でも、この手帳に書いてある通りに一日を過ごそう。これが、僕を生きさせるための一歩だ。
生きる?どういう意味?
イズミは唾を飲み込んだ。頭が重くなっていく。
起きたことを全部この手帳に書いて、明日読んで、昨日があったと感じられるように。
「昨日…があった?」
昨日…
昨日とは何だ?
必死に思い出そうとしたが、頭の中には空虚しかなかった。水を掴もうとするかのように――努力すればするほど、何もないことに気づく。
奇妙な痛みが胸に忍び寄り始めた。
まるで、自分が経験したことのないものを無理やり信じさせられているようだった。
彼はうつむき、次の部分を読み続けた。
「必ず知っておくべき人」のリスト。
イズミは長い間そのページを見つめた。
「母…父…」
その言葉は他人事で、空虚に感じられた。
それから、書かれた名前を読んだ:イシダ。カナさん。ナツメ。
「彼らは…友達?なぜ僕は彼らを知らないのに?なぜ知っているふりをしなきゃいけないの?」
頭がさらに重くなった。
彼は朝やるべきこと――シャワー、朝食、制服に着替え、学校へ行き、23番のロッカーで靴を履き替え、2年A組の席に座る――という指示を読み続けた。
それらの言葉は命令のように感じられた。
手引ではなく、指示書。
まるで自分は、紙に書かれた命令に従うようにプログラムされた機械でしかないかのように。
そしてイズミは…それに従った。
彼は食堂に降り、椅子に座った。キッチンにいる女性と新聞を読む男性――「母」と「父」――二人は優しく声をかけてきたが、イズミは手帳に書いてある通りに短く答えるだけだった。
シャワーを浴びた。
服を着替えた。
靴を履いた。
通りを歩く制服姿の人々について行った。
彼の内側では、ずっと感じていた空虚が、今やさらに深く、さらに重くなっていた。
マイナスにまで。
彼はそれに気づかず、足は歩き続け、23番のロッカーで靴を履き替えた――指示通りに、2年A組に入った。
窓の近く、後ろから二列目の自分の席に座った。
そして…それだけだった。
イズミは窓の外を見つめた。飽きもせず日光が差し込む。ただ、存在しない本の次のページを待っているだけだった。
声が彼を呼んだ。
「イズミ!」
彼はゆっくりと振り向いた。
「俺はイシダだ。覚えてる?」イシダは自分のことを指差しながら言った。
イズミはただ長い間彼を見つめた。
それからゆっくりとうなずいた。
手帳にそう書いてあるからだ:イシダは君の前に座っている、彼の名前はイシダ。
イシダは顔をしかめた。
「えっと…それだけ?」
イズミは鞄から手帳を取り出し、イシダに見せた。
「手帳に書いてある通りにしています。」彼は淡々と言った。
イシダは数秒間黙っていた。
顔をこすり、いらだちを感じている。
「ああ…これカナさんが昨日書いたんだろ?俺の案通りにすべきだったのに。『やりたいことを全部やれ』って書くべきだったのに、ただロボットみたいに手帳に従えってわけじゃないのに…」
イズミは首をかしげた。
「やりたい…こと?」
イシダは肩をすくめた。
「ああ。リラックスしろよ。やりたいことをやれ。そんな…手帳だけに従うロボットみたいにならなくていいんだ。」
イズミはしばらくの間、イシダを見つめた。
リラックス?
リラックスって何?
「やりたいこと」って?
だが彼はうなずいた。
ただイシダがそう言ったから。
イシダは少し心配そうに彼を見つめた。
「イズミ…」彼は呟き、暗い水の中に沈みつつある誰かを呼び戻そうとするかのようだった。
しかしイズミはもう窓を見つめていた。
手帳は机の上に置かれたままだった。
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休み時間のベルが鳴った。
イシダはまだ無表情で窓を見つめ、教室に座るイズミの方を見た。
「イズミ、よし、食堂行こう。」
イズミはゆっくりと振り向いた。
「食堂?」
「ああ。食べ物を買うところだ。金持ってるだろ?」
イズミはうなずき、ポケットから財布を取り出した。
「持ってます。でも…何に使うんですか?」
イシダは小さく笑いをこらえて顔をこすった。
「もう…俺もその部分教えるの忘れてた…よし、今教える。ついて来い。」
二人は一緒に教室を出た。
食堂に着くと、ざわめきと混ざり合う食べ物の匂いでさらに賑やかになった。
イシダはイズミを見て、ガラスケースに並んだパンを指さした。
「ほら、これが食堂だ。あのパン見えるだろ?好きなの選んで、レジで払う。それに金を使うんだ。」
イズミは首をかしげた。
「選ぶ?」
「そう。君次第だ。甘いパン、具入りのパン、どれでもいい。」
イズミは長い間そのケースを見つめた。
目は一つのパンから別のパンへゆっくりと動く。
欲しいという気持ちはない。
結局、一番手に取りやすいように見える、一番近くのパンを指さした。
食堂の係員がそれを取り、値段を告げた。
イズミはイシダが示した通りに金を渡し、お釣りを受け取った。
「よし。それをお金を払って買うってことだ。」イシダは彼の肩を軽く叩きながら言った。
「カナとナツメと一緒に座ろう。」
二人は食堂の隅へ歩き、カナさんが遠くから手を振っているのを見た。
ナツメが彼女の隣に座っている。
「遅いわね。」二人が着席するとカナさんは文句を言った。
イシダは息を吸った。
「手帳、失敗だ。」
カナさんは固まった。
「失敗?」
「ああ。彼はただ…従ってるだけだ。ロボットみたいに。手帳に書かれたことを全部やってるけど、そこには…なんていうか…『イズミ』がねえ。自分自身がねえんだ。」
カナさんは唇を噛み、少しうつむいた。
「私はただ…大事だと思うことを書いただけ。彼に自分が誰で、何をすべきかわかるように…」
「その結果、彼はすべての好奇心を、すべての選択を失った。」イシダが口を挟み、声は少し真剣だった。
「彼はベルが鳴るまでただ教室に座ってた。俺が話しかけるまで誰とも話そうとさえしなかった。見てるだろ?パンだって食べてない。」
カナさんはイズミを一瞥した。
イズミはまだそのパンを見つめ、動かず、まるで指示を待っているかのようだった。
ずっと黙っていたナツメが口を開き、声は小さかった。
「多分…ルールが多すぎて…余計に混乱してるのかも。」
カナさんはスカートをぎゅっと握った。
「じゃあ、私はどうすればいいの?ただ彼を助けたかっただけなのに…」
イシダは机を軽く叩いた。
「助けるのはいい。でもただ命令に従わせるんじゃない。手帳に書き足せ:『やりたいことは何でもやれ』って。彼に一日の主導権を持たせてやれ。」
カナさんはため息をつき、まだイズミを見つめている。
イズミはついにそのパンを手に取り、少しだけかじった。
空腹だからではなく――ただ、ナツメもパンをかじっているのを見たから。
カナさんは胸が苦しくなった。
まるで、紐を引かれた時だけ動く操り人形を見ているようだった。
「わかった。」カナさんはついに言った。声は優しいが確かだった。
「放課後、手帳を変えましょう。彼に…少しだけでも…自分自身を取り戻させないと。」
イシダはほのかに微笑んだ。
「同意だ。」
ナツメはうなずき、少し安心した。
イズミは彼らを一人ひとり見つめた。
「手帳を…変える?」
カナさんは小さく微笑み、落ち着かせようとした。
「そう。あなたが感じたことを書けるように。あなたが、イズミでいられるように。」
イズミは理解できなかったが、ゆっくりとうなずいた。
それが一番簡単なことだから。
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