第2話 返事の“揺れ”と、文脈の壊れ方

 翌日。


 廊下で白井さんに呼び止められた。


「おはようございます。昨夜、雨でしたね」


「降ってねえよ。快晴だったぞ」


「あ……えーと……心が、雨……?」


「急にポエム言うな」


 しかも、俺に話しかける時だけ


 主語が消える・比喩が暴走する・語尾が揺れる


 この三点セットでおかしくなる。


 他の男子と会話している彼女はこうだ。


「白井、それ教えてくれない?」


「うん、ここは……こうして、こう。はい、終わり」


「白井さん、今日のプリント……」


「先生に提出しておくね。ありがとう」


 完璧。


 機能美すらある。


 なのに俺へ──


「白井さん、これ……」


「困ります、あなたの……その、視線が、形をしてなくて……」


「意味がわからん!!」


「ごめん……ごめんなさい(謎に悲しそう)」


 別に責めてないのに落ち込む。


(他の人には絶対こうならないくせに……)


 その日の放課後。


 彼女と二人で図書室に残った。


「白井さん、正直に言っていい?」


「どうぞ」


「俺にだけバグってるよな?」


「はい(即答)」


「即答かよ!」


「ち、違う。正しくは……“あなたにだけ、うまく喋れない”です」


「なんで?」


 白井さんは、長い沈黙のあと、ぽつりとつぶやいた。


「──あなたが、自由すぎるから」


「は?」


「みんなは……“こう返せば、こうなる”って流れがある。


 でもあなたは、いつもそこから外れてる。


 だから……わたしの返事の“テンプレート”が使えないの」


「テンプレート?」


 彼女は迷うようにノートを開く。


 中には──


 “返事の型”のメモがびっしり書かれていた。


(やべぇ……ガチだ)


「白井さん、それ……」


「みんなと会話する時は、これを使うと安定するんです。


 でも、あなたには……全部ずれる」


「なんで俺だけ?」


「たぶん……あなたの会話が、“前例”じゃ説明できないから」


 そう言って、彼女は困ったように微笑んだ。


 でもその笑顔はどこか壊れかけていた。

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